![](https://real-sports.jp/wp/wp-content/uploads/2023/07/f8cb17409ee911eba9be8573c99df00d.webp)
北京五輪のメダル独占は止められるか? フィギュア・ロシア女子の圧倒的で底知れぬ強さの源泉
2年ぶりに開催された世界フィギュアスケート選手権の女子シングルは、30年ぶりの快挙に沸いた。ロシア勢の表彰台独占。16歳のアンナ・シェルバコワをはじめ、3人が3人とも個性の異なる演技をリンクの上で表現し、その力を世界に見せつけた。なぜこれほどまでに強いのか――。彼女たちの言葉をひも解けば、その理由の一端が見えてくる。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
4回転5本に果敢に挑戦。“合理性”ではない、トゥルソワの信念
2021年世界フィギュアスケート選手権・女子シングルでは、ロシアの選手(組織的なドーピング問題により、ロシアフィギュアスケート連盟代表/FSRとして出場)が表彰台を独占した。3人のスケーターは、それぞれの強さを発揮してメダルを獲得している。
ショート12位と出遅れたが、超高難度のフリーで驚異的な追い上げを見せ、銅メダルを勝ち取ったのは16歳のアレクサンドラ・トゥルソワだ。ショートでは、予定していたトリプルアクセルに挑まなかった。安全策をとったはずだが、後半で跳んだ3回転ルッツの着氷で乱れてセカンドジャンプがつけられず、コンビネーションジャンプがなくなる痛恨のミスとなる。常に難しいジャンプに意欲的に挑むトゥルソワにとり、朝の練習でうまくいかなかったというトリプルアクセルを諦めた時点でモチベーションが落ちていたのかもしれない。
しかし失うもののないフリーで、トゥルソワは真価を発揮する。4回転5本という男子でも難しいジャンプ構成に果敢に挑んだのだ。冒頭の4回転フリップはエッジエラーと判定されながらも着氷、続く4回転サルコウでは転倒するも、ひるまない。3本目の4回転となる4回転ルッツは後ろに3回転トウループをつけて成功させる。後半に入ってから跳んだ2本目の4回転ルッツでは、また転倒してしまう。だが続いて4回転トウループに挑み、オーバーターンが入りながらもシングルオイラー―3回転サルコウをつける。2度の転倒がありながらも攻め続けたトゥルソワは、クリーンな演技をするためには4回転を減らすのが合理的なのではないかという問いに、毅然(きぜん)とした答えを返している。
「この4回転のリストを持ってここに来ていたので、一本でも少なくするつもりはありませんでした。どんなことがあっても!」
メダリスト会見に臨んだトゥルソワは、2022年北京五輪で表彰台に立つには4回転が必要かと問われ「私も(五輪で)4回転は必要だと思いますけれども、どんな試合でも私は4回転が必要でした」と言い、言葉を継いだ。
「その時になってみないと分からないですが、私の目標は4回転を5本着氷することです」
トゥルソワは、女子の4回転ジャンパーとして歴史をつくり続ける。
6年ぶり世界選手権で見せた進化。トゥクタミシェワの涙
2015年世界選手権で優勝した24歳のエリザベータ・トゥクタミシェワは、それ以来6年ぶりに出場した今大会で銀メダルを獲得した。3位発進となったショートプログラムを滑り終え、2015年に続く世界選手権出場について問われた彼女は「確かに良くなっていると思います」と答えている。
「自分が優勝した時のプログラムを見直してみたのですが、一貫性や自信だけでなく、2015年と今の自分の違いを見ていただけたようで、感激しています。私にとっては、停滞せずに前進することが大切です」
トゥクタミシェワは、メダル獲得を知ったフリー後のキスアンドクライで涙を見せている。
「キャリアの中で一度は泣いたことがあると思いますが、私はとてもタフな人間です。でも感情に圧倒され抑えられなくなる瞬間を待っていて、この世界選手権でそれが起こりました」
自由奔放なイメージがあるトゥクタミシェワだが、4回転を跳ぶ10代半ばの少女たちと競う熾烈(しれつ)な国内の代表争いを勝ち抜くため、想像を超える努力を積んだはずだ。今大会で表彰台に上がったトゥクタミシェワの武器となったのは、ショートとフリーで計3本跳んだトリプルアクセルだった。ジュニア時代から練習していたというトリプルアクセルを試合で跳び始めたのは、18歳の時だった。長いキャリアの中で積んできた鍛錬が、今大会の銀メダルに結実している。
心の底からスケートを楽しむ気持ちが、トゥクタミシェワをさらに輝かせる
トゥクタミシェワはメダリスト会見で、北京五輪で表彰台に上るためには4回転が必要だと思うかと問われ「女子シングルのレベルはとても高く、4回転無しで金メダルを狙うのは不可能です」と答えている。彼女自身練習では4回転トウループを着氷しているが、コロナ禍で練習場が閉鎖され、跳べなくなったという。練習を再開したものの、今度は自身が新型コロナウイルスに感染、またも跳べなくなってしまったそうだ。しかし不屈の彼女は、このシーズンオフにまた4回転に取り組むのではないだろうか。
トゥクタミシェワの魅力は、スケートを楽しむ気持ちが伝わってくることだ。日本をテーマにした今季のフリー『ねじまき鳥クロニクル』では、オンラインで振付を行いながらファンの意見を取り入れる試みをしている。高難度のジャンプへの挑戦と同時に、浮き沈みを経験してきたベテランならではの円熟味を磨き続けるトゥクタミシェワは、来季初めての五輪出場を目指す。
「次の目標は、世界選手権と同じように五輪代表になることです。そのためにできる限りのことをしたいと思います。五輪前のシーズンに世界選手権で2位になったことで、モチベーションが上がり、これからも頑張ろうという気持ちになりました」
「フィギュアスケート界の女性たちに、全てが可能であることを示したいと思っています。24歳で獲得した世界選手権のメダルが、その証しです」
華奢で繊細そうな体の内に秘めた、シェルバコワの意志の強さ
そして金メダルを勝ち取ったのは、今大会最終日に17歳となったロシア選手権女王、アンナ・シェルバコワだった。華奢(きゃしゃ)で繊細そうに見えるシェルバコワだが、今季の戦いぶりからは内に秘めた意志の強さが感じられる。
シェルバコワは、11月に行われたグランプリシリーズ・ロシア杯を病欠している。肺炎と診断されたというシェルバコワは、体調が万全でないまま昨年末に行われたロシア選手権に出場。ショートの後には息が上がって苦しそうな様子を見せながらもハイレベルな戦いを制し、3連覇を果たしている。
そして迎えた世界選手権のショートで完璧な演技を見せ首位発進したシェルバコワは、試合に懸ける思いを語った。
「私はトレーニングでたくさんのことを学んでいます。それを無駄にしたくないので、試合で結果を出したいと思っています。この数分の間に全てを見せるために、毎日何時間も練習しています」
しかしフリー当日の公式練習でのシェルバコワは、ジャンプで転倒を繰り返し、表情もさえなかった。シェルバコワは2種類(ルッツ・フリップ)の4回転を持つ。フリーの予定構成では冒頭に4回転ルッツを組み込んでいたが、本番では4回転ルッツを回避し、4回転はフリップ1本のみの構成に変えている。
フリーの冒頭で4回転フリップに挑んだシェルバコワだが、転倒。その後の要素はきっちりと決めていくが、後半の最初に組み込んだコンビネーションジャンプがソロジャンプになってしまう。難しい3回転ルッツ―3回転ループを予定していたが、セカンドジャンプがつけられなかったのだ。しかしシェルバコワは、体力が落ちているはずの最後のジャンプで3回転ルッツ―3回転ループに挑み、加点のつく出来栄えで成功させる。日頃積んでいる鍛錬がうかがわれる、見事なリカバリーだった。
初の世界選手権でいきなりの金メダルも「満足していない」
キスアンドクライで自分が優勝したことを知り驚きの表情を見せたシェルバコワは、初出場で勝ち取った栄冠について語っている。
「本当にベストを尽くして、全ての要素で戦いました。自分の演技にはまったく満足していませんが、目標としていた1位になれたことはとてもうれしく、皆さんに感謝したいです。最初の要素から全てが思い通りにならなかったので、私にとっては本当の戦いでした。次からは、全ての要素でベストを尽くし、ポイントを失わないようにすることができると分かっていました」
17歳の誕生日であるエキシビション当日、大ファンだというネイサン・チェンからケーキを贈られてうれしそうにしているシェルバコワは、かわいらしい少女に戻っていた。しかし、世界をけん引するロシア女子の先頭を走るシェルバコワには、世界女王にふさわしい技術と強い心が備わっている。
世界で一番厳しい代表選考を経て世界選手権に出場したロシア女子3人は、やはり強かった。ジュニアから上がってくる優秀な若手が参戦する来季、ロシアの女子スケーター達はさらに過酷なオリンピックシーズンを戦うことになる。
ロシアの代表候補には、今大会の3人はもちろん、来季シニア年齢に達するカミラ・ワリエワ、今季不調だったが昨季グランプリファイナルを制したアリョーナ・コストルナヤがいる。選手層が厚いロシアだが、日本の紀平梨花も彼女たちに追いつくために鍛錬を積むだろう。北京五輪の表彰台もロシア女子が独占することになるのか、それともロシア勢の一角を崩す他国の選手が現れるのだろうか。
<了>
紀平梨花は必ず強くなって帰ってくる。自滅の世界選手権で吐露した、自責の言葉と本音
紀平梨花はいかにロシア勢と戦うのか?「一日でも休むと危ない」胸に抱く切実な危機感
なぜ浅田真央はあれほど愛されたのか? 険しい「2つの目標」に貫き続けた気高き信念
世界を驚かせたトゥルソワ電撃移籍は、必然だった。プルシェンコが人生を捧げた4回転の誇り
ザギトワが大人になる過程を見せ続けてほしい。短命すぎる女子フィギュアの残酷な現実
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方
2024.07.26Training -
松本光平が移籍先にソロモン諸島を選んだ理由「獲物は魚にタコ。野生の鶏とか豚を捕まえて食べていました」
2024.07.22Career -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
新関脇として大関昇進を目指す、大の里の素顔。初土俵から7場所「最速優勝」果たした愚直な青年の軌跡
2024.07.12Career -
リヴァプール元主将が語る30年ぶりのリーグ制覇。「僕がトロフィーを空高く掲げ、チームが勝利の雄叫びを上げた」
2024.07.12Career -
ドイツ国内における伊藤洋輝の評価とは? 盟主バイエルンでの活躍を疑問視する声が少ない理由
2024.07.11Career -
クロップ率いるリヴァプールがCL決勝で見せた輝き。ジョーダン・ヘンダーソンが語る「あと一歩の男」との訣別
2024.07.10Career -
なぜ森保ジャパンの「攻撃的3バック」は「モダン」なのか? W杯アジア最終予選で問われる6年目の進化と結果
2024.07.10Opinion -
「サッカー続けたいけどチーム選びで悩んでいる子はいませんか?」中体連に参加するクラブチーム・ソルシエロFCの価値ある挑戦
2024.07.09Opinion -
高校年代のラグビー競技人口が20年で半減。「主チーム」と「副チーム」で活動できる新たな制度は起爆剤となれるのか?
2024.07.08Opinion -
ジョーダン・ヘンダーソンが振り返る、リヴァプールがマドリードに敗れた経験の差。「勝つときも負けるときも全員一緒だ」
2024.07.08Opinion -
岩渕真奈と町田瑠唯。女子サッカーと女子バスケのメダリストが語る、競技発展とパリ五輪への思い
2024.07.05Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
松本光平が移籍先にソロモン諸島を選んだ理由「獲物は魚にタコ。野生の鶏とか豚を捕まえて食べていました」
2024.07.22Career -
新関脇として大関昇進を目指す、大の里の素顔。初土俵から7場所「最速優勝」果たした愚直な青年の軌跡
2024.07.12Career -
リヴァプール元主将が語る30年ぶりのリーグ制覇。「僕がトロフィーを空高く掲げ、チームが勝利の雄叫びを上げた」
2024.07.12Career -
ドイツ国内における伊藤洋輝の評価とは? 盟主バイエルンでの活躍を疑問視する声が少ない理由
2024.07.11Career -
クロップ率いるリヴァプールがCL決勝で見せた輝き。ジョーダン・ヘンダーソンが語る「あと一歩の男」との訣別
2024.07.10Career -
リヴァプール主将の腕章の重み。ジョーダン・ヘンダーソンの葛藤。これまで何度も「僕がいなくても」と考えてきた
2024.07.05Career -
バスケ×サッカー“93年組”女子代表2人が明かす五輪の舞台裏。「気持ち悪くなるほどのプレッシャーがあった」
2024.07.02Career -
バスケ実業団選手からラグビーに転向、3年で代表入り。村上愛梨が「好きだからでしかない」競技を続けられた原動力とは?
2024.07.02Career -
「そっくり!」と話題になった2人が初対面。アカツキジャパン町田瑠唯と元なでしこジャパン岩渕真奈、納得の共通点とは?
2024.06.28Career -
西村拓真が海外再挑戦で掴んだ経験。「もう少し賢く自分らしさを出せればよかった」
2024.06.24Career -
WEリーグ得点王・清家貴子が海外挑戦へ「成長して、また浦和に帰ってきたいです」
2024.06.19Career -
浦和の記録づくめのシーズンを牽引。WEリーグの“赤い稲妻”清家貴子の飛躍の源「スピードに技術を上乗せできた」
2024.06.17Career