“屈辱のベンチスタート”から宇佐美貴史が決めた同点弾。ガンバ愛をエネルギーに変えて「もう一度、ポジションを奪いにいく」
2月24日のJ1リーグ開幕戦で、J1初昇格のFC町田ゼルビアのホームに乗り込んだガンバ大阪。ダニエル・ポヤトス監督の下で平均年齢を大幅に若返らせたチームは、82分に途中出場の宇佐美貴史が決めたFKで勝ち点1を獲得。2019年に2度にわたるドイツ挑戦からガンバに復帰後、開幕戦では初となるベンチスタートに抱いた想いとともに、中堅からベテランの域に達しつつある宇佐美の「今」に迫る。
(文=藤江直人、写真=西村尚己/アフロスポーツ)
主将として迎えたJ1開幕戦。5年ぶりのベンチスタートに吐露した思い
キックオフを告げる主審の笛をベンチで聞くのは、もちろん初めてではない。J1リーグ戦で29試合に出場した昨シーズンもベンチスタートが14回と、先発の15回とほとんど変わらなかった。
それでも、ガンバ大阪のキャプテンとして気持ちも新たに臨む、シーズンの開幕戦が舞台だとその胸中は大きく変わってくる。初昇格を果たしたFC町田ゼルビアのホーム、町田GIONスタジアムに乗り込んだ2月24日の開幕戦。宇佐美貴史はベンチで二律背反する思いを抱いていた。
「キャプテンとして開幕戦のスターターじゃない、というのは個人的にはものすごく屈辱的だった」
町田と1-1で引き分けた直後の取材エリア。ガンバの主力を自負する一人として抱く本音を垣間見せた宇佐美は、昨シーズンからチームの指揮を執るスペイン出身のダニエル・ポヤトス監督を、畏敬の念を込めて「ダニ」と呼びながら、屈辱とは対極に位置する思いをすぐに明かしている。
「もちろんダニの選択を尊重したいですし、僕自身、ダニが選んだ選手たちをすごくリスペクトしています。そのなかでも途中から出て、悔しさというものを晴らさないといけないと思っていた」
2度目の海外挑戦でも自身が納得できる結果を残せなかった宇佐美は、ブンデスリーガのフォルトゥナ・デュッセルドルフから2019年7月に2度目となるガンバへの復帰を果たした。以来、J1リーグ開幕戦では翌2020シーズンから4年連続で先発。柏レイソルと対戦した昨シーズンは同点ゴールも決めている。
しかし、ポヤトス監督は宇佐美抜きの[4-2-3-1]システムで開幕戦へ臨んだ。宇佐美がプレーできる攻撃的なポジションでは、ファジアーノ岡山FCへの期限付き移籍から復帰した20歳の坂本一彩が1トップで、柏レイソルから完全移籍で加入した24歳の山田康太がトップ下で先発していた。
フィールドプレイヤーに30歳以上の選手が一人もいなかった先発陣の平均年齢は25.91歳。ヴィッセル神戸に敗れた昨シーズンの最終節を振り返れば、31歳の宇佐美を含めて、30代のフィールドプレイヤーが4人先発し、11人の平均年齢は28.36歳に達していた。
16位に沈んだ昨シーズンからの巻き返しを狙うポヤトス監督が、チームの起爆剤を若手に託したと伝わってくるような選手起用。当然ながら宇佐美のコンディションに問題があったわけではない。むしろ良好で、2年前に断裂した右アキレス腱の影響もほとんど感じないと宇佐美も言う。
「個人的にはコンディションはめちゃくちゃいいと思っていた。大ケガをしてからなかなかできず、自分のなかでストレスになっていた動きがけっこう収まってきていたし、自分としてはかなり自信があった。そのなかで、スタートの11人を選んだのは“僕ではない”ということです」
ベンチで光らせた観察眼、町田から奪い返した主導権
開始17分に先制点をあげたのは町田だった。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の介入からOFR(オンフィールド・レビュー)を経て、ペナルティーエリア内でガンバの中谷進之介のハンドが確認され、獲得したPKを鈴木準弥が大胆にもど真ん中のコースを打ち抜いた。
対するガンバは攻撃の形をほとんど作れない。前半に放ったシュートはわずか1本。失点直後の18分に坂本が放った一撃は、ガンバから期限付き移籍で新加入した東京五輪代表の守護神、谷晃生にセーブされた。劣勢が続くなかで、宇佐美は初めて見る町田のスタイルを観察し続けていた。
「町田のペースにズルズルと引っ張られていった、という印象だった。こちらが流れを作ろうとしてもうまく切られて、やりたいことができないなかでセットプレーやロングスローで勝負してくる。あれが多分、町田がやりたいサッカーだと思うし、実際、そうなると相手はすごく活気立ってくる」
宇佐美の特異な観察眼は、自らがピッチに立ったときに真っ先に選択するプレーを弾き出させていた。待望の出番が訪れたのは55分。坂本に代わって1トップに入った宇佐美は、自軍のセンターバックの2人、中谷と三浦弦太にチーム戦術のなかになかったパターンを指示している。
「センターバックの2人には、相手の背後に走るからとりあえず蹴ってくれと伝えた」
最終ラインからのロングボールを、あえて多用させた意図を宇佐美はこう語った。
「自分たちのサッカーをするのももちろん大事だけど、まずは一度、相手のサッカーに合わせてみてもいいとベンチで見ながら思っていた。町田はセンターバックのところで前向きに、前向きにディフェンスをしてきた。そこで彼らを後ろ向きに走らせて、ゴールキーパーまで下げさせて蹴らせればどうなるのか、というイメージも膨らませていた。そのなかで自分が相手を後ろへ、後ろへと引っ張っていくことで、逆に自分たちのペースも出てくるかなと考えながらプレーしていた」
高校サッカー界の強豪、青森山田から異例の転身を遂げた黒田剛監督のもと、町田はセンターバック陣にまずサイズを求めた。強度の高い守備で失点を減らし、昨シーズンのJ2戦線を制する原動力になったCB陣に、今シーズンは身長186cm体重84kgのコソボ代表ドレシェヴィッチが加わった。
ガンバ戦ではドレシェヴィッチと、昨シーズンから引き続きプレーする183kg79kgのチャン・ミンギュがCBコンビを形成。宇佐美が指摘した通り、高さと強さでガンバの攻撃をはね返し続けた。
しかし、宇佐美が投入されてから5分後の60分に状況が一変する。町田のゲームキャプテンを務めていた仙頭啓矢が、2枚目のイエローカードをもらって退場する。数的優位に立ったガンバが主導権を握り始めたなかで、宇佐美が意図的に繰り返した縦への動きがジャブのように効いていった。
「町田もちょっとパワーが減ってきて、逆にこちらの作りのところがうまくいっていた。背後への走りに加えて、フィニッシュに絡むところしか考えていなかった」
巻いて、落としたFK。「イメージ通りに蹴ることができた」
より攻勢を強めた宇佐美に、千載一遇のチャンスが訪れたのは82分。果敢に仕掛けた山田が、町田ゴールの正面からやや左、距離にして約20mと絶好の位置でファウルを獲得した。
直後に町田ベンチも動く。黒田監督はバスケス・バイロンに代えて、192cm81kgのサイズを誇る国士舘大卒のルーキー、望月ヘンリー海輝をデビュー戦のピッチに送り出した。
直接FKに対する壁の高さを、さらに補うための交代。町田は望月を中央に、左右にドレシェヴィッチとチャン・ミンギュを配置する、高くそびえる5枚の壁を形成した。しかし、山田がファウルを獲得した直後から、自分が蹴る、といった雰囲気を漂わせていた宇佐美は意に介していなかった。
「壁が高かったので、その上から巻いて落とすしかないと。自分の思うところへ蹴れば入ると思っていたし、実際にイメージ通りに蹴ることができた。前日練習でいい感じで蹴れていたので、昨日のまま蹴れればと思いながら、ボールをセットした。常にああいうボールを蹴れているわけではないし、練習でも本当にたまに出るくらいで、ああいうボールをチョイスすること自体もなかなか少ないけど、それでもやるしかないとトライして、成功したのはよかったと思う」
ほぼぶっつけ本番と言ってもいい弾道は、阻止しようと飛び上がった町田の壁の中央、最も高い望月の頭上を越えてから、カーブの軌道を描きながら急降下していく。187cm84kgの巨躯を誇る谷がダイブし、必死に伸ばした右手もまったく届かないゴール左隅へと吸い込まれていった。
ジュビロ磐田でプレーした昨シーズン限りで引退した、遠藤保仁の直接FKをほうふつとさせる弾道。今シーズンから古巣ガンバのコーチを務める遠藤の存在を問われると、宇佐美は「特に教わっているわけではないので」と言及しながら、まだまだ成長する余地があると前を見すえた。
「動いているボールをキックするのはもともと自信があったけど、止まっているボールへのキックもデュッセルドルフのときにすごく練習させられた。ただ、もう少し質を上げないといけないし、セットプレーからもっと点が生まれるようにしないといけない。去年蹴っていたユウキ(山本悠樹、現・川崎フロンターレ)もいなくなったので、もっともっと自分に比重がかかってくるので」
町田GK・谷晃生の視点。「あの一本をしっかりと決めてくるのは…」
一方の谷は味方がファウルを与えた瞬間、必ず宇佐美が蹴ってくると集中力を研ぎ澄まさせながら、そのすごさを熟知する元チームメイトとしてこんな思いを脳裏に駆け巡らせていた。
「自分的にはすごく嫌な位置だな、と。もうちょっと近い方が、おそらくキッカーも蹴りづらいと思うけど、本当に一番蹴りやすい絶妙の位置でした。ただ、あの一本をしっかりと決めてくるのはさすがというか、正直、宇佐美くんを褒めるしかないと思っています。結果的に失点してしまい、自分としては悔しい気持ちがありますけど、やられちゃったな、という感じですね」
84分に振り出しに戻った一戦は、6分が表示されたアディショナルタイムを含めてガンバが猛攻を仕掛ける。必死にゴールマウスを守った谷が、宇佐美がペナルティーエリア左から放ったシュートを誰もいないエリアへパンチングで逃れた直後に、1-1のドローを告げる笛が鳴り響いた。
「ちょっと時間を稼ぎ気味になってしまいすみませんでした」
試合後にかわした短い会話。謝ってきた谷に対して、宇佐美はこんな言葉を返している。
「いやいや、勝ち点1を取るためには必要だったんじゃないの」
谷はアディショナルタイムの92分に、遅延行為でイエローカードを提示されている。数的不利に陥ってから時間を稼ぐ場面が増え、ついに清水勇人主審がカードをかざす対象になった。
「オーラもあるし、あの年齢にしては恐ろしいほど落ち着いているキーパーでもある。途中からパフォーマンス的に時間も稼いでいたのは、おそらくチーム全員に『今日は勝ち点1でいい』というメッセージを伝える意図もあったと思う。そういうことが年齢の割にできるキーパーなので本当にリスペクトしているけど、自分の得点の場面ではあそこへ蹴れば絶対に入ると思っていた」
貫いた“ガンバ愛”をエネルギーに変えて
谷を称えた宇佐美は、キャプテンとして「勝てた試合だった」と反省するのも忘れなかった。
「敵地で勝ち点1を取れたとポジティブにとらえるのももちろん大事だけど、勝ち切れなかった結果に対して危機感を募らせていくことが、いまのチームにとってはすごく大事だと思う。勝ち切るだけの力がなかったと受け止めて、しっかりと緊張感を煽って次へ繋げていく方がいい」
ガンバのアカデミーの「最高傑作」という枕詞とともに、J1リーグで試合に絡み始めた2010シーズン。将来的な海外挑戦を視野に入れていた宇佐美は、ガンバ愛にあふれる言葉を残している。
「ガンバでは試合に出られないときも、ゴールを決めなければ外されるときもある。それでも僕はガンバからは逃げない。国内でプレーするからには、ガンバの脅威になる存在には絶対にならへん」
熱狂的なガンバファンの両親に抱かれ、かつてのホームスタジアム、万博記念競技場のスタンドで観戦したJリーグ創成期に芽生え、2度の海外挑戦を経ても貫き通すガンバへの愛。熱い思いはいま、一人の選手として、リザーブからポジションを奪い返すためのエネルギーと化している。
「もう一度、ポジションを奪いにいく。そういった過程も楽しみながらやっていきたい」
遠藤の移籍した2020年10月から空き番になっていた「7」を、自らの強い希望とともに背負って2シーズン目。5月には32歳になり、中堅からベテランの域に入ろうとしている宇佐美は、キャプテンと一人の選手の間で絶妙のバランスを取りながら、名門復活を期すガンバをけん引していく。
<了>
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