
宇野昌磨が敗れても、笑顔だった理由。「やっぱり僕は負けず嫌い」、だから再発見した喜び
今季初戦となった全日本選手権で2位。5連覇はならなかった。それでもなお、笑顔で楽しそうだった。
「今までで一番、大会に出てよかったな――」
見失いかけていたものを再確認できた宇野昌磨は、新たな力を手に入れ、さらなる高みへと羽ばたいていくに違いない。
(文=沢田聡子)
全日本選手権で2位。ショートの失敗後も、宇野は笑顔だった
コロナ禍のシーズン、初戦となった全日本選手権にディフェンディングチャンピオンとして臨んだ宇野昌磨は、大会期間中ずっと笑顔だった。それは、4回転トウループ―3回転トウループを予定していたコンビネーションのファーストジャンプで転倒し、3位スタートとなったショートプログラム後のミックスゾーンでも変わらなかった。
「(試合が)久々なのもあり、演技前はかなり緊張しました。こういう緊張も、いつもだったら不安だったり、時には逃げ出したい気持ちになり替わることはある。けれどもこうやって試合に出られない期間からすると、やはり競技者としてこういう緊張感の中で試合をすることを、不安がりながらも心のどこかで待ち望んでいたんだな、と思いながら滑りました」
練習では降りることができるが試合では失敗しがちだという4回転トウループ―3回転トウループのミスについて、「踏み切り自体はよかったんですけれども、ちょっと不安な気持ちがある分、着氷が制御しきれなかった」「着氷を器用に制御する心の余裕がなかった」と振り返ったが、それでも楽しそうに語る。
「いや、緊張しますね、本当に。緊張しますけれども、やっぱりこういう皆さんに披露する場があってこその競技、練習だと思っているので。いつもだったら『すごく悔しい』という気持ちになると思うんですけれども、久々にこういった『失敗してしまって、次はこうしよう』と取り組むかたちをとることができて、すごく楽しかったですし、『出られてよかった』という気持ちです」
「これは何かの縁だな」 3種類4本の4回転を跳んだ理由
宇野は、今季ショート・フリーとも昨季から継続のプログラムを滑っている。コロナ禍の中、重点的に伸ばしてきた部分を問われた宇野は、次のように答えている。
「毎年、大会があれば『この大会でできなかったことを次に生かす』とやってきているので……。(今季は)自分がどれだけ成長したかを実感できる場所がなかったので、自分がどれだけ、どこが成長しているかは本当に分からなくて。逆に僕は、見に来てくれている方や見てくれた方がどう感じたか、率直な感想が聞きたいですね」
あくまでも私見だが、宇野は昨年の全日本に比べ、演技中にエッジが氷についている時間が長くなったように感じる。また、コーチであるステファン・ランビエールのスケーティングに似てきた印象もあり、より滑らかさが増したように見えた。
フリー『Dancing On My Own』では、スローな曲調に乗せる宇野のスケーティングの伸びがより際立った。昨年の全日本では入れなかった4回転サルコウに冒頭で挑み、成功。続いて4回転フリップも成功させるが、3本目に跳ぶ予定だった4回転トウループは3回転になってしまう。
「パンク(ジャンプの回転が抜けること)するのは、試合ではなかなかないので……。ただ、あまりにもきれいにトリプルトウループを跳んだので『これは何かの縁だな』と思い、どこかでもう一回4回転トウループを跳ぼうと思いました」
宇野は後半最初のジャンプとして予定通り4回転トウループを跳んだ後、次のジャンプで予定していた3回転サルコウ―3回転トウループではなく、4回転トウループ―1回転トウループを跳んでいる。強引につけた印象のセカンドジャンプには重度の回転不足がついたが、なんとしてもここを連続ジャンプにしないと単独の4回転トウループを繰り返したことになり、基礎点が減ってしまう。宇野の執念が見えた、1回転トウループだった。結果的に、宇野はこのフリーで3種類4本の4回転を跳んでいる。
1年前に跳ばなかった4回転サルコウ。「『少し挑戦』の気持ちで挑めた」
哀愁漂うメロディを流麗なスケーティングで表現し、演技を終えた宇野は飛び跳ねてガッツポーズをした。演技後のミックスゾーンで今回のフリーの良かった部分を問われ、宇野は1年前には跳ばなかった4回転サルコウを組み込めたことを挙げている。
「(4回転)サルコウを入れてのプログラムに、自分にとって『すごく挑戦』というプログラムではなく『少し挑戦』ぐらいの気持ちで挑めたことかなと。それぐらい、(4回転)サルコウというジャンプがだいぶ自分のものになってきたんじゃないかなと思います」
そして、こう付け加えた。
「あとは、試合に出られたことが次につながる経験だったかな」
「マジですげえな」 羽生結弦に感じた大きな差、それでも…
宇野にとって大きな意味があったのは、この試合に羽生結弦が出ていたことだ。昨年の全日本では連戦の疲れから本来の滑りができず2位に甘んじた羽生だが、今年はこの全日本に向け万全の状態に仕上げてきた。特にフリーの演技は圧巻で、羽生の2つ前の滑走順だった宇野は、その演技を生で見ている。
「朝(の公式練習で)の羽生選手は、ノーミス(の演技を)していて。僕が言うのも恐縮ですけれども『本当に昨年とは全然、(ジャンプの)成功率や体の切れが違うな』と思いながら見ていた。試合でも、練習でできていることを本番でやるって本当に大変なことなのに、それを見ている側からすると簡単にやってのけるすごい選手だなと。あらためて、自分の目標となる選手がすごく偉大な選手なんだなと、久々の大会に出て痛感して。『うれしかった』というのは失礼かもしれませんけれども、『また頑張ろう』って思いました」
「僕にとって今日の演技というのは、とってもいいものだった。でも、多分羽生選手にとって今日の演技は、いいものというよりいつも通りの演技だったんじゃないかなと。勝手な感想なんですけれども、それぐらい僕と羽生選手の差はあるなと実感しております。久々に大会に出て、そして久々にゆづ君と同じ試合に出て『ああ、僕の目標がここにあったんだな』というのを感じられた」
「マジですげえな」と羽生の演技に見入っていた宇野は、ショートから1つ順位を上げたものの羽生には及ばず2位に終わり、5連覇を逃した。しかし、本調子ではなかった羽生に初めて勝って優勝した昨年よりもうれしそうに見えたのは、自分の目標を再確認した喜びが大きかったからかもしれない。
明確な目標を置きづらかった今シーズン。その中で考えたことは…
「本当に、この大会に出られてよかったなと思っています。大会に出られて単純にうれしかったですし、楽しかったですし、また、目標というものがあらためて見つかり、今までで一番『大会に出てよかったな』って実感できる試合でした」
記者会見の冒頭、宇野はそう語っている。スイスを練習拠点とする宇野は、グランプリシリーズではフランス杯にエントリーしていたが、コロナ禍により中止になっている。
「僕は目の前の大会を目標にしていつもやってきたので、全日本までは正直、その目標が明確にはなかった。『次の試合もなくなってしまうんじゃないか』という中で練習していたので、技術的な目標や試合の目標がない中で、僕に残されていたのは、ステファン コーチとスケートすることだった。(不調だった)去年もいろいろ考えましたけど、僕がスケートをどこまで続けるか。近々やめるつもりはないですけど、今こうして練習できていることも、いつかかけがえのないものになってしまう。『この瞬間も楽しみたいな』と。僕に残されていたのは、スケートを楽しみながら練習することしかなかったんですね」
「僕がここまでスケートを頑張ってきたご褒美だと思って、スケートを楽しむことも必要だな」と考えて練習していた宇野だが、競技者として目標はどうしても必要だった。
「なかなか大会に出られなくて、そしてこの大会であらためて気付いたことがあります。もちろん、スケートは楽しみたいです。ただやっぱり僕は負けず嫌いですし、目標を持って練習することにすごく充実感を得ながら毎日練習していました。それがなかなかない日々が続いていた中で、羽生選手という存在を今回目の当たりにし『僕と羽生選手の差は自分が思っていたより離れているんだな』とあらためて自覚できたことで、すごく失礼かもしれませんけれども、目標というものを再確認できました。『本当にすごいな』って心から思ったからこそ、うれしかったです」
全日本で宇野が抱いた、誇りと感謝
そして宇野は、今大会の自身の演技にも誇りを持っている。
「自分で言うのもあれなんですけれども、男子シングル、見ている方が楽しめるとてもいい試合になったんじゃないかなと。もちろん僕の恩恵なんて本当に少しですけれども、皆さんに届けられるその一部に、なれたんじゃないかなと思います」
そして記者会見の最後に宇野が述べたのは、大会に出場できたことへの感謝だった。
「僕は大会に出ることがずっと当たり前だと思って練習してきていたので、こういう状況に陥ってみて初めて、大会に感謝を覚えました。こうなってからでは遅いのかもしれませんけれども、それでも僕は今こうやって全日本選手権に無事出られたことに、本当に感謝しています。こうやって開催してくれた方にももちろん感謝していますし、それを見てくれた方、見に来てくれた方、皆さんがいたからこそこうやって僕もスケートできているということを、あらためて実感しています」
宇野が代表に選ばれた世界選手権(3月・スウェーデン)には、2022年北京五輪の枠取りがかかる。この全日本で羽生結弦という目標を確認した宇野は、大舞台に向かうための新たな力を手に入れた。
<了>
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