
巨人・坂本勇人が人知れず背負い続けた6年間の重圧。日本一奪還へ、キャプテンの矜持
11月8日、史上2番目の若さで通算2000本安打という偉大な記録を達成した、坂本勇人。昨季は自身初のMVPに輝き、原辰徳監督からは「うちの中心打者」と絶大な信頼を寄せられる。だがそんな男でも、2015年にキャプテンに就任してからは、人知れず葛藤を抱いてきた。球団8年ぶりの日本一奪還へ。この男が過ごした苦悩の日々はきっと報われる――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
スターのオーラをまとい、スタイリッシュな坂本勇人の印象が覆った日
読売ジャイアンツという球団は、NPB12球団中でも「最も特殊な球団」だ。
近年は地上波での試合放送もめったになくなり、パ・リーグ人気も上昇。日本シリーズでは2013年以降、7年連続でパ・リーグが勝利するなど、かつての「巨人一強時代」は終焉(しゅうえん)を迎えつつある。
ただ、それでもやはり、「球界の盟主」といえば巨人だし、その注目度、周囲を取り巻くメディアの数は群を抜く。
12球団断トツの46度のリーグ優勝(1リーグ時代を含む)、22度の日本一を誇る、プロ野球史上、最も伝統のある球団――。
そんな球団で、高卒2年目、19歳から13年間にわたりレギュラーを張り続け、2015年には26歳という巨人史上、戦後最年少でチームキャプテンに就任した男が、坂本勇人だ。
今季は11月8日に通算2000本安打を達成。新型コロナの影響で開幕が遅れたことが響き、史上最年少での到達こそならなかったが、31歳10カ月での達成は榎本喜八に次ぐ史上2番目の年少記録。右打者に限れば史上最年少記録でもある。
若くしてスターの座につき、2012年には最多安打、2016年には首位打者を獲得。昨季は自身初、ショートとしては史上2人目のシーズン40本塁打でMVPを受賞。端正なマスクと186cmの高身長は、グラウンドで見ても華がある。
東京ドームで試合を観戦したことのある人ならわかるだろうが、例えば内野2階席や外野席の上段といった、肉眼では選手が米粒程度にしか見えない位置からでも、坂本勇人の姿を見つけるのは容易だ。
おそらく、野球素人が見ても「この選手はスターだ」と感じ取れる、そんなオーラをまとっている。
その一方、まだ31歳と若く、見た目もスタイリッシュな坂本には、良くも悪くも、「軽やか」な印象が付いて回る。筆者も、そんな印象を抱いていた一人だ。
しかし、今年の春。宮崎で行われた春季キャンプで、その印象は一気に覆った。
「2年目もダメで、3年目もダメで、4年目もダメで……」
これまでも、東京ドームのグラウンドで坂本の姿は何度も見ていたし、囲み取材で質問をぶつけたこともある。ただ、番記者でもない筆者が坂本と直接対話をする機会は、そう多くはなかった。
そんな中、春季キャンプで単独取材のアポを取ることができ、初めて坂本と1対1で話をする機会に恵まれた。取材時間は15分間と短かったが、それでも、この10年間で感じていた印象を覆すには十分すぎる時間だった。
坂本に一番聞きたかったのは、キャプテンとしての役割をどう捉えているか、だった。2019年のリーグ優勝後の会見でもその重圧を語ってはいたが、実際に本人はそれをどう受け止め、どう過ごしてきたのか。
「2015年に阿部(慎之助)さんからキャプテンを引き継いでからの4年間、チームが優勝から遠ざかっている中で、プロ野球の厳しさを感じていました。2年目もダメで、3年目もダメで、4年目もダメで……。5年目にようやく優勝することができましたけど、正直今も『プロ野球、甘くないな』という思いは持ち続けています」
坂本が語るように、キャプテン就任後から実に4年間、チームは優勝から遠ざかった。これは長い球団の歴史の中でワーストタイの記録。他球団であれば「たったの4年間」かもしれないが、巨人のキャプテンとして、その4年間はあまりにも長かった。
「チームスポーツなので、『キャプテンがこうすれば勝てる』という正解がないじゃないですか。個人の成績がチームに反映されないこともあれば、その逆もある。ただ、その中でも(キャプテンを)任せてもらっている以上は、チームに対して何かできることはないか、常に考えていました」
自分の状態が良い時も悪い時も、チームの勝利のために……
26歳の若さでキャプテンに就任し、そこからの4年間、個人だけでなくチームのために何ができるかも考えなければいけなかった。
プロ野球の世界でも、一般社会でも、20代中盤~後半といえば最も脂が乗る時期だ。本来であれば自身のスキルアップを考えて伸び伸びやれる年齢だが、坂本にはそこに『組織の勝利』というプラスの重圧が加わっていた。
ましてや、プロ野球界で最も歴史と伝統のある球団だ。そのプレッシャーは想像を絶する。
レギュラー定着時は、チームメートは年上ばかりだった。しかし、気付けば生え抜きで坂本よりも年上なのは亀井善行ただ一人。13年間のレギュラー生活で、その立場は大きく変わり、坂本自身の心境にも変化を生んだ。
「連敗が続いたり、チームの雰囲気が悪くなっていると感じたときには、選手を集めて話をしたり、積極的に声を掛けるなど、意識するようになりました。その上で、自分の状態が悪くても絶対に態度には出さない。良い時も悪い時も、気持ちが揺れないように心掛けています」
はた目には「軽やか」にプレーしているように見えても、実際には心の揺れをなくし、チームのことを第一に考える。31歳にして、巨人のキャプテンを6年間務めてきた重みが、今の坂本には備わっている。
もちろん、インタビュー中に時折見せる笑顔は、今までの印象そのままでもあった。スターの輝きに、伝統球団を支え続けてきた重みが加わり、それが選手としての厚みにつながっている。
8年ぶりの日本一奪還へ、キーマンは間違いなくこの男だ
今季の日本シリーズ、巨人は昨年、4連敗の屈辱を受けたソフトバンクと再び相まみえる。
日本一の座からは2012年以来、遠のいている。8年ぶりの日本一奪還へ、キーマンは誰かと問われたとき、「坂本勇人」と答えるのは、ライターとしては正直、勇気がいる。
なぜなら、「当たり前」過ぎるからだ。キャプテンであり、攻守の要でもある坂本の存在が大きいのは、誰の目にも明らかだ。
ただ、それでも彼が背負ってきた6年間の重圧の一端に触れた者としては、彼の名前を挙げざるを得ない。「坂本勇人」の存在は、巨人にとって、それほど大きい。
<了>
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