エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
バレーボール・Vリーグで、2016年にクラブ設立後、最速昇格を成し遂げたヴォレアス北海道。その歴史は、設立時からチームを率いてきたエド・クラインHC(ヘッドコーチ)の手腕とは切っても切り離せない。客観的なスタッツを駆使した分析や、欧州のクラブで指導を歴任した引き出しの多さを生かして最速の6年でトップリーグに到達したが、指揮官は「もっと早く昇格できる可能性があった」と振り返る。理論的な指導と変化を恐れないメンタリティでチームをアップデートし続ける指導と、組織マネジメントの極意に迫った。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=ヴォレアス北海道)
立ち上げから指揮を任された7年間。「モチベーションは…」
――エド・クラインHC(ヘッドコーチ)はクラブ創設時の2016年からヴォレアスの指揮を一任されていますが、7年間のチームの成長についてどのような思いがありますか?
クライン:最初の頃を考えると、チームは大きく変化したと思います。スタート時はもちろん情熱が溢れていてチームにポジティブな空気が流れていましたが、難しい部分もありました。例えば、練習拠点がなかったので公共の施設を使うことが多く、ボール以外の器具がほとんどなかったためトレーニングにも苦労しました。最初の頃はプロ契約の選手が少なく、働きながらプレーする選手がほとんどでしたし、専門のコーチングスタッフやメディカルスタッフもいなかったので、私が一人でやることも多かったです。
7年経った今は、いつでも使えるトレーニング拠点がありますし、ウエイトの機材も揃っています。基本的な機材だけではなく、より先進的なテクノロジーを使った機械も揃えています。また、ほとんどの選手がプロ契約をしていて、コーチングスタッフもメディカルスタッフも充実しています。そして最も重要な変化は、今はSVリーグに所属していて、日本の中でも上から数えて9番目のチーム(*)ということです。もちろん予算も増えましたし、多くの方に応援していただき、メディアにも取り上げていただいて、チームの成長が私自身のモチベーションにもつながっています。
(*)昨季はV1で9位。
――6シーズン目の2022-23シーズンにはV2で優勝し、最速でのトップリーグ昇格を果たしました。結果と成長のバランスにおいて、どのようなことを大切にしてこられたのですか?
クライン:本当はもっと早くV1に昇格できる可能性があったことはお伝えしたいです。3年目(2019-20シーズン)にV2参戦1年目で準優勝となり、勢いを維持して入替戦の出場権を獲得し、V1に昇格するチャンスがあったのですが、当時はコロナの影響があって入替戦が行われなかったという難しい状況でした。
チームの強化については、まず、一番いい形でチームが回るように選手を選び、獲得してきました。最初の頃はすぐに目に見える変化が作れるほどの予算があったわけではないのですが、少しずつプロ契約選手を増やしていき、コーチングスタッフも徐々に増やして成長していきました。その中で苦しんだ一つの壁は、入替戦です。V2で優勝するとV1の下位チームと入替戦を戦うのですが、V1で最下位のチームでも、V2のトップチームとはかなり差があると感じました。ですから、シーズンの中で常に考えていたのが、「V2リーグを通してどうチームを成長させていくか」ということです。試合に勝ちながらも「今の状態では十分ではない」と選手に伝えていたので、そこは難しい部分でした。ただ、入替戦で負けるたびに学びを得て、試合に負けるたびに明確になった反省点とその改善を積み重ねることでチームをアップデートして、最終的にV1に昇格できました。
スタッツでパフォーマンスを客観的に分析する
――クラインHCは脳科学的な視点からも練習方法を考えているそうですが、その内容について具体的に伺ってもいいですか?
クライン:バレーボールは複雑なスポーツですし、ローテーションで6つのポジションごとに異なったスキルが必要になりますから、ただ見るだけで分析、判断することは難しいです。また、練習でアタックを重点的に取り組んだ日は、レシーブについてはあまり思い出せなかったりします。そういう時のためにスタッツを見て、すべての選手の状態を確認しています。毎日練習しても、数字がない場合は自分の成長が「なんとなく」しかわからないのですが、数字があることによって自分の成長が明確にわかりますし、選手もモチベーションが高まります。年間を通して練習は試合の10倍ぐらいの回数があるので、その練習データをしっかり追い、その日、その週がどうだったかを見ていくことで、改善すべき点を理解する必要があります。
その数字を見る術も必要です。陸上や水泳などの個人競技に関しては明確に計測できるので、個人の状態がわかりやすいと思いますが、バレーボールはチームスポーツなので、客観的な視点を見失いがちです。そのように数字を見れば、リーグのトップ選手と比べてどのぐらい開きがあるかを認識できますし、客観的に誰がどういった状態かを確認できます。
――数字を断片的に切り取るのではなく、膨大なデータをもとに、長い目で見て判断しながら改善を重ねているのですね。
クライン:スタッツは、大きなサンプルがあると明確なものが見えてきますが、少ないとはっきりしたものが見えてこないです。例えば、シーズン平均でサーブのミス率が10パーセントだとします。それでもマッチポイントの時に選手の手が震えているかもしれません。そうすると、長期的な数字は、短期的な状態で見るとあまり意味がなかったりします。ですので、選手をAIやロボットとして捉えるのではなく、彼らの注意力の変化を感じ、感性を持って向き合い、落ち着かせることができないといけません。
スポーツでは負けた後は感情的になることが多く、私自身、そういったネガティブな状態で下した決断は基本的にはあまりよくないです。ですので、感情をコントロールしながら映像やデータ、スタッツを使って分析して、敗戦からも学べることを探してきました。その忍耐強さは、私たちが歩んできた過程の中で最も重要なことの一つだったと思います。
メンタルも重要視「日本では過小評価されている」
――精神的な面では、選手に対してどのような接し方や指導を心がけているのですか?
クライン:まず、人間はバイアスがかかりやすいということを意識しています。例えば、怠け者を好まず、ハードワークしてくれる選手を好む指導者がいたとします。一方で、スタッツを見ると、普段ハードワークをしている選手がいい結果を残せず、怠けている選手がいい結果を出すこともあります。また、試合終盤のセットポイントにサーブミスをしてしまった場合、それは記憶に残りますが、長期的に見ればその選手がサーブのスキルにおいていい数字を出していることもあるので、そこを見極める必要があります。
日本ではスポーツにおけるメンタルトレーニングは過小評価されている部分があります。個人競技では、最近はトップアスリートがメンタルトレーナーと契約していることもありますが、日本はそこが少し遅れていると感じます。パフォーマンスには心も密接に関係します。スポーツで緊張してしまうのは当たり前のことで、選手によってはその緊張を自分でほぐせる人もいますが、できない人もいます。モチベーションを常に高く保てる人もいますが、そうでない人は助けが必要です。特に日本人の男性は、感情を抑制されている人が多いと感じます。
――海外では、メンタルトレーニングについてもっとオープンに議論されているのですね。
クライン:海外では、自分自身の感情に気づいて受け入れることも大切にします。私はスポーツ心理学をとても重要視していますし、チームに対していろいろなアプローチをしていきたいと考えています。また、メンタルを良好に保っていく上では、人間関係がとても大切だと思います。心理的に安全な環境だとパフォーマンスも良くなってくるからです。
変化の引き出しを常に持っておく
――V1で戦った昨季は3勝33敗で9位という結果でした。10月に始まるSVリーグに向けては、どのようにつなげていきたいですか?
クライン:まず客観的な数字をもとにしてみると、昨シーズンはアタックが十分ではなく、サーブも不十分で、サイドアウトの重要性も感じました。V2では私たちはアタックは1位で、最もサーブ成功率が高いチームでしたが、V1のレベルでは足りなかったわけです。この2つを改善するべく、SVリーグに向けて新しい選手を獲得し、オフシーズンを通して、オフェンスやサーブの練習を積み重ねてきました。SVリーグでは外国人選手の人数も変わりますし、V1とも違うレベル感になると思います。私たちがよりいいチームになっても、相手も変わっているので、相手との差をもう一度見極める必要があります。
また、昨シーズンはアタックとサーブの他にも、何百もの細かい学びがありました。スタッフワークやミーティング、移動も含めて改善点が見つかりました。ですので、変えたほうがいいことがあった時は、できるだけ変えるようにしています。
――変化に伴うリスクを恐れず、チームを前進させているのですね。
クライン:変化するためのアイデアはたくさん持っておくようにしています。多くのチームがどのように成長しているかをリサーチしたところ、大きいことを変えるよりも、細かい修正が必要だとわかりました。5から10の細かい項目を修正した場合は、目で見てわかる変化ではないかもしれませんが、何百もの細かいところを継続的に改善していくと、それが積み重なって、数カ月後に変化が見えてきます。
代表は着実に成長。「世界でもトップ3のリーグになる」
――パリ五輪でバレーボール男子日本代表に大きな注目が集まりましたが、まもなくSVリーグが開幕する国内リーグの現状をどのように見ていますか?
クライン:近年、代表は本当に成長していると思います。石川祐希選手、高橋藍選手、西田有志選手たちは長い期間同じメンバーで戦っていますし、着実に他の代表チームに追いついていっています。ただ、同時にオリンピックは世界でも強いチームが集まる大会なので結果は保証されていませんでした。とても細かい部分が勝敗に関わっていて、いろいろなことを考慮しなければいけないと思います。ただ、日本の選手たちがフィジカル的に他の国より背が小さかったり、パワーも少し劣っている中で互角以上に競っていることを考えると、すごいことを成し遂げているなと思います。
国内ではVリーグを長年見てきましたが、世界でも強いリーグの一つになっています。フィジカル面で優れたリーグというよりは、どちらかというとテクニック面やトス、レシーブの部分が優れているリーグです。SVリーグは外国人選手も増えるので、獲得した多くの外国人選手は平均レベルではなくて、世界でもトップレベルのチームを統率できる選手たちです。ですので、世界でもトップ3のリーグになると思いますし、新しいシーズンを楽しみにしています。
【後編はこちら】バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
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[PROFILE]
エド・クライン
1981年生まれ、クロアチア出身。ヴォレアス北海道ヘッドコーチ。母国クロアチアとスロベニアで指揮を執った後、2016年にヴォレアス北海道の創設時に監督として就任。2023年4月に最速でのトップリーグ昇格を果たした。データやスタッツを駆使し、他競技も参考にして脳科学的なトレーニングを取り入れるなど、理論的な指導でチームをアップデートし続けている。
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