パリに平和をもたらした『イマジン』、日本を熱くした『飛行艇』と『第ゼロ感』。スポーツを音で演出するスポーツDJ
スポーツ観戦の体験が大きく変わっている。競技だけでなく、会場全体がエンターテインメント空間へと進化する中、その演出の要となっているのがスポーツDJだ。今夏行われたパリ五輪では、改めてDJの存在がフィーチャーされる“事件”も起きた。選手のパフォーマンスを引き立て、観客の興奮を最高潮に高め、スポーツの世界をより魅力的に変えていくスポーツDJの世界に迫る。
(文=大塚一樹、トップ写真=ロイター/アフロ、本文写真提供=1枚目:GENRE BNDR / GOTAQUITO、2枚目:Copyright to Mathias Kuesters.、3枚目:DJ KAnaME)
2024年のパリに平和と調和をもたらしたジョン・レノン
パリ五輪のビーチバレー女子決勝は、ブラジルのアナパトリシア・シウバラモス/エドゥアルダ・サントスリスボア組とカナダのメリッサ・ヒューマナパレデス/ブランディ・ウィルカーソン組が一進一退の熱戦を演じていた。
1対1で迎えた第3セット、カナダ・メリッサのアタックが大きく外れた際、ブラジル・アナパトリシアがカナダチームになにやら話しかけた。これが発端となって、両チームの選手がヒートアップ。ネットを挟んでかなり激しい言い合いが発生、副審が間に入っても口論はなかなか収まらなかった。渋々ながら両チームの選手が定位置につき、試合再開かと思われたとき、会場に聞きなじみのある音楽が流れてきた。ジョン・レノンが1971年にリリースした名曲『イマジン』だった。
アップテンポの曲が流れることの多いビーチバレーの会場に似つかわしくない特徴的なピアノのイントロが流れると、両チームの選手の顔には思わず笑顔が浮かんだ。主審も試合再開を急がず、騒然としていた観客は、『イマジン』を大合唱。Aメロからサビに移る前に曲は終わったが、熱くなりすぎた選手たちがクールダウンするのには十分な時間だった。
このシーンは、「パリ五輪の隠れた名場面!」と、SNSを中心に世界中で話題になった。国を代表する選手として勝負にのめり込むあまり、スポーツの枠を超えて必要以上に感情的に対立してしまった両国の選手を、平和と調和の象徴として世界中から愛される『イマジン』が仲裁した格好だ。この名シーンを演出したのは、今やオリンピックの各会場に当たり前に存在するDJだった。 オリンピックでも日本選手が活躍した会場では日本の曲が流れる場面も目立った。バレーボールの男子日本代表の試合会場では、アニメ『ハイキュー!!』の主題歌「Fly High!!」をはじめとする複数の楽曲が流された。パラリンピック、車いすテニス男子シングルス決勝で、小田凱人選手が優勝した直後には、世界を席巻するシティポップの代表曲『真夜中のドア~stay with me』が歓喜に彩りを添えたことを記憶している人もいるだろう。
存在感を増すスポーツ×音楽を加速させる「スポーツDJ」
オリンピックに限らずショーアップ、エンターテインメント化が進むスポーツ会場では、そこで流す曲や効果音、音響全般を引き受ける「スポーツDJ」の存在が欠かせなくなっている。
実は日本にも「スポーツDJ」を生業とするDJは存在する。東京2020オリンピック・パラリンピックで、ソフトボール、陸上、車いすバスケットボールなどを担当したDJ KAnaMEさんは、パリで『イマジン』が音楽の力を見せた一件についてこう話す。
「同じスポーツDJとしては、やられたなと思いました(笑)。あの場面で『イマジン』を選曲するセンスと瞬発力は、まさにスポーツDJの醍醐味です。同時にすごく悔しかったですね。前回の東京では無観客で、パリがうらやましいというのも本音です。自分だったらあの場面でどんな曲をかけたかな?と考えたりもしました」
一般的なクラブDJも客層や反応を見ながら曲を選び、その構成力でフロアを踊らせるが、スポーツDJには観客の他にメインである競技や試合、選手が即興で演じるプレーに即反応し、その時々にマッチする曲を選ぶ反射神経が求められる。今回のような“アクシデント”に曲でアンサーを返すのは、まさに当意即妙のスポーツDJの真骨頂というわけだ。
雨なら『晴れたらいいね』観客の気持ちに寄り添う選曲
「人にもよりますが、私は用意したセットリスト通りに曲をかけることはまずありません。晴れてるか、曇りなのか雨なのか、会場は屋内か屋外か、とりあえず会場に行って、その時の空気を肌で感じてから一曲目を決めます」
必然的に持参する曲は多くなる。クラブDJであれば大容量化したUSBメモリに曲を入れ、それをDJ機器につないでプレイするケースも少なくないが、スポーツDJの場合は、ノートパソコンを持ち込み、あらゆるシチュエーションに対応したライブラリの中から曲をセレクトする。
「決まった音、選手入場の音とかいつものウォーミングアップの曲、選手、チームの“定番”なんかは用意しますが、基本的にはその時のフィーリング、選手や試合の動きによって変えていきます」
屋外競技では、「残念なこと」とされがちな雨でも、DJの力量が生かされる。例えば、雨による中断の時、DREAMS COME TRUEの『晴れたらいいね』が流れてきたらどうだろう? DJ KAnaMEのライブラリには「雨」のフォルダがあり、『晴れたらいいね』やリアーナの『アンブレラ』など、雨を楽しく過ごすための曲が用意されている。雨の国際試合で『アンブレラ』をかけたときは、外国人が大盛り上がりで「ella,ella,eh,eh,eh」の大合唱が始まったそうだ。
「曲もABC順とかじゃなくて“rainy”とか“cloudy”とか“happy”とか、シチュエーションや感情に沿った分け方にしています」
ビーチバレー会場で『イマジン』を即興で流したDJのライブラリに『仲裁』や『仲直り』のフォルダがあったかどうかは定かではないが、「いかにもビーチバレー」というテンポの速い、ノリのいい曲だけを用意していたら『イマジン』のピアノの旋律が会場を沈静することもなかっただろう。
千葉ジェッツの歴史とブースターの心をつないだ『Sirius』
主役はもちろん試合であり、それを構成する監督やコーチ、なんといっても選手であるべきだが、会場全体の雰囲気も見る者の“スポーツ体験”をより印象的にする。会場に流れる音楽は、その力を増幅させる縁の下の力持ちというわけだ。
近年、国内外を問わずスポーツの大会にDJが配され、音楽とともに観戦を楽しむことが増えている。日本国内でもNPB、Jリーグに加え、バスケットボールのBリーグに加え、ラグビーのリーグワン、女子サッカーのWEリーグ、先日開幕したばかりのバレーボールのSVリーグなど、プロないしプロ化を意識したトップリーグがリーグを挙げて会場のエンタメ化に舵を切っている。
DJ KAnaMEも、今季からBリーグの強豪、千葉ジェッツのアリーナDJに就任している。新アリーナ『LaLa arena TOKYO-BAY(ららアリーナ 東京ベイ)』での開幕戦で早速、以前、ジェッツがスターティングメンバー紹介の時に使用していた『Sirius』をウォーミングアップ時に流し、耳ざとい古参ファンの心をつかんだ。この楽曲は、マイケル・ジョーダン率いる全盛期のシカゴ・ブルズが選手入場時のテーマとして使用していたことからバスケットボールファンにとって“アガる曲”としてもおなじみだ。
音楽は、クラブとブースター、サポーター、ファンの歴史を紡ぎ、その心をつなぐ効果もある。
選手の背中を押したラグビーW杯の『飛行艇』
サーフィンやスケートボード、BMX、スポーツクライミングに代表されるアーバンスポーツは、より音楽との親和性が高い。カルチャー的側面を持つアーバンスポーツでは、選手自身がイヤフォンで思い思いの曲を聴きながら試技を行うスケートボードは別として、会場で流れる音楽が選手のパフォーマンスを左右することもあり得る。今回パリで採用されたブレイキンは、まさにDJ自体が勝敗を大きく分ける選曲を任されていて、言ってみれば競技のど真ん中に存在することになる。
DJ KAnaMEによるとアーバンスポーツを選曲で取り仕切るDJと会場の音響を担当するスポーツDJの役割は少し違うようだが、DJがアスリートのモチベーションやパフォーマンスにいい影響を与える可能性は間違いなくある。
2019年、日本で開催されたラグビーワールドカップは、日本代表が予選プールで強豪アイルランドを下すなど全勝で勝ち抜き、史上初の決勝トーナメントに進出したことで大いに盛り上がった。準々決勝では優勝チームとなった南アフリカに敗れたが、その勝利の象徴として、King Gnuの『飛行艇』という楽曲がフィーチャーされた。制作者であるKing Gnuの常田大希もSNSで「こういう姿をイメージして曲を作ってたから、この様子にはグッとくるわ」と反応。その後も、自らの楽曲が世界的なスポーツの祭典でチームに勇気を与えた感動を幾度となく口にしている。
この『飛行艇』を日本戦の象徴的なシーンで流し、“勝利のアンセム”として定番化したのが、開幕戦、準決勝、決勝を含む7試合のメインDJを担当したDJ KAnaMEだった。 ラグビー日本代表の選手も、この曲に勇気づけられた、勝つイメージが共有できたと好評だった。その後、『飛行艇』は、多くのアスリートが自身の勝負曲、勝利のアンセムとして挙げるようになったことを考えると、残酷な勝負の世界に生きるアスリートたちにとって音楽がプラスαの要因になることは間違いないだろう。
パリへの切符をつかんだ沖縄『第ゼロ感』とカチャーシー
もう一つ、世間でも大きな話題になったスポーツと音楽にまつわるシーンの陰に、DJ KAnaMEが立ち会ったことがあった。
2023年夏に行われたフィリピン、インドネシアと共催ながら、こちらも自国開催のバスケットボール・ワールドカップ。フィンランド、ベネズエラ、カーボベルデに勝利した日本代表が、48年ぶりの自力でのオリンピック出場権を勝ち取ったその瞬間の出来事だ。
沖縄アリーナで行われたカーボベルデ戦に勝利した日本は、見事にパリへのキップをゲット。歓喜に沸くアリーナに、映画『THE FIRST SLAM DUNK』の主題歌、10-FEETの『第ゼロ感』が流れ、フロアに立つAKATSUKI JAPAN の面々をよりドラマチックに引き立たせたのだ。曲中のコーラス部分、「Whoa,Whoa」は観客の大合唱で、さながらライブ会場のコールアンドレスポンスのよう。これには『SLAM DUNK』人気、バスケ人気ともに高い中国メディアから羨望の声が挙がるなど、日本が世界に誇るコンテンツであるマンガ、アニメと現実がつながった瞬間として多方面から評価された。
「実はあの時、『第ゼロ感』の前に、琉球民謡の『唐船ドーイ』を流しているんです」
快挙の現場となった沖縄では、宴の締めくくりにテンポの速い三線の音に合わせてカチャーシーを踊る習慣がある。Bリーグの琉球ゴールデンキングスでは、これにならい、勝ち試合で必ず『唐船ドーイ』を流し、全員で踊って勝利を祝っている。その文脈にも則った上で、『第ゼロ感』が流れたからこその高揚感がスタジアムにはあったのだ。
「ボリュームを絞り目にしてフリーに踊ってもらう感じで『唐船ドーイ』を流していたところから、音が割れるくらい、上の人に怒られるんじゃないかというくらいの大音量で『第ゼロ感』につないだんです。試合が終わって選手たちがフロアで喜んでいるという状況でしたけど、そこからもう一回クライマックスが来た感じでした」
大音量で『第ゼロ感』を流しながら、コーラス部分では音を絞って観客の合唱を煽る演出は、現場を“わかっている”DJじゃないとできない心憎い工夫。日本ではスポーツ現場のDJの役割はまだまだ統一されたものではないが、DJ KAnaMEのような会場すべての音を総合的に演出するプロフェッショナルが増えれば、今後ますます増えるであろうプロリーグとクラブ、多競技ではなく多種多様なエンタメと可処分時間を競い合うスポーツにとって大きな助けになるはずだ。
【連載前編】ラグビーW杯でKing Gnu『飛行艇』をアンセム化したDJが語る“スポーツDJ”とは何者か?
<了>
I AM DJ(アイアムディージェー)とは
世界的なシェアを誇るDJ機器ブランド『AlphaTheta』『Pioneer DJ』を展開するAlphaTheta社が送るDJインタビューコンテンツ。さまざまなDJの歩んできたキャリアと音楽への情熱、そのバックボーンを深く掘り下げ、まだまだ一面的にしか知られていないDJという職業に多方面からスポットライトを当てる。“音楽で人をつなぐ”プロフェッショナルであるDJのアイデンティティーに迫る“Untold Story”をお届けする。
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[PROFILE]
DJ KAnaME(かなめ)
高校卒業後、地元・福岡でラジオ制作のキャリアをスタートさせる。2001年に拠点を東京に移しラジオディレクター、構成作家などを担当。同時期に東京ヴェルディの音楽担当兼演出ディレクターを担当。2007年、単身アメリカ・フロリダに渡りSports DJに出会う。帰国後は、R&B、HipHop、FUNK、ROCK、HOUSE、EDMなどジャンルを問わないDJスタイルで活動。主戦場をCLUBからプロスポーツ会場に移し、日本国内におけるSports DJの先駆けとして活躍。東京2020オリンピック競技大会ではソフトボール、陸上、パラリンピックの車いすバスケットボールなどを担当。2024-2025シーズンよりプロバスケットボールチーム千葉ジェッツのアリーナDJに就任。現在では自らも会場で使用するBGMなどの音楽制作も行う。
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