
マリノスを堅守から超攻撃へと変革した、ポステコグルー2年間の頑固で揺るぎない信念
破壊的な超攻撃サッカーで15年ぶりのJ1優勝を成し遂げた、横浜F・マリノス。昨シーズンから指揮を執るアンジェ・ポステコグルー監督は、いかにして伝統の“堅守”から大きなモデルチェンジを果たしたのか? 改革の道筋には、ボスの揺るぎない信念があった――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
「このスタイルが勝利に一番近い方法」
鹿島アントラーズと言われれば、条件反射的に「常勝軍団」が思い浮かぶ。黎明期に神様ジーコに注入された、敗北の二文字を頑なに拒絶する勝者のメンタリティーをアイデンティティーに変えて、前人未踏の3連覇を含めた、歴代最多の8度のJ1優勝をマークしてきた。
ならば、1993シーズンのJリーグ元年を戦った10チーム、いわゆるオリジナル10に名前を連ね、アントラーズとともに一度もJ2へ降格していない横浜F・マリノスのアイデンティティーは何か。2017シーズンまで、と期間を限定すれば、答えは堅守となったはずだ。
J1が18チーム体制となり、年間34試合を戦うようになった2005シーズン以降で、総失点がリーグ最少を数えたのが2度。ほとんどのシーズンで上位3位以内にランクされ、2017シーズンまでの13年間の平均が35.8を数えてきた総失点が、一転してワースト3位の56へと跳ね上がったのは昨シーズンだった。
ハーフウェイライン付近にまで最終ラインを上げ、背後のスペースをケアするゴールキーパーがビルドアップにも加わる。左右のサイドバックはタッチライン際ではなく中盤の、それも中央に絞る「偽サイドバック」と化して、数的優位な状況をつくり出しながらポゼッションを高める役割を担う。
昨シーズンに就任したギリシャ生まれで、オーストラリア国籍をもつアンジェ・ポステコグルー監督が掲げた斬新なスタイルは、2005シーズン以降では最多となる56ゴールをマリノスにもたらした。リーグでも2位タイにランクされた得点力はしかし、失点を激増させる副作用を伴っていた。
象徴的なシーンは昨年5月12日、ガンバ大阪を日産スタジアムに迎えた一戦の52分に訪れた。敵陣でボールを失った直後に、自陣のほぼ中央にポジションを取っていたGK飯倉大樹(現・ヴィッセル神戸)の頭上をMF藤本淳吾に狙われ、60mを超えるロングシュートを決められた。
もっとも、無人状態のゴールを陥れられたのは、ガンバ戦が4度目だった。日本のことわざで表現すれば、虎穴に入らずんば虎子を得ず――となる戦い方を貫いた代償として、終盤戦に突入しても失点禍が収まらなかったなかで、ポステコグルー監督が思わず語気を強めたことがある。
「私たちのサッカーは、まったくリスクを冒していない」
一本のロングパスに抜け出したFW武藤雄樹に決勝点を決められ、1-2で苦杯をなめさせられた9月16日の浦和レッズ戦後の公式会見。質疑応答で「野心的なサッカーでチャンスもつくっているが、失点のリスクもある。これから、どのようにバランスを取るのか」と問われた直後だった。
相手チームにも同じ数のチャンスをつくられているのならば、リスクを冒していると認める、と指揮官は持論を展開した。実際には相手の3倍に達するチャンスを決め切り、数少ないピンチを防ぎ切れば問題はない――リスクという言葉を頑なに拒絶したポステコグルー監督は、さらにこう続けた。
「このスタイルを続けている理由は、ただ単にわくわくするサッカーをファン・サポーターに見せたいからでも、アタッキングフットボールをやりたいからでもない。勝利に一番近い方法だからだ」
選手からの信頼を勝ち取った「ボス」の信念
オーストラリアのブリスベン・ロアーを率いた、2009年秋からの約2年半の間に、Aリーグ・ファイナルシリーズを連覇するなどタイトルを独占。オーストラリア国内で最も成功した監督と賞賛された源となった、結果とエンターテインメントを両立させるスタイルに絶対の自信を抱いてきた。
世代交代を進めながらオーストラリア代表をFIFAワールドカップ(W杯)ブラジル大会出場へ導き、2015年1月に自国で開催されたアジアカップも制覇。大陸間プレーオフを勝ち抜き、オーストラリアにロシアW杯の切符をもたらした直後に辞任し、マリノスでの新たなチャレンジをスタートさせた。
「来日して、初めてマリノスの選手たちに会ったときから『このスタイルでやっていこう』と話した。私は自分のメソッドを信じているし、メソッドが通じれば必ず結果が出ると信じてもいる」
おそらくは成功を収めたブリスベン・ロアーでも、その前後に率いたヤングサッカールーズ(U-20オーストラリア代表)やメルボルン・ビクトリーでも、そしてオーストラリア代表でも、絶対的な自信を抱く独自のスタイルが最初は混乱を引き起こしたのだろう。指揮官はこう語ったことがある。
「このサッカーをすることは非常に難しいと私自身も思っている。サッカーそのものの難しさ以前に、このサッカーをすると判断することが、いままで経験したことのないスタイルで戦うと判断することがまず難しい。だからこそ、信じる気持ちをどれだけ持ち続けられるか。そして、どれだけ高めていけるか。毎日がチャレンジであり、変わらずに指導していくことが私の信念となる」
昨シーズンは最後までJ1の残留争いを強いられた。セレッソ大阪との最終節でも1-2の逆転負けを喫し、12勝5分17敗と負け越してフィニッシュ。湘南ベルマーレ、サガン鳥栖、名古屋グランパス、ジュビロ磐田と勝ち点41で並び、得失点差でかろうじてJ1参入プレーオフ行きを免れた。
「順調に物事が進むよりも、メディアの方々が『大丈夫なのか』と思う状況になっているときが、自分は一番わくわくする。映画を見ていても、ハッピーエンドで終わるとわかるような展開は面白くない。たとえうまくいかなくても、私は『どうしたらいいのか』と思ったことが一度もない。動揺することなく、常に強い気持ちで向かっていくことが自分のスタイルなので」
自分自身を信じているからこそ、日々の言動に一切の迷いが生じない。伝統として掲げられてきた堅守が崩れ、黒星が先行しても不安や迷いを抱えてほしくないという思いを託して、ポステコグルー監督は「うまくいかなかったときには、自分が全ての責任を取る」と選手たちに言い続けた。
「選手たちにはプレッシャーを感じることなく、自由にプレーしてほしいと考えていたので、『呼吸をしているかのように、自分たちのサッカーを自然にやっていこう』とも言ってきた」
勝利は全て選手のおかげとたたえ、負ければ進んで批判の矢面に立つ。身長184cmで恰幅のいい大きな背中は、タイトル獲得への航路を進んでいくうえでの最高の羅針盤となった。畏敬の念を込められながら、ポステコグルー監督はいつしか「ボス」という愛称で呼ばれるようになった。
マリノスに関わる全ての人たちのベクトルを同じに
「去年の結果だけを言えば、タイトル獲得という目標を現実として考えている人は周囲にはいないに等しかったと思う。それでも、選手、監督、スタッフを含めたチームの全員が心の底から信じてスタートした。いまこうして言葉で言うのは簡単なことですけど、そのときから『このチームならば、何かを起こせるんじゃないか』という思いが自分のなかにあった」
タイトル獲得を目標に掲げて始動した今シーズン。天野純(現・ロケレン/ベルギー)、扇原貴宏と共にキャプテンに指名された、小学生年代からマリノス一筋で育った喜田拓也が神妙な表情で今シーズンの軌跡を振り返れば、アルビレックス新潟から加入して3年目の松原健も笑顔で続く。
「いまではこのポジションを取った方がすごく嫌がられていると、試合中でも相手選手の表情を見ながら感じ取れるようになってきた。去年からずっとやってきて、いまでは僕が攻め上がった後のスペースを、ボランチのキー坊(喜田)をはじめとする、他の選手たちがカバーしてくれる。心置きなく攻撃に参加できて、いろいろな場所でボールに触れるので、めちゃくちゃ楽しいですね」
右サイドバックの松原が言及した「このポジション」とは、言うまでもなく「偽サイドバック」として顔を出す中盤となる。連覇中の川崎フロンターレを4-1で一蹴し、優勝へ王手をかけた11月30日の大一番。トップ下の位置からエリキのゴールをアシストしたのは、松原の完璧なスルーパスだった。
残留争いを強いられたとはいえ、総得点では56をたたき出した。膨らみかけた手応えを、ポステコグルー監督のぶれない姿勢がまっすぐに伸びる、マリノスに関わる全員の思いを乗せたベクトルに変えた。もちろん、昨シーズンと同じ戦いは演じさせないとばかりに、指揮官も進化を促す。
「終盤戦に入ってきて、前線の選手からしっかりとプレスをかける、組織的な守備ができている。失点をしないためには、自分たちのゴール前における守備を強くするだけがポイントではない。ピッチ全体を見たときに、前線からの守備を考えてやってきたので」
攻撃は最大の防御なり、を合言葉に3トップを形成する左からマテウス、エリキ、日本代表に初選出された仲川輝人、そしてトップ下のマルコス・ジュニオールが激しく、そして連動的にプレッシャーをかけ続ける。4人がコースを限定するから、後方での奪いどころを共有できる相乗効果を生む。
総失点38はトップのセレッソ大阪の25から大きく引き離された7位。しかし、引き分けを挟んで3連勝と7連勝をマークし、無双の強さを身にまといながら美酒に酔った最後の11試合に限れば8失点に抑えている。その間に31ゴールを奪ったマリノスの攻守は、究極のハーモニーを奏でていた。
しかも、マルコス・ジュニオールと共に開幕前に加入し、7月中旬までに11ゴールをあげたFWエジガル・ジュニオが左足関節を骨折。長期離脱が決まるとすぐにエリキがリストアップされ、グランパスで出場機会を失っていたマテウスと共に期限付き移籍で急遽加入した。
エリキは夏場以降で8ゴールをマーク。マテウスに左ウイングの先発を奪われ、奮起した東京五輪世代の遠藤渓太も7ゴールをあげた。マルコス・ジュニオールは15ゴールをあげて仲川と得点王を分け合い、最終ラインでは昨夏に加入したチアゴ・マルチンスがスペースを埋める速さと対人の強さで代役のきかない異能ぶりを発揮。左サイドバックではタイ代表のティーラトンが存在感を放った。
外国籍選手の登録が無制限となり、ベンチ入りおよび出場が最大5人となった今シーズン。マリノスに在籍した全ての外国籍選手が、ポステコグルー監督の要求通りに労を惜しむことなく献身的にプレーした。2014年5月からマリノスに資本参加している、シティ・フットボール・グループ(CFG)とのシナジー効果が発揮されてきたと、マリノスの黒澤良二代表取締役社長は目を細める。
「役割分担をはっきりさせたことで、シナジー効果が出てきた。CFGのスカウティングは世界一なので、そのなからマリノスの考えに合わせて、シナジー効果が生まれるところに集中してチョイスできたことで、外国籍選手の獲得で大きなメリットが生まれている」
勝ち取った栄冠は新たなアイデンティティーの礎に
優勝へ向けて勢いを加速させていたなかで、ポステコグルー監督にこんな質問が飛んだことがある。運命に導かれたように最終節に組まれている、FC東京との直接対決にリーグ優勝がかかってきたときに、マリノスが1点を先制すれば引いて守るのか、と。指揮官は間髪入れずに首を横に振った。
「ここで考え方を変えてしまえば、私は信用を失ってしまう。たとえ1点をリードしても安全に守り切るのではなく、2点目、3点目を奪いにいくのが私たちのサッカーなので」
言葉通りにFC東京戦では、左サイドバックから中盤にシフトしてきたティーラトンが26分に先制点をゲット。前半終了間際にはエリキが追加点を奪い、守護神・朴一圭が一発退場となり、10人での戦いを強いられてからも、77分には遠藤がカウンターからダメ押しの3点目をたたき込んだ。
状況的には3点差で負けても優勝が決まったが、マリノスは攻めて、攻めて、攻め抜く戦いを貫いた。痛快無比な攻撃サッカーのもとで優勝シャーレを掲げる瞬間を目に焼きつけようと、日産スタジアムはJリーグの歴史上で最多となる6万3854人の大観衆で埋め尽くされた。
今シーズンのマリノスは、主催した17試合で45万9168人、1試合平均で2万7010人を動員した。昨シーズンの37万401人からの伸び率24%、同じく2万1788人だった1試合平均の入場者数の伸び数5222人はいずれも、昨シーズンもJ1を戦った16チームのなかでトップをマークしている。
優勝まであと1勝まで迫りながら涙を飲んだ2013シーズンの46万7425人、平均2万7496人には及ばなかった。しかし、ラグビーワールドカップが開催された関係で日産スタジアムを使用できず、キャパシティが1万5454人と小さいニッパツ三ツ沢球技場で5試合を主催している。
「いろいろなハンディがあっても、攻撃的で魅力的なサッカーが何よりも大事で、人を引きつけるということを再認識した次第です」
Jリーグの村井満チェアマンも攻撃的な姿勢を貫き通し、他の追随を許さない総得点68をたたき出したマリノスを賞賛した。そして、6年ぶりにAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に挑み、国内では追われる立場にもなる来シーズンへもベクトルはまっすぐに伸びていく。すでにマリノスとの契約を2年延長することに合意している、ポステコグルー監督が胸を張る。
「この攻撃的なサッカーをやめることなく、継続させていくことだけは確かだ。チャンピオンになった翌シーズンの戦いは決して簡単なものではないが、より素晴らしいチームに成長させていきたいし、成長できるチームだと思っている」
伝統の堅守から常識破りの攻撃力へと、今シーズンのマリノスは看板を鮮やかに変えた。頑固一徹な指揮官が掲げた、斬新なイノベーションにも映る改革路線を信じ抜く思いが選手、スタッフ、フロント、シティ・フットボール・グループ、そしてファン・サポーターとマリノスに関わる全ての人間を巻き込み、頂点を勝ち取った成功体験が新たなアイデンティティーを生み出す礎になる。
<了>
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