スポーツ組織のトップに求められるリーダー像とは? 常勝チームの共通点と「限られた予算で勝つ」セオリー
人気と経営の両面でスポーツ界の成功を牽引するアメリカは、組織のリーダーに、他競技や他業種の組織のトップを据えることが少なくない。その手法からは、リーダーに不可欠な能力の共通項が見えてくる。アイスホッケーのプロコーチとして、プロ、代表チームからユースまで世界各地で様々なカテゴリーで指導を行い、競技の発展構造を研究してきた若林弘紀氏は、成長し続ける組織や常勝チームのリーダーにどのような共通項を見てきたのか。ビジネスにも応用できるリーダー論、常勝チームに共通するマネジメントスキルについて解説してもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=AP/アフロ)
組織のトップに求められるリーダー像とは?
――アメリカではスポーツ団体のトップに、他競技、他業種の組織のトップを据えて発展させるケースが多くありますね。スポーツ界のリーダーに共通して求められるスキルとして、どのようなことが挙げられますか?
若林:経営力に対する社会的な評価が高く実績が伴っていれば、その競技の経験者じゃなくてもいいわけです。そこを競技経験者に限定してしまうと、そもそも競技人口が少ないスポーツの場合は、その中から経営力がある人を選ぶのは大変です。また、そのスポーツを極めた人しかトップに立てないのであれば、やりたいこと、やれることをすごく狭めてしまうと思います。その組織が大きくなったり儲かったりすることが目的なら、それに適した人を探す必要があります。
――日本のスポーツ組織において、トップの人材を考える上で、どのような課題があるのでしょうか。
若林:日本のスポーツ組織のトップや人材力不足を象徴する一番の問題は、国際的な立ち回りができる人が極めて少ないことだと思います。例えば、国際的な会議に行った際に、他の組織のトップと同等に、もっと言うと親しい友人レベルで話をできる人が少ないんですよ。なぜかというと、特にマイナースポーツでは、会長や理事長等の重要なポストが名誉職になりがちで、現場とのつながりが薄いからです。これは、私自身が国際会議に出席した際に経験したことです。
――詳しく伺いたいです。
若林:香港で女子代表監督をしていたころ、お世話になっていた香港のアイスホッケーアカデミーの創業者が、国際アイスホッケー連盟の副会長になり、国際アイスホッケー連盟の準年次総会に連れて行ってくださいました。
そのころ韓国は韓国系の元NHL選手で指導者も高いレベルで経験した方を監督として招聘した直後でした。会議の休憩時間には、彼の周りに人だかりができて、その場で親善試合など、話がどんどん決まっていきました。また、多くの国の会長クラスや国際連盟の役員の方々は、奥様も同伴して毎晩会食をしていました。英語がしゃべれる事務方の若手が通訳しながら、諸々の問い合わせに帰国後に検討するのではなく、決定権のあるリーダー同士が、親しい友人として直接物事を進めている場に入っていけることはとても重要だなと思いました。
日本もかつては国際アイスホッケー連盟の副会長として長く活躍された方がいたのですが、近年では要職に日本人がいないため、残念ながら国際舞台での存在感が薄くなったと思います。
――そうした人材力の差は、特にどのような面でマイナスの影響が出てしまうのでしょうか。
若林:例えば、「日本に不利なルール改正があった」とメディアが報じることがありますが、実際には、日本のトップや現場レベルにコネクションがないからルールを決める話に入れていなかっただけ、ということもあると思います。人間ですから、ルールの変更や情報も、近い者同士の話の中で回って、決まってしまうことはあります。そこで、実力と人脈のある人なら事前に情報を入手して意見を発信することや、自分から提案することもできるはずです。それを、メールなどで決まった後に知るだけの人脈しかなければ、他の国から遅れをとってしまいますし、同じ土俵で戦えないんですよ。
私は2016年の冬季ユースオリンピックで、アイスホッケーの個人競技であるスキルズチャレンジという種目の日本男女代表の監督として参加したことがあるのですが、その種目の運営委員長は偶然にも私が香港時代に知り合ったオーストリアの方でした。スキルズチャレンジは採用されて2大会目の種目だったため、運営もルールも日々調整されながら進みました。そんな流動的な状況で、運営委員長の方や現地で友達になった各国のコーチと立ち話をしながら問題点や変更点を、公式のミーティングの前に共有できたのは、情報に乗り遅れないためにとても役立ちました。
常勝チームに共通するマネジメントスキル
――プロや代表も含めてさまざまなカテゴリーのチームを指導してこられた中で、勝ち続けるチームに共通するマネジメントスキルはどのようなことが挙げられますか?
若林:まず、チームの哲学がはっきりしていることだと思います。日本で言うなら「伝統」、英語では「カルチャー」という言葉に集約されますが、そのチームに入った瞬間に、みんなが「これに従わなければいけないんだ」と納得して行動させることができるリーダーシップの構造があるということです。その上で、勝ち続けるチームには「変化を恐れない」という共通項があると思います。
――伝統は大事にしつつ、慣習にはとらわれない、ということでしょうか。
若林:そうです。強いチームは大体研究されるわけですから、その時がきたら、今までやってきたことを大胆に捨てられるだけの度量がある指導者がいることは大事だと思います。それは、ビジネスにも言えることです。
アイスホッケー強豪国として知られるスウェーデンは1990年代後半からU-20代表の戦績が低迷しだしたのをいち早く察知して、大改革を断行しました。改革の根幹は、今までスウェーデンの代名詞と呼ばれてきた攻守のチームプレーから、強力な個人スキルを中心とした育成への大胆な方向転換でした。今ではスウェーデンは個人スキル中心の育成大国として知られるようになり、各世代の代表も躍進しました。
――理想のリーダー像については、どのようなイメージをお持ちですか?
若林:これも同じで、自分のポリシー、哲学を提示できて、それが構造化されていることが大事だと思います。「この目的を達成するためにはこういうふうにやりたい」というビジョンがしっかりと形になっていて、それを伝えるコミュニケーション力を持っているリーダーが理想ですね。
――伝え方としては、どのようなアプローチが効果的なのでしょうか。
若林:いろんなやり方があるので、その指導者の一番得意なやり方でコミュニケーションができればいいと思います。ビデオを見せながら伝えるのがうまい人もいるし、話がうまい人もいるし、練習の組み立て方や試合の采配に長けた人もいます。そういうふうに、多様なコミュニケーションのやり方がある中で、何かに秀でた能力があるということはすごく大事だと思います。
「限られた予算で勝つ」セオリーとは?
――予算が限られたチームが勝率を上げるためにやるべきことや、強くなるためのセオリーはあるのでしょうか。
若林:基本的には、予算と勝率の相関関係は高くなるという研究があります。ただ、その中でも予算の少ないチームが上の順位にいくために必要なのはマネジメント力です。基本的には強者の理屈で戦わないこと、絶対に同じ土俵に乗らないことです。その上で、予算や指導のポイントを一点に集中させることも一つのセオリーです。
「鉄壁の守備」とか、守りは弱くても、「どこにも負けない攻め方がある」というストロングポイントを作る。平均的なチームで勝とうとすれば、平均的に能力が高い集団が勝ってしまいますから。
――特徴のある戦い方でジャイアントキリングを実現したら、見る人を楽しませることもできますね。
若林:そうですね。ただ、自分の戦い方を貫いて勝とうとするのではなく、相手のウィークポイントを突くのも弱者の戦術のセオリーです。強いポイントで勝つことは難しいから、相手の弱いところにいかに自分の強いところをぶつけるかが一つのポイントになりますね。そして、ジャイアントキリングというくらいですから、それは頻繁にできるものではありません。現場としては大舞台で大番狂わせを狙うのは当然ですが、組織としてはより確実に再現可能な方法論と実力を備えた中長期戦略でチーム作りを目指さないと、継続した成果を得られないでしょう。
問われるメディアの存在価値
――スポーツ報道やスポーツメディアのあり方も、海外と日本では違いがあると思いますが、日本のスポーツ報道に対して、どのような印象をお持ちですか?
若林:「とりあえず、この選手の話題を取り上げておけばいいでしょ」というような独自性のない記事が多いのは気になります。海外の記事の翻訳や、テレビで放映された内容をそのまま文字起こしして記事にするのはただのコピーで、メディアとは言えないと思いますから。海外のメディアが素晴らしいと思っているわけではありませんが、独自の視点があるかどうかで、メディア側のリテラシーが問われると思います。
――欧州のサッカー番組や記事などは、深く切り込んだ分析をする番組や、辛口な記事も多い印象です。
若林:メディアと観戦文化は表裏一体なので、読者や消費者が何を求めるかによって、記事を書く人やメディアはファンやスポンサーが求めるものを提供しなければならず、記事の内容もそれに影響される部分はあると思います。その意味では、まず観戦者に「こんなふうに深い見方がある」とか、「面白い見方があるんだよ」ということを伝えて、スポーツを見ない人やファンに伝え続けていくことが大事だと思います。
【第1回連載】「甲子園は5大会あっていい」プロホッケーコーチが指摘する育成界の課題。スポーツ文化発展に不可欠な競技構造改革
【第2回連載】スポーツ育成大国に見るスタンダードとゴールデンエイジ。専門家の見解は?「勝敗を気にするのは大人だけ」
【第3回連載】漫画人気はマイナー競技の発展には直結しない?「4年に一度の大会頼みは限界」国内スポーツ改革の現在地
<了>
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[PROFILE]
若林弘紀(わかばやし・ひろき)
1972年7月16日生まれ、大阪府出身。筑波大学大学院体育科学研究科修了。World Hockey Lab, LLC代表。アリゾナ・カチーナス・ゴールテンディング(GK)ディレクター。北米のユース、大学チームの他、日光アイスバックスのテクニカルコーチ、香港女子代表、トルコのクラブチームなど、プロからユースまで幅広いカテゴリーで25年以上の指導歴を持つ。2015年にアメリカに移住し、世界最高峰リーグNHL傘下のユースチーム等でコーチやディレクターを務める他、世界各地でアイスホッケーキャンプやクリニック、ビデオ分析をおこなっている。加えて一般企業や医療業界等、他業種のチーム作りやリーダーシップ、メンタルタフネス等のコンサルティングも請け負う。また、競技人口や競技施設を効率的に配置し、最適化された競技環境を構築する『競技構造』という概念を考案、研究している。アイスホッケーのプロコーチとしてUSA Hockeyコーチ・ライセンスの最高位であるLevel 5(マスターコーチ)のに加え、2024年にUSA Hockeyで新設されたゴールテンディングコーチの最高位Gold Levelを取得した最初の10人となった。
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