泣き崩れる球児を美化する愚。センバツ中止で顕在化した高校野球「最大の間違い」高校野球改造論
当初は無観客での実施を目指していた第92回選抜高校野球大会だったが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受け、史上初の中止という苦渋の決断を強いられることになった。大会中止がニュースになることで、改めて「特別さ」を際立たせた高校野球と甲子園だが、作家・スポーツライターの小林信也氏は、「これを機に高校野球の真の目的を見つめ直すべき」と語る。
(文=小林信也、写真=武山智史)
涙を過剰に美化し「利用」する世相に異議あり
高校野球『春のセンバツ』中止決定から数週間が経過し、本来なら大会が行われているはずの日々が過ぎている。
当初は、中止を惜しむ声が高まったが、新型コロナウイルスの感染状況がまだ改善しない中、センバツを語るニュースもほとんど目立たなくなっている。
私は、センバツ中止の際に報道された選手や監督たちの姿、言動を見てますます、高校野球の改革をすぐ始める必然性に衝き動かされた。
中止を聞いて、泣き崩れる選手たち。メディアはこれを悲劇のヒーローたちのように報じ、同情的な意味合いで伝えたが、私はこの様子を見て背筋が寒くなった。彼らが、ますます混迷を深めるだろう社会の未来を背負って立つ人材に育つだろうか?
世界中で、新型コロナウイルスに感染し、苦しんでいる人たちがいる。治療の方法もわからず、本人にはもちろん、家族、友人がどれほど不安な時を過ごしているだろう。そして実際、命を落とす人々もいる。
それなのに、「甲子園で野球ができなくなった」というだけで、17歳の男子がグラウンドに突っ伏して泣き崩れる。これを当然と認める日本の社会が「おかしくないか?」と私は思うのだ。今回に限らない。夏になれば、試合が終わるごとに、敗者が涙を流す姿が、夏の風物詩のようになっている。世間はこれも普通に受け入れている。
私自身は涙もろく、涙の効用も感じているし、高校3年の夏の敗戦後は泣いた選手の一人だから、偉そうには言えない。だが、泣いても許される、涙をたたえさえする世相には疑問を感じ続けている。
こればかりは、日本高野連が通達を出すようなものではないが、「敗戦後に泣くのは禁止」くらいの申し合わせを選手間でするチームが出てきたらいいのにと願う。
理不尽をチャラにする機能を持つ「最後に泣く」という儀式
「最後に泣く」のが、高校野球のお約束、それですべての理不尽をチャラにする、といった機能も実は備えている。これもおかしいではないか。
高校野球の監督は、敗戦後のミーティングに「その学年の指導の成否がかかっている」と言う監督もいる。負けた直後にどんな話ができるか、選手たちをどんな気持ちにできるか。おおむね、監督も泣き、ねぎらい、未来へのはなむけをそれまでの練習時とは違うやわらかなトーンでするのが定石だ。その場だけは、監督も人の子だ、と思わせる雰囲気に包まれる。
取材経験の中で、一度だけ、まったく違うミーティングをした監督がいた。
かつて都立城東高を、都立で初めて東東京代表に導いた有馬信夫監督(現・都立足立新田監督)だ。都立保谷高に移り、都大会のベスト8に進出。準々決勝で優勝候補の日大三高に惜敗した直後のミーティング。すでに涙をこらえている選手、嗚咽を漏らす選手が円陣を作っていた。そこに登場した有馬監督はいきなり言った。
「泣くな! お前らなんて、泣く価値もない」
てっきり感動的なねぎらいの言葉がもらえると思っていた選手、父母たちは唖然とした。しかし、それは何より、温かな本音に聞こえた。
「お前らが、自分たちの力をしっかり出せば、勝てた試合だった。相手が日大三高だろうが、関係ない。それだけのチームだった。ところが、相手の名前にびびって、本来の力が出せなかった。それで負けた。これからの人生も、こんなことじゃやっていけない。自分に負けるな。泣いている暇なんてない。何を泣いて、自分たちを慰めているんだ!」
有馬監督の短い言葉からは、そんな強い思いが伝わった。
余談だが、この話をある本にも書いたことがある。それを読んだテレビ番組の担当者が取り上げたいと打診してきた。高野連に問い合わせると、一監督が目立つような話はダメ、という理由で却下されてしまった。
本当に甲子園が高校野球の目標でいいのか?
話を戻そう。
他の分野なら、普通に「おかしい」と指摘されるものが、高校野球では「容認されている」「多くの人が、むしろその古くさい慣習やモードを伝統だ、日本の美学だ」などとして楽しんでいる怖さはないだろうか。
甲子園こそ絶対の価値であり、甲子園に出場すれば賛美される価値観の中で高校野球は世間的にも許され、認められている。
だが実際には、夏の甲子園の頂点に立ち、誰もが憧れる深紅の大優勝旗を持ってダイヤモンドを一周した主将が、罪を犯してしまった現実もある。個人の問題、人間性の問題として片付けるのは簡単だが、スポーツ界の中から高校野球やスポーツが持つ組織的な問題、それらが悪の温床になっているのではないかという問いかけすらないのは、あまりに無責任ではないか。
ここ数年続発するスポーツ界のパワハラ騒動でもわかるとおり、それらは一個人の問題ではなく、スポーツ界全体が抱えている危険な体質そのものだ。これはオリンピックなど競技スポーツ全体に通じるところだが、とくに高校野球の異質さは際立っている。
センバツ中止で改めてわかったのは、「甲子園出場が高校野球の唯一最大の目標だ」ということだ。その甲子園が中止され、球児たちは泣き崩れ、「明日から何を目標にすればいいのか」と混乱した。そして、「早く夏の甲子園を目標に切り替えて」と、結局、甲子園出場だけが共通テーマに再設定されるのだ。
本当に甲子園が高校野球の目標でいいのか? などと問えば、野暮だと笑われるだろう。
私は、今回の中止をきっかけに、高校野球のあり方が根本的に問い直され、劇的な変革のムーブメントが起こることを期待している。
「甲子園は目標の一つだが、全部ではない」
と誰かが気づいてくれないだろうか。
「週に6日も強くなるための練習だけするのが本当に教育? 自分はそれで成長できるのか?」そんな問いかけを普通の感性を持った高校生ならするのではないだろうか?
私自身は、「あえて野球だけに没頭し、勉強も捨てて甲子園を目指す自分」を可愛いと思っていた。そうやって、勉強とか、進学とか、世間が大事だという方向性を犠牲にして野球にかける男の格好良さに半ば酔っていた。そういう決断によって、私は私を信じることができた。
そんな心の持ち方をしている高校生はいまもいるのではないだろうか。だが、冷静に考えれば、高校時代にもっとしておくべきことがあった。私はかろうじて、テスト休みの期間に映画を見に行ったり、合間を縫って自作の曲を作りギターの弾き語りをしたりして野球以外の楽しみも持っていたが、視野や見聞は恐ろしく狭かったと思う。
練習は週に4日。週末の土日いずれかは必ず休んで野球以外のことを楽しむ。平日1日は、地域の小中学校で子どもたちと一緒に野球をする。あるいは、中高年の軟式野球やソフトボールチームと合同練習や試合に興じる。こうして、地域貢献し、自らも世代を超えた交流によって大切なことを学ぶ。さらにもう一日は、座学によって、スポーツの哲学、スポーツマネジメントやスポーツの歴史などを学ぶ習慣は重要ではないだろうか。
春の地区大会をやめる動きは、新潟県高野連が提唱し、日本高野連も同様の考えを持っていると聞く。通常なら春の地区大会が行われる4月、5月の時期をどう過ごすか。大人たちが決めるだけでなく、選手たちが独自に企画し、他高と連絡を取り合って、対抗戦、親善大会、世代を超えた交流の場づくりなど、いろいろな経験をする機会にできるはずだ。
高校野球には自由がない。結局、大人が決めている。大人は大人の顔色を見ている。
高校球児は自由に発想する習慣がない。言っても無駄だと、教え込まれている。
それこそが最も愚かな、悪しき教育だ。いや、そういう強制的な雰囲気で行われる活動を教育と呼んではならない。
本質的な改革の動きを、全国各地の高校球児たち、チームごとに始めてほしいと願っている。これを始めるチームが、強豪か、いつも初戦で負けることの多いチームか、そこに資格の差はないはずだ。
<了>
第9回 金属バットが球児の成長を止める。低反発バット導入ではなく今こそ木製バットに回帰を!
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