なでしこJ守護神・山下杏也加がパリから持ち帰ったもの。マンCデビュー戦で見せたMVP級の存在感
パリ五輪で、ベスト8で帰国の途についたなでしこジャパン。正GKとして全4試合に出場した山下杏也加は、逆転負けを喫したスペイン戦や、明暗を分けたアメリカ戦をどう振り返るのか。29歳の誕生日を迎える今夏には、温めてきた海外挑戦を決断。マンチェスター・シティに3年契約で加入し、デビュー戦となったプレシーズンのレスター・シティ戦では、チームを勝利に導くPKストップでサポーターの心をつかんだ。パリ五輪からの激動の日々とともに、9月22日に開幕する女子スーパーリーグへの展望についても語ってもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=森田直樹/アフロスポーツ)
次元が違ったスペイン。アメリカ戦のゴールに見た「環境の差」
――パリ五輪はベスト8で帰国の途につきました。山下選手にとって2度目のオリンピックでしたが、今大会は自身の中でどのような思いで臨んだ大会だったのですか?
山下:オリンピックは出場できるのが12カ国で、32カ国が出場するワールドカップよりもメダルを獲れる可能性は高い大会なので、何色でもいいからメダルを獲得したいと思って臨んでいました。毎回、国際大会に臨む時に考えるのは、前の大会よりも上のレベルにいくことです。たとえば、ワールドカップでベスト16だったら、次の大会ではベスト8にいくことが最低限の目標です。東京五輪はベスト8でスウェーデンに負けたので、今大会はベスト4以上を目指していましたし、2019年夏のフランスワールドカップを経験したので、パリの暑さはわかっていたので不安はなかったです。
――強豪ぞろいのグループで、初戦はスペインに1-2で敗れましたが、第2戦のブラジル戦(2-1で勝利)では、山下選手の正確なロングフィードから複数の決定機を生み出しました。この2試合をどう振り返りますか?
山下:スペインは、他の国と比べて正直、次元が違いました。逆に、去年のワールドカップでよくあのチームに(4-0で)勝てたな、と思います。相手に隙がなかったわけではないですが、途中からは「引き分けでもいい」と割り切って考えてしまう自分がいました。
ブラジルに関しては、今年4月のシービリーブスカップで対戦した時に相手の守備の脆さが見えていたので、狙っていた攻撃が形になって良かったです。昨シーズン、INAC神戸でスペイン人のジョルディ・フェロン監督になってからロングボールも蹴るようになり、自分の中でのロングキックに対する自信もついてきていたんです。
――3戦目のナイジェリア戦は危なげなく3-1で勝利しましたが、準々決勝はアメリカと120分間の激闘の末に敗れました。ベスト4進出の可能性も見えてはいたと思いますが、勝つために何が足りなかったと思いますか?
山下:アメリカはほとんど同じメンバーでグループステージを戦って疲労していたので、チャンスだと思っていました。日本は決定的な場面は少なかったですが、チャンスはアメリカと平等にあったので、決定機を止められるキーパーか、止められないキーパーの差が出てしまったと思います。
――延長戦で、左サイドのトリニティ・ロッドマン選手がカットインから決めた決勝弾は強烈でした。GKとしては止めるのが不可能に近いスピードやコースに見えましたが、実際はどうだったんですか?
山下:たしかに、これまで受けたことがないシュートでした。同じようなコースだと枠を外すか、ゴロになるか、内側に巻いても威力が弱くなるので、ちょっとでも触ればコースが変わるイメージがあります。でも、あのシュートは違いました。試合後にキーパーコーチとあの失点を振り返ったのですが、一つ前にいた(南)萌華は、ゴロのコースを消すのが精一杯だったし、自分のポジショニングにも問題はなかったです。反省点は、相手がシュートモーションに入った時に自分の両足がまだ浮いていて、手を出すタイミングが遅かったことです。それは、ああいうシュートを日常から受けているアメリカのキーパー(アリッサ・ネイハー)のほうが有利だと思いました。マンチェスター・シティに移籍してそれができる環境になったと思うので、今は成長できる喜びを感じています。
新生なでしこでは「新監督の戦術にどれだけフィットできるか」が勝負
――ワールドカップやオリンピックなどの国際大会で、敗れた試合後は涙が止まらない選手もいますが、山下選手はいつも「何が足りなかったのか」を冷静に話す姿が印象的です。経験を重ねる中で、メンタル面での変化も感じていますか?
山下:そうですね。以前は失点したら味方に怒っていたんですが、それはなくなりました(苦笑)。今は、失点したらすぐにスタジアムのモニターでその場面を確認して、自分の修正点と、ディフェンスをどう動かしてあげたらよかったのか、確認するようにしています。「(得点が)入る時は入ってしまう」といい意味で割り切って、同じミスをしないことを最優先するようになりました。
――それは大きな変化ですね。パリ五輪の4試合を通じて、4年後に向けて収穫は得られましたか?
山下:スペインは育成年代から若い選手がA代表に上がって経験を積んでいるので、その伸びしろを考えれば、日本も10代の谷川萌々子と古賀塔子が飛び級で一緒に戦ってくれたことは、これからのなでしこジャパンを考える上でも大きなことだと思います。
――2人のように10代から海外でプレーする選手も増えてきましたが、代表選手が海外組中心になっていることについてはどう思いますか?
山下:海外の選手は対人能力や間合いが違うので、自分を強くするために、海外でプレーできるなら挑戦したほうがいいと思っています。これまで、国際大会では守備で相手を潰したいところで潰せないことも多かったですし、フィフティ・フィフティのボールに対するデュエルの勝率やボールの回収率が低いので、個の守備能力や対人能力を上げていくことは必要です。そうすればもう少し失点が減るだろうし、前線からもっとプレッシャーにいける場面も増えてくると思います。
――山下選手自身は、次回、2027年のワールドカップ、28年のロサンゼルス五輪に向けて、どのようなキャリアプランを描いていますか?
山下:マンチェスター・シティとの契約が3年で、次のワールドカップ直前で切れるので、そこまでは間違いなくサッカーをしていると思います。ただ、代表については自分がなでしこジャパンの新監督にどれだけ評価されるのか、新しい戦術に対して自分がどれだけフィットできるかが勝負だと思っています。
「スイッチ」が入ったデビュー戦。好プレーでレギュラー争いにアピール
――オーストラリアで行われたプレシーズンのパース国際カップでは、準決勝の後半から出場して好セーブを連発し、PKも2本止めてヒロインになりました。籾木結花選手と宝田沙織選手が所属するレスター・シティとの日本人対決でもありましたが、デビュー戦でしっかりパフォーマンスを発揮できた手応えがあったんじゃないですか?
山下:そうですね。試合が始まる前に、もみ(籾木)と話す機会があって、「出るかもしれない」と言っていたので、「対戦したら、日本人には絶対ゴールを決められたくない」という変な意地もありました(笑)。デビュー戦で失点はしたくないし、サポーターやファンに認められるためには試合で活躍することが一番だと思うので、自分の評価や第一印象がこの試合で決まると考え、いつもより集中していたと思うし、スイッチが入った感じがありました。
――ワールドカップやアジア大会など、国際舞台の大一番でも好セーブを連発することがありますが、どういう時にスイッチが入るのですか?
山下:自然に入ることが多いんですが、今は「試合に出たい」という欲が以前より出てきたのも大きいと感じます。これまでは、いつも通り練習していれば試合に出られる状況だったんですが、シティでは自分が成長してレギュラーをつかみ取らなければいけないですし、その刺激がスイッチを入れる原動力になっている感覚があります。
――シティではイングランド代表のキアラ・キーティング選手とのライバル争いがありますね。
山下:はい。彼女は20歳と若くて、身長はあまり変わらないんですけど、プレースタイルが似ているからこそ、ライバルに近い存在だと思います。
――レスター・シティ戦は長谷川唯選手、藤野あおば選手も含めて、日本人選手が5人同時にピッチに立ちました。日本人女子選手が評価されている実感はありますか?
山下:それはあります。PKの最初の5人は監督が信頼している人しか蹴れないと思うので、「大事な場面で日本人選手がこんなに信用されてるんだ」と思いました(*)。
(*)長谷川、藤野、籾木、宝田がキッカーに指名された
WSLがいよいよ開幕。CLの舞台に出場するチャンスも
――4年前にGKとしてプレーする醍醐味を伺った時に、「絶対に入る、と思われるようなシュートを止めること」と話していましたが、その思いに変化はありましたか?
山下:それは変わらないですが、FWの選手が打ったシュートを自分がセーブで弾いた時に、その選手が悔しがる姿を見るのは好きです(笑)。試合後に映像をチェックしている時は、自分のポジショニングをチェックした後にもう一回巻き戻してFWの選手が悔しがる姿を見て「よし!」みたいな(笑)。
――それは難しいシュートほど、止めた時にモチベーションが上がりそうですね(笑)。シティはUEFAチャンピオンズリーグにも予選から出場しますが、そのモチベーションはどうですか?
山下:まさかチャンピオンズリーグに出られるチームに加入できるとは思っていなかったし、本当に夢のような舞台なんだろうなと思います。ただ、やるからにはそこで試合に出て、勝利に貢献することが一番だと思います。
――9月22日には、いよいよ女子スーパーリーグ(WSL)が開幕します。アーセナルとの開幕戦に向けて、楽しみなことはありますか?
山下:まだアーセナルは映像でしか見たことがないので、選手の強さや特徴や、どんなサッカーをしてくるのかわからないですが、試合に出たら勝って、レギュラーの座をつかむために、いいパフォーマンスをし続けないといけないと思います。チームのために自分ができることを全力でやるつもりです。
――昨季は、長谷川選手が、2年連続のバロンドール候補、そしてPFA(プロサッカー選手を会員とするイングランドの労働組合)が選出する優秀選手6人に選ばれました。個人的に目指したい賞はありますか?
山下:唯が選ばれたのは現役選手たちが投票する賞だと思うので、それはすごく名誉なことだと思います。キーパーとしてのパフォーマンスを認められて、そこに「Yamashita」っていう名前がのったらいいなと思います。
――ユニフォームの名前はAyakaではなくてYamashitaですか?
山下:そうです。日本と同じで、こっちでもチームメートのみんなに「ヤマ」と呼ばれているので、苗字にしました。そっちのほうが自分自身も早く反応できるし、サポーターの皆さんもわかりやすいかなと。
――ホームスタジアムでサポーターの応援コールが聞けるのも楽しみですね。最後に、サッカーをやっている少女たち、山下選手に憧れるGK選手たちにメッセージをお願いします。
山下:サッカーでキーパーが注目を浴びる機会は少ないと思うので、キーパーというポジションに興味を持ってもらえたり、「キーパーをやってみたい」と思う子が一人でも増えたらいいなと思いながら、いつもプレーしています。GKとして成長するためには、トップレベルの環境でサッカーをすることが大切だと思うし、成長するためにどのクラブでプレーしたほうがいいのか、チーム選びは大切だと思います。ただ、中学から高校になった時にサッカーを続ける環境がなくて競技をやめてしまう子たちが多いので、今回の移籍も含めて、なでしこジャパンの選手がトップレベルでプレーを示して、世界で活躍できる可能性を広げられるようにプレーしたいと思っています。
【連載前編】なでしこGK初のビッグクラブ移籍が実現。山下杏也加が勝ち取ったマンCからのオファー「サイズは関係ないと証明できた」
<了>
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[PROFILE]
山下杏也加(やました・あやか)
1995年9月29日生まれ、東京都出身。女子サッカーのイングランド1部(女子スーパーリーグ)・マンチェスター・シティWFC所属。ポジションはGKで、類まれな身体能力の高さや足元の技術、コーチングの質の高さが武器。村田女子高等学校1年生の時にGKに転向し、3年時に日テレ・ベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ)に特別指定選手として加入。2014年に正式加入を果たすと、15年からのリーグ5連覇を支え、代表でも17年から正GKの座を射止めた。WEリーグ初年度の2021-22シーズンにはリーグ最少失点でINAC神戸レオネッサの優勝に貢献し、女子トップリーグでGKとして初のMVPを受賞。2度のワールドカップとオリンピックを正守護神として戦い、2024年8月にマンチェスター・シティに3年契約で移籍することが発表された。
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