シュミット・ダニエルを高みに引き上げた“気づき”。恩師が語る「ゲームチェンジャー」に成長した要因
11月20日に開幕するFIFAワールドカップ。日本代表の正GK争いに注目が集まるが、渦中の一人シュミット・ダニエルは、メンバー発表直後の記者会見で「これまで自分自身に関わってくれた皆さんに結果で恩返しできるように頑張りたい」と力強い言葉を口にした。そして彼は「自分のキャリアを変えてくれた指導者」として澤村公康の名前を挙げた。2015年にロアッソ熊本のGKコーチとしてシュミットの指導に携わった澤村は、一体どのようなアプローチで、彼がその後大きな飛躍を遂げ、ワールドカップにたどり着くまでに至る“気づき”を与えたのか?
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真=Getty Images)
「まさにゲームチェンジャー」流れを変えるGKに成長した“ダン”
――シュミット・ダニエル選手は、9月のキリンチャレンジカップのエクアドル戦でPKを止めるなど大活躍を見せ、正守護神に推す声も高まっています。このタイミングでのこの活躍を澤村さんはどのように評価されていますか?
澤村:率直な感想は、ダン(シュミット・ダニエル選手の愛称)らしいアピールだなと思いました。彼はこれまでどのチームでも、地道にコツコツ継続して力を証明してきた選手なので。代表でもなかなか結果が出なかった中で、6月のキリンカップのチュニジア戦では連携ミスで失点したりと不安視される声も上がったと思うんですけど、そういう声を自らのプレーで払拭して、世論から期待していただけるようになったのは、まさに僕のよく知るシュミット・ダニエルだなという印象です。
――エクアドル戦では本当に素晴らしいプレーぶりでしたが、澤村さんから見て、彼本来の活躍でしたか? あるいは、いわゆるゾーンに入っていたような印象もありますか?
澤村:その両方ではないかと思います。今の彼の実力からすると実力どおりといってしまっても構わないと思いますし、一方で、本人はあまり得意ではないと話していたPKを止めたことであったり、何より0―0の同点で終わった試合後に思わず飛び出したガッツポーズを見ると、おそらくゾーン状態に入っていたのかなとも思います。
ダンがロアッソ熊本でプレーしていた当時、めちゃくちゃガッツポーズをする男だったんですよ。ウォーミングアップが終わったあと、グラウンドで雄叫びを上げてからドレッシングルームに戻ってくるような、気迫を前面に出す選手でした。エクアドル戦後のガッツポーズを見ていると、その頃の素の彼を感じることができました。感情をむき出しにする本来のシュミット・ダニエルにリニューアルして戻ってきたなという感覚で見ていました。
――ワールドカップを直前に控えた所属クラブでの試合でも、引き続き好調を維持しているという印象ですか?
澤村:最近の試合でも、相手選手が激しく競ってきている際どいハイボールに対して、パンチングでもいい場面で、しっかりホールドするというプレーもありました。これは、技術面はもちろんですが、自信を持ってプレーしていることの表れだと思います。まさにゲームチェンジャーといえる、流れを変えるGKになってきたんじゃないかなと。もともとサイズの大きい選手ですが、最近は今まで以上にゴールが小さく、彼が大きく見えるので。やっぱりGKって本当に面白いポジションだなと思いますね。
シュミット・ダニエルと大迫敬介に共通するもの
――シュミット選手は、2016年10月に行われた日本代表候補GK合宿のメンバーに選出され、実際に日本代表に初招集されたのは2018年8月。この2年間、日本代表に対する思いについて話をすることはありましたか?
澤村:チームが離れても連絡は取り合っていましたし、彼のプレーはハイライトではなく90分しっかり見て、僕から何かというよりは、彼から意見を求められたときにしっかり応えられるような準備は常にしていました。その上で、その期間に代表のことはほとんど話さなかったですね。「(選手を選ぶ)他人の心は動かせない。粛々と所属クラブでチームの勝利に貢献できるGKになることが重要」という話は熊本時代から彼にはよくしていたので。私から代表を意識させるような話はしませんでしたし、彼からもおそらくなかったと思います。
――その後、2018年11月のキリンチャレンジカップのベネズエラ戦で日本代表初出場を果たします。
澤村:大分での試合でした。前日に連絡がきて「スタートでいきます」と。「いい準備をしてがんばってね」と伝えた覚えがあります。結局、そこもダンらしいといいますか、バスが渋滞でキックオフ直前にスタジアムに入るというイレギュラーからのスタートだったみたいで、結果論ですけど、ある意味スクランブル発進で逆に開き直れて良かったんじゃないかなと思いますね。
ちょうどその試合の前に、彼とルーティンの話をしていたんですよ。彼が「試合前のルーティンってサワさんどう思います?」と聞いてきたので、やってもいいとは思うけど、それができないときもあるからという話をして、彼もあまりこだわらないようにしたみたいです。海外へ行ってもイレギュラーなことが多いようなので、その判断はよかったのかもしれません(笑)。
――澤村さんとしても、教え子と呼べる選手がA代表で試合に出場したのは、このときが初めてですか?
澤村:A代表はそうですね。その翌年にサンフレッチェ広島で指導した大迫敬介も続きました。オリンピック世代だと川崎フロンターレ時代の教え子の安藤駿介がロンドン五輪のときにU-23日本代表に選出され、あと大津高校時代の武田洋平がU-20ワールドカップのメンバーに選出されました。アンダー世代はその下もU-15〜U-19でも指導に携わった選手が選出されています。当然、これはなにも僕だけの力ではなく、選手を支える周囲の皆さん、そして何より本人たちのたゆまぬ努力の結果ですが。
――とはいえ、教え子たちの活躍は自分の指導が間違えていなかったんだと感慨深く感じられるものですか?
澤村:そうですね。僕の恩師である大津高校の平岡和徳先生からよく指導者の評価は「結果は選手が出してくれる」という話をしていただいていたので。感慨深さもそうですし、指導者として彼らに負けずに精進しなければいけないという励みになりますね。
――シュミット選手や大迫選手のように日本代表まで上り詰めた選手に共通するのはどういった点ですか?
澤村:人やチームとの出会いやタイミングなど、さまざまな運もあると思うんですけど、僕は、結局GKは心理学なんだなと感じています。恵まれた身体能力や技術があっても、前向きなメンタルを持っていて、心が充実していないと能力は発揮できないんです。ダンや大迫はやっぱり前向きな強いメンタルを持った選手でした。教え子が活躍してくれるたびに彼らからメンタルの重要性を改めて学ばせてもらっています。
名GKコーチに「契約して海外に連れていきたい」と言わしめる素材
――シュミット選手との出会いにさかのぼって、最初に会ってお話されたのはいつですか?
澤村:2010年に川崎フロンターレでアカデミーのGKコーチをやっていたときに、彼が特別指定選手でトップチームに来ていて、その頃から面識はありました。当時フロンターレのトップチームにはブラジル人のイッカという素晴らしいGKコーチがいて、彼が「ダンと個人的に契約して海外に連れていきたい」と話していたことをよく覚えています。当時から爽やかでオープンマインドで、すごく気持ちのいいあいさつをする青年だという印象でした。
――その後、実際に指導者と選手という関係でトレーニングを行うようになったのは、2015年にシュミット・ダニエル選手がベガルタ仙台から澤村さんがGKコーチを務めるロアッソ熊本に期限付き移籍した際ですよね?
澤村:そうですね。再会時は、なぜこの素材の選手が仙台ではベンチメンバーにも入らないんだろう?という疑問でいっぱいでした。こんなに大きくて、手足が長くて、運動能力も高いのになんで使わないんだろうと。で、実際に一緒にトレーニングをしたあとに、ああなるほど、と思いました。
――足りていないと感じる部分があったわけですか?
澤村:例えば、キャッチング一つにしても、ゴールを守るためだけのキャッチングでした。考えがこじんまりとしてしまっていて、守りに入っているように感じました。そこで、特に基本練習では「とにかく積極的に、大げさにやってみよう」を伝えました。
――積極的に、大げさにやることが、どういう効果につながるのですか?
澤村:気持ちの面でも変化が生まれます。普段の練習から基本技術を大げさにやっていると、ゲームでちょうどよくなるんです。やっぱり練習と試合では、テンション、強度、雰囲気が一段階違うので。
――なるほど。主にマインドの部分をメインに指導されたということですね。
澤村:試合中の声の出し方も含めて、8割マインドの話しかしていなかったと思います。声出しに関しても、自分の声は最初に自分の耳に届くので、味方はもちろんですが、自分自身にも自信を持てるような声がけが大切だと伝えました。キャッチングや、ローリングダウンの仕方など基礎技術は、もともと高いレベルで備えていたので、ほとんど手はつけなかったですね。とにかく当時の彼は1シーズン通してゲームに出続けるという経験が圧倒的に足りていなかったので、そのためのマインドの部分のアプローチを重点的に取り組みました。
潜在能力に対する周囲の大きな期待と、実際の自分とのギャップ
――シュミット選手はもともとネガティブな思考だったのですか?
澤村:そうではないんです。彼の日本代表デビューが2018年でしたよね? 僕はコーチは選手を導く存在ではなく、選手が目標に向かうための馬車的な役割だと思っているので、新しく指導する選手には必ず目標を聞くんですよ。結局は選手自身の持つ目標までしか届かないと考えているので。2015年当時に「ダンは将来どうしたいの?」と聞いたら、彼は「3年後に日本代表に入りたい」と言ったんです。彼って、本当に有言実行というか、本人が決意を持って語ったことはすべて実現してきているんです。
その上で、当時は周りの大人たちから「将来性への期待」をすごく浴びせられていたので、本人も将来について意識が向かいすぎていて、「今何をするべきか」を見つめるのが得意な選手ではありませんでした。例えば練習後に「今日のトレーニングはどうだった?」と聞くと、まぁ、返ってくる言葉ができなかったことのオンパレードだったんですよ。こちらも一応プロのGKコーチなので、できなかったことについてはよくわかっています。そうじゃなくて、「これをやろうとした」「こういう部分に手応えを感じた」という話を聞かせてほしいと伝えました。
――潜在能力に対する周囲の大きな期待と、実際の今の自分とのギャップがメンタル面でマイナスに働いていてしまっていた、と。
澤村:そうですね。加えて、熊本への2回目のレンタル(編集注:シュミットは2014年にもシーズン途中に仙台から熊本へ期限付き移籍している)で周囲からは「もう片道切符では?」とも言われていたようなので、「ここで絶対に結果を出さないといけない」という思いが強すぎて守りに入ってしまっていた部分もあると思います。試合でミスをしないようにと考えすぎて、本来は広いはずの彼の守備範囲に入ってきたボールでも、仲間に任せちゃうような場面もありました。
――そこから実際に熊本で試合にコンスタントに出るようになって、一番成長を感じたのはどういう部分ですか?
澤村:人間って90分でこんなに変わるんだ、と試合を重ねるたびに成長していく姿に驚かされました。特に、加入時はJ2下位だった熊本が、彼と清武功暉の加入を機に、後半戦は9勝を挙げる躍進を果たしたんです。ダン自身も試合に出続けて、自分自身で勝ち点1を3に変えるような活躍をすることで自信を深めていきました。やっぱり本番が人を育てるんだなと痛感しましたね。ロッカールームで話す言葉とか、立ち居振る舞いが、来たときとは明らかに変わっていきました。
――成長を続けるシュミット選手と過ごす日々の中で、特に印象的だったエピソードはありますか?
澤村:これは笑い話でもあるのですが、トレーニング中に僕が他のGKにアドバイスをしているときも、ダンは水を飲むふりをして必ず聞き耳を立てていました。少し離れた位置にいるときでも、本人的にはさりげなく近寄っていたつもりなのだと思いますが、197センチ・88キロの体躯なので近づいてきているのがこっちはすぐにわかっちゃうのですが(笑)。たとえ自分が試合に出続けていたとしても、常に貪欲で、飢餓感を持ち続けていた選手でしたね。
絶大な信頼の理由「喜怒哀楽をはっきり出してくれるから」
――いよいよワールドカップ開幕目前ですが、シュミット選手のこういうところに注目して見ると面白いよというアドバイスはありますか?
澤村:彼の表情を見てほしいなと思います。例えばコーナーキックとかセットプレーのときの中継映像にGKの顔が抜かれると思うんですけど、そのときにどういう表情をするのか。もちろんハイボールも、セービングも、キックも、注目して見てほしいプレーですけど、一番は表情ですかね。
――表情ですか、面白い注目点ですね。
澤村:アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァヒド・ハリルホジッチと、外国人の歴代日本代表監督から一貫して絶大な信頼を得ていた川島永嗣の評価の一つが「喜怒哀楽をはっきり出してくれるから」だったという話を聞いたことがあります。やっぱりGKはピンチのときに視線を一身に集めるポジションなので、自信を持った表情で指示を出し、時には厳しく味方を叱咤して、ビッグセーブ後に雄叫びを上げて喜びを表現することも大切です。
――ワールドカップ本大会も含めて、これからのシュミット選手に期待することはなんですか?
澤村:人生を楽しんでほしいな、と。その一言に尽きます。海外での生活、人間付き合い、異国の文化を学ぶこともそうですし。好きなサッカーで世界を渡り歩いて、ワールドカップという最高峰の大会に参加することをエンジョイしてほしいなと思います。プレーヤーとしてこうなってほしいというのは、僕はどの選手に対してもないんです。本人が考えて、そうなっていくべきだと思うので。ただ、ダンには、人生を楽しみながら、日本のGKの先頭を走り続けてほしいなと思います。
【後編はこちら】いまなおシュミット・ダニエルが成長続ける理由。日本人GKにとっての理想のパスウェイとは?
<了>
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[PROFILE]
澤村公康(さわむら・きみやす)
1971年12月19日生まれ、東京都出身。GKアカデミー「ゴーリースキーム」代表。「Footballcoach(フットボールコーチ)」主宰。三菱養和SCユース、仙台大学でプレー。1995年に鳥栖フューチャーズの育成GKコーチに就任。以降、ブレイズ熊本アカデミー、大津高校、日本高校選抜、JFAナショナルトレセンコーチ、浦和レッズアカデミー、女子日本代表、川崎フロンターレアカデミー、青山学院大学、浜松開誠館中学校・高校などさまざまなカテゴリーでGKコーチを歴任。2015年からロアッソ熊本、2019年はサンフレッチェ広島でトップチームのGKコーチを務めた。これまでシュミット・ダニエルや大迫敬介など日本代表GK、JクラブのGK、GKコーチなどを数多く輩出している。12月17日(土)には現役プロ選手もスペシャルコーチとして参加する「ゴーリースキームキャンプ(GK特別クリニック)」を開催する。
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