新スタジアムは「県が建てるか、民間か」の二択ではない。岡山が示す“共創型まちづくり”の現在地
「50万筆も署名が集まったのに、なぜ県民アンケートをおこなうのか?」。岡山県が進める新スタジアム議論に対して、そう感じた人もいるかもしれない。しかし、近年のスタジアム・アリーナ整備は、かつての「行政が建てる公共施設」とは大きく変わりつつある。公共と民間の役割分担、事業スキームは複雑化し、「どんな施設をつくるか」だけでなく、「誰が、どのように支えるのか」が問われる時代になった。岡山県の「フットボールスタジアム検討協議会」が進める県民アンケート調査は、単なる賛否確認ではない。県民の期待や不安を整理し、これからの公共施設のあり方を考えるためのプロセスでもある。なぜ今、改めて県民の声を聞く必要があるのか。岡山の議論から、複雑化するスタジアム整備と“共創型まちづくり”の現在地を考えたい。
(文・撮影=上林功)
50万筆集まっても、なぜまだ議論するのか
岡山県が進める「フットボールスタジアム検討協議会」の第2回会議が、5月24日、JFE晴れの国スタジアムでファジアーノ岡山のホームゲームが行われる日に実施されました。
この日おこなわれたのは協議会メンバーによるスタジアム視察。協議会メンバーが一堂に会してスタンド、コンコース、トイレ、観客の流れ、試合日の雰囲気などを確認し、現在の施設がどのように使われているのかについて確認し、お互いに意見交換しました。
今回の協議会では、もう一つ大きな方向性が示されました。それは、岡山県域全体を対象に、自由記述によるオンライン調査を行うというものです。協議会での議論の論点を整理するため、県民を対象とする意識調査を実施する方針が示されました。夏ごろまでに、急ピッチで意見の取りまとめを行う予定です。
この県民アンケート調査には、大きく二つの意味があります。一つは、賛成・反対にかかわらず県民の意見を集めて整理すること。もう一つは、県民一人ひとりに新スタジアムの議論を「自分ごと」として考えてもらうことです。
すでに岡山では、50万筆を超える新スタジアム建設要望の署名が集まっています。これだけ大きな声があるのに、改めて県民の意見を聞くことに対して、「また最初から議論をやり直すのか」と感じる方もいるかもしれません。しかし、現在のスタジアム事情や、近年のスタジアム・アリーナ整備の複雑さを考えると、まわり道のように見えるこの取り組みが、実は必要な作業であることが見えてきます。
なぜ、急いで県民の声を聞く必要があるのか。今回は、岡山県が進めるフットボールスタジアム検討協議会を手がかりに、複雑化する官民連携スタジアムの現状と共創型まちづくりについて見ていきたいと思います。
「賛成か反対か」だけでは見えないもの
今回の検討協議会で提案された県民意見の聞き取りは、一般的にイメージされる「アンケート」とは少し性格が異なります。
アンケートと聞くと、多くの人は「賛成か、反対か」「どの候補地がよいか」「どれくらいの建設費ならよいか」といった、あらかじめ用意された選択肢を選ぶものを思い浮かべるかもしれません。もちろん、そうした調査が役立つ場面もあります。候補地や事業費、施設の機能がある程度具体化していれば、それに対する評価を聞くことができます。
しかし、いまの岡山の議論は、一部の関係者の間でそうした具体案は出ているものの、まだその前の段階にあります。そもそも県民が新スタジアムに何を期待し、何を心配しているのか。その理由を把握することが重要となります。
例えば、同じ「賛成」でも理由は一つではありません。「もっと多くの人が試合を見られるようにしたい」という人もいれば、「子どもたちが夢を持てる場所にしたい」「岡山のにぎわいにつなげたい」と考える人もいるでしょう。反対や慎重な意見も同じです。「税金の使い方が心配」なのか、「交通渋滞が不安」なのか、「場所が気になる」のか、「試合のない日に使われるのか」が心配なのか。理由が違えば、検討すべき課題も変わります。
自由記述アンケートで大切にしたいのは、「賛成か、反対か」だけではなく、その理由です。どんな期待があるのか。どんな不安があるのか。どんな条件があれば納得しやすいのか。そうした声の中身を丁寧に整理することが、今回の聞き取りの目的です。
スタジアム議論は、しばしば「賛成か反対か」の対立構造として語られます。しかし実際には、その間にある無数の論点をどう整理するかが、計画の成否を左右します。
この調査は議論を巻き戻すためのものではありません。50万筆を超える署名によって生まれた大きな機運を、より具体的な計画へ進めていくために、県民の声をもう少し詳しく見ていく作業としています。
一方で、建設を前提にして形だけ意見を聞くものでもありません。賛成の声も、慎重な声も、それぞれに理由があります。その一つひとつを、県民が判断していくための大切な材料として扱うことに意味があります。
「公設民営」だけではなくなったスタジアム整備
なぜ、こうした県民調査をおこなう必要があるのでしょうか。その背景には、現在のスタジアム・アリーナ計画において、官民連携のあり方がこれまでにない広がりを見せていることがあります。
かつて公共スポーツ施設の整備といえば、行政が施設を建て、民間事業者やスポーツ団体が運営に関わる、いわゆる「公設民営」のような形が比較的わかりやすいモデルでした。しかし、こうした仕組みが広がってから約四半世紀が経ち、現在では単純な公設民営モデルにとどまらず、地域の実情に応じて、官と民の役割分担を柔軟に組み合わせる多様な連携モデルが生まれています。
指定管理者制度をはじめ、PFI(公共施設等の建設・管理・運営等を民間活力を導入し行う手法)、DBO方式(公共が資金調達を負担し、設計・建設と運営に分けて民間に委託する方式)、コンセッション制度(公共施設等の所有権は公共に残したまま、運営権を民間事業者に付与する制度)、負担付き寄附、民設民営に対する公共支援、公共による利用枠の購入、民間施設の公共的利用など、官と民の関わり方には多くのバリエーションがあります。こうしたスタジアムに関わる事業全体の仕組みは、一般に「事業スキーム」と呼ばれます。いまやスタジアム・アリーナ計画では、過去の事例をそのまま当てはめるのではなく、プロジェクトごとに地域に合った事業スキームを検討することが求められています。
その際に重要になるのは、敷地、建設、運営、維持管理、所有者、利用者、公共的機能などを、公共と民間でどのように協力・分担するかという点です。それぞれの仕組みの良いところを組み合わせながら、スポーツが持つ公共財的な役割を地域に還元できる形を考えていく必要があります。

「県が建てるのか、民間が建てるのか」の二択ではない
公共が建てるのか、民間が建てるのか。土地は誰が持つのか。施設は誰が所有するのか。運営リスクは誰が負うのか。修繕費は誰が負担するのか。公共的な利用時間をどう確保するのか。地域企業や金融機関、交通、観光、教育、福祉、健康づくりとどう結びつけるのか。こうした問いの組み合わせによって、事業の形は大きく変わります。
だからこそ、岡山の新スタジアム議論でも、最初から「県が建てるのか、民間が建てるのか」という二択に閉じるべきではありません。ファジアーノ岡山だけでなく、県内企業、大学、金融機関、交通事業者、観光関係者、教育関係者、地域団体など、岡山県内でどのような担い手が関われるのかを広く見ていく必要があります。
この事業スキームは専門家だけで決める技術的な組み合わせではありません。どの機能を公共として守るのか、どこに民間の力を活かすのか、どのような利用を地域に開くのか。そこには、県民が新スタジアムに何を期待し、何を不安に感じているのかという視点が関わってきます。
ここで、県民の声を聞くことが重要になります。県民の声を聞くことは、寄せられた意見をそのまま計画に反映するという意味合いだけではありません。重要なのは、意見の中にどのような論点が含まれているのかを見極めることとなります。
例えば、費用負担に関する意見が多く見られる場合、それは単に「税金を使うべきかどうか」という話にとどまりません。公共負担の範囲、民間資金の活用、収益事業と公共的利用の関係、長期的な維持管理費の考え方などを、より丁寧に検討する必要があることを示しています。
また、試合のない日の使われ方に関する意見があれば、施設の運営計画や地域利用の位置づけが論点になります。交通に関する意見があれば、敷地選定、公共交通との接続、周辺地域への影響などを、事業スキームと合わせて検討する必要があります。
公設であっても、仮に民設であっても、都市施設として大きな影響を持つスタジアムには、一定の公共性が求められます。その公共性を、誰が、どのような負担と責任で支えるのか。そして、民間の力をどこに活かし、公共がどこを担保するのか。県民の声を出発点にしながらも、最終的には事業性、公共性、持続可能性を総合的に検討していくことが、これからの大きな焦点になります。
スタジアムは「完成」がゴールではない
自由記述アンケートで県民の声を聞くこと。広がる官民連携の選択肢の中で、公共と民間の役割を組み合わせること。この二つは別々の話ではありません。
これからの公共施設づくりでは、県民の声を聞きながら、施設の使われ方、運営の仕組み、まちとの関係を一緒に考えていくことが一層大切になります。建物を先につくり、そのあとで「どう使うか」を考えるのではなく、どのような暮らしや活動を支える場所にするのかを、計画の早い段階から考えることでハコモノ施設とならないようにする必要があります。
スタジアムは、完成した瞬間に価値が決まる施設ではありません。試合の日に多くの人が集まることはもちろん重要です。しかし、それだけでなく、試合のない日に地域とどう関わるのか。子どもたち、学生、企業、地域団体、高齢者、観光客がどのように関われるのか。運営を通じて、その意味は少しずつ変わっていきます。どのようなスタジアムを建てるかだけではなく、県民の声を聞き、官民連携の選択肢を整理し、施設整備と運営を一体的に考えながら、地域とともに育つ仕組みをどうつくるかが重要です。
県民の声を聞くこと、民間の力を活かすこと、公共として守るべき役割を明らかにすること。その積み重ねが、岡山発のスポーツとまちづくりの姿につながっていくと考えられます。
まわり道のように見える県民意見の聞き取りは、実は、計画を前に進めるための大切な作業です。賛成の声も、反対の声も、期待も、不安も、県民が判断するための材料になります。その声をどのように計画に結びつけられるか。そこに、岡山の新スタジアム議論の次の一歩があると考えます。
【前編、第37回連載はこちら】スタジアムは「建てるか否か」ではない。岡山で始動した「地域の未来設計」という新しい議論線
<了>
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[PROFILE]
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。日本女子体育大学体育学部健康スポーツ学科教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計(2018)など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、一般社団法人運動会協会理事。いわきFC新スタジアム検討「IWAKI GROWING UP PROJECT」分科会座長、日本財団パラスポーツサポートセンターアドバイザー。2026年4月より岡山県の「フットボールスタジアム検討協議会」座長に就任。
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