なぜドイツは「GK人気」高く日本では貧乏くじ? GK後進国の日本でノイアーを育てる方法
マヌエル・ノイアー、マルク・アンドレ・テア・シュテーゲン、ベルント・レノ、アレクサンダー・ニューベル……。ドイツが優秀なGKを数多く輩出する背景には、当然ながら子どもたちのGK人気が非常に高いことが挙げられる。対して、GK人気が決して高いとはいえない日本が学ぶべき、ドイツのGK観とは? 名門VfBシュトゥットガルトでU-14、U-15のGKコーチを務める松岡裕三郎が、ドイツの実例を挙げながら、日本のGK人口を増やすために解決すべき課題を語る。
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
ドイツの子どもたちが欲しがる定番3点セット?
「GKやってみない?」
もしGK経験のない子どもがサッカーの試合で監督にそう声をかけられたらどう思うだろう?
「なんで俺が?」「いやだ。私やりたくない」「ミスしたら味方に文句言われるかも……」「面白くないじゃん!」……。
日本だとそういう反応がまだまだ多いのではないだろうか。子どもの親は「なんでうちの子が!」ともっと過剰に反応してしまうかもしれない。GKの価値をしっかりと理解していない指導者にも「フィールドプレーヤーとしては動けなさそうだから、しょうがないからGKでもやらせよう」という考え方がいまだにあると聞く。最近はGKに関する情報も増えてきており、少しずつやりたいと思う子どもも増えてきているようだが、まだまだ昔からの誤解と先入観で過小評価を受けている傾向が強い。
そこでGK人気が非常に高いドイツの実例を挙げながら、GKについて再考してみたい。スポーツ環境が整っているドイツでは、グラウンドは芝であり、セーブしても痛くないというとても大きなメリットがある。だが、そうしたハード面だけが理由でGKをやりたがる子が多いのだろうか。他にもさまざまな理由があるのではないだろうか。そのあたりを掘り下げてみたい。
ドイツの子どもたちはサッカーを始めたばかりの時、まずボールを買って、スパイクを買って、と同時にGKグローブを欲しがる。誕生日に祖父母から3点セットでプレゼントしてもらうことも多い。チーム練習時にGKグローブを持ってくる子どもがたくさんいるのだ。我が家でもそうだ。息子は主にフィールドプレーヤーとしてプレーを楽しみながらも、今でも「やっぱ、俺GKやりたいな」とこぼす時がある。僕が指導しているチームの子どもたちを見ていても、みんなやっぱりどこかGKへの憧れがあるように感じる。
インタビューに協力してくれたのは現在ドイツ・ブンデスリーガ2部のVfBシュトゥットガルトでU-14、U-15のGKコーチを務める松岡裕三郎氏。同志社大学卒業後にドイツへ渡り、選手、そして指導者としてさまざまなクラブで経験を積みながら、2018年から同クラブで活動している。街クラブからプロクラブまでを渡り歩いてきた彼は、今回の企画にうってつけの指導者だ。
「GKはフェアリュックトだからな」
ドイツの子どもたちはGKのどこに憧れるのだろう? 松岡コーチはこう話す。
「シュートを止める時の迫力ってすごいですよね。1対1の場面でも相手を恐れることなく向かっていって、体をバーン!とぶつけて止めるところ。外から見ていて『あー!これは入れられた!』という場面で止めるビッグセーブは飛び上がってしまうほどかっこいい。あと例えば(マヌエル・)ノイアーが世界中の注目を集めた2010年の(FIFA)ワールドカップで、セービングだけではなく、アシストをしたり、積極的に前に出てディフェンスの裏のスペースをカバーしたり、攻撃的にプレーしていました。それをメディアが取り上げてどんどん盛り上がっていく。そういうところが大きいかなと思います」
かっこいい!と思えるものを実際に目にしたり、聞いたりするから、子どもだって興味を持つ。確かにヨーロッパで試合中継を見ていると、GKのセーブに関するコメントがすごく多い。サッカーは「○○、決定機を外した!」という視点だけではない。GKのポジショニング、プレッシャーのかけ方、飛び出すタイミング、面の作り方。事前にゴールへの危険性をどんどん狭めていくことで、実際にボールには触れなかったとしても、結果としてゴールを守ったというケースも多い。そのあたりにしっかり言及することでGKへの理解とリスペクトにつながる。中継で日常的にGKのプレーが取り上げられたら、サッカーファンは自然とGKの話をするし、周りの大人が「あの(マルク・アンドレ・)テア・シュテーゲンの反応はすごかったよな。最初のポジショニングで決まっていたな」と話していたら、近くで聞いている子どもたちもそこへの憧れを抱きやすいだろう。
またそれぞれの個性を大事にするという社会的な背景も一つのポイントかもしれない。ドイツのGKコーチと話をしていると、決まって「GKはフェアリュックト(クレイジ-の意)だからな」と言って笑うが、それはネガティブな意味ではない。日本だと「あいつはクレイジーだよね」という言葉は軽蔑する意味として捉えられるかもしれない。だがドイツでは「他の人と違ったものをものすごく好きになっている」と好意的に解釈されるケースが多い。日本における海外ニュースの翻訳で「クレイジーだ」というコメントが間違った解釈で訳されるケースをよく見るが、クレイジーであることが認められる空気感がヨーロッパにはあることを理解してもらいたい。松岡コーチもこう話す。
「それは感じます。ドイツにはさまざまな人種の人たちがいるので、いい意味でいろんな人がいて、それをみんなが理解して、リスペクトを持ってやっている。それぞれの個性、その人のキャラクターというのをリスペクトしているので、クレイジーな人も『そういう人だ』という理解をした上で普通に接している。例えば僕自身の話でいうと、クラブの育成事務所にGKコーチ用の部屋があるんですよ。そこでよくGKの話で時間も忘れて夢中になってしまうんです。『これは防げる失点だったかどうか』『あの場面ではどうしたらいいか?』って。他のコーチやトレーナーがのぞきに来ると、よく『お前ら本当にクレイジーだな、いつもキーパーの話ばっかりして』って言われます(笑)」
「勇敢なプレー」と「成功体験」
自分らしくあることが認められる環境も影響してか、ヨーロッパではあまりミスを気にしない気質の子どもが多い。周りを気にしたり、ミスを恐れたりすることが少ない。そのため誰よりも目立てるGKはまさに自分らしさを出せる場でもある。GKにはシュートを決められるか、止められるかというスリリングな瞬間が次々にやってくる。チームで一人だけ他の選手と違った役割を担うため「僕だけがスペシャル!」という気持ちにもなれる。
「小学校低学年くらいまでの年代だと、GKとしてまず一番に求められるポイントは怖がらないところ。向かってくる相手選手に対して怖がらないで、寄せれば寄せられるほどボールを止められます。怖がらない、勇気もって飛び出す、手を出す。それができるというのはすごく大事なことです」
そうした勇敢なプレーが正当に評価されることが子どもたちにとっての魅力につながる。GK大国ドイツではU-7やU-8年代でもチームに1~2人はGKとしての雰囲気を持った選手がすでにいたりする。ファーポストに飛ぶ低いボールに手を伸ばして止めたり、前に飛び出して体を張ってシュートをブロックしたり。セーブをしたらプロ顔負けのガッツポーズを見せてくれたりもする。GKとしてプレーする喜びと自信を力いっぱい表現する、将来有望なGKの卵たちが幼少期から育っているのだ。
松岡コーチ自身もGKを始めたきっかけは、そうしたGKの楽しさを実感することができたからだと振り返る。
「僕がGKをやろうと思ったのは小学校の時です。3〜4年生くらいまでFWをやっていたんですけど、ある大会でGKだった子がケガをしてしまったので、代わりに俺がやるよって言ったんです。その時に初めてGKとしてプレーしたんですけど、その試合でたまたま何度もボールを止めることができて。保護者からも歓声を受けて、すごく楽しくて、うれしくて。それからGKをやることが多くなりました」
最初に成功体験ができたことでどっぷりとGKの魅力にはまっていけたという。失点と常に向き合い続けなければならないポジションだけに、メンタル面の強さは必要不可欠だが、だからといってそれを求めるがあまりに、楽しさを実感できなかったらもったいない。松岡コーチもそこに同意する。
「今思えば、楽しいという思いが何より大きかったと思います。僕自身小学校でGKを始めたときは憧れの選手こそいなかったですけど、『止めて、楽しい』、それを実感できたのが一番ですね」
日本のGK人口を増やすために必要なこととは?
では日本の育成におけるGK環境をどうすれば改善していくことができるのだろうか。Jリーグの下部組織や強豪街クラブになればGKコーチがいるところも増えてきている。だが一般的な街クラブや少年団ともなれば、GKコーチはいないことが多く、GKだけで専用のトレーニングをする余裕もなかったりする。どう守ればいいのかという技術も判断基準もないまま、試合をして、失点をしてどやされて……。その繰り返しではGK人口は増えないし、GKへの理解もリスペクトも生まれてこないのではないか。
「例えばですけど、GKコーチがいないチームは、近くにあるゴールキーパースクールに通うというのはいいかもしれないですね。あるいはチームとしてそうしたスクールと提携を結んで指導しにきてもらう。1クラブだけだと厳しいというなら、他クラブと共同で練習枠を作るというのもいいかもしれないです。とにかく、GKのトレーニングを受けられる環境が必要なんですね。週に1コマでもやれると違うんですよ、全然」
日本でも全国各地でゴールキーパーのためのスクールが少しずつ増えてきているという。正しい技術を身につけ、やるべきことがわかれば、ミスの分析を自分でできるようにもなってくる。知識のない指導者が「何とか止めろ!」「ちゃんとやれ!」と怒鳴ったところで、何とかなるものではないのだ。一つひとつ成功体験を積み重ねていくことが大切だ。
「ドイツのスクールではGKに限らずノイアーのネーム入りのユニフォームを着ている子どもたちがいっぱいいるんです。GKが多くの子どもたちにとっての憧れの存在であることは大きいですね。日本でもっとGKのスーパースターがたくさん増えること、代表選手だけではなくて、各クラブのGKの中からもスタープレーヤーが生まれることが大事だと思います。あとは飛んでも痛くないグラウンド環境も整備してほしいですし、GKに対してもっとリスペクトを持つことができるようになることも重要です。何より子どもたちがGKを楽しんでできるようになること。そうしたら日本のGK人口はもっともっと増えてくるんじゃないでしょうか」
松岡はそうまとめてくれた。GKは貧乏くじのポジションではない。羨望のまなざしが向けられるチームの守護神だ。何度でも何度でも、迫り来る相手に勇敢に立ち向かい続ける象徴なのだ。「GKやりたい子?」というこちらの問いかけに、多くの手が挙がり、どうやって決めようか頭を悩ます。そんなことが日本でだって普通に起こるはずなのだ。
<了>
なぜJリーグのGKは外国人が多い?「日本人GKの課題」を指摘する名指導者の危機感
なぜ高校出身選手はJユース出身選手より伸びるのか? 暁星・林監督が指摘する問題点
中村憲剛「重宝される選手」の育て方 「大人が命令するのは楽だが、子供のためにならない」
武井壮が明かす「特性を伸ばす」トレーニング理論 日本人選手の持つ「伸びしろ」とは?
宮市亮「悲劇からの復活劇」では終わらせない リーグ全試合出場が物語る進化と真の評価
PROFILE
松岡裕三郎(まつおか・ゆうざぶろう)
1984年10月8日生まれ、鹿児島県出身。ドイツ・ブンデスリーガ2部VfBシュツットガルトのU-14、U-15・GKコーチ。鹿児島実業高校、同志社大学を経て、ドイツに渡り、2009年から2017年までSVフェルバッハでプレー。2011年よりSVフェルバッハのU-11〜U17のGKコーチも兼任し、以降、さまざまなチーム・カテゴリー・スクールでGKコーチを担当。2017年6月にUEFA Bゴールキーパーレベルの修了証取得。
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
指導者育成に新たに導入された「コーチデベロッパー」の役割。スイスで実践されるコーチに寄り添う存在
2024.10.16Training -
海外ビッグクラブを目指す10代に求められる“備え”とは? バルサへ逸材輩出した羽毛勇斗監督が語る「世界で戦えるマインド」
2024.10.09Training -
バルサのカンテラ加入・西山芯太を育てたFC PORTAの育成哲学。学校で教えられない「楽しさ」の本質と世界基準
2024.10.07Training -
佐伯夕利子がビジャレアルの指導改革で気づいた“自分を疑う力”。選手が「何を感じ、何を求めているのか」
2024.10.04Training -
高圧的に怒鳴る、命令する指導者は時代遅れ? ビジャレアルが取り組む、新時代の民主的チーム作りと選手育成法
2024.09.27Training -
「サイコロジスト」は何をする人? 欧州スポーツ界で重要性増し、ビジャレアルが10人採用する指導改革の要的存在の役割
2024.09.20Training -
サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革
2024.09.13Training -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training -
指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方
2024.07.26Training -
ポステコグルーの進化に不可欠だった、日本サッカーが果たした役割。「望んでいたのは、一番であること」
2024.07.05Training