ラグビーW杯戦士・ラファエレと高校生の「知られざる約束」。普通の少年が超一流に飛躍した“ある性格”
2019年、ラグビー日本代表は初のワールドカップ8強入りを成し遂げ、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。その中で全試合フル出場を果たしたわずかに2人のうちの一人が、ラファエレ ティモシーだ。サモア生まれのごく普通の少年は、なぜこれほどの大選手へと成長できたのだろうか?
日本代表の躍進を陰から支えた鉄人がこの冬、高校生と深めた心温まる“絆”のエピソードに、その答えが隠されている――。
(文=向風見也、写真=GettyImages)
関西の地で果たされた、ラファエレと函館ラ・サールの高校生の約束
函館ラ・サール高校ラグビー部監督の宇佐見純平は、日本代表のラファエレ ティモシーの姿に驚く。
2020年12月21日、神戸製鋼灘浜グラウンド。かねて自分たちの練習へ出てくれる予定だったラファエレがなんと、約束の10時より1時間も早く芝へ立っていたのだ。
出会いのきっかけにも温もりがあった。
宇佐見監督によると、初めは1年生部員の志賀申之介がラファエレの上梓した『つなげる力 最高のチームに大切な13のこと』(ハーパーコリンズ・ジャパン)に感動。本人へTwitterのダイレクトメッセージを送ると、北海道から離れた神戸製鋼コベルコスティーラーズに所属のラファエレから返事が来たのである。
「いつか函館に行くよ」
社会情勢によっては北の大地でかないそうだった両者の対面が、年末、ラファエレのホームグラウンドで実現したのである。折しも函館ラ・サール高校は、大阪での全国高校ラグビー大会へ出るため関西にいた。
かくして宇佐見は、世界で活躍するラファエレの心意気に感銘を受けたのだ。
この件を問われたラファエレ本人は、「これは、言う必要がないかもしれないけど……」。謙遜からか、話に落ちを加える。
「自分のセッション(練習)もしなきゃいけないので、早めに来ていたんです。(函館ラ・サールが来る前には)フィットネス(走り込み)をして、映像を見ました。彼らからは『もしよければ練習に参加しませんか?』と言われて『ぜひ』と応じましたが、試験後最初の練習だったようで、また、フィットネスがあった! ちょっと、失敗したかな」
母校・山梨学院大学の留学生にも…
かねて好人物で鳴らし、その逸話は周囲から伝わる。顕著なのが、函館ラ・サール高校の件のような若者へのサポートだ。
出身の山梨学院大学筋から聞かれたのは、「ポケットマネー」の件である。
ラグビーワールドカップ日本大会の報告で母校を訪れたラファエレは、大学当局からラグビー部を介して受け取った「お車代」に自ら色を付け、当時プレーしていた留学生選手に配ったという。ラファエレの在籍時に監督だった、吉田浩二コーチが認める。本人はこうだ。
「留学生として日本に来てトップリーグに入った選手なら誰でも、母校で同じようなことをしていると思います。大学ならではの難しさを経験しているから」
内輪で知られるつつましい性格は、きっと家庭で培われた。
ラファエレは幼い頃、母国のサモアからニュージーランドへ移住している。育ての親である叔父のペサミノさんには、6歳で始めたラグビーの練習をよく見学してもらった。もしコーチの話を集中して聞いていなければ、すぐに注意された。試合があれば、ペサミノさんを含むニュージーランドの親戚のうち誰かが必ず応援に来てくれた。
無償の愛を浴びるなか、今に通じるアスリートとしてのモットーを築いたのである。
「Be honest with training(練習に正直であれ)」
「Hard work pays off(ハードワークは報われる)」
ラファエレのキャリアに大きな影響を与えた選手とは?
他人の話にまず耳を傾ける人物だったから、名手の教えで出世できた。来日5年目の2014年にコカ・コーラレッドスパークスで師事したのは、同じセンターを務めるティム・ベイトマンだった。
33歳の今も東芝ブレイブルーパスでプレーするベイトマンは、186センチのラファエレよりも4センチ、背が低いものの、技巧とタフネスぶりに定評がある。ラファエレの圧力下でのパスやキックの技術、早めにスペースを見つける習慣は、この人との個別セッションで磨かれた。
コカ・コーラでは、サモア代表センターのエリオタ・サポルからも「自分だけのスタイルを持つべきだ」と助言されたものだ。人の教えを素直に受け入れるのは幼少期から変わらず。名手に育つヒントを与えられたラファエレは、やがて日本代表選手となり、それと同時に不特定多数の若者の「兄」となってゆく。
2019年に移籍した神戸製鋼で、自らかつてのべイトマンやサポルのようになったのだ。このチームに所属してスタンドオフやセンターを務める日下太平は、8歳年上のラファエレによく居残り練習に誘われるのだと喜ぶ。見知らぬ高校生との交流も、母校の後輩への支援も、きっとこの行いと同じ地続きにある。
ラグビーワールドカップの快挙の裏側にあった、確かな信頼関係
周囲に慕われる人間性は、あの熱狂を招く一因にもなった。
2019年、ワールドカップイヤー。ベイトマンの退団を受け2016年にコカ・コーラのレギュラーとなったラファエレは、同年に初選出された日本代表でトニー・ブラウンアタックコーチのスペクタクルな攻撃戦術を真正面から授かり、築き上げた技術でそれを遂行しにかかる。
グラウンド外ではリーダー陣に入った。夜間練習も辞さぬ宮崎での候補合宿、さらにはメンバーを絞り込む網走合宿では、同じポジションの若手の悩みを聞きながら走り込み、コンタクト合戦を交互に重ねる。負荷のかかった状態で、他国籍の仲間とコンビネーションを合わせる。
その先に、快挙への美技があった。
10月13日、秋の夜空と白い光線に包まれた横浜国際総合競技場。ラグビーワールドカップ日本大会予選プール最終戦の前半39分のワンシーンだ。
敵陣10メートル左中間でパスをもらったラファエレは、左大外の福岡堅樹から「スネック」と聞く。チームで決まったサインコールだ。防御の裏へキックを転がす。目の前にいたスコットランド代表の選手に球が当たらぬよう、利き足とは逆の右足で。
エース格の福岡とは、宮崎、網走での猛練習を共に乗り越えてきた。試合前、いや大会前から「裏のスペースが空いていたら教えてね」と伝えていた。その「裏のスペース」を見つけた福岡からの「スネック」の声は、戦場で紡がれた確かな人間関係から生まれたといえる。
果たして福岡は弾道に追いつき、そのままインゴールを割る。
直後のゴール成功でスコアは21―7。
最後は28-21ともつれたものの、日本代表は史上初の決勝トーナメント行きを決めた。
“自身の成長”と“他者への誠実さ”はつながっている
現早稲田佐賀高校勤務で元コカ・コーラ主将の山下昂大は、同僚だった通称ティムを「海外のプロ選手が少しルーズになってしまうような時間やルールを、本当に守ってくれる」と評する。
ラファエレは仲間との信頼関係があの「スネック」を成功させたと信じていて、そのラファエレは周りから信頼に足る人物だとたたえられる。
ラファエレが優しい人物だからワールドカップで活躍できたとは、誰も断言できまい。
ただしこれだけは確かだ。
ラファエレは口笛を吹く調子で若年層へ手を差し伸べられる青年だったから、ワールドカップで活躍できるだけの能力を培えた。
「いい人間でないと、自分の成長機会を最大限に生かせない」(ラファエレ)
己を高めたい欲求と他者に誠実でありたい思いを、一本の糸でつなげている。
2021年2月20日。新時代にあって最初で最後のトップリーグが始まった。
東大阪市花園ラグビー場で神戸製鋼の13番をつけたラファエレは、前半14分、パスを放る瞬間に対するNECグリーンロケッツのマリティノ・ネマニにタックルされる。横っ腹から地面へ落ちる。
起立するや、ネマニとタッチをかわし、次の働き場へ向かった。
<了>
なぜラグビー日本代表に外国出身が多いのか? ナンセンスな議論
なぜトンプソンルークはこれほど愛されたのか? 大野均・W杯3大会の盟友が語る、忘れ難き記憶
高校ラグビーの新潮流「63分の9」が表す意味とは? 当事者に聞くリアルと、重大な課題
天理大ラグビー部を支えた「専務」との約束。集団コロナ感染で出遅れも、圧倒優勝できた理由とは?
ラグビー福岡堅樹に学ぶ「人生を左右する決断」で大事なこと。東京五輪断念に至った思考回路
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜWEリーグは年間カレンダーを大幅修正したのか? 平日開催ゼロ、中断期間短縮…“日程改革”の裏側
2025.01.23Business -
総工費3100億円アリーナの球場演出とは? 米スポーツに熱狂生み出す“ショー”支える巨額投資の現在地
2025.01.23Business -
WEリーグは新体制でどう変わった? 「超困難な課題に立ち向かう」Jリーグを知り尽くすキーマンが語る改革の現在地
2025.01.21Business -
北米4大スポーツのエンタメ最前線。MLBの日本人スタッフに聞く、五感を刺激するスタジアム演出
2025.01.21Business -
高校サッカー選手権で再確認した“プレミアリーグを戦う意義”。前橋育英、流経大柏、東福岡が見せた強さの源泉
2025.01.20Opinion -
激戦必至の卓球・全日本選手権。勢力図を覆す、次世代“ゲームチェンジャー”の存在
2025.01.20Opinion -
「SVリーグは、今度こそ変わる」ハイキューコラボが実現した新リーグ開幕前夜、クリエイティブ制作の裏側
2025.01.17Business -
なぜブンデスリーガはSDGs対策を義務づけるのか? グラスルーツにも浸透するサステナブルな未来への取り組み
2025.01.14Opinion -
フィジカルサッカーが猛威を振るう高校サッカー選手権。4強進出校に共通する今大会の“カラー”とは
2025.01.10Opinion -
藤野あおばが続ける“準備”と“分析”。「一番うまい人に聞くのが一番早い」マンチェスター・シティから夢への逆算
2025.01.09Career -
なでしこJの藤野あおばが直面した4カ月の試練。「何もかもが逆境だった」状況からの脱却
2025.01.07Career -
錦織圭と国枝慎吾が描くジュニア育成の未来図。日本テニス界のレジェンドが伝授した強さの真髄とは?
2024.12.29Training
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
藤野あおばが続ける“準備”と“分析”。「一番うまい人に聞くのが一番早い」マンチェスター・シティから夢への逆算
2025.01.09Career -
なでしこJの藤野あおばが直面した4カ月の試練。「何もかもが逆境だった」状況からの脱却
2025.01.07Career -
卓球が「年齢問わず活躍できるスポーツ」である理由。皇帝ティモ・ボル引退に思う、特殊な競技の持つ価値
2024.12.25Career -
JリーグMVP・武藤嘉紀が語った「逃げ出したくなる経験」とは? 苦悩した26歳での挫折と、32歳の今に繋がる矜持
2024.12.13Career -
青山敏弘がサンフレッチェ広島の未来に紡ぎ託したもの。逆転優勝かけ運命の最終戦へ「最終章を書き直せるぐらいのドラマを」
2024.12.06Career -
非エリート街道から世界トップ100へ。18年のプロテニス選手生活に終止符、伊藤竜馬が刻んだ開拓者魂
2024.12.02Career -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career