
「ゴールが決まれば人生設計は練り直せる」33歳・福澤達哉、人生を懸けて挑む東京五輪
東京五輪の延期が決まり、“人生設計”を練り直す必要に迫られたバレーボール日本代表・福澤達哉。同級生の清水邦広とともに22歳で出場した2008年北京五輪以来の五輪出場に向け、「4年、8年、12年、それだけを目指してやってきた」という。35歳という年齢での出場を目指すことになった1年後のオリンピックへの道のりを決して簡単なものではないと認識しながらも、自分の限界に挑戦すると決意した胸の内を語る。
(インタビュー・構成=米虫紀子、写真=Getty Images)
<本インタビューは、4月15日に実施>
【前編はこちら】バレー福澤達哉、海外で新たな気付き 寄せ集め集団を「強い組織」に変えるプロセスとは
ゴールが決まれば、人生設計を練り直せる
――新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今季プレーしていたフランスリーグがシーズン途中に中止に。日本にはいつ帰国されたんですか?
福澤:3月18日です。イタリアで感染が広がっている中、フランスは最初ちょっと楽観視していたところがあったと思うんですが、一気に状況が変わって。帰国してからは、2週間の自宅待機要請が出ていたので、実家のほうで待機していました。うちの両親も高齢ではあるので、接触しないように家の中で隔離して生活していました。
――その待機中の3月24日に、東京五輪の延期が決まりましたが、その時の率直な思いを聞かせていただけますか。
福澤:その発表が出される前は、あらゆる可能性がまだ残されていた中で、正直なところ、なんとか今年やってほしいな、という思いはありました。ただその反面、この状況の中では厳しいのかな、というのもわかってはいました。僕もフランスから帰ってきたので、ヨーロッパでのコロナの状況がどうなのかとか、わかっていたつもりだったので。
その中で、中止なのか、1年延期なのか、2年延期なのか、というところは一番気になっていました。いろんな選択肢がある中で、とにかくこの「どうなるかわからない」という不安な状況を少しでも早く解決してほしい、という思いが一番強くありました。そういう意味では、延期になったのは残念ですけど、IOC(国際オリンピック委員会)であったり、大会組織委員会であったり、政府が、迅速に動いて発表してくれたのは、僕にとってもですし、たぶんほとんどの選手が、すごく安心した部分なんじゃないかなと思います。ゴールが決まれば、またそこへのプランニングだったり、気持ちの持っていき方やそれぞれの人生設計というのは、もう一度練り直すことができるので。
この年齢で“あと1年”となった時に……
――気持ちが落ち込んだりはしませんでしたか?
福澤:うーん、落ち込むというより、不安はやっぱりありますよね。この年齢(33歳)で“あと1年”となった時に……。これまでの1年もやっぱり自分の人生を懸けてやってきましたから。いろんなものを犠牲にして。オリンピックは犠牲を払ってでも挑戦する価値があるものであって、それだけ大きいもの。僕一人だけの挑戦じゃなくて、当然、家族も一緒に戦ってくれている。今シーズンも、子どもたちに寂しい思いをさせて、それでも、オリンピックに行くために、自分の中で思い描いている道として、フランスへの挑戦を選びました。
それもやっぱりゴールがあるからこそ頑張れていた、というところはありました。そこに行くために、今はみんなにつらい思いをさせているけど、その分、結果で恩返ししないといけないなと。そういう責任であったり、モチベーションであったり、覚悟というものを持ってやってきていたので、「それを、もう1年か」と思うと、気持ち的に、つらいと感じたことは正直ありました。プレッシャーがかかるこの状況の中で、もう1年、果たして自分が耐えられるのかどうか。自分だけじゃなく家族もどうなのか。そうした、考えないといけないことがたくさんあって。
――当然そうですよね……。
福澤:でも少し時間が経ってみて思うのは、そこをゴールとして捉えてあらゆることをやってきた人って、何もアスリートだけではないんですよね。オリンピックイコール、アスリートにとっての一番大きな祭典ということで、メディアの方々も、アスリートにフォーカスしていろんな報道をしてくださいました。アスリートが一番大変だ、人生を懸けてやってきている中でのもう1年というのはすごく大変なことなんだ、というふうに。でも冷静になって考えると、東京五輪を開催するまでには本当にいろんな人が動いて、いろんな人の思いの上に実現しようとしている大会だと思います。
大会組織委員会や政府や東京都もそうですし、スポンサーも。(福澤の所属する)パナソニックもメインスポンサーになっていて、東京五輪へのプロセスで、大きな勝負をかけています。それに、ボランティアの方であったり、聖火リレー走者の方であったり、延期になることですべての人が影響を受けて、中には、今年開催だったらできたのに、と涙をのまなきゃいけない人もいると思います。何も自分だけじゃない、というのが、時間が経つにつれ自分の中に出てきて、そう考えると、延期になったことに対して落ち込んでいる場合じゃないなと。
困難を乗り越えた背景が見えるから、見てくださる方も感動する
――前向きになっていったんですね。
福澤:ネガティブなことを言ってる場合じゃないですから。何より、中止じゃなくて、延期だった。まだ自分たちには、オリンピックでプレーできるチャンスが残っていて、そこに向かう、挑戦する権利は全選手にある。それがあるだけでも、アスリートは頑張れるんじゃないかなと思う。当然、それぞれにかかる困難は、いろんな大きなものがあると思いますけど、でも自分が思うのは、それは今年オリンピックが開催されていたとしても、それまでに何が起きるかわからないというリスクは全選手が持っていたわけで。向かう途中にケガをするかもしれないですし。そういう中でアスリートは戦っていたはずだし、これまでにもいろんな困難を乗り越えてきた選手はたくさんいただろうし。
だから今回の件は特別なことではなくて、常にリスクと隣り合わせにありながら、自分の人生を懸けて戦っている以上、それがもう1年になろうと、やることは何一つ変わらない。そこにたどり着くために、自分が今、何をしないといけないのかということだけを考えて、日々努力し続けるのが、アスリートの本分なんじゃないかなと思うので。
それに、いろんな困難があって、それを乗り越えてきたというその背景が見えるからこそ、見てくださる方も感動するんじゃないかと思うんです。そこが見えない中で結果だけパッと見ても、たぶん感動はそこまで大きくならないんじゃないかと思う。本当に、この1年、このコロナの困難を乗り越えた先にあるオリンピックだからこそ出せる大きなムーブメントというものが、東京五輪にはあるんだと、そうポジティブに捉えると、今までのオリンピック以上の盛り上がりが実現できるんじゃないかなと、僕個人としては思います。その中の一つのパートになりたいなと思いますし、そのために、もう一度頑張っていきたいなと思っています。
――先ほど「人生設計」という言葉もありましたが、福澤選手自身、今年東京五輪が開催されていたら、そこを現役生活の区切りに、という考えもあったんでしょうか?
福澤:うーん、もともと僕の中で、「なぜバレーボールをやっているのか」ということを考えた時に、やっぱり「自分の限界を見てみたい」というのが一つありました。その自分の限界がどこにあるのかを推し量る上で、やっぱりオリンピックというのは、僕の中で欠かせないものです。
それは2008年の北京五輪に出させてもらったからこそ、より強く感じます。あの頃は大学4年生で、まだ、自分がなぜバレーボールをしているのか、ということの大きな答えにまでたどり着いていませんでした。でもわからないなりに、その中で見たオリンピックの景色だったり、感じた難しさだったり、そういうものから、「この大舞台で結果を出すことが、自分にとってすごく重要なことなんだ」と、自分の心の中に強く残るものがあったんです。
それから、4年、8年、12年と(苦笑)、それだけを目指してやってきたわけで。やっぱりオリンピックというものが、自分の限界を見る上で目指すべきゴールだというのは間違いない。年齢的にも、東京の先のパリ五輪を目指せるかというと、やっぱり厳しいと思うので、そういった意味では、東京五輪というのは一つの区切りに。自分が20年以上バレーボールをやってきて、その成果やゴールとして、その場所に自分がもう一度立てるかどうかを見てみたいし、そこでどこまで自分ができるのか挑戦してみたい、と思える場所だなと思いますね。
「若い子の1年と、おっさんの1年は、えらい違い(笑)」
――3月にフランスから帰国して2週間待機した後、代表合宿には合流されたんですか?
福澤:いえ、合流する前に合宿が解散になったので、今年はまだ参加できていません。
――今年の日本代表には、洛南高校の後輩の大塚達宣選手(早稲田大学2年)や同じ京都の東山高校出身の髙橋藍選手(日本体育大学1年)など有望な若手選手も加わりました。
福澤:僕はまだ見ていないんですが、すごくいいらしいですね。いやー、若い子の1年と、おっさんの1年は、えらい違いですからね(笑)。それはもう清水(邦広/パナソニックパンサーズ)ともよく話してますよ。1年あれば西田(有志/ジェイテクトSTINGS)みたいにグーンと伸びますからね。
――現在はパナソニックの体育館で、少人数に分けて短時間の練習は行っているそうですが、家で過ごす時間が多いと思います。どんなふうに過ごしていますか?
福澤:そうですね。今は練習がままならない、外にも出られないという環境ですが、普段は取れない時間ができているので、語学も含めて、いろいろなものをインプットする期間だと捉えています。何より子どもと過ごせる時間が増えたというのはでかいですね。今まで離れていた分、しっかりお父さんできるというのは、僕にとってすごく大きなことですし、子どもたちにとっても大事な時間なのかなと思うので、そこは今の期間から得られたプラス材料ですね。
<了>
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PROFILE
福澤達哉(ふくざわ・たつや)
1986年7月1日生まれ、京都府出身。ポジションはアウトサイドヒッター。中央大学1年時に日本代表に選出され、2008年に北京五輪に出場。同年パナソニックパンサーズに内定し、2008-09シーズンV.プレミアリーグ新人賞を獲得。以降、天皇杯、Vリーグ、黒鷲旗の3冠達成を実現させるなど数々のタイトル獲得に貢献。2015年にブラジルのマリンガへ移籍して1シーズン海外でのプレーを経験。2019-20シーズンはフランスのパリ・バレーでプレーした。
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