指導者育成に新たに導入された「コーチデベロッパー」の役割。スイスで実践されるコーチに寄り添う存在

Training
2024.10.16

「選手育成」の観点で欧州サッカー界の中でも注目度が増しているスイスサッカー協会。セリエA・ACミランのFWノア・オカフォー、ボローニャのFWダン・エンドイェなどメガクラブが熱視線を送る若手選手も多く輩出している。そんなスイスサッカー協会が指導者育成のために新たに儲けた役職が「コーチデベロッパー」。指導者を成長させるのではなく、指導者が成長するように寄り添って導く、その役割とは?

(文=中野吉之伴、写真=AP/アフロ)

スイスサッカー協会による従来とは違うアプローチ

指導者育成はどの国においても非常に重要視されている。指導者の成長や成熟がなければ、そのもとでプレーする選手を適切に導いたり、辛抱強く支えたり、優しく見守ったり、時に鋭く戒めることもできない。そのため、指導者を育成する役割を担うインストラクターの人選と育成が極めて大事なポイントとなる。

では指導者がどうなることが指導者育成には求められるのだろう? 指導者インストラクターにはどのような要素が必要なのだろう? その本質的な問いに向き合っているのがスイスサッカー協会だ。

7月にドイツのヴュルツブルクでドイツサッカー連盟(DFB)とドイツプロコーチ連盟(BDFL)共催の国際コーチ会議でその分野の第一人者であり、スイスサッカー協会指導者育成指導教官主任のレト・ゲルトシェンがエネルギッシュな講義をしてくれた。

「どのようにそれぞれの指導者をさらに成長させることができるのだろうか? これがコーチ・デベロップメントの核となる問いかけです」

ゲルトシェンはそんな言葉とともに講義をスタートさせた。「指導者育成からコーチデベロッパーへ」というのがテーマだ。一般的に指導者育成という言葉から連想されるのは、インストラクターがさまざまな事象に対して異なる分野からの専門的な解釈でヒントを授けながら、指導者が担当しているチームや選手のトレーニングや試合におけるパフォーマンスが短期的だけではなく、長期的な視点で最適化されるように働きかけること。

ただし、スイスサッカー協会におけるアプローチはそうではない。

「どちらかというとガリレオ・ガリレイをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれないですね」

ゲルトシェンはそんなふうに話していた。

「誰も他人に教えることなどできない。そうではなく、自分で発見する手助けをすることしかできないのだ」(ガリレオ・ガリレイ)

ヒントや解決事例によって「問題が解決する」「パフォーマンスがアップする」のではなく、「問題解決、パフォーマンスアップのヒントや糸口を自分で見つけ出せるようになること」なくして、指導者の成長はありえないというのがベースとなる考え方だ。

探るべきは答えではなく、問いのクオリティ。そこにこそ本質があるのだ、と。コーチを成長させるのではなく、コーチが成長するように導く。だからインストラクターではなく、デベロッパーという名称を冠している。

メンターや指導教官以上の深い関わりが求められるコーチデベロッパー

ゲルトシェンは続ける。

「指導者はどのように自問自答するかを学ぶことが大切なんです。自己分析力がなければ、あるいはそこでの分析が間違っていたら、望むような成長をすることはできません。普段から自分の振る舞いや行動を振り返り、自分で分析することの習慣づけをスタートさせることが出発点になります。

 いま現在どうなのか? 将来的にどうあるべきなのか? そのためには何が必要なのか? では何を変えなければならないのか?

 だからデベロッパーに求められるのは何かを教えるということではなく、何に、いつ、どのように気づくのかの最適なきっかけづくりであり、そのための質問力を身につけることが欠かせないのです」

コーチデベロッパーに求められるのは、技術や戦術に関する奥深い知識以上に、どのように指導者が自分の人間性を分析し、解析し、そこからどのように改善、成熟できるのかへの経験と知識になる。問いかけ方やそのタイミング、状況判断や分析能力も欠かせない。メンターや指導教官という性質以上の深い関わりが求められる。

「指導者が自分で分析して、解決策を見出して、自分で取り組めばすべてうまくいくわけではないですよね?

 その取り組みやプロセスは正しい方向なのか? もし誤っているのならば、いつ、どこで、どのタイミングで、どのように修正の必要性に気づける声掛けをすればいいのだろう?

 そうした繊細な感覚とそのベースとなるエビデンスも持ち合わせていなければならないんです。だから指導者自身が持つ認知に対して働きかけることが求められています」

どうすれば可能な限りベストな問いかけを考え出すことができるのか?

現在スイスサッカー協会には214人の指導者インストラクターがいて、そのうち約80人がコーチデベロッパーライセンス過程を修了している。主には指導者講習会やライセンス講習会などの場で幅広い層の指導者へアプローチを行い、また、プロクラブの育成アカデミー等ではクラブごとに個別にコーチデベロッパーが担当することもあるという。数を増やせばいいというわけではなく、彼らのさらなる成長や成熟に向けて丁寧にアプローチし続けることを重要視しているという。

コーチデベロッパー講習会ではまず、「どうすれば可能な限りベストな問いかけを考え出すことができるのか」という根本的なテーマに対しての考え方やスキルを学ぶ。起こりえるであろう問題への認知能力を高め、そこから指導者がどのように問題解決に挑むのかのプロセスの最適化を目的にする。

ではミスや問題が起きたときに、当事者間での過去へのいざこざをすみやかに解消し、迅速に未来へ向けて視点を動かし、解決策を考察するために必要なこととはなんだろう?

「それが聴講力です。コーチデベロッパーの役割は伝えて、諭すことではなく、指導者が何を考え、何を感じ、どうなりたいのか、どうあるべきかを聞き出し、考えさせること。昨今の指導者業界では「エンパシー(共感)」という相手の立場に立って相手の意思や感情を理解する人間性がとても重要視されていますが、コーチデベロッパーこそ指導者の悩みや憤りに寄り添い、同情するだけではなく、彼らの立場で一緒に考える人でなければならないのです」

指導者は自分の考えこそが正しいと考えがちだ。他の意見を聞くと考えがブレてしまうからよくないと言う人もいる。でも常に指導をアップデートし続けることが成長への大事なプロセスなのだ。育成年代の指導者は、一人一人まったく異なる子どもたちと関係を築いていく。ある程度のパターンはあっても、完全に当てはまったりはしない。前例がないことのほうが多い。そんなときに「だからできない」「だからわからない」では困るではないか。だから「解決策を考える」ための習慣をつけることが欠かせないのだ。

「コーチデベロッパーは担当する指導者の日常に同行し、指導者の人柄や選手とのコミュニケーションを観察し、改善点を見つけていきます。一度の練習や試合を視察するだけでは一側面しかわからない。最初のミーティングで今後に向けての指針を考察する時間を取りますが、練習前や試合後といった気持ちがいろいろなものに影響を受ける状況では行わないというのがポイント。ゆっくりと落ち着いて、時間を気にしたり、イライラすることなく、自分にフォーカスして話ができる状況でミーティングが行われることが大事なんです」

指導者が常に向上心と“問い”を持つための存在

自分一人の解釈や視点だけで問題を抱えるのではなく、相談をしたり、いろんな人の力を借りながら、無理なく問題と向き合えるようにする。これは日常生活においても大切なことだろう。例えばドイツの学校では小学校から少ないながらもソーシャルカウンセラーがいて、問題があったり、悩みがある子どもたちが相談することができたりする。先生と折り合いが悪いとか、クラスメイトと問題があるとか、家でストレスがあるとか、そうした話し相手としても機能している。

話を聞いてもらえる、問いかけてもらえるということがもたらす力は大きいとゲルトシェンは力説する。

「コーチデベロッパー育成過程を受けた参加者の80%以上が、その内容に高い満足感を持ち、サポートを受けた90%以上の指導者がポジティブなフィードバックを残しています。オープンに自分の心を言葉にすることで、もっと成長できる、もっと改善できる、もっとシンプルになる、もっと楽しくなる。そのような可能性を解放できるチャンスがあるという認識を持たせてくれるコーチデベロッパーのような存在は、これからの社会において間違いなく重要なファクターになってくるのではないでしょうか?」

日本における環境はどうだろう? サッカーの指導者が、子どもたちが、問題を一人で抱え込まない環境があるだろうか。悩みを打ち明けられる人はいるだろうか。いないのであればサッカー協会やクラブや学校や会社、地域社会の中に話を聞いてくれる存在がいるのだろうか。準備しようとされているだろうか。

自分の弱さや苦手と向き合うことは誰にとっても心地いいものではない。自分をさらけ出すことも簡単なことではない。だから、自分を明かすための第一歩を踏み出すためには勇気がいることだろう。勇気を持つために意志が必要で、過去の自分を超えるためには覚悟がなければならない。でもそうしたプロセスを丁寧に健全に踏める環境が、これからの社会にはこれまで以上に必要なのではないか。

コーチデベロッパーの存在は、指導者が自分の殻に閉じこもらず、そこから一歩足を踏み出す助けとなり、指導者が常に向上心とともに「どうすればもっとよくなるだろう?」という問いを自分の中に持ち続けるきっかけづくりとなる大きな可能性を秘めている。

<了>

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