「若い選手に出場機会を与えることを怖がってはいけない」U-17世界王者ドイツが苦しむ“仕上げの育成”

Opinion
2024.03.01

成績不振で昨年9月にドイツ代表ハンジ・フリック監督が解任。世代交代の真っ只中にあるA代表は、試行錯誤の日々を過ごしている。一方で、U-17ドイツ代表がFIFA U-17ワールドカップで初優勝を果たすなど、育成年代では再び結果が出始めている。それでも、将来を嘱望される若手選手がなかなかA代表で活躍できないという問題を抱えているドイツサッカー界。国内でも「仕上げの育成がうまくいっていない」との声が上がっている中、現在何が必要と分析されているのだろう? この課題は、経験の浅い若手選手の起用に厳しい視線を送ることも多い日本においても真剣に向き合わなければならないテーマではないだろうか。

(文=中野吉之伴、写真=AP/アフロ)

「ドイツから学ぶものはもうない」そんな声も聞こえてきた

2023年11月にインドネシアで開催されたFIFA U-17ワールドカップ。日本も参加したこの大会で見事優勝を果たしたのがドイツだった。

苦難続きのA代表とは対照的だ。2022年FIFAワールドカップ・カタール大会では日本に敗れるなど2018年ロシア大会に続きグループリーグで敗退。雪辱を期していたはずの2023年9月の日本代表との親善試合でも、逆にいいところがないまま一蹴されたのは記憶に新しい。ハンジ・フリック監督は解任され、ユリアン・ナーゲルスマンが新監督として指揮を取っているが、まだまだ復調とはいえないのが現状だろう。

「ドイツは終わった」
「ドイツから学ぶものはもうない」

そんな声もいろんなところから聞こえてきていた。ドイツ国内にも自暴自棄なことを口にする人はいた。ドイツサッカー連盟(DFB)による育成や指導者への取り組みに懐疑的な視線を向ける人たちもいた。それでも、U-17代表がUEFA U-17欧州選手権を制し、欧州王者として挑んだU-17ワールドカップでの戦いぶりと大会初優勝という結果を受けて、少し落ち着いて現状を分析することができるようになってきている。

選手個々の資質、チームとしての戦術整理が問われるのは間違いないが、それだけではなく、チームビルディングの浸透度、そして選手の成長のための環境づくりについてはこのU-17年代の大会を通して大いに考えさせられるものがあった。

正GKの病気を乗り越えた、第2GKの活躍と第3GKの献身

優勝後、インドネシアからドイツへと戻ったU-17代表の面々はフランクフルトにあるDFBアカデミーで行われた祝勝セレモニーに参加。

キャプテンとして優勝トロフィーを掲げたFCバルセロナB所属のノア・ダルビッチら、全選手と全スタッフが会場に姿を現すと、祝福に駆けつけた友人・家族や協会関係者から大きな拍手と声援を受けていた。司会者にさまざまな質問をされると、微笑ましいエピソードや笑い話を披露。とても温かい雰囲気に満ちたセレモニーで、チームビルディングがうまくいっていたことをうかがわせられた。

例えばボランチの位置で奮闘したファイサル・ハルチュイはこう話していた。

「僕はボランチだから、可能な限り守備陣をサポートして、攻撃では必要とあれば時々顔を出してというプレーを常にイメージしていました。本当に最高のチームでしたね。仲間が競り合いに負けたら、僕は何度でも仲間のために汗をかく。そのために走る量が増えることは全然嫌なことじゃなくて、むしろうれしいことなんです」

準決勝のアルゼンチン戦、そして決勝のフランスとの試合ではPK戦までもつれ込み、どちらもGKのファインセーブで勝利をものにしたわけだが、そんな勝利の立役者となったGKコンスタンティン・ハイデは大会前は第2GKだった。

「みんなには大会中、冗談で『準決勝から俺がプレーするぜ!』って口にしていたけど、まさか本当にそうなるなんて(苦笑)。いろんな偶然が重なった。(正GKだった)マックスにとってはとても残念。ずっといいプレーをしていたから」

正GKだったマックス=ヨーゼフ・シュミットは病気で準決勝から欠場。大舞台でのプレーを譲らなければならないことを「もちろん最初はすごくつらかった。でも力を発揮できない状態だった」と正直に心情を吐露したうえで、「でもコンスタンティンが素晴らしいプレーを見せてくれたから。そして最後に僕らはトロフィーを手にすることができた。それが何より大事なこと」と言って優しく笑った。

第3GKルイス=マルロン・ババッツは、出場機会がない中でもチームを支え続け、優勝の瞬間にライバルだったハイデのもとへと一目散に駆けつけたことを司会者に尋ねられたときに、こう答えていたのが印象的だった。

「ライバルじゃないです。僕らはチームで、コンスタンティンは大切なチームメイトだから。チームの勝利に貢献することが大事。チームメイトが見事なプレーを見せてくれたのはとてもうれしいことなんです」

「仕上げの育成」がうまくいっていない実情

彼らの話を聞いて、改めてチームとしての取り組みの大切さを感じさせられた。代表チームは選抜チーム。世代が上がれば上がるほど、一緒に過ごせる時間は少なくなる。A代表ともなれば、シーズン中は代表週間でも練習よりもコンディション調整に時間が取られる。

それでも、「時間がないこと」を言い訳にしてはならない。時間がない中でどのようにチームビルディングをしていくか、そしてA代表になるまでにどのように世代別代表で取り組んでいくべきかは大きなテーマとなるのだろう。

U-17代表が世界王者に輝いたから、これでドイツの将来は安泰だとは誰も思っていない。現状を丁寧に分析し、成果と課題を適切に把握して、それを次へとつなげていかなければならない。

U-17代表監督クリスチャン・ヴュックは歓迎セレモニー後に行われたインタビューで、「U-17ワールドカップ優勝はプロセス」と話し、そして次のようにメッセージを残している。

「この次のステップは、選手みんながそれぞれで成し得なければならないものだ。それはクラブでプロデビューを飾り、ポジションをつかんでいくこと。そして所属クラブは彼らにどんな道があるのかを示し、出場機会を与えなければならない。可能な限りトップレベルの環境を、だ。これこそがドイツサッカー界における最大の問題の一つ。将来有望なタレントは十分なほどいる。だが、ユース後の『仕上げの育成』時期に適切なレベルで、適切な出場機会がない。現在1部で出場機会を得ている選手がどれだけいるか。2部でもいない。3部でもほとんどいないのが現状だ」

同じような指摘は元U-21ドイツ代表監督シュテファン・クンツもしていた。ドイツはUEFA U-21欧州選手権において、2017年大会優勝、2019年大会準優勝、2021年大会優勝という結果を出している。だが、そこからA代表に昇格した選手は多くはない。

クラブにも言い分はあるだろう。「若手選手を起用しようとはしている。だが、ピッチ上でチームを勝利に導くだけのパフォーマンスを出せないと起用するのは難しい」という判断がされがちだ。それも理解はできる。

だが、ヴュックはそれを「甘え」と切り捨てる。

「難しいと口にするが、イングランド、フランス、スペインではそうした若手選手が1部や2部でどんどん出場機会を得ているではないか。バルセロナではU-17世代の選手がラ・リーガに出場している。なのに、なぜドイツだけができない? これは恥ずべきことではないか」

「選手を信頼すること。出場機会を与えることを怖がってはいけない」

もちろん、U-17ワールドカップで優勝したからといって、ユース年代ではトップクラスの選手として評価されているからといって、彼らが即戦力としてトップチームで活躍できる保証などどこにもない。そのままプロの世界で大成できるという法則もない。

育成年代のサッカーと年齢の壁が取っ払われたプロのサッカーはまったく別物であり、プロは決して甘い世界でもない。それでも、だからこそ、その違いの中で経験を積みながら、チームの助けとなる働きができるようなサポートが必要なのではないか。

これはドイツに限った話ではなく、日本においても当てはまるテーマだろう。

若手選手が出場機会をつかみ、ブレイクスルーを果たすのには実力だけではなく、いろいろなタイミングや運も絡んでくるものだ。波長が合う監督が新しく就任したり、チームが成績不振で起爆剤を求めていたり、チーム内にケガ人や重なって出場機会が回ってきたりというきっかけが必要になる。


その上で、そのようなきっかけがなかなかない場合でも、クラブ側は「仕上げの育成」を重要視し、意識的に若手にチャンスの機会を与える環境を用意すべきだ。どうしてもトップチーム内での実践が難しいのであれば、セカンドチーム・大学チームを有効活用するのか。提携しているクラブへレンタルで出すのか。

若手選手にとっては海外移籍も一つの選択肢となるかもしれない。もちろん海外に行けば必ず成長するというわけでもない。自己分析・自己肯定・自己批判ができるだけの成熟さがなければ、海外ではどこかでひずみに陥る。

具体的なビジョンと目標を持って育成年代から選手の成長に向き合う。「チャンスはいつくるかわからない」だけではなく、クラブサイドが成長と向き合えるための最適な試合・練習環境について考慮・配慮し、選手も明確なビジョンを持ちながら取り組むことが求められるのではないだろうか。

ヴュックのメッセージはとてもシンプルで明確だ。「若い選手が次のステップとしてプロの世界で出場機会をつかむために、何が必要なのか?」と問われると、迷うことなく言い切った。

「選手を信頼すること。出場機会を与えることを怖がってはいけない。機能する関係性とは一方通行ではダメなんだ。われわれ指導者が選手を信頼し、選手が指導者を信頼することで初めてうまくいく可能性を見出せる。ドイツの1部、2部クラブにはいまその信頼がない。なぜか? それを自問自答しなければならない」

<了>

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