コロナ後のサッカー界は劇的に変化する? NY在住の専門家が語る“MLSの実情と未来”

Opinion
2020.04.14

新型コロナウイルスによる死者がイタリアを超えて世界最多となったアメリカ。スポーツ界もシーズン再開のめどさえ立たず厳しい状況が続いている。Jリーグと同じく2月に開幕して第2節で中断となったMLSは現在どういった状況で、いつ頃の再開を目指しているのか。そして「コロナ以後」のスポーツ界はどのように変化するのか。MLSで6年間働き、現在はニューヨークを拠点にサッカービジネスを展開する中村武彦氏に話を聞いた。

(インタビュー・構成・撮影=宇都宮徹壱)

厳しいロックダウン状態が続くニューヨークにて

「ニューヨークでは『日曜日(3月22日)の夜8時からロックダウン』という宣言があって、月曜日には生活必需品のお店以外はすべて強制閉鎖になりました。それでも営業していると、すぐに警察が飛んできて罰則が課せられることになります。マスクをしている人なんて、こっちでは見たことなかったんですけど、今はすっかり増えましたね。セントラルパークに野営の病院ができたり、小さなマンハッタンの港に海軍の船が入港してきたり、そうかと思うと夜はシーンと静まり返っていたり。すべてが驚きの連続です」

新型コロナウイルスでの犠牲者の数が全米で最も多く、連日のように危機的な状況が伝えられるニューヨーク州。その最大の都市であるニューヨーク市在住の中村武彦氏にZoomを介して話を聞くことができた。中村氏はBLUE UNITEDという会社の代表取締役。同社の事業は大きく3つある。

まず、チーム、リーグ、そして企業の海外進出サポート(具体的には、鹿島アントラーズのニューヨークオフィス設立、MLSのアジア事業開拓、セビージャのS NSマネジメントなど)。次に、パシフィック・リム・カップの主催。そして新規事業開拓として、プロeスポーツチームの運営。ここで、疑問に感じる人が少なからず出てくるはずだ。なぜ中村氏は、欧州でなくアメリカでサッカービジネスを展開しているのだろうか。まずは経歴について、本人に語っていただくことにしよう。

「私のキャリアを簡単にいうと、2002年の(FIFA)ワールドカップ終了後にマサチューセッツ州立大学アマースト校のスポーツマネジメント修士課程で学んで、まずMLS国際部で6年間働きました。その後、2009年にFCバルセロナの国際部ディレクターとして1年働かせていただき、さらにニューヨークのスポーツマーケティング会社にてサッカー事業部立ち上げに5年半ほど従事、それからマドリードの法科学院でスポーツ法を学び、2015年にBLUE UNITEDを立ち上げました」

実は私と中村氏とは、かれこれ20年近い付き合い。「欧州や南米以上に、太平洋地域のほうがマーケットとして可能性がある」という主張は一貫していた。その集大成となったのが、2018年からハワイで開催されているパシフィック・リム・カップ(2020年は開催されず)。アメリカ、カナダ、そして日本のクラブを招待して行われた第1回大会では、北海道コンサドーレ札幌が優勝を果たした。私も現地で取材したが、満面の笑みで札幌の選手たちにメダルを授与する中村氏の姿は、今でも強く印象に残っている。

第2節で中断となったMLSの現状と再開へのプロセス

今回、東京よりもはるかに大変な状況下にあるニューヨークに暮らす中村氏にインタビューを申し込んだのは、大きく2つのテーマについて確認したかったからだ。まず、Jリーグと同じく2月に開幕して中断したMLSの現状と再開に向けた動きについて。そして「コロナ以後」のスポーツ界の変化について。まずMLSについては、今季は2月29日に開幕し、第2節を終えた3月12日に延期が発表された。

「今季のMLSでは、久保裕也(FCシンシナティ)と遠藤翼(トロントFC)という2人の日本人選手が所属しています。いずれも練習施設がクローズドになっているので、それぞれ自宅でトレーニングしている状態です。これは記事で読んだのですが、ロサンゼルスFCというクラブでは、選手を孤立させないためにさまざまなオンラインツールを駆使して、選手同士をいかに密接な関係にするか腐心しているようですね。例えば、ロッカールームで選手同士が遊ぶ感覚を醸成するために、オンラインのチェスを始めたそうです」

Jリーグ開幕から遅れること3年。1996年に10クラブでスタートしたMLSは、消滅するクラブもいくつかあったものの、エクスパンションを繰り返して今季は26クラブが参加している。Jリーグのような昇降格はないが、カナダにもクラブがあるため、規模感が尋常でない。シーズンが再開されたとしても、通常でのレギュレーションは難しいだろう。移動を少なくするために地区ごとに試合を行い、一発勝負でのプレーオフを行うアイデアもあるそうだ。ただし、再開に向けた課題はそれだけではない。

「MLSが難しいのは、リーグとクラブとで重視するものが違うことですね。リーグは放映権重視ですが、クラブの主な収入減はチケットで全体の6割を占めています。それ以外にも、駐車場とか飲食といったスタジアム収入も大きい。無観客試合にしてしまうと、そういったリアルなキャッシュインがなくなりますから、クラブとしては経営が厳しくなります」

中村氏によれば、現時点でMLSは「5月末での再開を目指している」そうだ。とはいえ、本稿執筆時(4月12日)での全米の感染者数は約52万7000人、死者もイタリアを超えて世界最多の約2万人となっている。MLSを含めて、シーズンを諦めているリーグは今のところないそうだが、再開へのプロセスは長く厳しいものとなりそうだ。

リーグ戦中断でクラブ独自の価値や魅力が問われている

試合が行われなくなったことで、勝ち負けという評価軸はいったん保留となった。ここで問われるのが、各クラブが持つ本質的な価値である。もちろん資産価値も重要だが、数値化できないバリューが少なくないのがサッカーの世界であり、スポーツビジネスの奥深さでもある。この私の考えに同意してくれた上で、中村氏はこう続ける。

「スポーツビジネスって、ゲームの勝敗は保証できないという前提のビジネスじゃないですか。そこをしっかり理解できているクラブは、単なる勝ち負けや成績だけではない、自分たちの価値や魅力というものを掘り下げているわけです。クラブの歴史だったり、ブランド力だったり、レジェンドの存在だったり。あるいはスタジアムでの快適さとか、飲食やグッズとか、試合以外でも楽しめる要素をもっているクラブは強いですよね。逆にそうでないクラブは、今のこの状況は厳しいと思います」

MLSの各クラブは、自分たちのバリューを維持するべく、保有するコンテンツを活用しながら発信を続けている。例えば、過去の名勝負や選手インタビューを編集したドキュメンタリー。あるいは、ロゴやエンブレムやスタジアムの画像のダウンロード提供。さらには、独自のクイズやゲームをSNSで拡散させているクラブもあるという。試合ができないからこそ、そうした発信にも積極的なのは、いかにもアメリカらしい。

とはいえ、スポーツビジネスのメインディッシュは、やはり試合である。ならば「コロナ以後」のスポーツ界はどのようなものになっているのだろうか。中村氏は「それは非常に読みにくいところであります」とした上で、いくつかのアイデアを披瀝(ひれき)してくれた。

「例えばスタジアムではなく、デジタル空間で応援するスタイルが主流になるとか。ウイルスをシャットアウトできる施設を作って、ホーム&アウェーのない集中開催にするとか。あるいは特別な予防接種を受けた人だけが観戦できるような、セレブにだけ許されたスポーツになるかもしれません。もちろん今はまだ、誰にもわからないですが」

今回のコロナ禍を「スポーツの本質を考える」きっかけに

一つだけ、個人的に確信していることがある。それは感染拡大終息後の世界は、おそらく今とはまるで違ったものになっているということだ。国際情勢も、目の前の風景も、人々の価値観も、感染拡大前とまったく同じということはあり得ないだろう。当然、スポーツ界への影響もまた甚大だ。古きよきスポーツ観戦の文化は、崩壊してしまうかもしれない。けれども中村氏は、決して悲観はしていない様子だ。

「例えばNFLのスーパーボウルは、40%とか50%という視聴率を叩き出します。つまり、これまでも大部分のアメリカ人は、スタジアムに行かなくてもスポーツを楽しんでいたんですよね。TVやデバイスを見ながら盛り上がるスタイルは変わらなくても、今後はeスポーツのほうが主流になるかもしれません。しかもeスポーツの場合、リアルスポーツとは違って、観戦者がプレーヤーになる障壁が低いという強みもあります。コロナの影響で、今後はeスポーツのプレーヤーが増えるかもしれないです」

古い価値観を引きずるのではなく、新たな価値観を受け入れて、どう発展させていくのか。そうした発想はスポーツに限らず、ビジネスの世界で生き抜くためには不可欠なものであろう。世界中で多くの人々の命が奪われ、経済へのダメージも地球規模。悲観的な状況であることは間違いない。けれども不可逆的に事態が進行する中、中村氏は今の状況をあえてポジティブに捉えることも可能だと考えている。

「これまでの世の中は、いろいろおかしいことが続いていたわけですよ。大気汚染にしても、地球温暖化にしても、選手の移籍金の高騰もそうですよね。誰もそれらを止めることができなかった。それが今、世界中で外出を自粛するようになって、インドの空がきれいになったというじゃないですか。今回のことは、人生にとって何が大切なのかを問い直す機会になると思っています。スポーツそのものが、なくなることはないでしょう。それでも今回の出来事が、スポーツというものを本質的に考えるきっかけにはなったと思っています」

最後に「ロックダウンが解除されたら、まず何をしたいですか?」と問うてみた。「思い切りサッカーがやりたいですね!」と即答する中村氏。モニター越しから見えるその表情には、ニューヨークの早朝の日差しに照らされた、かすかな笑顔が見て取れた。

<了>

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PROFILE
中村武彦(なかむら・たけひこ)
1976年生まれ、東京都出身。BLUE UNITED代表取締役。2004年より日本人として初めてMLS国際部入社。2008年にアジア市場総責任者に就任し、世界初のパンパシフィック選手権を設立。2009年にFCバルセロナ国際部ディレクター、2010年にリードオフ・スポーツ・マーケティングGM歴任後、2015年、BLUE UNITEDを創設。2012年にはFIFAマッチエージェントライセンスも取得し、2018年にパシフィック・リム・カップを創設した。

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