部活指導で大事なのは「人間性を鍛える」ではなく「上手くさせる」。早稲田大バレーボール部、インカレ4連覇“偉業の秘訣” ~高校野球の未来を創る変革者~

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2021.09.10

早稲田大学男子バレーボール部は現在、全日本インカレを4連覇中。「最強」の名を欲しいままにし、まさに今、栄光の道を歩んでいる。指揮を執るのは、松井泰二。同校を61年ぶり全日本インカレ優勝に導いた立役者だ。

本連載「高校野球の未来を創る変革者」では、高校野球界の変革に挑む人たちを多く紹介してきたが、今回は大学バレーボール界で“名将”の誉れ高い男を取り上げる。「勝つための練習をすれば勝てるわけではない」と笑い、ましてや部活動の指導でありがちな「人間性を鍛えて技術の向上を促す」ことを指導のスタートに置くわけでもない。第一に大事にするのは、「選手をうまくさせる」こと。その独自の指導哲学を解き明かす――。

(取材・文・撮影=氏原英明)

全日本インカレ4連覇の偉業も、力みを感じさせない自然体の理由

いかにもイマドキの若者風なおしゃれな服装で帰路につく選手やマネージャーを見ながら、こちらが本来、社会から見た大学生の姿なのだろうと思った。

伝統のある大学の体育会の生徒たちは部活動のみに人生をささげている。野球界の、そんな先入観を持って取材をしていたが、早稲田大学男子バレーボール部の選手たちは人としてのバランスがしっかり取れているという印象だった。

勝負の世界にいながら過剰な力みがない。

バレーボールの大学ナンバーワンを決める大会(全日本インカレ)において、4年連続してチャンピオンに輝いている早稲田大学は実にスマート。しかし、かといって、競技に対峙(たいじ)すれば戦う集団の体を崩さない。そんなチームだった。

「高校野球の未来を創る変革者たち」の今回のテーマをバレーボールの大学ナンバーワンチームに設定したのは、他競技の取り組みから多くの学びがあると思ったからだ。野球界にはまず見ることのない大人びた空気は組織づくりのヒントになる。4連覇の渦中にある早稲田大学バレーボール部の取り組みが今回のテーマだ。

「勝つための練習をすれば勝てるわけじゃない」松井監督の指導哲学

「僕は選手たちに『勝て』と言ったことは一度もないんです。4連覇したことは事実ですけど、また新しいものに向かって、チャレンジする。今日一日を大事にすることをやっています。いろんなことを吸収しているのに同じことをやっていたら変わりませんから。変化を好む、恐れない。そういうことを学生にはしてもらいたい。それは言葉にすればNice challenge!。いいと思ったことをやってみようという中で勝っているという感じですね」

そう語るのが2012年にコーチに就任し、2014年から指揮を執っている松井泰二監督だ。

早稲田大学バレーボール部のこの力みのない空気をつくり出しているのは、いうまでもなく、辣腕(らつわん)指揮官・松井によるものだ。

インカレ4連覇もしたというならば「名門中の名門」といえるだろう。ライバルチームも優勝を目指して挑んでくる中で勝ち続けるのは相当な手腕を発揮せねばならないはずだが、そもそも、松井自身に勝利への力みがない。

物腰が柔らかい上に、「勝つためにやって勝てるならいいですけど、そうじゃない」とあっさり言ってしまうものだから、こちらも拍子抜けしてしまうというものだ。だが、この言葉にこそ、松井の指導哲学はある。

「日頃から自分の力を全部出すことをやっておけば、試合に行っても、観客がどれだけいても自分たちの中に入れる。自分のことを精いっぱいやろうという方針です。勝とうとして勝つための練習をやれば勝てるというなら、それをやればいいですけど、そういうわけにはいかないですから」

バレーボール経験が“ゼロ”の部員を率いて2校で県大会優勝の成果

松井の指導歴はバレーボール経験が“ゼロ”の階層から始まっている。

現役時代は早稲田大学でセッターやピンチサーバーなどを務めた松井は、卒業後の進路を最初はマスコミの世界へと考えた。トップアスリートの言葉をドキュメントとして伝えることで、社会に影響を与えたい。そんなことを考えていたが、就職活動をするうち、「1対1で直接影響を与える方に魅力を感じた」と教師の道を目指すようになった。

学生時代は読書家だった松井は勉強しながらバレーボールの指導もできる環境としては大学が一番理想的と考えていた。高校は部活の比重が大きく、中学は校務が忙しく、自分の時間を取れないだろうと考えていたからだ。ところが、恩師に相談すると一蹴されたという。

「いきなり大学の先生になると、学生たちがどうやって成長してきているのかが分からない。選手として出来上がってきた理由をちゃんと経験しないとダメだと恩師に言われたんですよね。学生たちがどういう道筋を立ててきているのかを知らないで指導するのはうまくいかないだろうなと思って中学の教師になりました」

松井はそこから千葉県の中学校の教員を11年、務めることとなった。それも何事も起きない平和な学校ではなく、少々ヤンチャな生徒も多くいる学校で、バレーボール部は初心者が集まるようなところだった

教員としてはエイズ教育などに真剣に取り組みながら、問題のある生徒たちに寄り添った。学校を抜け出すような生徒を見つけては対話を持ち、彼らの想いを理解しようとした。バレーボール部では初心者を相手にしながら一から教え、1校目で千葉県の1位に輝いた。恩師には「それは生徒が頑張ったんだ。もう一校で同じことができるかだね」と言われ、2校目に赴任するも同じようなヤンチャ学校で、そこでもしっかり結果を残した。

第一に取り組むべきは「選手の人間性を鍛える」ではなく「うまくさせる」

2つの中学校で結果を残したことで、松井は指導に大きな自信を持ったのはいうまでもない。その後、高校の指導などを経験したのち、2006年に念願の大学教員になり、早稲田大学への着任は2012年のことだった。

当時の早稲田大学は2部リーグに低迷していた。もともと、自身が現役の時も入れ替え戦を何回も経験するようなチームだったという(当時1部は6チーム)。コーチ就任当時はいい選手がいないわけではなかったが、「だらしない時期があった。タバコを吸っていたり。メンバーは素晴らしいけど、ちゃんと方向性が定まっていなかった」と松井は回想している。

もっとも、松井は「早稲田のバレーボール部出身の選手がどこに行っても恥ずかしくない。礼儀からマナーまで一人一人が大人として行動できるような選手に育てたい」という信念の持ち主だが、就任当初からそうしたあいさつやマナーの向上を厳しくすることはしなかった。

部活動の指導でありがちな「人間性を鍛えて技術の向上を促す」を指導のスタートにはしなかったのだ。これには松井がバレーボール未経験者やさまざまな事情のある人間を教育してきた経験があったからに他ならない。

「まずは選手たちをうまくさせることが第一だと思いました。そうじゃないと、指導者の言うことを聞かないだろうなと。夢をいくら語っても、選手を上手にさせられない大人だったら、ついてこないですからね。うまくなったという達成感を味わわせたい。あいさつなども大事ですけど、体育館に来て楽しいと思えるのは、うまくなっていることを実感できるかどうか。それができて、自然とあいさつしたりできるようになる」

「選手をうまくさせる」2つの取り組みこそ早稲田大学バレーボール部の強み

その「うまくさせる」取り組みが早稲田大学バレーボールの強みになっている。

一つは選手個々のストロングポイントを理解させ、選手としての方向性を明確にすること。もう一つは高いパフォーマンスを発揮させるための「身体づくり」だ。

松井は言う。

「バレーボールは、高さ、テクニック、パワーの3つがあれば全日本代表に入れる選手です。でも、全てが備わっている選手が多くいるわけではない。そこで3つのうち一番得意なのは何かを個々に提示しました。『おまえはこういうところを生かしていけばいいんじゃないか』というふうにですね。選手それぞれのいいところで勝負をする。得意なところを徹底的に気付かせて磨いていくということを心掛けさせました」

さまざまなことをこなせるようにするのではなく、長所を発見していく。

どんな選手も得意なところで勝負するわけだから、いち早く戦える選手となっていく。指導者が方向を示すので、選手も取り組みやすいという側面もある。

「今のバレーボールは技術だけで相手を上回ることはできない」

選手としての方向性を見定めたら、次にはいかにその方向性に見合った選手に成長していくかが重要になる。そこで取り組むのが科学的なアプローチだ。

「今のバレーボールは技術だけで相手を上回れる世界ではなくて、身体なんですよ。強さなんですよ。うちでは筋トレを重視しているのですが、強い身体をつくるということ。バレーボールは、ボールを打ってきたものを受け止めるということが必要になります。中学生くらいだと飛ばされるくらいなんです。つまり、ラグビーなどと同じで、衝突するスポーツの要素があります。レシーバーはきたボールに押し負けない、スパイカーは強いボールを打って相手を押し倒すと。フィジカルの強化こそが選手のパフォーマンスを上げる。どういう身体の使い方をすれば、効率よくパフォーマンスが上がるのかを学ばせています」

フィジカル強化は昨今、さまざまなスポーツにおいても重視されるところだろう。しかし、実はバレーボール界では主流ではなかった。松井が監督に就任した2014年から専門家をチームに雇うようになったが、リーグの中でも稀有(けう)なことだったという。フィジカルを強化してパフォーマンスを上げるというのは斬新な取り組みだったのだ。

そのストレングスとコンディショニングを担当するのがNSCAジャパンに所属するS&Cコーチの佐藤裕務だ。

佐藤は松井から求められていることをこう語る。

「基本はパフォーマンスアップをベースにお願いされています。僕らは“出力”という言葉を使うのですが、スパイクの強さだったり、スプリントの出だしの強さだったり。松井監督とよく話になるのは、ある選手のことを見て『彼の動きをこういうふうにできるようにしたい。トレーニングで変えることはできないか』というような問い掛けですね。科学的なトレーニングへの理解をものすごく感じる監督さんです」

走り込みも、長時間練習もしない。この2つに共通しているのは…

部活動などでよくありがちなのが、トレーナーと契約をしながら、監督が勝手なメニューを加えてしまうことだ。監督自身にやりたい練習があり、それをトレーナーのいないところで課してしまい、結果、うまくいかないことがある。知識を持っていないから過去のしきたりから抜け出せないのだが、松井にはそういった要素がなく、完全に任せているのだ。

松井は知識を持っていないから任せているのではなく、独学で勉強しているからこそ、一任できるのだ。取材の中でも野球のトレーニングの話題が上ったが、そうした時にも情報を得ようという姿勢がうかがえる。その上で、専門家の力を信頼しているのだ。

佐藤以外にもチームには理学療法士やテクニカルコーチなどさまざまな担当が分かれている。そうしたところからも、いかに選手を育てるための集団になり得ているかがうかがえる。

早稲田大学では、走り込みを一切しない。加えて、長時間練習もほとんど行わないという。この2つに共通しているのは「効果があるという科学的証拠がない」ことをきちんと理解しているからだ。

「バレーボールの選手にとって跳ぶという動作は身体に大きな負荷をかけるんですね。腰や足首などに負担がかかっています。走るという動作は跳ぶと同じことなので、それだけの負担をかけているということにつながります」

「うまくなる喜び」を感じられるようになれば、他の大切なことにも目を向けるようになる

選手としての方向性、そして、身体づくり。

この2つに取り組むことで選手は加速度的に成長していったという。

取り組んでいることが成果として表れるから、これほどうれしいことはないだろう。そうして、体育館に来ることの喜びを感じた選手は他のたくさんのことにも目を向けるようになるというわけだ。

「うまくさせて、こっちの方に向けようと。そしたら、あいさつをすることや人間として大事なことについても聞いてくれるようになる。そして、選手たちはどうやればうまくなるかを自然と考えるようになります」

松井監督が選手たちに人としてバランスを身に付けるためのマインドをどのようにつくり上げているのか、そのマネジメント術を次回のテーマにする。

後編はこちら

<了>

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PROFILE
松井泰二(まつい・たいじ)
早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授。中学生でバレーボールを始め、八千代高、早稲田大学へ進学。大学4年次に副将を務める。卒業後、千葉県の中学校教諭として2校で県大会優勝に導く。退職後、筑波大学男子バレーボール部コーチとして全日本インカレ優勝、土浦日大高男子チームのコーチとして5年ぶりに春高、インターハイ出場を果たす。2012年早稲田大学男子バレーボール部コーチに就任、翌13年に61年ぶりの全日本インカレ優勝を達成。2014年同監督に就任、現在は全日本インカレ4連覇中で「最強早稲田」をつくり上げている。

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