
リーチ マイケルが語る、ラグビーW杯優勝への手応えと課題「日本代表が個人、個人になると試合に負ける」
9月に開幕するワールドカップを控えたラグビー日本代表。6月に約3週間にわたって行われた過酷な千葉県での浦安合宿を終え、7月から試合期間に突入する。これまでワールドカップ2大会連続で主将を務め、長く日本代表を牽引してきたリーチ マイケルは、「ベスト8じゃなく、(さらに)上に行きたい」と現在のジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ体制に大きな手応えを感じている。世界から見た日本人の“強さ”と“弱さ”を熟知するリーチが語る、ラグビーワールドカップ優勝のための道筋とは?
(文=向風見也、写真=千葉 格/アフロ)
「俺が知っているジャパンの力はこんなものではない」
山頂はまだ見えない。ただ、そう遠くないうちに視界に入れるつもりだ。
ラグビー日本代表は今秋、4年に1度のワールドカップに臨む。2019年の日本大会で初めて8強入りした体制を維持し、次のフランス大会では初優勝を目指す。
チームは、ワールドカップ挑戦をエベレスト登山にたとえる。選手たちがエベレストを見据えるイメージ画像を大型パネルにして、その時々の活動拠点で飾っている。その頂に、世界王者の証であるウェブ・エリス・カップを見据えるのだ。
「ベスト8じゃなく、(さらに)上に行きたい」
ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフにそう話したのはリーチ マイケル。日本代表の顔である。ワールドカップイヤーの年明けから何度かあったミーティングの機会で、フランス大会での目標設定が話題に挙がったようだ。
リーチが初めてワールドカップに出たのは2011年。母国ニュージーランドで1勝もできず、特に2戦目では、開催国の通称オールブラックスに7―83と大敗した。ショックだった。力を発揮できなかったからだ。
ただし当時は、その大会で優勝するオールブラックスとの試合でベストメンバーを組んだのかがわからない。試合間隔が短いなか、当時の構想で主力と見なされた選手は必勝を期して臨んだ1、3戦目に先発し、そのうちの何名かはオールブラックス戦に出なかった。
それまで約7年間も過ごしてきた日本で、日本人ラグビー選手の勤勉さと器用さに驚かされてきた。俺が知っているジャパンの力はこんなものではないのにと、若かったリーチは唇をかんだ。
「日本代表は、上のレベルで戦えるチームになった」
以後、相次ぐ世界的な指導者の招聘、選手の海外経験を原動力に日本代表は進歩した。ワールドカップでは2015年からの2大会で通算7勝。2020年以降の強豪国とのゲームは全敗したものの、リーチは手応えをつかんでいる。
2016年秋に発足したジョセフ体制は成熟し続け、何より、選手個々の能力が過去最高だと確信する。
身長2メートル超で機動力があるニュージーランド出身のワーナー・ディアンズ、そして、強さ、大きさ、速さ、うまさを兼備して母国オーストラリアでも注目のディラン・ライリーは、日本大会時には現れなかった稀有な才能だ。
「日本代表は、上のレベルで戦えるチームになった」
通算4度目のワールドカップ出場を狙うリーチがジョセフにそう進言したのは、自然な流れだった。6月12日、今年最初の合宿が浦安でスタート。彼は独特の渋い声で伝えた。
「いまから、優勝を目指していい。いま、優勝できる自信があるかといったらそうではない。でも、可能性はゼロじゃない。優勝できる可能性だけをまず信じてほしい————」
今度の大会では、前回準優勝のイングランド代表、過去4強入り2回のアルゼンチン代表などと同組だ。昨秋のイングランド代表戦では万事に後手を踏んで13―52で敗れている。目指す道がなだらかでないことは、リーチも自覚していよう。
だから「いま、優勝できる自信があるかといったらそうではない」と念押しするのだ。この前提をもとに、日本代表はいかにしてミッションに挑むのだろうか。
重んじるのは、無形のつながりである。
日本代表の武器、そして足りない点。「僕のなかでは…」
選手の能力が右肩上がりにあるとはいえ、日本代表が体格や経験値で上回る強豪国へ挑む構図は変わらない。その荒波を乗り越えるには、常に一枚岩であることが必要だ。
ペナルティーキックを得た際のプレー選択、いつ蹴っていつ走るかという状況判断……。万事において、フィールドに立つ15人が同じビジョンを見られるようにするのが是だ。「僕のなかでは……」と、リーチが私見を述べる。
「(いまの)日本代表はフィジカルもあって、セットプレーも安定してきて、戦術もいい。これからは、どれだけゲームをマネジメントするかが鍵になってくると思います。トップ中のトップの試合を見ていると、フィジカルバトルよりもマネジメントのところで勝ち負けが変わっている」
本番の出場メンバーが誰になるかはわからず、そのメンバーがケガなどのアクシデントで退場するリスクもある。
だからこそ、「試合中に判断する選手が5人だとする。そのうち一人いなくなると、次に誰がその役割を果たせる? そのような準備を、残り時間で仕上げていかないといけないと思います」と話し、こう続ける。
「プレッシャーのなかでしゃべる人がいなくなると、本当にチーム力がなくなる。個人、個人になる。日本代表が個人、個人になると、一瞬で試合に負けちゃう。そうならないよう、そういうところを、世界一にしたいです」
ここでの「そうならないよう」は選手間でビジョンを共有できない状態を、「そういうところ」は誰が出ても首尾よく戦える組織力を指していよう。
とにかく無形のつながりを紡ぎたい。ここで引き上げるべきは、各人の日本代表への帰属意識だ。
さかのぼって2019年。日本大会を直前に控えたリーチは、日本代表の主将として手作りの講義を重ねていた。
岩手県釜石市でフィジー代表と試合をする前には東日本大震災での被害、大阪でトンガ代表に挑む際は同国から日本に集まるラグビー留学生の歴史、8月中旬には第二次世界大戦とその後についてレクチャーした。
多国籍からなる通称「ブレイブ・ブロッサムズ」が、何を土台にして活動しているのかを共有したのだ。
「日本って、チームに感情が入れば入るほど強くなる」
リーチ マイケルは現在34歳。海外出身の日本国籍保持者であり、世界から見た日本人のよさ、他国出身者が日本人のどこを理解すべきかへの造詣が深い。
日本代表は他国よりも繊細な準備ができるのではと、リーチは見る。
「ラグビーだけじゃなくて、オフ・ザ・フィールドでも日本を代表している。そういうところからチームを作る。日本って、チームに感情が入れば入るほど強くなるので」
今回、チームや国のバックボーンについて深掘りするのは7月の試合期からとのことだ。何よりフランス大会の主将が誰になるかは、現時点では非公表である。
6月下旬まで約3週間にわたって行われた浦安合宿では、競技力を左右する体力、技術、戦術理解を磨いている。客員コーチを招いてのタックル練習は1時間給水なしの過酷さが報じられたが、それも代表強化には必要なプロセスだ。2015、2019年大会時も、直前の宮崎合宿での猛練習が語り草となった。2023年は、過去の宮崎合宿に相当するセッションを浦安でこなした。
それに先立ってリーチは、仲間内で重視するつながりを外部にも求めていた。公式、非公式を含めてさまざまな取材機会、イベントで思いを語り、報道陣が集まった場所でこう述べることすらあった。
「本当に若い時から取材してもらったり、記事にしてもらったり。ほとんどが知り合いで、友達と思っているので。これからも、よろしくお願いします」
持ちうる力をすべて発揮して勝つために、必要なグルーヴを奏でる。
<了>
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