リバプール南野は「使える控え」などではない 王者の“エンジン”後継者としての素養と環境

Opinion
2020.07.04

日本代表の南野拓実が所属するリバプールが、イングランド・プレミアリーグの今季王者となった。プレミアを制した日本人選手としては、稲本潤一(アーセナル/当時)、香川真司(マンチェスター・ユナイテッド/当時)、岡崎慎司(レスター/当時)以来、南野が4人目となる。一方で、今年1月に加入した南野はリーグ戦5試合に出場して無得点。リバプールが誇る3トップに割って入るような痕跡は残せておらず、本人も「(優勝の)実感は湧かない」と話している。とはいえまだ移籍して半年。彼のリバプール移籍を失敗とみなすのは時期尚早だろう。加入後の半年を振り返りながら、「クロップのリバプール」に獲得された理由を紐解いていこう。

(文=山中忍、写真=Getty Images)

不動と呼べるFW陣に追加された戦力

去る6月25日、今季プレミアリーグでは7試合を残してリバプールの優勝が決まった。第31節クリスタルパレス戦(4-0)で優勝決定まで勝ち点2ポイントに迫った翌日、2位のマンチェスター・シティがチェルシーに敗れて3ポイントを落としたことで、プレミア前史に当たる1990年以来のリーグ優勝という悲願達成を見た。

同時に、プレミア史上4人目となる日本人の優勝経験者も誕生した。今年1月にレッドブル・ザルツブルクから移籍した南野拓実は、リーグが定める「最低5試合出場」の条件をクリアし、物理的な優勝メダルを手にする資格も得ている。

ただし、実質的な資格に関しては疑問の声もある。プレミア出場5試合目となった、クリスタルパレス戦を含む4試合は途中出場で、優勝決定の4日前に第30節エヴァートン戦(0-0)で経験した、リーグ戦初先発もハーフタイム中に交代を告げられた。新FWとしての数字は、ゴールもアシストも「ゼロ」のまま。ザルツブルクでの今季前半戦には、9ゴール11アシストを記録した日本代表FW自身が、クラブを通じて「(優勝の)実感は湧かない。次はチームに貢献して優勝の喜びを味わいたい」と語るほど、鳴かず飛ばずの滑り出しとなっていた。

しかし、本人が「まだ半年しか経っていない」とも言っているように、リバプールの一員となったばかりであることも事実だ。新型コロナウイルス禍での約3カ月間のリーグ中断期を除けば、まだプレミアのシーズンは3カ月しか経験していない。にもかかわらず、エヴァートン戦後には「ヨッシ・ベナユンの廉価版」というファンによる南野評をネットで目にした。移籍金は、南野の725万ポンド(約9億6500万円)が500万ポンドのベナユンを上回るが、今日の移籍市場では「バーゲン価格」と言われる日本人FWを、13年前に移籍したイスラエル人MFと比較したコメントだ。南野を、在籍3年で「頼れる一駒」の域を出なかったウィンガー以下とみなすのは時期尚早にも程がある。

しかも、一般的に即座の活躍が難しいとされるシーズン途中に加入したばかりだ。移籍が成功した冬のプレミア新戦力には、同じリバプールにルイス・スアレス(現・バルセロナ)という前例があるが、3シーズン半で計69得点をリーグ戦で記録したウルグアイ代表ストライカーも、加入直後の2010-11シーズン後半戦は、出場13試合で4得点と比較的静かだった。南野は、リーグ戦出場時間もより限られているが、その背景には異なるチーム事情がある。新エースとして加入したスアレスとは違い、不動のレギュラーと呼べるFW陣に追加された戦力なのだ。

「クロップのリバプール」に獲得された理由

ユルゲン・クロップ率いるリバプールは4-3-3が基本システム。インサイドハーフとしても機能し得る南野だが、最も自然な適所は前線の1枠になる。だが、右からモハメド・サラー、ロベルト・フィルミーノ、サディオ・マネと並ぶ既存の3トップは、プレミアはもちろん、欧州でも最高級の威力と完成度を誇るトリオだ。ザルツブルクでは、優れた若手が相手だったチーム内競争は、ワールドクラスが競争相手。前線中央のフィルミーノは、「偽9番」としてのプレーを芸術的な域にまで高めている。昨季プレミア得点王(3選手タイ)のマネとサラーは、リーグ優勝が決まった時点で今季も合わせて32得点。チーム得点数(70)の半数近くを叩き出している。

南野は、コロナ禍の中断を経ての再開初戦で巡ってきたプレミア初先発で、故障上がりのサラーの代わりに右サイドで起用された。マージーサイド・ダービーを中継した『スカイ・スポーツ』で解説を務めた、ジェイミー・キャラガー(元・リバプール)とティム・ケイヒル(元・エヴァートン)が共に指摘したように、「スペースではなくボール」に意識と足が向き、「フィルミーノと動きが重なった」との感は否めない。

だが、その45分間の中でも、「クロップのリバプール」に獲得された理由を示してはいた。前半34分の一場面。タッチライン際でアンドレ・ゴメスと競り合った南野は、一度はボールを奪われかけたが諦めずに詰め寄り、伸ばした右足で相手MFの足下からボールを蹴り出してカウンターを可能にした。珍しく打ち損なったフィルミーノのシュートで先制点には至らなかったが、90分間でチームが手にした最大のチャンスは、新FWのカウンター・プレッシングに始まっていた。その10分後には、中盤から上がったナビ・ケイタとのワンツーで壁役を務めてからボックス内に走り込み、マネのラストパスを受けて素早くシュート。相手センターバックにブロックされたが、咄嗟に身を投げたメイソン・ホルゲートの反応を褒めるべきシーンだった。

個人的には、周りと呼吸が合い始めた直後の交代は意外とさえ感じられた。テレビ解説陣をはじめとする評価は芳しくなかったが、出来は決して悪くないように思えた。交代を決めたクロップも、「タキ(南野のニックネーム)は良くやっていた。しっかり試合に入り込めていた。だからこそ、疲れる前に5名ある交代枠の1つを使おうと考えた」と、試合後に説明している。

「最高最大のチームプレーヤー」の後継者

指揮官は、南野がボールに反応しがちであることは承知で出場時間を与えたとも思えた。筆者は、その特性を「フィルミーノとダブる」のではなく、「フィルミーノの後を継げる」と理解した元リバプールDFのBBCラジオ解説者、マーク・ローレンソンと同意見だ。3トップの中でも最も不可欠な存在は、最前線からのプレッシングといい、中盤深くまで下がってのゲームメイクといい、攻守に精力的で献身的、かつ効果的な28歳の偽9番。そのフィルミーノをクロップは自軍の「エンジン」と呼ぶ。よく中盤の選手に使われる褒め言葉だが、片時も足を止めず、ここぞという所で優れた技術とセンスで違いを生むリバプールの9番には打ってつけ。そして、同じ表現が、エヴァートン戦の前半もノンストップで動き続けた25歳の新18番にも当てはまる。

実際、レギュラー休養の機会でもあるFAカップでは、移籍後の3試合でセンターフォワードとして先発起用された。3月初旬にリバプールで初のフルタイムを経験したチェルシーとの16強対決では、敗退(0-2)という結果もあって表面的には「不発」の印象が強かったかもしれないが、内容的には『タイムズ』紙の10点満点中7点という評価に頷けるパフォーマンスだった。巷では、「レンタルで戻すべきだった」などとも言われたが、この手の意見を持つイングランド人は、昨年10月、リバプール入りの“オーディション”となったUEFAチャンピオンズリーグにおける対決での印象が強烈なのだろう。

リバプールを相手に1ゴール1アシストを決めた南野は、ザルツブルク5シーズン目の主軸だった。その5年間にしても、初挑戦だった海外でメンタルの強さを発揮して苦境を乗り越える必要があった。移籍1年目には、ベンチ外の無念も味わいながら、奇しくもリバプールでのプレミア挑戦の下地となる、フィジカルの強さやトランジションの速さへの適応に努力した。主力と化した後も、監督交代による一時の不遇に耐えなければならなかった。

その点、昨年12月に新5年契約を結んだリバプールの指揮官は南野を高く買っている。優勝後、5年前に引き継いだチームの進化を可能にした要因を問われ、「チームに誰を残し、誰を加えるかの判断を的確に行えている」と答えたクロップが獲得した最新の戦力が、他ならぬ南野だ。移籍先の監督は、新戦力の環境適応に理解もある。加入に際し、まだソーシャルディスタンスなど不要だったロッカールームで、ドイツ語で話ができる元ザルツブルクの先輩格、ケイタとマネの間のロッカーが南野に与えられた配慮も、その一例だ。

隣のケイタを見れば、移籍1年目に出場時間が限られても、それは指揮官の慎重姿勢の表れだと理解できる。移籍金が5000万ポンド(約66億円)台の高額でも、昨季の出場25試合中9試合が途中出場という控え目なプレミア1年目だった。もう一方のマネは、クロップの目に適った実力で世間を見返した好例。移籍金3000万ポンド(約39億円)台でのサウサンプトンからの引き抜きには、ファンの間で「補強ミス」との声があった。

幸い、南野には両者のような移籍金の額に伴うプレッシャーもない。かといって、ベナユンのような「使える控え」の二番煎じなどではない。フィルミーノという、新プレミア王者における「最高最大のチームプレーヤー」の後継者だ。最後に笑うのは、南野。「リバプールのタキ」には、それだけの素養と環境がある。

<了>

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