ステイホームをチャンスに、スポーツ観戦の価値向上を! 専門家が語る共創的発想
新型コロナウイルス感染症のスポーツ界への影響は甚大であり、多くのファンがスタジアム・アリーナに集い、スポーツを楽しむ光景はまだしばらく見られそうにない。ただ目線を変えると、スポーツの放映・配信について技術を高めるチャンスとも捉えられる。「自粛疲れ」のなか、スポーツコンテンツの提供は今後ステイホームを進める秘策となり得るのか? スタジアム・アリーナの専門家・上林功が語るネット配信が当たり前の時代となったスポーツコンテンツの持つ価値とは?
(文=上林功、写真=Getty Images、図表提供=株式会社ウフル)
72%が「今後ワクチンなしに試合観戦しない」と回答
コロナ禍のなかでスポーツ界は窮地に追いやられているといって間違いないと考えています。私が専門としているスタジアムやアリーナは紀元前から存在していますが、人々が集まることそのものがリスクとなってしまう今回のような状況は歴史的にも初めてであり、一刻も早いウイルス特性の特定とワクチンなどの対処について待ち望むところになります。
スポーツが従来通りに行われるには、もう少し時間が必要です。たとえ感染拡大が収まってきたとしても、ウイルスに対する確かな対策がなければ、ファンを危険にさらすことになります。アメリカのシートン・ホール大学が行ったスポーツ観戦についての調査において新型コロナウイルスとスポーツに関するアンケートを実施したところ、72%は「今後ワクチンなしには試合観戦はしない」と回答、「スポーツファン」だけでの調査でも61%が「ワクチンなしには試合観戦はしない」と回答しました。
多くのスポーツイベントが延期・中断を余儀なくされているなか、プロ野球では無観客試合による実施など少しずつでも継続に向けた試みが提案されていると報道されています。こんな状況のなかスポーツなんて……と思う人もいるかもしれませんが、スポーツ観戦者の研究において、スポーツ観戦を通じてストレスを軽減すること(コーピング)や、感動の共有が心理的にポジティブに作用することがわかっています。すでに「自粛疲れ」などの言葉が出てきている今、スポーツコンテンツの提供はステイホームを進めるためにも有効だと考えます。
「放映・配信」が生むスポーツの楽しみ方の広がり
これを機会にスポーツの放映・配信について改めて考えてみたいと思います。かつての街頭テレビのプロレス中継に始まるスポーツ放映の歴史は、1970~1980年代のゴールデンタイムのプロ野球中継を経て、現在はネット配信へとメディアを変えてきました。メディア媒体の変化は、スポーツをただ映像で楽しむだけでなく、さまざまな楽しみ方を提供できるようになってきています。もともと街頭テレビでは映像だけではわからない状況を「実況者」が解説することで、視聴者により多くの情報を伝えていました。近年のテレビ放送ではプロ野球でのスピードガンやリプレイなどが加わり、さらには選手の体調や成績などの情報を表示して時代に合ったスポーツの楽しみ方を提供してきたといえるかもしれません。
今日に至り、ネット配信が行われるようになったスポーツの試合では、これらの情報がより多岐にわたるようになっています。試合中のパフォーマンスや選手の情報がより細かく伝えられるようになり、試合観戦しながらさまざまな情報を知ることができるようになっています。例えるなら「球場に一人はいる常連のおっちゃん」に近い存在とでもいいますか、「あの選手は前回調子よかったから今日もいい活躍してるね」とか「毎回、あそこでミスしてしまうのは悪いところだね」といったマニアックな観戦方法を、情報にアクセスすることによって、ベテラン観戦者と同じ目線で楽しめるようになってきています。
スポーツの楽しみ方を拡張する「IoT/ICT技術」
こうした熟達したスポーツ観戦サポートは情報だけではありません。かつてはピッチャー投球の球速表示ぐらいであったのに対し、レーダー技術を転用したリアルタイムでの投球軌道の表示、またバッターの情報と組み合わせて、この打席ではどちらに打球が飛ぶのかといった予想など多くの新しい楽しみ方が生まれています。このレーダー技術は多くのスポーツに採用されており、野球だけでなく近年のテレビ中継におけるゴルフでの打球表示やテニスでのライン際の判定などにも使われています。ボクシングなどの格闘技では、ダメージの蓄積をヒートマップによって赤く表示させることで、選手がどれだけの苦痛に耐えながら戦っているかを表すなど、誰にでもわかるスポーツ観戦の醍醐味の“見える化”が配信のキモとなっています。
今回のコロナ禍を受けて、「みんなで楽しむ」「ワイワイ観戦する」といったスポーツ観戦をみんなで行う連帯感や一体感が、改めて価値のあるものであると感じています。全員で声援を送る興奮や、一糸乱れぬ応援、それに応えてくれる選手のパフォーマンスにスタジアム全体が息をのむなど、まさに代えがたい価値であると思い知る次第です。先ほどスポーツにおける選手のパフォーマンスや試合の状況を伝える技術について紹介しましたが、こうしたスポーツ観戦者の興奮や一体感を伝える技術はそれほど多くないことがわかります。従来のテレビ放送など映像や音響を使った臨場感の再現はあるものの、お互いに声を交わし、「みんなで観ている・応援している」といった実感を得ることのできる技術が見当たらないのが実状です。
筆者はスポーツ観戦者に注目し、観戦者の興奮や一体感といったエンゲージメントをデータとして見える化し、さまざまなマーケティングに利用できないか研究を進めています。追手門学院大学・上林研究室で株式会社ウフルとの共同研究として進めている技術ですが、これまでにBリーグやJリーグの試合で実証実験を行ってきました。より一体感を生む観客席の検討や、みんなで楽しめるアクティビティ開発のためのフィードバックなどの活用を検討していましたが、今後、データ化したエンゲージメントを振動子などの出力装置を使うことで、離れたファン同士で観戦体験を共有できるかもしれません。
こうした技術は、延期が決定した東京五輪に向け、スポーツ観戦者に注目した技術として実装される予定でした。NTTが進める遠隔立体映像配信技術「Kirari!」や富士通が進めるBリーグの「B.LIVE」など、映像・音響・振動などを総合的に連携させることで、パブリックビューイングに現地での体感をまるごと持ってくる遠隔臨場感に関する技術が生み出されています。これらの背景にはこの春から始まった5Gによる大容量無線通信の社会実装もあり、本来ならばこれまでにないスポーツ観戦体験がまさに始まろうとしていたのですが……やはり今回のコロナ禍が残念でなりません。
無観客試合には無観客試合ならではのアイデアを!
ただ、目線を変えますと、今こそこれらの技術を改めて実証実験してみるチャンスかもしれません。無観客試合を実施するとなると、これまで以上にいろいろな試合の見せ方を検討する必要があるでしょう。ましてや現在はスタジアムにお客さんがいない状況です。今だからこそできる実験的な試みがたくさんあると思います。以前、スタジアムを設計した際にメディアの方々が「試合の流れのなかでしか試せないことがたくさんある」と話されていました。一方、実際に試合が始まるとお客さんがいっぱいで、挑戦的な実験なんてほとんどできないのがこれまででした。私から提案したいこととしては、この状況をチャンスと捉え、来るべきスポーツ再開に向け、より一層の放映・配信のレベルアップをこの際検討してみてはと思います。
スタジアム・アリーナビジネスの観点から見ても、こうしたスポーツ放映・配信のさらなる検討は新たなビジネスチャンスを生むと考えます。現在、スポーツ興行における収入は、競技やリーグによって差はあるものの、観戦者の入場料収入よりスポンサー収入が上回るケースが多くなっています。これまでスポンサー収入とは、施設の広告看板やテレビ放映時のCMなどでしたが、近年のネット配信によって更なる進化を遂げています。
バナー広告やプッシュ通知などWEB媒体を活用した広告方法もさることながら、何より重要なこととして、視聴回数などの観戦者のデータと紐づけて評価ができるようになったこと、実際に広告をどんな人が見ているのかわかるようになったことが挙げられると考えます。これまでの広告の効果というのはなかなか把握が難しく、狙ったターゲット層にちゃんと広告が届いているか、見てもらっているかがわからず、広告を出すにもちゅうちょしてしまう部分があったことは確かです。的確な広告戦略ができるとなれば、より多くのクライアントに対してアピールできるのではないかと思います。
ここまでオンライン配信に関する提案を挙げてきましたが、実際により面白い配信や楽しみ方の検討についてチーム内での検討は限界があるのも確かです。こうした問題に対して、ジャストアイデアになりますが、こんな時こそ共創的なコンテンツ開発が有効だと考えます。例えばファン抽選で無観客試合に「アンバサダー」をごく少ない人数選出し、試合観戦の魅力や楽しみ方をファン目線で届けてもらうなど、チームで足りないマンパワーをファンと一体となって創り上げていく共創的発想が今こそ使えるのではないかと考えています。
最後に、一日でも早い新型コロナ感染症感染拡大の収束と、今まさに感染症と闘っている感染者の皆さんの無事平癒、医療関係者の皆さんへ感謝を申し上げます。
<了>
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PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチをおこなう。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。
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