スポーツ育成大国に見るスタンダードとゴールデンエイジ。専門家の見解は?「勝敗を気にするのは大人だけ」
人口は日本の約20分の1にもかかわらず、プロスポーツやオリンピックで結果を残し、世界トップクラスのスター選手を数多く輩出してきたノルウェーを筆頭に、北欧のスポーツは理にかなった育成のシステムを持っている。一方、北米は、北欧とは異なるシステムでスポーツと興行を発展させてきた。スポーツ強豪国の育成と競技構造のスタンダードとは? アイスホッケーのプロコーチとして、さまざまな国の育成に携わってきた若林弘紀氏に話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=ロイター/アフロ)
育成先進国から学べること。北欧と北米の違いと共通点とは?
――若林さんが以前、SNSで発信されていたお話で印象的だったのが、ノルウェーの取り組みです。サッカーではストライカーとしてプレミアリーグ屈指の存在であるアーリング・ハーランド選手を輩出していますし、アイスホッケーやゴルフ、陸上でも世界的な選手を生み出しています。なぜ、そのような環境を整えられたのでしょうか。
若林:北欧では子どもたちがスポーツを始めやすい環境が整えられています。特に、競技を始める入り口の部分であまりお金がかからないんですよ。それは福祉国家で、施設に税金が投入されているからこそできることで、さらにコーチたちがボランティアで教えられる環境があるからこそ、無料に近い条件で初心者を受け入れることができるんです。
ただ気をつけたほうがいいのは、どんな話をする時も「欧米」と一括りにはできないということです。北米的な考え方はもっともっとビジネスライクで、子どもにどんどんお金をかける方向にいっているので、日本は北米型は目指さないほうがいいと思います。
――お金をかけなくても、若林さんが訴えてこられたように、育成年代の大会をトーナメント形式からリーグ戦に変えていくなど、変えられる部分はありそうですね。
若林:そうですね。ただ、例えば8歳ぐらいから本格的な長期のリーグ戦をどんどんやればいいのかと言えば、それは正解ではありません。小さい頃に試合数を増やしすぎたり、試合の強度を上げすぎてしまうとバーンアウトする原因になるので、北米でも北欧でもそれは規制されています。スウェーデンが始めた施策では、12歳以下のアイスホッケーの試合はスコアをつけないんですよ。勝ち負けは決まるけど、それをあえて発表しない。なぜかというと、大人が狂ってしまうからです。実際、小さい子どもたちに訊いてみると、大半の子供たちは試合の詳細は覚えていなくて、楽しんでいるだけなんですよ。つまり、「勝敗を気にするのは大人だけ」ということです。
ゴールデンエイジに必要な刺激「プレーの幅を広げて選手寿命を伸ばす」
――運動能力や技術の発達に重要なゴールデンエイジと言われる9歳から12歳は、純粋にスポーツを楽しむことを優先したほうがいいのでしょうか。
若林:そうです。スポーツを楽しむことと、より楽しむために必要なスキルを習得することが重要です。その時期の勝ち負けが将来に影響することはほぼないですから。その年代の活躍と、プロになれるかどうかの相関関係はほとんどないことがわかっています。実際、小学生年代トップの野球選手が集うアメリカのリトルリーグワールドシリーズは、80年以上の歴史で六十数名しかメジャーリーガーを生み出していません。その時期に才能は決まらないということです。だからこそ、より多くの子どもたちが、自分に合ったレベルで勝ったり負けたりしながら成長できるリーグ戦主体の競技構造に移行するのは大切なことなのです。
――なるほど。若林さんは、若いうちに複数ポジションを経験しておくことの重要性も発信されていますよね。
若林:小中学校のうちに複数のポジションを経験することは、とても大事だと考えています。そうすることで総合的な身体能力とスキルが高まり、ゲームを理解する能力が高くなるからです。また、複数ポジションができることは、後にトライアウトや選抜で競争率の高いポジションを争う際に大きなメリットになります。例えば、アイスホッケーでフォワードとディフェンスもできる選手がいたら、ディフェンスにケガが出た時に代わることができるので、フォワードしかできない選手よりも有利になるし、プレーの幅を広げて寿命を伸ばす可能性も高くなりますから。 ただ、洋の東西を問わず、親御さんの中には一つのポジションをやらせたがる方が多くいます。「うちの子は不器用なのでまずはフォワードだけをやらせたい」とか、「守りのポジションは試合を観ていてあまり面白くないからやらせたくない」と(苦笑)。
才能が可視化される年齢とは?
――アメリカのアイスホッケーでは、ゴールデンエイジの期間はどのような育成方針が主流なのですか?
若林:8U(8歳以下)では土日に集まって、2日間で4試合から5試合、親睦試合をするのですが、基本的には記録はつけないのが公式のルールになっています。優勝が決まる大会ではないですし、試合数が多いので、みんなが試合に出られるんです。9歳からは町や地域のリーグ戦と並行して、連休の週末を利用した大会が始まり、忙しくなります。この大会も、必ず予選リーグと決勝トーナメントがあり各チーム3〜4試合が保証されます。
――子どもたちはどのぐらいの年齢から競うことを意識し始めるのですか?
若林:例えば、アメリカの野球は高校生までは公式の全国大会がなく、州大会までしかありません。アイスホッケーも全米大会は14U(13-14歳)からです。以前は全米選抜キャンプを14歳からやっていたんですが、その後の傾向を調査したところ、14歳で選ばれた子の75パーセントが、17歳の時には選抜に帰ってきていないことがわかったんです。その子たちが早熟だっただけという可能性もありますし、燃え尽きてしまった子もいるかもしれません。それで、全国キャンプの意義が問われることになり、最終的に14歳の全米選抜はなくなったんです。
――どのぐらいの年齢からプロの道を模索したり、才能を判断するのが北米スポーツのスタンダードになっているのでしょうか。
若林:競技スポーツでトップレベルに行けるかどうかは、「15、16歳くらいからわかり始める」というのが、専門家やプロのスカウトの基本的な見解です。もちろん、競技によっていろいろな特性があって、フィギュアスケートなどはもっと前にピークが訪れると言われますが、球技においてはサッカーのリオネル・メッシのように「100年に一人の才能」と言われるような一部の選手を除いて、そんなに早く子どもの才能が決まることはありません。
ビデオ分析・データ活用が4大スポーツのスタンダードに
――北米を拠点にされている若林さんが、4大スポーツの発展を見てこられた中で、ここ数年で見られる印象的な変化やトレンドはありますか?
若林:競技レベルでは、ビデオ分析とデータ活用がどの競技でもスタンダードになりましたし、スタッフに求められる必須スキルになりました。私が関わっているユースのレベルでは年間を通してゴールやアシスト等の基本的なスタッツをつけるレベルですが、例えば大学のチームになると、本格的なデータやビデオの活用スキルが必須になります。求人では、アシスタントコーチとかスタッフの募集の要件として、「データ分析ソフトやビデオ分析ソフトを使ったことがある」という条件が必ず入っているので、私自身もスタッツやビデオの分析はできるようになりました。そのスキルがあるのとないのとでは、名前を広められるかどうか、仕事の量にも大きな違いが出てしまいますから。
――データや映像を使ったロジカルな指導ができないと、指導者として評価されないのですね。
若林:そうです。日本でも野球やサッカーはデータ分析の技術が進んでいますけど、マイナースポーツでも積極的に取り入れないと、差は開いていくと思います。私の専門であるアイスホッケーでも、日本のライバル国はそういうデータやビデオ分析技術を活用していますから。日本は高校の大会どころかトップレベルの大学リーグですら公式の個人スタッツが出ていないので、そのスタンダードを満たしているとは言えないですし、他に革新的なことをやっていなければ、世界に追いつける可能性がなくなってしまうのではないかという危機感があります。
育成年代の指導者にはライセンスが必要
――ビデオ分析やデータ活用の技術を導入するための資金面がハードルになっている面もあるのでしょうか?
若林:ある程度のお金はかかりますが、プラットフォームはすでに十分に整備されていて、日本でもデータ分析やビデオ分析のソフトは他の競技で使われているので、日本のアイスホッケー界もそれを活用すればいいと思います。ただ、そのスキルを持ったコーチを育てる仕組みがなければ、人材も育たないですから、そこは課題だと思います。
――英国のアイスホッケー界では、現役プレーヤーから指導者やメンターへの転身をサポートするプログラムがはじまるそうですね。日本のサッカー界では指導者の最高資格であるS級ライセンス取得のハードルが高いのが現実です。指導者資格についてはどのように考えていますか?
若林:元選手が指導者になるのは自然のなりゆきだと思いますし、競技の発展にもつながるのでものすごく重要なことだと思います。ただ、元選手だからといって教え方や子どもの扱い方を知っているとは限らないので、子どもを扱う育成年代の指導力を担保する上では、ライセンス制は必要だと思います。そのライセンスが質の高い指導に対して対価を支払う理由になるし、万が一めちゃくちゃなことをやった時にはクビにできるからです。手弁当の指導だと、例えば子どもを殴ることがあった時にも、その指導者をかばう口実になってしまうんです。
一方で、教える対象が大学生以上の年代なら、ライセンスの有無は重要ではないと思います。実際、アメリカのアイスホッケーでは、大学やプロのコーチはライセンスは必要ありません。高レベルのライセンスを持っていても、結果が出なければすぐにクビになるだけですから、指導の質を担保するのは過去と現在の実績のみです。厳しい世界ですが、プロにおいてはライセンス制は基本的に必要ないと思います。ただ、ライセンス制は元プロ選手ではない指導者にも高いレベルで活躍できる道を開き「指導のプロを育てる」という側面もあるので、実際の指導力に応じてライセンス制を柔軟に活用すればいいと思います。
【第1回連載】「甲子園は5大会あっていい」プロホッケーコーチが指摘する育成界の課題。スポーツ文化発展に不可欠な競技構造改革
【第3回連載】漫画人気はマイナー競技の発展には直結しない?「4年に一度の大会頼みは限界」国内スポーツ改革の現在地
【第4回連載】スポーツ組織のトップに求められるリーダー像とは? 常勝チームの共通点と「限られた予算で勝つ」セオリー
<了>
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[PROFILE]
若林弘紀(わかばやし・ひろき)
1972年7月16日生まれ、大阪府出身。筑波大学大学院体育科学研究科修了。World Hockey Lab, LLC代表。アリゾナ・カチーナス・ゴールテンディング(GK)ディレクター。北米のユース、大学チームの他、日光アイスバックスのテクニカルコーチ、香港女子代表、トルコのクラブチームなど、プロからユースまで幅広いカテゴリーで25年以上の指導歴を持つ。2015年にアメリカに移住し、世界最高峰リーグNHL傘下のユースチーム等でコーチやディレクターを務める他、世界各地でアイスホッケーキャンプやクリニック、ビデオ分析をおこなっている。加えて一般企業や医療業界等、他業種のチーム作りやリーダーシップ、メンタルタフネス等のコンサルティングも請け負う。また、競技人口や競技施設を効率的に配置し、最適化された競技環境を構築する『競技構造』という概念を考案、研究している。アイスホッケーのプロコーチとしてUSA Hockeyコーチ・ライセンスの最高位であるLevel 5(マスターコーチ)のに加え、2024年にUSA Hockeyで新設されたゴールテンディングコーチの最高位Gold Levelを取得した最初の10人となった。
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Instagramアカウント https://www.instagram.com/worldhockeylab/
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