天皇杯・元日決勝は破綻している。鹿島を窮地に追い込む本末転倒な現状も、次回は再び元日開催
ホーム開幕戦のカードが発表され、早くも新シーズンへの期待が膨らむ2020シーズンのJリーグ。各チームが続々と始動する中、異常事態ともいえる窮地に追い込まれているのが、鹿島アントラーズだ。もはや破綻しているといっても過言ではない、天皇杯の元日決勝。この本末転倒な現状はなぜ起きているのか、是正する術はないのか。あらためて考えてみたい。
(文=藤江直人)
まるで罰ゲームのような鹿島の日程
こけら落としマッチを迎えた新国立競技場の真新しいピッチで、ヴィッセル神戸がクラブ史上で初めてとなるタイトルを獲得して歓喜の雄叫びをあげる。2019シーズンのエンディングを飾った元日決戦の記憶が色濃く残るJリーグから、早くも「始動」の二文字が伝わってきている。
2020シーズンのJ1を戦う18チームでは、3分の2にあたる実に12チームが11日までに始動した。そのうち10チームは昨年12月7日の明治安田生命J1リーグ最終節でシーズンを終えているので、日本代表に選出された選手を除けば、最低でも1カ月のオフを取った計算になる。
J1参入プレーオフ決定戦に回り、徳島ヴォルティスと引き分けて残留を決めた湘南ベルマーレがシーズンを終えたのが先月14日。始動が10日だったから26日間はオフを確保できた計算になるが、対照的に鹿島アントラーズのオフはわずか6日間と桁違いに短い。
天皇杯決勝でヴィッセルに屈してから1週間後の今月8日に茨城県鹿嶋市内で始動し、10日からは宮崎県内でキャンプをスタートさせた。今シーズン初の公式戦、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)のプレーオフが今月28日に県立カシマサッカースタジアムで控えている日程から、ギリギリのタイミングでの始動となった。
もっとも、始動日にクラブハウスに姿を現した選手はわずか16人だった。そのうち2年目のMF名古新太郎、ルーキーのFW染野唯月(尚志高)はけがのため室内で別メニュー調整。14年目を迎えた31歳のベテラン、MF遠藤康もピッチには姿を現したものの別メニューで終えた。
キャプテンのDF内田篤人に加えて、元日までフル稼働したGKクォン・スンテ、DF犬飼智也、ブエノ、MFレオ・シルバ、永木亮太、土居聖真、三竿健斗、白崎凌兵、FWセルジーニョ、伊藤翔の主力組はそろって不参加だった。クラブ側が熟慮した末に、引き続きオフを優先させたためだ。
現役時代に柏レイソルでプレーした経験を持つ、ブラジル人のアントニオ・カルロス・ザーゴ新監督に率いられるチームに合流するのは、20日まで行われる宮崎キャンプ終盤の16日に設定されている。最悪の場合、チーム作りがACLのプレーオフに間に合わない可能性もある。
「もうちょっと早く(全員で)始めたいという考えも、もちろんありましたけど」
こう振り返るアントラーズの鈴木満常務取締役強化部長は、Jリーグ統一契約書のなかに明記されている「最低でも2週間のシーズンオフ」を主力組に与え、全体での始動をあえて遅らせることを決めた理由を明かす。天皇杯決勝翌日から15日までで、ちょうど2週間になる計算だ。
「昨シーズンの終盤戦を見ていても、フィジカル的にまるでオーバートレーニング症候群のような状態になり、メンタル的にも集中力を欠いてパフォーマンスが上がらなかったところがあった。こうした状態が3年も4年も続いてきたなかで、どこかでメリハリをつけなければいけないとずっと考えてきた。選手たちも人間なので、今年は思い切って休ませよう、という決断を下しました」
対照的に天皇杯を制したヴィッセルの始動は、J1勢のなかで最も遅い今月22に設定された。3週間のオフで鋭気を養い、J1王者の横浜F・マリノスと対峙する来月8日のFUJI XEROX SUPER CUP、同12日にグループリーグが幕を開けるACLにそれぞれ初めて挑む。
元日の風物詩として位置づけられて久しい天皇杯決勝で勝てば、十分とは言えないまでも、3週間のオフを取れる。一方で負ければまるで「罰ゲーム」とばかりに、慌ただしい始動を強いられる。今回はアントラーズが英断を下して主力を休ませたが、そもそもこうした不公平が存在していいものなのか。
柴崎岳、小泉文明社長も警鐘を鳴らす事態
不公平を生み出す源泉をたどっていけば、天皇杯決勝が元日で固定されている国内のサッカースケジュールに行き着く。本来ならば各チームがほぼ同じ時期にオフへと入り、来る新シーズンへ向けて備えるべきところで、天皇杯決勝の元日開催がチーム間のばらつきを導いている。
今回の天皇杯決勝から一夜明けた2日にアントラーズのOBで、ラ・リーガ2部のデポルティボ・ラ・コルーニャでプレーする日本代表MF柴崎岳が投稿したツイート(@GakuShibasaki_)が、4000件を超えてリツイートされるなど非常に大きな反響を呼んだ。原文をそのまま記すと下記のようになる。
<何が原因か分からないが、休む事への意識が欠けている。僕が日本にいた時は確か契約書に選手は最低2週間オフシーズンを過ごす権利があると書かれていた様な… それでも短いけど。今回は鹿島や神戸(神戸のオフ期間は分かりませんが)ですが、どのJリーグチームが犠牲になってもおかしくない>
昨年8月末にアントラーズの新しい筆頭株主になった株式会社メルカリの取締役会長で、アントラーズを運営する株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シーの代表取締役社長を務める小泉文明氏も、柴崎のツイートを引用する形で、翌3日に自身のツイッター(@Koizumi)にこんな文面を投稿している。
<過密日程については鹿島は毎年ひどい状況で、選手もスタッフもオフが少なすぎる状況が続いてます。Jリーグを通じて日本サッカー協会に天皇杯の日程の前倒しを要請してます。大事な選手を守らなければ長期的な強化、発展は望めないと危機感を感じてます。>(原文ママ)
天皇杯決勝が国立霞ヶ丘陸上競技場、いわゆる旧国立競技場を舞台として、元日に開催されるようになったのは1968年度の第48回大会からだった。それまでは開催時期だけでなく決勝の会場もばらつきがあり、静岡県の藤枝東高校や広島県の国泰寺高校のグラウンドで開催された年もある。
折しも産声を上げて間もない日本サッカーリーグ(JSL)が、集客に苦慮していた時期だった。銅メダルを獲得した1968年のメキシコ五輪で日本代表監督を務め、後に日本サッカー協会(JFA)の第8代会長に就任する長沼健氏(故人)をはじめとする幹部が、こんな思いを託して元日の旧国立競技場開催を実現させた。
「元日の明治神宮に約250万人の参拝客が来る。初詣帰りの1%でも決勝に来てもらえないだろうか」
集客面だけでなく興行面でも狙いは的中し、1980年代後半まで続く日本サッカー界の冬の時代において、旧国立競技場を舞台にした天皇杯決勝は元日の風物詩として定着。財政面でも日本サッカー協会へ安定をもたらしたことで、1972年度の第52回大会からのオープン化を実現させた。
Jリーグが発足した1993年度の第73回大会以降は、プロとアマチュアが戦う唯一の大会として広く認知された。英知を絞り出した先達たちへの畏敬の念が、いまもなお強いのだろう。天皇杯を主催する日本サッカー協会内には、決勝の元日開催に帯するこだわりが依然として強く残っている。
ただ、メキシコ五輪で得点王を獲得した不世出の名ストライカー、釜本邦茂を擁するヤンマーディーゼル(現・セレッソ大阪)が、1-0で三菱重工(現・浦和レッズ)を撃破。旧国立競技場のピッチで初優勝の喜びを爆発させた1969年の元日から、実に半世紀以上の時間がたっている。
当時は画期的だった元日開催もプロの時代が幕を開け、ACLに代表される新たな国際大会が創設されて久しい、いま現在のサッカー界にはそぐわなくなった。オフのばらつきが生み出された結果として、選手たちに不必要な負担を強いる存在となっている現状は、まさに本末転倒となる。
プレミアリーグでもブンデスリーガでもほぼ同時にオフに
つまり、プレーヤーズファーストの視点で考えれば、元日に決勝戦を開催するスケジュールは破綻状態にあり、日程を再考すべき段階を迎えている。ゆえに半世紀の間に2度だけ、元日から前倒しされて決勝が開催された2014年度の第94回大会、2018年度の第98回大会は大いに参考になるはずだ。
いずれも翌年1月上旬にAFCアジアカップが開催された関係で、日本代表の活動期間を確保する目的で元日決戦が回避された。2014年はJ1最終節から1週間後の12月13日に天皇杯決勝が開催され、2018年は同じく最終節から中3日の12月5日に準決勝、再び中3日の同9日に決勝が行われた。
J1参入プレーオフ決定戦や、JクラブがACLを制した場合のFIFAクラブワールドカップとの兼ね合いもあるだろう。それでも、例えばプレミアリーグやブンデスリーガでも、リーグ戦の全日程を終えた次の週末にFAカップやDFBポカールの決勝戦が行われている。すべてのクラブがほぼ同時にオフに入るためには、12月第1週にリーグ戦を終えた翌週末が一つのポイントになってくる。
実際にプレーする選手たちは、目の前にあるすべてのタイトルを獲得したいはずだ。特にACLに対しては、日本サッカー協会およびJリーグから毎年のように大きな期待を託されている。ACL本戦へ進出するためのプレーオフへ、手探り状態で臨むアントラーズにとっても苦渋の決断だったはずだ。
「そこ(プレーオフ)は何とかうまくやり繰りして勝って、次につなげないといけない。ただ、今シーズンは監督やスタッフが替わり、選手も大幅に入れ替わったことも考えれば、最初からというのはちょっと難しいかも、と覚悟しなきゃいけない。ゆっくり、少しずつチームを作りあげながら、秋口から勝負をかけられるような状態になれば、とも考えています」
昨シーズンに本田圭佑が在籍したことでも知られる、メルボルン・ビクトリー(オーストラリア)が勝ち上がり、対戦相手になると予想される一発勝負のプレーオフをにらみながら、アントラーズの鈴木強化部長はスタートダッシュを度外視した、我慢のシーズンになる覚悟も決めている。
柴崎がツイートで懸念した<Jリーグチームが犠牲になっても――>が、現実のものとならないためにも特に日本サッカー協会には現実を直視し、アントラーズの小泉社長がすでに要請している天皇杯日程の前倒しを真剣に議論すべき時期に直面している。しかし、残念ながらと言うべきか。第100回の記念大会となる次回の天皇杯決勝も、2021年の元日に開催されることがすでに決まっている。
<了>
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