ワイルドナイツ主将・坂手淳史が担うリーグワン連覇の重責。失敗に学び、仲間を信じ、強者の群れを奮い立たたせる“遂行力”
いよいよ3位決定戦と決勝戦を残すのみとなった2022―23シーズンのラグビー・リーグワン。旧トップリーグ時代から通算して国内タイトル3連覇を目指す埼玉パナソニックワイルドナイツは、明日5月20日、国立競技場でクボタスピアーズ船橋・東京ベイを迎え撃つ。王者を牽引するのは、ワイルドナイツと日本代表の両方で主将を担う坂手淳史。彼の類い稀なキャプテンシーはいかにして育まれ、チームにどのような影響を与えているのだろう。
(文=向風見也、写真=アフロスポーツ)
「長々と言ってしまいそうなところを…」簡潔に、仲間を信じて
無駄がない。
ラグビーの日本代表、所属する埼玉パナソニックワイルドナイツの両方で主将を務める坂手淳史は、簡潔に仲間を引っ張る。
5月11日、熊谷ラグビー場。国内リーグワンのプレーオフ準決勝を2日後に控え、攻めのコンビネーションを確認していた。ひと段落すれば、その場で円陣を組む。主将の坂手が訓示する。
一言一句くまなく聞き取れたのは、中にいた選手だけだ。それでも声に張りがあるから、内容、調子が、遠くに立つ報道陣にも伝わる。
「まずポジションについたら、あとは何でもできるから!」
常に素早く陣形を作ろう、という意味だろう。本番でいい攻撃をするための手順が複数あるなか、万事に通じる肝の部分だけを坂手は確認した。
前主将で日本代表になったことのある布巻峻介は、「僕だったら長々と言ってしまいそうなところを…」と感心する。
「本人にも言いたいことはたくさんあるかもしれないですけど、そのなかで必要なことだけを言って、あとは、皆のことを信じています。実際に本人がどう思っているかはわからないですけど、信じているんだな、と思います」
勝ち続けるワイルドナイツ主将は、適宜、人を頼る
坂手がワイルドナイツで現職へ就いたのは2019年冬。最初に「このチームが優勝することを基準にすべての判断をしていきたい」と宣言し、前年度まで国内タイトル2連覇中と勝ち続ける。
普段からチームのビジョン、戦術を仲間と共有する。毎週末に行う試合の内容を受け、週初めのミーティングで話す。その内容を用意する。
熟慮の末に、できるだけ簡潔に発する。ワイルドナイツ、日本代表でもそうする。本人は語る。
「(ワイルドナイツでは)大体、毎週月曜日の午前中にリーダー陣、コーチとミーティングをして、どういう形で、どういうワードで話すかの大枠を決めて、それをどうかみ砕いて伝えるかは僕が考えています。ジャパンでは、もっと細かいところまで考えて話すことも多いです。やはり、(それぞれに)チームカラーというものがある。細かいことを話したほうがいいのか、大枠を話すことでだいたいのことがわかるのか、伝えるタイミング、方法は(チームに合わせて)別々で考えます」
適宜、人を頼る。代表ではワールドカップで主将をしたことのあるリーチ マイケル、ワイルドナイツでも先輩の稲垣啓太や堀江翔太にスピーチを委ねることもある。
「経験のある選手にその経験を語ってもらうほうが、チームに(思いが)浸透しやすかったり、その内容から『いま、俺たちはどうするか』につながったりもするので」
「言葉の重み」を試行錯誤した「失敗」の歴史
坂手はこれまでずっと主将をしてきた。小学校時代に入っていたバレーボールのチームでも、ラグビーを始めた神川中学校でも、全国上位の京都成章高校でも、当時の大学選手権で連覇を重ねていた帝京大学でもだ。
そのキャリアは「失敗」の歴史でもあると、坂手は言う。特に選手権V7を達成した帝京大学では、監督だった岩出雅之氏に「言葉の重み」について指摘され続けた。
「言いたいことは言っているのですが、自分の言葉で言えてなくて重みがなかったり、前の主将の真似をして、主将像を勝手に作ったりした自分もいました。何事も正解はなく、自分らしくやればいい。自分には自分の話し方がある。ただ、準備していかないといけないとは考えています。トーンも大事。言いたいことが先走って早口になってしまう時もありますが、その時はゆっくりのテンポに……と。いっぱい、失敗しているので、それがいまにつながっています」
5月13日に行われたプレーオフの準決勝では、初めて4強入りした横浜キヤノンイーグルスを51―20で破った。東京・秩父宮ラグビー場で坂手は、主将として、身長180キロ、体重104キロのタックルが強いフッカーとして、仕事を全うした。
迷いの少なそうな29歳の坂手について、1学年上の布巻はこうも見る。
「バランスがいいというか。プレーがまずできる、身体で示すことができるというのが根本にあって、発言、考えもしっかり皆に伝わりますし、ユーモアのある部分、皆にいじられる愛嬌、人を惹きつける魅力もある」
「この1週間で何をするか」敗戦後に後輩にかけた発破
印象的な出来事があった。
4月にあった今季リーグワン第15節で、入替戦回避を目指していた静岡ブルーレヴズに今季初黒星を喫した。公式戦の無敗記録を47で止めたことでも話題になったが、その翌週、クラブハウスに訪れた坂手は後輩たちに笑顔で迎えられた。
「あ、坂ちゃん、来た! よかった」
落ち込んで家から出られないかもしれないと思った、という趣旨だ。そのエピソードは坂手自らが報道陣に話すことで、世間にも広がった。
ちなみにその際、からかってくる松田力也、福井翔大を含めた全選手を前に、坂手はこう発破をかけたという。
「この(次節への)1週間で何をするか。それが、(最後に)欲しいものへ手が届くか届かないかにかかわってくる」
個性の強いメンバーが意見を出し合っても、統制は乱れない
ワイルドナイツでは、プレーヤー同士はもちろん、スタッフを含めすべての人が対等な関係性を築く。選手側には攻撃、防御をはじめ各種プレーごとのリーダー、チーム全体を統括するコアメンバーがいる。練習のスケジュール、ゲームでのプレー選択について、首脳陣と議論する。各国の代表経験者がずらりとひしめく巨大戦力が、よく話し合うのだ。
個性の強いメンバーが意見を出し合っても、統制はそう乱れない。坂手は言う。
「僕らがコーチ陣を、コーチ陣が僕らをリスペクトしている。それが発言をする、何かを提案することの根底にあると思っています。チームのためを思って皆が出す意見を検証することも、やらない(採用しない)こともある。そうやって議論を重ねることが、チームの強みになると思っています」
今年はワールドカップのフランス大会が9月に開催される。日本代表は、初めて8強入りを果たした2019年の自国大会時と同じかそれ以上の成績を目指す。
しかし、いまの坂手が見据えるのは、リーグワンのファイナルだ。
一丸となった強者の群れをシンプルに奮い立たせ、国立競技場で凱歌を奏でる。
<了>
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