ハカの妨害は“非礼”か、“当然”か? イングランドV字陣形にアイルランドの歌声

Opinion
2019.10.27

熱戦の続くラグビーワールドカップ2019もいよいよ大詰めを迎えている。前人未踏の3連覇を目指したオールブラックス(ニュージーランド代表)だが、試合前に見せる“ハカ”もまた大きな話題となっていた。そんな中、準々決勝のアイルランド戦、準決勝のイングランド戦では、対戦相手が“ハカ”への対抗策を見せた。国内外で大きな議論を巻き起こしたこの行動は、非礼なのか、それとも当然なのか――。国際大会におけるふるまいを考えたい。

(文=永田洋光、写真=Getty Images)

“お約束”を破りハーフウェイラインを越えたイングランド

ニュージーランド代表オールブラックスが、準決勝でイングランドに7対19と完敗して、3連覇の夢を絶たれた。

オールブラックスにとって、日本で開催されたラグビーワールドカップは、ほろ苦い大会だった。

10月12日に予定されていたイタリア戦は台風19号の直撃を受けて試合が中止に。この結果、規定によって両チームは0対0の引き分け扱いとなり、2011年大会から17試合続いた連勝が止まった。

まあ、自然災害なので別にカウントしなくてもいいのだが、19日に行なわれた準々決勝のアイルランド戦では、ニュージーランドが46対14で勝って無敗記録を18に伸ばしたものの、試合前の儀式「ハカ」は、東京スタジアムに押しかけたアイルランド人サポーターが一斉に挙げた叫び声で、ほとんど声が聞こえない状態となった。

そして、26日の準決勝では、イングランドが、いきなりハカに対してV字形の陣形をとった。三角形の陣形でハカを披露するオールブラックスを包み込むように、両翼がハーフウェイラインを越えてニュージーランド陣内まで侵入したのだ。

実は、2011年のワールドカップ・ニュージーランド大会決勝戦でも、横一列に広がったフランスがお互いに腕を組んでオールブラックスに“異常接近”。彼らのホームであるオークランドのイーデン・パークでこういうことをやってしまうところがフランスの面目躍如だが、果たして試合は緊迫した展開となり、最終スコアは8対7。ニュージーランドは、苦しみ抜いた末に辛くも1点差で勝って、地元開催の大会で2度目の優勝を遂げた。

この2011年大会でのフランスの“妨害行為”をマナー違反と捉える人も多く、以降、ハカに対しては、対戦相手がハーフウェイラインを越えないように暗黙の了解ができた。しかし、打倒オールブラックスに燃えるイングランドは、そんな“お約束”を無視したのだ。

V字形の両翼にいるイングランドの選手がハーフウェイラインを越えたために、レフェリーのナイジェル・オーウェンスが自陣に戻るよう指示したが、注意されたジョー・マーラーは「聞こえないふりをしたように見えた」(ラグビーワールドカップ公式ホームページ)。私にもそう見えた。

19日のアイルランドサポーターのふるまいに対して「マナー違反では?」という声が聞かれたように、今回のイングランドのV字フォーメーションも今後非難されるかもしれないが、それでもこうした“ハカへの対抗行為”を根絶することはできないだろう。

ハカが、以前は日本で「ウォークライ」(War Cry)と言われたように、戦いを前に自分たちの士気を高める踊りである以上、打倒オールブラックスに燃える対戦相手も、当然何らかの対抗手段を講じようとするからだ。

過去大会でも見られた、ハカへの対抗策

1990年代には、舞台はワールドカップではなかったものの、やはりアイルランドが地元ダブリンでニュージーランドを迎え撃ったとき、ハーフウェイライン上で選手たちが横一列になってお互いの腕を腰に回し、そのままどんどんハカに近づいて最後は接触。オールブラックスの最前列で飛び上がろうとしたリード役を、ジャンプさせなかった。

1991年の第2回大会では、準決勝でニュージーランドと宿敵オーストラリアが激突したが、そのとき、ハカの最中にオーストラリアのレジェンド、デイビッド・キャンピージは、1人だけハーフウェイラインを離れて、自陣深くでボールを蹴って無邪気な子どものように遊んでいた。つまり、ハカをまったく無視したのだ。実は、こっちの方が、ハカにちょっかいを出すよりも、私にとってはずっと衝撃的だった。繰り返すけれども、ハカを無視したのだ。

しかも、この試合はオーストラリアの勝利で幕を閉じたが、勝負を決定づけるトライをアシストしたのがキャンピージだった。ボールを持ってニュージーランド防御に向かって直進。2人を自分に引きつけたまま、まったく視線を動かさず前を向いたまま、ボールをヒョイと後ろに放り投げて、サポートしたティム・ホランがトライを挙げた。この大会の「THE FINEST MOMENT(最良の瞬間)」賞を受賞した名場面だ(この大会だけ、そんな賞があった)。ハカと対峙することより、ボールを蹴って遊ぶことを選んだキャンピージだからこそ、できたプレーだった。

他にも、1999年第4回大会準決勝では、フランスが、ハカが終わった直後にハーフウェイラインの後ろで小さく、しかし固く円陣を組み、レフェリーが催促してもなかなか円陣をほどかずにキックオフが少し遅れた。円陣の中で、フランスのキャプテン、ラファエル・イバネスは若い選手たちに「これから始まるのは戦争だ!」とゲキを飛ばし、全員でフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』を歌った。そして試合は、フランスが43対31と劇的な勝利を収め、日本が南アフリカを破るまで「世紀の番狂わせ」と呼ばれていた。

マナーの善し悪しを論じるよりも……

このように、ハカにちょっかいを出すチームは、それなりの覚悟と決意を秘めて、自分たちの気持ちを極限まで高めるためにこういうことをする。

それは、そうした戦いを長く見ているサポーターも同様で、アイルランドサポーターが騒いだのも、別に不思議ではなかった。

どちらも、戦いの始まりを告げる儀式なのである。

ちなみに、国際放送向きの英語実況では、ハカや、フィジーのシンビ、サモアのシヴァタウ、トンガのシピタウを、「Cultural challenge」という言葉で紹介している。この言葉をどう日本語にすればいいのかわからないが(「文化的な挑戦」じゃ意味不明だ)、今までのところ「War Cry」や「War Dance」――これは映画『インビクタス/負けざる者たち』(2009年/アメリカ)の中で、ネルソン・マンデラ役のモーガン・フリーマンが、ニュージーランドのハカを指して言ったセリフだ――といった言葉は使われていない。

たぶん、放送上の配慮で「戦闘的」であるニュアンスを和らげようとしているのだろう。

でも、これらが「戦いの踊り」であることは明白だから、試合前の“宣戦布告”にも似た儀式に、こうした伝統を持たない国のプレーヤーやサポーターが対抗策を講じるのは当然のことだ。

だから、マナーの善し悪しを論じるよりも、当たり前に行なわれると思っていたハカに、相手のプレーヤーやサポーターが、策を講じて対抗する緊張感を楽しむのがベストの観戦法だ。

19日の東京スタジアムにいた観客も、26日の横浜国際総合競技場にいた観客も、ハカやオールブラックスの勝利を楽しみにチケットを購入したファンも多かったとは思うけれども、悲しむことはない。本当に何年に一度しか起こらない貴重な場面――オールブラックスがまったくいいところなく負けたことも含めて――を目撃して、あなたは歴史の証人となったのだから。

<了>

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