早田ひな、卓球の女王ついに復活。パリ五輪以来、封印していた最大の武器とは?

Opinion
2025.11.17

女子卓球の早田ひなが、ついに復活を遂げた。2025年11月9日に開催された WTTチャンピオンズ・フランクフルト2025 女子シングルス決勝で、彼女は“封印”していたバックハンドを躊躇なく振り抜き、日本人対決を制して初優勝を飾った。なぜ彼女は長らくバックハンドを封じていたのか?

(文=本島修司、写真=アフロ)

全盛期の“圧倒的”な早田ひなの姿

WTTチャンピオンズ・フランクフルト2025。11月9日の日本時間深夜に行われた、女子シングルスの決勝戦では、早田ひながWTTの上位に位置する「チャンピオンズ」における初優勝を飾った。

張本美和との日本人対決となった決勝戦。パリ五輪以降、誰もが認めるその強さは変わらずとも、それまでのあまりにも“圧倒的”な早田の姿は長らく鳴りを潜めていた。

しかし、今大会は違った。まったく躊躇することなく、両ハンドを振り切る早田がそこにいた。なぜ、彼女はこの大会で「全盛期のような強さ」へと復活を遂げたのか。そこにはケガの影響はもちろん、ケガをした箇所が卓球選手にとって重要な意味を持っているという現実があった。

準決勝・伊藤美誠戦からも見えた、完全復活の予感

準決勝から日本人対決となった、伊藤美誠との試合。

4-1で決まった試合だが、点数は差がなく壮絶な激戦だった。しかし、こちらも一時のスランプからかなり復調してきている伊藤に対し、早田が勝負所を絶対に逃さない試合だったことを印象づけた一戦でもあった。

中でも目立ったのは、バックハンドがビュンビュンと走っている姿だ。伊藤も「美誠パンチ」と呼ばれるカウンター気味の小さく振るスマッシュで攻撃の手を緩めずに真っ向勝負。明らかに好調だったその伊藤を相手に、競り合いの場面になればなるほど、早田の両ハンドが光った。

4ゲーム目、12-10で押し切る場面では、バックハンドがそのゲームの中で一番と言えるほど激しくなった。バックミートで、伊藤を左右に振り回した。何発も何発も躊躇なく打ち、最後は大きく浮かせることに成功。それを叩くだけだった。

5ゲーム目も、大事な場面では、4ゲーム目の決まり手のリプレイを見ているかのようだ。バックハンドを振り抜く打法が、何発も連続で入る。それが伊藤を左右に動かし、切り返しをさせる様な形に。最後には、さすがの伊藤もついていけず、ボールが浮いてしまう。それを叩いて早田がラリーを詰め切る。

ここまでバックハンドを振り抜ける安定感が、かつての、そして完全復活した現在の早田の強さにつながっている。

決勝・張本美和戦でも見せた「何の躊躇もなく振り抜く」姿

決勝戦は、世界ランキングで日本女子の最上位に位置する張本美和との勝負。早田はこの試合で、これまでたまった鬱憤をすべて出し切るような試合をした。

第1ゲーム。序盤から全開の早田はフォアを中心に展開。フリック一発抜きなども見せながら、5-1から開始する。9-1とリードを広げると、ラリーでの打ち合いの中でもバックハンドを振り切る。体勢的に少し詰まっているようなバックハンドも、手が“しなる”ように振り抜くことができている。11-4で早田が勝利。

ここまで、準決勝から決勝戦の第1ゲームまでの動きで、今の早田には不安がないのだと感じる場面が多かった。パリ五輪の途中に負傷した手のケガの影響。それが今大会はまったく感じられない。

パリ五輪でケガをした直後の試合はもちろん、オリンピック後に復帰したあとの大会でも「バックハンドを振り抜く」ことをあまりしなくなった早田。その早田が、「あの頃の強さ」に戻ったと感じられるのは、この何の躊躇もなく振り抜くバックハンドが蘇ったことにある。

第2ゲームは張本が早田のフォアの深いところを突き、主導権を握る。それでも投げ上げサーブから攻撃をミスしない早田が11-8で勝利。

第3ゲーム、第4ゲームは、張本がYGサーブを小さめに出し、早田を前後に動かしてから、後方に下げる展開を多く作ることができていた。ここは4-11、6-11と張本が連続で勝利。

“振り切りながら食い下がる”早田ひなの底力

迎えた第5ゲーム。張本の猛攻撃が止まらない中、1-3から早田はまた序盤に見せたバックミートで張本をキッチリと崩して、ボールを浮かせてから、豪快にフォアで打つ形を作った。2-4。

とにかく、このバックを振り切れているぶん“台の深い所に入る”ため、張本のブロックがカウンターできず、浮いてしまうシーンが目に付く。決して張本が失敗しているだけではなく、早田のバックのキレがいいのだ。そのまま投げ上げサーブで流れを早田がつかむと、11-6で早田が勝利した。

第6ゲームは張本が驚異的な粘りを見せて、9-11で勝利。このあたり、やはり張本もすでに「ニッポンのエースの一人」といえる強さがある。

第7ゲーム。2-2。一進一退の攻防から開始。張本はYGサーブからの展開を完璧にマスターしつつあるようで、随所でそれを挟んでいる。

しかし、5-6から早田が大きく左右に動かされ、もうダメかという場面になるが、ギリギリ追いついただけと思われるボールにさえもしっかりと腕を振り切る。“振り切りながら食い下がる”。

こうなると、防戦のラリーの中でもボールに“伸び”が出てくる。張本のほうに「単なるチャンスボール」がいくわけではなく、若干、食い込ませながら打たせることができる。最後の最後まで腕を振り切った早田が11-9で制し、この試合を勝利した。

卓球選手にとって「手首の負傷」は…

2024年8月、早田はパリ五輪の最中、女子シングルス準々決勝でのラリー中に利き手の左手首を負傷。しかしオリンピックの舞台での棄権を選ばず、痛み止めを服用し、テーピングを施して準決勝、3位決定戦を戦い抜き、銅メダルを手にした。

負傷の診断結果は「尺側手根伸筋腱の亜脱臼」。リスクを考えて手術を選択せず、休養期間を経て、復帰後もケガと向き合いながらプレーを続けた。その後、左腕全体のひどいシビレに悩まされる期間もあったという。時間をかけてケガとシビレと付き合いながらプレーをする中、8月のヨーロッパスマッシュの頃から痛みが引いてきたことを本人がインタビューで明かしている。

ケガのため加減をしてプレーをしてきた。本来の力を発揮しきれていなかった。それはどのスポーツにもついて回るものかもしれない。しかし、卓球選手にとって「手首の負傷」となれば、相当に重要な意味を持つ箇所だ。

まず、特に「バックハンド全般」に影響を及ぼす。この大会で復活した“しなるような動き”のバックハンドは肘を使い、そして「手首を回す」動きを伴う。さらに、バックハンドの中でも「チキータ」ともなると、まさに「手首を回転させる打ち方」でしかない。

この2つは早田の代名詞の技術でもある。チキータからの、しなるようなバックハンドの連打。これを満足にできなかったことは、早田自身にとっておそらく相当なストレスの中での闘いだったのではないか。

卓球の指導者の多くは、サーブの「切り方」を教える時、「手首で切る」という表現を使うことがある。一般的にサーブが切れない、回転量が足りない中・高生には「手首を振り抜くように切る」ことを教える。ここでも手首が重要なファクターとなる。

それを思えば、世界のトップレベルでサーブを切る早田は、もしかするとバックハンドだけではなく、サーブを出す際にも加減をしてきたかもしれない。手首が万全ではない中での卓球は、本当に大変なものだったであろうことが想像できる。

元に戻す。そのための「ピース」を埋めた早田

WTTチャンピオンズ・フランクフルトは、「当然のことながら、忘れがちなこと」を改めて教えてくれる大会でもあった。

それは、オリンピックのような大舞台で活躍した経験を持つ選手は、「全盛期と同じことができれば、当然のように“圧倒的に”強い」ということ。

この現象は、多くの選手たちを、そして共に戦ってきている仲間たちを勇気づけることになりそうだ。「全盛期なら」や「全盛期は」と過去と現在を比較して語れることの多い選手として、早田と同世代の伊藤美誠や平野美宇がいる。

彼女たちも、新世代選手の波に押されながらも、長きにわたるコンディション維持に努め、常に新しいスタイルを模索している。平野はWTTチャンピオンズ・フランクフルトには出場しなかったが、同じ期間にTリーグで存在感を見せ、「新たな試み」としてYGサーブに挑戦する姿がニュースになった。

こうした“新しさ”を求める姿勢は、絶対に必要だ。

しかし、その一方で「過去の最高だった自分のスタイルへの原点回帰を目指すこと」や、その「原点回帰のために何が足りていないかを見直す作業」もとても大事だと、今大会の早田が示してくれたように思う。

女王・早田の復活。ケガの不安がなくなった“早田ひな劇場”の第二幕が、ここから始まる予感がする。

表彰台では張本美和が早田ひなに握手を求めた。2人がガッチリと手を握り合った姿は、日本女子卓球がさらに切磋琢磨を続けていく、決意表明のようにも見えた。

<了>

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