Jクラブのトレーニング施設は“貧弱”なのか? 専門家が語る日本サッカー「フィジカル論」の本質

Opinion
2026.05.18

Jクラブのトレーニング施設が「貧弱だ」とSNSで批判を受けた。設備の不足を指摘する声と、「問題ではない」とする反論が飛び交った。だが、そもそもその議論は本質を捉えているのだろうか。フィジカル強化はどこまで必要なのか? 「筋肉をつけると動きが重くなる」は本当なのか? 複数のJクラブを渡り歩き、現在は育成年代の日本代表でフィジカルコーチを担当する大塚慶輔氏に、その本質を聞いた。

(インタビュー・文=大島和人、写真提供=大塚慶輔)

SNSで「炎上」したJクラブのトレーニング施設

サッカー男子日本代表が世界の強豪国と伍するようになり、欧州の五大リーグで主力を任されるような選手も増えた。一方で日本サッカーのトレーニング環境はこれでいいのか? 選手や指導者、メディアの「リテラシー」は十分なのか? どちらかと言えば「まだまだ」という感覚のサッカー人が多いのではないだろうか。

先日Jリーグのとある強豪クラブのトレーニング施設を巡って、SNSでちょっとした「炎上」が起こった。まず設置された機材の種類、量がプロチームとして物足りないと指摘したトレーニングの専門家がいた。もっともJリーガーは全体練習と別に個人でトレーニングをしている例が多い。クラブの施設にラック台、マシンが少なかったとしても、それは大きな問題でないというファンからの反論もあった。

もちろんサッカーの競技特性は無視できない。世界のトップ選手を見てもラグビー、アメリカンフットボールのように体重100キロオーバーの選手が当たり前にいるわけではない。90分で12キロ前後の距離を走り、細かい身体操作が必要になる競技特性ゆえに筋肉のつけ過ぎは害になるという見方もある。

そもそも「サッカーとフィジカルトレーニング」というテーマを、プロのフィジカルコーチはどう語るのか? 今回は大塚慶輔氏にインタビューをお願いした。

大塚氏は複数のJクラブでキャリアを積み、現在は育成年代の日本代表のフィジカルコーチ。育成年代では男女両方を指導した経験を持ち、さらに「株式会社ライフパフォーマンス」の代表取締役として、パーソナルトレーニングにも関わっている。インタビュー前編では大塚コーチに、サッカーと他競技の共通点と違い、サッカー界のトレーニング環境について語ってもらっている。(以下敬称略)

「筋肉をつけすぎると動きが重くなる説」は…

まずサッカーと他競技に共通するトレーニングの原則を、大塚はこう述べる。

「身体を大きくする、ボリュームを上げる――。それは極めて重要な要素だと思います。国内なら、ドメスティックな日本人同士の戦いなら、筋肉量が乏しくてもうまければなんとかなるかもしれません。だけどヨーロッパのトップリーグは『デカくて速い選手がうまい』ので、日本人がそれに対応するためには筋肉を大きくしていくことが必要です」

「筋肉を増やす」「身体を大きくする」メリットを、彼はこう強調する。

「コンタクトスポーツはシンプルに筋肉の容量、質量が多いと、勝てる可能性が上がります。そうではない、例えばバレーボールのような種目も、スピードは筋肉の横断面積、筋肉量に比例します。つまりより高く飛ぶ、速く走るために筋肉が必要です」

筋肉は多いほうがいい。それはトレーニングを巡る議論を展開するうえでの大原則だ。また日本人は、外国にルーツを持つ選手が増えているとはいえ、「東アジア系」として見れば人種的に筋肉がつきにくい。だからこそ、大塚はこう強調する。

「僕らはトレーニングしないと太くなりません」

程よい筋肉量はどれくらいなのか? 大塚は率直に語る。

「『筋肉をつけすぎると動きが重くなる説』はわれわれトレーナー、フィジカルコーチと言われる人間がきちんと選手にアプローチできなかった罪だと感じています。筋肉をつけても動けます。とんでもなくゴツくなり柔軟性が低下したら動きにくくなるとは思いますが、一般的なトレーニングレベルであれば問題ありません」

一方で現実に「筋肉をつけすぎて重くなった」と言われる選手はいる。それを大塚はこう分析する。

「パワートレーニング、俗に言う筋トレを、皆さんは重いものをゆっくり持つことがすべてだと思っているのではないでしょうか? それが実は違います。重いものをゆっくり持つのは一段階目です。自分の身体よりも重いものを、より早く動かすのが二段階目です。坂道ダッシュとか、チューブで(後ろから)引っ張られて腿上げするとか、自分の身体に少し負荷をかけた状態で動かすのが三段階目です。最後に坂道を下っていくとか、身体を自分の持っているスピード以上で動かすのが四段階目です。それがセットでパワートレーニング、スピードトレーニングです。ちゃんと順を追ってトレーニングをしていかないと、筋力が身につかず、仮に筋肉がついていてもうまく使えません」

フィジカルは“筋肉だけ”ではない。3つの要素とは?

もちろん、筋肉量が「すべて」ではない。フィジカルとスキルは切り分けの難しい要素だが、大塚はフィジカルを三要素に分類してこう説明する。

「まずパワー、運動の高速化、筋スピードです。二つ目が運動の持続化、持久力、同じ運動を持続できるかです。三つ目は運動の巧みさ、うまく身体を動かす調整力、コーディネーションです。筋肉量があったほうがコンタクトも強くなるけど、それだけではありません。例えば上半身から当たるのか、腰から当たるのか。相手が片足のときにコンタクトするのか、両足のときにコンタクトするのか。そういった判断で勝敗は明らかに変わってきます」

身長180センチを超えなくても、筋骨隆々ではなくても、「球際」「コンタクト」に優れた日本人選手はいる。今ならば佐野海舟がそういう例だし、遠藤航も178センチ・76キロとプレミアリーグの中では小柄な部類に入る。彼らはまさに「コンタクトスキル」の高い選手だろう。大塚はこう説明する。

「高く飛べなくても、速く走れなくても、プレーできるのがサッカーの面白さです。われわれは『巧緻性』といいますが、身体をうまく動かせるとか、巧みにボールをコントロールできる、もしくは戦術理解度が高いからプレーが成立する選手はいます。それは選択的にどこへ投資するかです。選手はうまく身体を使うことと、身体を大きくすることの、どちらかに分散していきますね。ただ僕らの立場で言うと(筋肉の)質量はあったほうがいいです」

大塚が「日本のサッカー選手は能力が低い」「可能性が乏しい」と見ているわけではない。ステップの細かさ、正確性とそこにつながる「感覚」を持っている選手の多さは日本の強みだという。

「昔で言ったら(バルセロナでプレーしたカルレス・)プジョルなんて、ステップワークはめちゃくちゃだけど止めるじゃないですか。要は守れればいいんです。だけど守れないなら、要素を分解して『どうするのか』となります。日本人は『内感』があって『足を半歩だけ内側に置いて』というようなことがわかります。外国の選手を指導していると、ちょっと大雑把で『もうわからない』となりがちです」

身体を大きくするためには、トレーニングが必要だ。そしてトレーニングには環境が必要だ。大塚はこう説明する。

「筋肥大をさせるトレーニングは、屋内でやるしかなくて、その施設はきちんと用意しなければいけません。そこにプラスしたスピード系のトレーニング、より自分の身体を早く動かすためのトレーニングはピッチレベルでできます。例えば『ラックが本来5台あるべきなのに3台しかない』のは予算の問題でしょう。それしかなければうまく回す、うまく使えばいいという話です」

Jクラブのトレーニング環境は足りているのか?

日本サッカーの、Jリーグのトレーニング環境は充足しているのか? そこについてはこう口にする。

「まだ足りてはいないのかなと思います。ただ、その必要性はクラブもわかっているはずで、優先順位がまだ低いのかもしれません。選手がケガすれば、大切なリソースが無駄になります。そうならないためにはコンディションへもっと投資するべきというのが私の意見です。メディカルとフィジカルのどちら側でもいいと思いますが、誰かがリーダーシップを持って、クラブ内でプロジェクトをドライブしていくべきです」

当然ながら選手一人一人の体型、特性は違う。戦術練習はチーム全体で取り組むべきだろうが、フィジカルトレーニングは「個」の側面が大きい。大塚はJクラブでフィジカルコーチを勤めた経験を持つが、このような難しさを口にする。

「フィジカルコーチとしてJクラブと契約すると、期間は1〜2年で、その期間で最高の結果を出す努力をします。でも本当は、特に若手は、5年後10年後を見据えてトレーニングを指導するべきです。だけど1年で結果を残さなければいけないので、試合に出ていない若手でなく、試合に出ているベテランに合わせてトレーニングすることになります」

クラブ内に「需要と供給のギャップ」が生まれ、個人にフォーカスした指導の必要性が出る。

「プロならば入った直後が特に大切です。海外に行く、代表を目指すとなれば先を考えて、なおさら戦略的なトレーニングが必要です。でもJクラブの中では、それがなかなかできません。プロの世界で、5年後にその選手とコーチが揃ってクラブに残っていることは、ほぼないでしょう。だからどのクラブに行っても、どのような境遇になっても、自分の考えている目標に向かって一緒にアプローチをしてくれる人が必要になります。それがパーソナルトレーナー、パーソナルコーチです。僕らの会社と契約している若い選手は多いですし、クラブ外のトレーナーやコーチと契約する選手は確かに増えてきています」

「海外に行った後」もパーソナルトレーナー、パーソナルコーチの役割は終わらない。

「言葉の壁もあるし、向こうはドライなので、パフォーマンスが悪くても誰かが声を掛けてくれるわけではありません。オンラインで、継続的にパフォーマンスを分析してもらって、コメントをもらえる。トレーニングだけでなくて食事、睡眠もチェックしてスポーツ栄養士やスポーツドクター、トレーナーがチームとなってコンディション管理も見てあげることは大切ですね」

【連載後編】「正しいことほど広まらない」育成年代のトレーニング事情。専門家が“当たり前”を問い直す、親が知らない落とし穴

<了>

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