メイウェザーとマイク・タイソンが「夢の対決」?コロナ禍で衝撃のバーチャルプラン
新型コロナウイルスの影響で、あらゆるスポーツイベントが延期・中止を余儀なくされている。日本でもいまだ収束の見通しが立たず、すでにいくつかのチームの危機的状況が報じられており、今後さらに経営的・財務的に厳しい局面に立たされるだろう。
だが世界を見れば、この未曽有の危機を乗り越え、さらには次の時代を見据え、早くも新たな動きを見せている。あのボクシング界のレジェンド、フロイド・メイウェザーや、モータースポーツ世界最高峰のF1の取り組みは、日本のスポーツ界にとっても大きなヒントとなるに違いない。
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
メイウェザーが、あの伝説のマイク・タイソン、パッキャオとも対戦?
スポーツ界にとって悪夢のような存在になっている新型コロナウイルス。この未知のウイルスがもたらしたかつてない苦境は、スポーツを新たなエンターテインメントとして進化させるかもしれない。その動きはすでに、デジタルの世界で始まっている。
50戦無敗で世界5階級を制覇し、2017年に引退したボクシング界のレジェンド、フロイド・メイウェザーが、リングにカムバックする。ただし、バーチャルな存在として。
今年4月9日、メイウェザー陣営は、スポーツ動画配信サービスfuboTV、仮想エンターテインメント企業FaceBankと合弁会社を立ち上げたと発表した。このスタートアップは、ボクシング界のスーパースターたちのスキルやキャラクターをコピーしたバーチャルボクサーを仮想現実の世界で対戦させ、放送することを目的として設立された。
具体的には、過去の映像からパンチの速度、反応速度、戦略、スタミナなどを詳細に分析。選手の顔や身体のデータも取り込み、精密な分身(アバター)を作り出す。打たせずに勝つスタイルで無敗を貫いたメイウェザーのアバターなら、代名詞ともいえるL字ガードと多彩なフットワーク、圧倒的なスピードとテクニックが再現されるというわけだ。ちなみに、試合はコンピューターによるシミュレーションで行われる。
このスタートアップは現在、ほかのスーパースターたちとの契約を進めており、今後数週間で発表するとしている。これは推測でしかないが、ボクシングの元世界ヘビー級3団体統一王者のマイク・タイソン、元世界6階級王者の「ゴールデンボーイ」オスカー・デラホーヤ、かつてメイウェザーと名勝負を演じた世界6階級制覇、現WBAウェルター級スーパー王者のマニー・パッキャオなどが参戦すれば、大きな話題になるだろう。
ビジネスマン・メイウェザーはすでにVRを活用
バーチャルボクシングに違和感を持つ読者もいるかもしれないが、引退後にビジネスマンとしての才覚も発揮しているメイウェザーにとって、バーチャルテクノロジーは身近なものだった。全米で展開しているスポーツジム「メイウェザーボクシング+フィットネス」では、2018年1月にバーチャルリアリティ(VR)を使ったトレーニングを導入している。
VRの中で本人のキャラクターをモチーフにしたメイウェザーがコーチとなり、ボクシングの動作に連動したトレーニングを指導してくれるもので、ユーザーはVRヘッドセットとハンドコントロールを装着して臨む。このVRトレーニングの中に、メイウェザーのアバターと対戦できるプログラムが組み込まれているのだ。バーチャルボクシングのビジネスは、これを進化させたものとみることもできる。
ボクシングは現在、コロナ対策で世界的に興行中止を余儀なくされており、再開のめどは立っていない。いつものように試合を観戦できず、もどかしい思いをしているボクシングファンの中には、たとえコンピューターシミュレーションであっても、スーパースターたちが拳を交えるドリームマッチを見たいという人は少なくないだろう。
F1は現役レーサー以外に多彩なメンバーを集め新規ファンを発掘か
コロナウイルスの影響で、3月13日のオーストラリアグランプリ中止決定以降、バーレーン、ベトナム、中国、オランダ、スペイン、アゼルバイジャン、カナダでのレースの延期、モナコでのレースの中止を決定したF1は、PC版ゲーム『F1 2019』を使用した「F1 eスポーツバーチャルグランプリ」の開催に踏み切った。
ユニークなのは、F1チームに所属している現役レーサーだけでなく、業界を超えて多彩なメンバーを集めたこと。例えば、3月22日(現地時間)に開催された最初のレース、バーチャルバーレーングランプリで、レッドブルは自転車競技で五輪の金メダルを史上最多6回獲得したクリス・ホイ、ルノーはゴルフ界のスター、イアン・ポールター、ウィリアムズはシンガーソングライターでワン・ダイレクションのメンバー、リアム・ペインを起用した。
このバーチャルレースの模様は主要なテレビ局、Twitch、YouTube、FacebookのF1公式チャネルで配信され、オンラインで320万人、テレビでは120万人が視聴した。この成功を受けてレースに参加するレーサーもさらにバラエティ豊かな顔ぶれになっており、第2回、第3回のレースではレアル・マドリードのゴールキーパー、ティボー・クルトワ、イギリスのクリケットのスター選手、ベン・ストークスらがゲームの腕を競った。
F1レーサー以外の選手が参戦することで視聴者も多様化が進み、F1のデジタル分野とeスポーツの責任者であるジュリアン・タン氏は、Webメディア『SportsPro』の取材に対して、「大成功」とコメントしている。
全米で最も人気のあるモータースポーツ、NASCARも、コロナによる延期発表の後、F1と同じくゲームを使ったバーチャルレースに舵を切った。「eNASCAR iRacing Pro Invitational Series」と銘打たれたシリーズには、NASCARの現役選手が参戦。テレビ局のFOX、NBCと提携してライブ放送され、3月22日の第1週にはおよそ90万人、第2週には130万人の視聴者を記録した。
6月までレースの延期を発表しているバイクのロードレース世界選手権MotoGPも、オフィシャルゲームを使用した初めてのバーチャルレース「MotoGP Virtual Race」を開催。現役ライダー10名が参戦した初戦は28カ国で放送され、オンラインでもイベント全体で1300万回の再生を記録した。
トライアスロン、自転車は、実際に体を使ったバーチャルレースを開催
意外なところでは、トライアスロンもバーチャルにシフトした。スイム3.8km、自転車180km、ラン42.195kmを制限時間(16時間)内に完走する世界一過酷なトライアスロン、アイアンマンレースが、初めてバーチャル空間で行われたのだ。
4月4日に開催された「IRONMAN VR Pro Challenge」では、過去のアイアンマンワールドチャンピオンを含む4人の女性と4人の男性が、自転車で対戦。公式のトレーニングパートナーROUVYを利用し、選手の自宅で仮想のボルダーバイクコースを走るもので、各選手はマイクを装着してレースに臨み、その様子がFacebook Watchでライブ配信された。「IRONMAN VR Pro Challenge」は以後、毎週末開催されている。
自転車競技でもバーチャルレースが開催された。今年で104回目を迎える最高峰の自転車レースの一つ、ロンド・ファン・フラーンデレン(ツール・デ・フランドル/ベルギー)の中止が発表された後、主催者のフランダースクラシックスが「デ・ロンド・ロックダウンエディション」の開催を発表。
13人のプロライダーが自宅でトレーニングバイクに乗り、通常コースのラスト32km(20マイル)をバーチャルレースで競った。各ライダーの様子はYouTubeでストリーミング配信された。このレースはベルギーのテレビで放送され、60万人が視聴し、オンラインでも数千人が観戦した。
また、ローラー台に固定した自転車にセンサーを付け、PCやスマホなどと接続して画面上のコースを走っているような感覚を味わえるバーチャルサイクリングサービスのZwift(ズイフト)は、プロ、アマ向けに「Zwift Royal Classics Series」を開催。このレースに、2010年のチーム発足以来、7度のツール・ド・フランス制覇を果たしているチーム・イネオスが参戦すると表明した。レースの模様は、チーム ・イネオスのソーシャルメディアチャネルで配信される。
コンピューターシミュレーションの競馬を430万人が視聴、3.5億円の利益を寄付
競馬もバーチャル化された。イギリスでは、コロナの影響で競馬も中止されているが、毎年4月にイギリスのエイントリー競馬場で行われる世界最高額の障害競走グランドナショナルは、コンピューターシミュレーションによるレース「バーチャルグランドナショナル」に切り替えられた。イギリス最大の民間放送局ITVが放送し、30分間の放送で平均視聴者430万人、視聴率30%を記録した。
このレースはチャリティーとして開催され、ブックメーカーは、すべての利益にあたる260万ポンド(約3億5000万円)をNHS(National Health Service/イギリスの国営医療サービス)が支援するチャリティー団体NHS Charities Together(NHSCT)に寄付した。
さまざまなスポーツ競技がバーチャルな取り組みを始めることで、これからどんな変化が起きていくのか。数カ月後か数年後に今を振り返った時、コロナはスポーツのポテンシャルを広げたといえるのかもしれない。
<了>
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