東京五輪・空手は成功だったのか? 世界で一人歩きしつつある“KARATE”と日本勢メダル3個の真相

Opinion
2021.09.22

開催都市が正式競技以外に提案できる追加競技としてオリンピックに初採用された空手。組手と形で構成された新競技で日本が獲得したメダルは3つ。最終的に20カ国でメダルを分け合うという、日本発祥のスポーツとしては物足りなさも感じる結果となった。これまで海外4カ国でナショナルコーチを務め、現在は日本で後進育成に励むワールドカラテアカデミー・月井新代表に、東京五輪で空手が示した価値について話を聞いた。

(文=布施鋼治、トップ写真=GettyImages、写真提供=ワールドカラテアカデミー)

「素晴らしい結果」をもたらした“世界のKARATE”の価値

選手、関係者、ファンにとっては至高の3日間だったのではないか。8月5日から7日にかけ、日本武道館でオリンピックの正式種目として初めて空手が開催された。

競技は組手と形の2種類で、前者は男女各3階級ずつ、後者は男女1階級ずつ実施された。その結果、男子形の喜友名諒が金メダル、女子形の清水希容が銀メダル、男子組手75kg級の荒賀龍太郎が銅メダルを獲得した。とりわけ喜友名は沖縄県出身者として初の金メダルということもあり、大きなニュースになったことは記憶に新しい。

大学3年のときから空手に携わって四十数年。海外4カ国でナショナルコーチを務め、のべ40カ国で指導経験があり、いまも国内で指導者として敏腕を奮うワールドカラテアカデミーの月井新代表は「自分が日本人としてというより、一空手関係者として」と前置きしたうえで、「非常に素晴らしい結果だった」と振り返る。

「成功か失敗かと聞かれたら、成功でしょう。日本代表の結果は残念と思っている人も多いと思いますが、私としては20カ国にメダルが分配されたことは素晴らしい結果だったと思います」

空手発祥国としてメダル獲得数は少ない気もするが、それはオリンピック種目になる以前に空手がKARATEとして世界に普及した証なのだろうか。

「世界の組手界は群雄割拠。わずかな差が勝敗を左右する」

2年に一度開催される世界空手道選手権大会の成績を振り返ってみても、それは明らか。前回(2018年。2020年大会は今年度に延期)の世界選手権の個人戦で組手と形を合わせ、日本は金が2つ、銀が3つ、銅が1つという結果に終わっている。オリンピックと比べると、世界選手権における組手は男女とも5階級ずつ組まれている。

月井氏は「今回のオリンピックは地元の利でコンディションがつくれるので、金は清水選手か荒賀選手のいずれかが取る可能性もあると思っていた」と付け加えた。

「もしオリンピックが1年延期されず、2020年に開催されていたら、日本の金メダル獲得数は増えていたんじゃないですかね。コロナ禍での過ごし方によって大きく差が出たと思います」

今年5月、月井氏は組手のフィリピン代表としてオリンピック出場を目指していた次女・月井隼南がプレミアリーグに参戦するということで、開催国のポルトガルへ渡っている。そのときにコロナ禍における空手界の情勢を目の当たりにした。「自分の国がロックダウンしたため、練習できる国を探して国外で合宿している選手が多かったのです」。

現場で月井氏は、中東の空手大国イランや総じて格闘技全般が強いカザフスタンで組手の国際合宿が行われているという話も耳にした。「5月のヨーロッパ選手権が終わった直後にはカザフスタンに10カ国ほどの選手が集まっていたようです」。

一方、日本はどうだったかといえば、大方の大会は中止となり、合宿や試合を目的として積極的に海外に選手を派遣することはなかった。

「『国内でも集まるのは危険』『コロナにかかったらどうするんだ?』ということで、関東は関東組で、関西は関西組に分かれてやることが多くなりました。正直、日本は実力では負けていなかったと思うのですが、実戦経験が積めなかった分の差が出たという感じですね。しかし、コロナの危険性を考慮すれば、日本の対応は責められないと思います」

だからこそ東京五輪での組手で銀1つという結果にも驚かない。

「これだけ階級がありながら、一つ優勝したら(世界選手権では)例年並み。二人優勝したら、すごいねということになる。いま、世界の組手界は群雄割拠の状態なんです。メダルを独占する国はありません。わずかな差が勝敗を左右します」

男子では金、女子では銀。好成績を収めた日本の「形」の強さ

では、男子では金、女子では銀という好成績を収めた形のほうはどうか。月井氏は、男子の形決勝を喜友名と争ったダミアン・キンテロ(スペイン)、女子の形決勝で清水を破ったサンドラ・サンチェス(同)の両名がコロナ禍の前に母国から沖縄まで足を運び調整に励んだことに注目した。

月井氏は「形だけは日本人の指導者に教わらなければ、世界のトップにいけないからです」と考える。

「彼らは貪欲に自分の技術向上のために行動します。そのくらい熱心なんです。そこはやっぱり外国人選手のたくましさですね」

現在、空手は約200の国・地域で1億3000万人もの愛好者がいるといわれるスポーツ。当然各国・地域にも指導者はいるが、それでも日本の指導者は特別なのか。その理由について月井氏は「日本人が形の基準を正確に指導できるから」と明かした。

「どれだけ軸をブラさずに強くしなやかで美しい形に仕上げるか。それは日本人にしかできない。海外の指導者に比べると、抜けています」

とはいえ、2006年から2008年にかけ形の日本代表は男女とも個人戦で勝てない時代もあった。男子は1992年から1996年にかけても個人戦で優勝していない。たとえ形であっても、「相手を倒してナンボ」という考えに裏打ちされた、海外勢のパワー重視のスタイルが席捲(せっけん)していた。

「形は相手がいることを想定して行われますが、多くの海外の審判や選手たちは倒れない突きを打っても高い点数はもらえないと考えている。この突きや蹴りを(架空の対戦相手は)受けられるのか。自分は倒すことができるのか。そういうことも基準にしている」

その結果、日本代表は仮に技術的に優れていても、スピードとパワーでは劣る外国人選手には勝てなかった。「実際のぶつかり合いになったら、パワーがあるほうが勝ちますからね」。

流れを変えた“分厚い胸板を誇る”喜友名諒の存在

流れを変えたのは、外国人選手に勝るとも劣らないパワーをつけた日本人選手が出てきたからにほかならない。見るからに分厚い胸板を誇る喜友名はその筆頭だろう。国際会場で外国人選手が「お前、いい胸をしているな」と褒めると、喜友名は胸を出して大胸筋をピクピクさせさらに驚かせるというエピソードを耳にしたら妙に納得してしまった。

だからといって以前から喜友名は現在のような体型だったわけではない。7~8年前の映像を見ると、現在より明らかに線が細い。演武を始めると、実際の身長(170cm)よりずっと大きく見えるのは日々の練習のたまものだろう。日本の空手の栄枯盛衰を見続けてきた月井氏は「技術は以前とあまり変わっていない」と分析する。「でも20年前の日本人選手と現在の喜友名選手を比べたら、喜友名選手のほうがよっぽど体力がありますよ」。

とはいえ、いまだにパワー負けするケースもある。月井氏は“宿敵”サンドラに清水が敗れた要因の一つとして、パワーの差を挙げた。

「ここ2年くらいの中で清水選手の形の出来は最高だったと思います。清水選手の勝ちでもおかしくなかったのではないでしょうか。しかし、学生時代からずっと『体力面に問題がある』と指摘されてきた。技術面では勝っていたと思いますが、強いていうならば、体力面の差かなと思いました。これは日本の選手全般にいえることだと思いますが、個人的にはもっと中距離走(400m走、800m走)を練習に導入したほうがいいと考えています」

サンドラ・サンチェスが有し、清水希容に欠けていた“目力”

さらに「一般の日本人は気がついている方が少ないと思うんですけど」と前置きしてから、月井氏はもう一つの敗因を挙げた。

「いま世界的な傾向で映画の殺陣師のように表情をグッとつくったり、ためすぎて止まっているような部分を嫌うようになってきたんですよ。あまり極端な場合には、減点の対象になります」

以前の形は、いまほど表情をつくることはなかったという。月井氏は「自分が闘っているという状況を表現するために実戦ではなく、映画などを参考にするようになったのではないか」という仮説を立てる。

「それで緩急のつけ方を不自然な感じにし始めたんだと思います」

筆者のように形を本格的に見始めてから数年というビギナーにとっては表情があるほうがわかりやすい。今回オリンピックを通して初めて空手の形を目の当たりにした人にとっても、顔による表現によって魅了された人は多いと推測される。では、なぜ海外では必要以上に顔をつくることを敬遠するのか。月井氏はシビアな理由を話し始めた。

「海外では(戦争や紛争などで)人が死んでいる場面に出くわした人はあまたいる。乱闘に巻き込まれるケースもいくらでもある。だから実際に闘ったらどうなるかを本能的に知っている。私も海外で刺された経験があります。実戦の場でグ~ッという感じで顔をつくったりしたら負けてしまいますよ」

なるほど。一理ある意見ではないか。

「形で目力は必要でも、顔に力は入れない。(女子の形で優勝した)サンドラ選手はそれができていましたね。私は清水選手とサンドラ選手の違いを聞かれたら、『わずかな差ですが、サンドラは目に力があったのに対し、清水選手は顔に力が入っていました。その点も微妙に影響したのかなと思います』と答えています」

「逆算して闘う」 世界で一人歩きを始めたKARATE

振り返ってみれば、予選における両者の闘い方は対照的だった。

「清水選手は予選の3試合は全て1位通過。つまりトップスコアで通過しようという意図がありありと見えた。一方のサンドラ選手は同様に1位通過しながらも調整しながら徐々に難易度を上げていった。サンドラ選手は自分のブロックには敵はいないと踏んだのでしょう。ある意味(よほど大きなミスをしない限り)予選での1位通過は決まっていたので、決勝までは清水選手より点数が低くても構わなかった。空手のみならずヨーロッパの選手たちは常に逆算して闘います。最終的に表彰台の頂点に立てばいいわけですから」

この9月でサンドラは40歳になった。組手ではすでに第一線を退いている年齢である。形に年齢は関係ないのか。月井氏は「個人差が激しい」と分析する。

「20代で台頭する人もいれば、サンドラのように40歳になっても世界の第一線で活躍できる人もいる。正直、20代のときの彼女は世界レベルにはおらず、ローカルレベルだった。33歳くらいから急に伸びてきましたね。ご主人がトレーナーであり練習仲間だったことが大きかったんじゃないですかね」

コロナ禍の中、いつも練習する道場や体育館で練習できなくなっても、サンドラは夫とともに自宅で練習していたのか。

「空手の場合、四畳半程度のスペースがあれば、工夫次第でいくらでも稽古できます」

逆算して闘う。われわれが知らない間に、KARATEは世界で一人歩きし始めていた。

<了>

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