「日本のメダルの可能性は30%」ブラインドサッカー界の闘将が「最先端の戦術」を徹底解説

Opinion
2020.03.20

日本代表が初めてパラリンピックに挑む、ブラインドサッカー(パラリンピックでの正式名称は「5人制サッカー」、英語表記は「FOOTBALL 5-A-SIDE」)。絶対的王者ブラジルを筆頭に強豪がひしめく中、サッカーとは異なる意外な注目国とは?

長く日本代表の“背番号10”を背負ってきた落合啓士が、ブラインドサッカー界の最先端の戦術と、日本が躍進するための条件について解説する。

(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=浦正弘、写真=Getty Images)

唯一、激しいコンタクトがあるブラインドサッカー

――落合さんが考えるブラインドサッカーの魅力はどういうところですか?

落合:ブラインドサッカーの魅力は、目が見えてない状態で、見えている人とほとんど同じレベルの試合をすること。ドリブルのスピードも、国際大会だったら速いですし、見えてないのにダイレクトシュートもあり、パスもつながる。見えてない状態でそれをしているのは本当に魅力だなと感じます。

――初めて見た人は、「ちょっと信じられない」というリアクションが多いですよね。

落合:そうですね。でもその「信じられない」「本当は見えているんでしょ?」とか、僕らにとってはうれしい反応ですからね。それぐらいまで僕らの努力が実になっているということなので。

――あと、迫力がすごいってみんな言いますよね。

落合:そうですね。ボディコンタクトがすごく激しいですからね。

――視覚障がい者のスポーツの中でも、コンタクトがある競技はすごく少ないですよね?

落合:ないですね。柔道は組み合いますけど、基本的に視覚障がい者スポーツってコンタクトしないように考えられているので。パラリンピック種目以外でも、コンタクトがあるのはブラインドサッカーだけですね。走って、激しくコンタクトするのは。

――パラスポーツ全体の中でも少ないのではないですか?

落合:パラスポーツの中でも少ないですね。車いすラグビーと、一部だけありますが。もともとパラスポーツは、当初はリハビリをメインの目的として始まっています。そういうところから発展していったため、安全確保が先にくるスポーツは多いですけど、ブラインドサッカーは真逆ですよね。

――普通のサッカーより激しく感じられます。どちらかというとラグビーに近い部分も。

落合:そうですね、ぶつかり合いの部分で。当たりも激しい中で、それを見えてない状態でやる。本当に勇気もいるし、選手たちが当たり前のようにやっている技術って、たぶん見えている人の何倍も努力しないと身につかないものなので、その勇気と努力の成果を出す場所だといえます。そういう部分は本当にブラインドサッカーの魅力だなと思いますよね。

胸トラップからのシュートが見られる可能性

――このブラインドサッカーという競技自体が、落合さんが始めた17年前と比べて、世界的にもすごく進化していますよね?

落合:進化していますね。

――どこが一番変わったと感じますか?

落合:そうですね。年々パスが多用されるようになってきて、どの国もより戦術的になってきています。昔はどの国もドリブル主体で、1人うまい選手がいたらだいたい解決できちゃいましたけど、全体的に守備力が上がってそれが難しくなってきました。ブラジルのリカルジーニョ(リカルド・アウヴェス)でさえ4人抜くのが大変になってきています。そこで、パスという選択が生まれて、パス戦術の色が強くなってきました。さらに、ブラジルはワンタッチパスもしますし、浮き球で落として、1バウンド、2バウンドでボレーシュートもしますし。

――南米にはそういうレベルの選手がいるわけですね?

落合:そうですね。そういうところが昔とは変わってきましたね。昔は本当にワンタッチパスをするような選手はそんなにいなかったですし、ドリブルで速いスピードで抜ければほぼほぼ決まる試合が多かったですから。

――今後は胸トラップからのシュートとか、そういうプレーが見られる可能性もあるわけですね?

落合:できると思います。体に当たって、跳ね方は自分でわかるので、あとはタイミングさえ合えば。見えている選手でも空振りするじゃないですか。それと同じで、あとはタイミングだけだから。僕も遊びでチャレンジしてみることはあります。自分で足でボールを浮かせて、落ちてくるタイミングでボレーというのをやっていますけど、10回に1回ぐらいは当たるんです。落ちてくるタイミングを自分で感じて、これぐらいの強さで、ボールの最高地点が頭ぐらいの高さで、腰ぐらいまで落ちてくるのはたぶん1秒後ぐらいだろう、と予測して足を振って、ジャストミートじゃなくても当たったりはします。

――それ、うまくいった時のプレーを動画に撮って拡散したら大きな反響がありそうですね。

落合:そうですね。それ、今度やろうと思います。

ブラジルの“背番号10番”リカルジーニョの素顔

――今回の東京パラリンピックでのブラインドサッカーの注目国と注目選手を教えてください。

落合:王道で考えるならブラジルですよね。ブラインドサッカーが、(2004年)アテネからパラリンピック種目になって、今回で5大会目となりますが、これまでブラジルしか優勝していないので。

――ブラジルをどこが阻むかという勝負になるわけですね。ブラジルの注目選手は?

落合:リカルジーニョですね。彼は2006年に17歳でブラインドサッカーデビューして、ずっとブラジルで背番号10番を背負いエースとしてプレーしてきています。最近ちょっとケガが多くて、なかなか大会に出れていないので、前ほどのキレがどこまで戻っているかが心配ではありますが。キレが戻っていれば彼はスーパースター。最も注目すべき選手ですね。

――ブラインドサッカーのレジェンドクラスの人物ですよね。

落合:そうですね。本当にペレみたいな存在です。

――母国開催のリオ(リオデジャネイロパラリンピック)での優勝で終わらずに、今大会にも出場するというのがまたすごい決断ですよね。

落合:彼とは直接話したこともあるんですけど、本当にサッカーが好きなんですよね。あとブラジルって代表になるとプロという扱いなので、結構な額のお金をもらえるんです。日本円で確か毎月70万ぐらいもらっているのかな。リカルジーニョはあんまりお金を使わずに貯金していると言っていました。代表で少しでも長くプレーして、お金を貯めて、という将来設計をちゃんと考えていて。彼はすごく真面目な性格でもあります。

――彼はもともと子どもの頃、普通に健常者のチームに入ってやっていたんですよね?

落合:6歳の時に網膜剥離で全盲になって。目が見えなくなって最初の頃は、音の鳴るボールがなかったので、健常者のサッカーに交ざって、足元にパスを出してもらって、っていうのを一緒にやっていたと言っていました。

――他にブラジルの注目選手はいますか?

落合:ブラジルでは他には、ロナトっていう8番の選手がいて。彼はリカルジーニョとか他の選手をうまく生かす選手です。バランサーでもあり、かつ自分でも仕掛けられる能力も持っていて。リカルジーニョが交代で引っ込んでも、彼がいれば全然ブラジルは成立しちゃう。そういうところで彼がブラジルの舵取り役なんだと感じますね。あと、もう1チーム注目してほしいのは、アルゼンチンです。ブラジルとアルゼンチンというのは、ブラインドサッカーのトップオブトップなので。

――ブラジルの次はアルゼンチン。ブラジル最大のライバルはサッカーと同じようにアルゼンチンなわけですね。

落合:そうですね。ブラジルに土をつけたのは、過去2回アルゼンチンだけなんです。それ以外、ブラジルはどの大会でも負けてないんです。ブラジルに土をつけた経験を持つアルゼンチンが本大会でそれを再現できるかが最大の見どころですね。アルゼンチンの選手では、もう大ベテランになりましたけど、パニジャという長髪で、長身の選手がいて。彼も中盤でのバランサーですね。どちらかというとボランチ的な感じで、あまりシュートまで行く機会は多くない選手です。でもとにかく足が長いので、日本の選手もやられたんですけど、彼が横にボールをずらすだけで、相手選手は1歩2歩分ずれるので、左右に揺さぶるのがすごくうまくて、それで切り替えしてパスを出したりとか、時には自分でドリブルで仕掛けて、シュートして。

――相手とのギャップを作るのがうまいのですね?

落合:あと守備面でも、ボールへの反応がすごく早いので。本来キーパーからのスローって、チャンスになるんですけど、パニジャがいるとリーチもあるので、キーパーからの速いスローのパスカットがすごくうまいですね。

――それはブラインドサッカー的にはすごく能力が高い選手ですね。

落合:高いです。パスカット能力が高い選手はブラインドサッカー界ではやっぱり評価されますね。

台風の目は“まだ未完成”のタイ?

――ブラジル、アルゼンチンの他に注目している国はありますか?

落合:今回イランが国の金銭的問題で東京パラリンピック出場を辞退したんです。

――イランは競技を絞ったんですよね。経済的にあまりよくない状況であるため。

落合:そこが不思議ですよね。前回リオで銀メダルなのに。今回はメダルが取れないと判断したのかもしれません。ただ、それによってアジアの出場枠で繰り上げになり、タイが出場することになりました。もともとアジア選手権で、中国が優勝、2位がイラン、3位が日本、4位がタイだったんですよ。アジア選手権で日本は3位になりましたけど、本当に辛くもだったので。タイは、10番のプラックロン・ブアヤイ選手と9番のキッティコーン・バオディー選手がすごくドリブルが上手で、彼らがどこまで点を取れるか。あとタイはまだまだ組織的な守備が上手じゃない。キーパーもアジア選手権の時はあまり真剣に強化に取り組んでいる感じではなかったです。パラリンピック出場が決まり、ここからどこまで強化できるか次第では、台風の目になるかもしれません。各国がタイの情報の情報をあまり持っていないというのもありますし。

――中国はどうですか?

落合:中国は、選手を代えてくるかもしれないので選手については具体的には挙げられないです。聞いた話だと国内のチーム数は多くないらしいのですが、代表になると選手層が厚いので。パラリンピック前は、数カ月前から合宿を組んで強化しているので、メダル圏内にきそうな気はします。中国がブラジルやアルゼンチンを倒すためには、自分たちのスタイルをどう変化させていくかだと思います。これまでの中国は、自分たちのドリブルのスピードとかテクニックに自信があったので、相手が4人いても、それでも抜こうとしていたんですよね。ただこの前のアジア選手権では、基本はドリブルなんですけど、そのドリブルするストライカーに身長が高くてフィジカルの強い選手を持ってきて、日本の選手3人でブロックに行っても、それを強引にこじ開けてシュートまで持っていってたんですよ。そういう選手を集めてきて、自分たちのドリブルスタイルをもっとパワフルに進化させてくるのか、あるいはドリブルもしつつ、パスを多用してくるのか。

――確かに長い合宿期間があるから、戦術のスタイル変更も可能なわけですね。

落合:可能ですね。3カ月ずっと一緒に生活して、毎日3部練習と聞いているので、戦術練習を行う時間はたっぷりあると思います。そのあたりがまだ未知数なので、中国は強いだろうけど、どこまでブラジルとアルゼンチンに勝つ戦術を組んで臨めるか次第ですね。

――ヨーロッパで一番メダルの可能性があるのは?

落合:現時点ではスペインが可能性は一番高いと思います。ただフランスも、ポテンシャルは高くて、技術的にもかなり高いんですけど、スタミナ面には課題があります。パラリンピックだと連日試合があるので、疲労がどのチームも溜まっていくと思うんですよ。フランスに関しては、大会の後半になると、スタメンの選手たちが疲弊してパフォーマンスが落ちていく、というところが、この前のヨーロッパ選手権でも見られていました。これは日本にも当てはまる課題なんですけど。そういう意味ではスペインのほうがうまく選手を入れ替えつつ、かつパスを多用するので、強引にドリブルで仕掛けることが少ない分、コンタクトが他よりも少ないんじゃないかなと思っていて。そういうところで、一つの大会を戦う上で、試合巧者なのはスペインかなと思います。ただ、フランスもスタミナの課題さえクリアできれば、スペインよりもメダルに近づく可能性も十分あると思います。

日本がメダルまで届く可能性は30%

――最後に日本代表について。

落合:日本代表の注目選手は、やっぱりキャプテンの川村怜ですね。彼が点を取れるか取れないかが、日本がメダルを取れるか取れないかにかかっています。ただ、今まで僕が日本代表を見てきた中で、川村はすべての試合にフルで出ているんですよ。一方、ブラジルもアルゼンチンも、ストライカーは絶対試合の中で休むんですよ。なんでかというと、脳疲労があって。もちろんフィジカル的なところもありますけど、一回休んで脳疲労を取ることはとても大事で、ずっと試合に出て試合の中でプレーをイメージしながらやっていると、どんどん判断能力が落ちるんですよね。

――フィールドのこと、選手たちのこと、頭で全部イメージしながらやっているわけですからね。通常のサッカーより全然頭を使うわけですよね?

落合:そうです。なので、レベルの高い試合だと前半終わるだけで脳疲労がすごくて。もちろん黒田(智成)とか、他にもストライカーはいるんですけど、黒田も前回のアジア選手権で靭帯を切ってしまって、恐らくパフォーマンスは全盛期にない状態だと思います。それ以外の選手もなかなか国際大会では点を取れていません。川村が点を取れないと日本は勝てない。でも川村が休む戦術を組めるか組めないか。

――そこを(高田敏志)監督含めて、川村選手の良さを最大限に出させるためにどういう戦略を組めるかという。

落合:そうですね。本番に向けてどうしていくかが鍵だなと思います。川村を休ませられるという戦略を組むためには他の選手のレベルがもう一段階上がらないといけない。それでいて、なかなか日本はメンバー交代をしないので。スタメンとサブの、技術的なところなのか、監督の信頼度なのか、そこのところは僕にはわからないですけど。

――日本代表の課題としては、スタメンとサブの試合経験の差がどんどん開いてしまっている点にあると。

落合:そうですね。テストマッチでもほとんどスタメンしか出ていないので。非公開で15分1本とか2本とか試合を行う中で控えを使っているらしいですけど、観客がいる中での試合の空気感と、非公開では、相手は一緒でも緊張感は全然違うと思うんですよ。なので、そこの差が開いているところを、今後どうしていくかが課題だと思います。だけどそこを戦略としてうまくメンバー交代ができれば勝機はあると思うんですよね。

――日本のブラインドサッカー史上、初めてのパラリンピック出場ということになりますが、メダルまで届く可能性はどれぐらい感じていますか?

落合:正直、頑張ってほしい気持ちはありますけど、30%ぐらいですね。今話したように、1週間激しい試合を連戦で続けていく上で、その選手層に難がある。さらに言うと、ほとんど日本よりも格上となる試合の連続で、予選から厳しい戦いとなるので。グループリーグをもし勝ち上がったとしても、準決勝でさらにレベルの高い国と戦うわけじゃないですか。日本は予選でも全部100%の力で戦わないとチャンスがない国なので、選手層が薄いまま臨んだ場合、それはもうガス欠になってしまう。今のままだと、うまくグループリーグを突破できたとしてもメダルには届かないんじゃないかなと思っています。

――ホームの利を生かして、実力以上のものが出ないとメダルには届かない可能性が高いと。

落合:パラリンピック本番に誰が選ばれるかまだわからないですけど、今代表に選ばれている選手たちはいろいろなものを背負って気負ってしまうタイプの選手たちなのも心配な点です。実力以上を出そうと選手たちが気負いすぎると、100%それは出せないと思います。その辺をどううまくスタッフを中心にチーム全体でマネジメントしていくか。選手たちにとって、ホームのプレッシャーはある程度自然とかかると思うので、そこをプレッシャーと感じないようにうまく周りが導いてあげてほしいと思います。

<了>

【前編】ブラサカ界の“三浦カズ”が現役引退「メダルを持って東北に行きたかった」その胸中を告白

パラリンピック開催は“目的”でなく“手段”。超高齢社会の課題に直面する日本はどう変わるべき?

永里優季「自分らしい生き方」と「勝利へのこだわり」矛盾する思考と向き合う現在の境地 

播戸竜二「サッカー選手の鎧」を脱いで…。等身大で語る引退後の想いと、幸せだった瞬間 

トッティと日本、知られざる4つの秘話。内気な少年時代の記憶、人生初の海外、奇跡と悪夢…

PROFILE
落合啓士(おちあい・ひろし)
1977年8月2日生まれ、神奈川県出身。10歳の時に徐々に視力が落ちる網膜色素変性症を発症。18歳で視覚障がい者となる。25歳でブラインドサッカーと出会い、同年に日本代表に選出。以降、10番を背負いキャプテンを務めるなど長年にわたり中心選手として活躍。ブラインドサッカーチーム「buen cambio yokohama」を設立し、代表を務める。著書に『日本の10番背負いました』(講談社刊)がある。2020年3月9日に引退を発表。

この記事をシェア

KEYWORD

#INTERVIEW

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事