
ラグビーW杯、前代未聞のSNS戦略とは? 熱狂の裏側にあった女性CMOの存在
列島に大きな熱狂と興奮をもたらしたラグビーワールドカップ2019。国際統括団体のワールドラグビー会長、ビル・ボーモント氏も「格別だ」と述べるほどの盛り上がりを見せているその背景には、F1界でも成功を収めるなど異色の経歴を持つ女性CMOの存在があった。これまでの国際大会とは一線を画すSNS戦略とは――?
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
SNSの視聴数は、前回大会の9倍に
話題沸騰のラグビーワールドカップは、ネット上でも熱狂的な盛り上がりを見せている。開幕から最初の2週間で、ラグビーワールドカップのソーシャルチャンネルの視聴数が6億4500万回を記録した。これは2015年の前回大会と比べると、9倍を超える。
また、デジタルマーケティングの分野で、施策に対するファンとの「つながり」「関与度」を表すエンゲージメントの数値も、前回大会の2.6%から4.6%にアップした。例えば、指標の一つであるラグビーワールドカップ公式アプリの最初の2週間の画面表示回数は9600万回で、前回大会のほぼ2倍だった。
この盛り上がりに一役買っているのが、ワールドカップを統括する「ワールドラグビー」によるソーシャルメディア戦略だろう。サッカーのワールドカップなどと同じく、主要なソーシャルメディアにアカウントを開設しているが、話題を呼んだのは、開幕直前に発表したショートムービーアプリ「TikTok(ティックトック)」との提携。
日本バージョンとグローバルバージョンの公式アカウントを開設し、グローバルハッシュタグチャレンジ「#RugbyFever」を同時にスタートした。このタグは最初の7日間で2500万回以上使用され、10月23日の時点で9439万回に達した。
公式映像をユーモラスに加工、「遊び」にあふれた投稿が続く
TikTokとの提携からもわかる通り、ワールドラグビーは若い世代への情報のリーチと新たなファン層の開拓を目指している。そのターゲット層の心をつかむために、従来のスポーツ大会では見ない手を打っている。
例えば、9月25日に行われたウルグアイ対フィジーの試合で、ウルグアイのサンティアゴ・アラタ選手のトライのシーンを、翌日「☆STAR POWER☆」と題してTwitterとInstagramに投稿した。
ゲーム「スーパーマリオ」などマリオシリーズでマリオがスターを取るとキラキラ光って無敵状態になる様子をモチーフにしたその映像では、サンティアゴ・アラタ選手が軽快なリズムとともにキラキラ光りながらトライ!
🇺🇾⭐️STAR POWER⭐️🇺🇾#RWC2019 #FIJvURU #RWC釜石 pic.twitter.com/pdyDlDCexM
— ラグビーワールドカップ™ (@rugbyworldcupjp) September 26, 2019
試合としては決して大きな注目が集まる組み合わせではなかったが、この映像は日本・グローバル両アカウントを合わせてTwitterでは再生回数20万8000回以上、「いいね」は7200以上、同様にInstagramでも再生回数が20万回以上を超えている(10月24日時点)。
9月24日に行われたロシア対サモアの試合も、同じく26日に背番号14のアラパティ・レイウア選手のトライシーンを「Beast mode」としてTwitter、Instagramに投稿。
こちらは、パスを受けたアラパティ・レイウア選手が走り始めた瞬間、身体が一回り大きくなる加工を施し、巨大な選手が小さな選手を蹴散らしてトライしたような動画になっていて、Twitterでは両アカウント合計で再生回数約9万6000回以上、「いいね」2200以上、Instagramでも9万7000以上の再生回数となった(10月24日時点)。
ビーストモード🔥😤🔥#RWC2019 #RUSvSAM #RWC熊谷 pic.twitter.com/KnA0DLIRtG
— ラグビーワールドカップ™ (@rugbyworldcupjp) September 26, 2019
ラグビーにかかわらず、ワールドカップレベルの大会で、公式アカウントが選手をキラキラ光らせたり、身体の大きさを変えた映像を投稿するのは、前代未聞ではないだろうか?
こういった遊び心にあふれた投稿は、その後も続いた。
オーストラリア代表のジェームズ・オコナー選手のユニークな動作を映画『ロード・オブ・ザ・リング』のシーンと組み合わせたり、サモアのアラパティ・レイウア選手の華麗なステップのシーンにダンスミュージックを合わせたり、ロシア代表のユーリ・クシュナレフ選手がサモア戦で決めた長距離のドロップゴールをミサイルに見立てて加工したり、ポジティブな意味で、担当者が遊んでいるのが伝わってくる。
筆者も実際にこれらの投稿を見たが、さすが「公式」アカウントが配信するだけあってクオリティーが高く、ついつい笑ってしまった。これらのユーモラスな投稿は、ラグビーのイメージをフレンドリーなものに変え、関心がない層も惹きつける。こういった取り組みが、冒頭に記した視聴回数やエンゲージメントにつながっているのは間違いない。
ちなみに、前述のTikTokアカウントは、日本・グローバルアカウント合わせて約15万フォロワー(10月24日時点)を獲得しており、そのうちの45%が女性だと報じられている。10代から30代の女性ユーザーが多いとされるInstagramの公式アカウントも合計約80万人のフォロワーができた。
異色の経歴を持つ女性CMOが描いた戦略
日本ではほとんど報道されていないが、この柔軟なソーシャルメディア戦略を先導しているのが、マーケティング部門最高責任者(CMO)のマリッサ・ペース。昨年11月30日にCMOに就任した彼女は、カナダ出身で大学時代にはラグビーをしていたそうだ。
F1のデジタルマーケティング戦略を成功させ、スポーツ分野のマーケティングを手掛けるFanVision Entertainmentという企業でも成果をあげて、2015年に独立。ロンドン、ニューヨーク、モントリオール、上海でスポーツ、広告などの分野のデジタルマーケティングに関するコンサルタントビジネスを手掛けてきた経歴を持つ。
マリッサ・ペースは、「ラグビーは男のスポーツ」という固定概念を覆すために、今年5月から、「Try and Stop Us(私たちを止められるものなら止めてみて)」キャンペーンも始めている。ラグビーをプレーすることで強さを見いだした世界中の15人の少女と女性にスポットライトを当てたもので、そのキャンペーン動画も15万5000回以上再生されている。
「男社会」のイメージが強いスポーツ業界で異色の女性CMOは、ラグビーワールドカップでも見事な結果を出している。ワールドラグビーとの契約がいつまでか明かされていないが、今後、他のスポーツ界からも引っ張りだこになるのは確実だろう。日本のスポーツでも、もっと女性の視点を入れてみると新しい風が吹くかもしれない。
<了>
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