甲子園球児からの勇気ある1本の電話。「野球をやる喜び」を思い出させてくれた、当事者の率直な感情
史上初となる全国高校総合体育大会(インターハイ)の中止の報で、メディアは盛んに高校生たちが「晴れの舞台」を奪われた無念、落胆の声を伝えた。春の選抜高等学校野球大会に続き、夏の全国高等学校野球選手権大会の開催も危ぶまれている高校野球では、その注目度の高さから「球児の夏を奪うな」という声が依然として多く聞かれる。
世間が新型コロナウイルスに翻弄される日々を送る中、「高校野球改造論」を連載中の作家・スポーツライターの小林信也氏のもとに一本の電話がかかってきた。電話の主は現役の高校球児。当事者である彼は何を語ったのか?
(文=小林信也、写真=武山智史)
ある現役高校球児からの着信
『夏の甲子園「延期・中止」を早く決めよ! 球児の心に最も残酷な「決まらない」現状』という原稿がREAL SPORTSに掲載されたその夜遅く、未登録の番号から着信があった。
出てみると、相手は少しためらったあと、緊張気味に用件を話し始めた。
「REAL SPORTSに書かれた文章を読んで、同じことを感じていたので」
と、彼は言った。勇気を奮って番号を押したのだろう。緊張とためらいの様子が電話の向こうから伝わってきた。声の調子から、十代の、もしかしたら現役の高校生ではないかと感じた。確かめると、「野球部に所属している高校3年生です」と言う。
「小林さんが書いておられたように、甲子園のマウンドに上がってみたら、広告の看板がすごく多くて、これが野球をやっている高校生みんなが憧れている甲子園なのかと、正直、それが感想でした」
その話を書いたのは今回でなく、ずいぶん前のことだから、今日の原稿を読んだあと、彼はバックナンバーで私の原稿を何本か読んでくれたのだろう。
「ということは、甲子園に出た?」
「はい」
他人事のような調子で彼は答えた。多くの人たちが想像しているとおりの「甲子園球児」なら、そこから自慢話が始まってもよさそうなものだが、彼の声の調子は、必死に何かを探し続ける『満たされない十代の蹉跌』そのもので、浮かれた様子は微塵もなかった。
「でも、野球はそれほど好きじゃないというか」
複雑な胸の内を私に伝えようと、彼は懸命に言葉を探し、話し始めた。
甲子園のマウンドに立った感想は「こんなに狭いのか」
「練習時間は長いし、休みはありませんから、野球以外の好きなことをやる時間も深夜にしか取れません。高野連は『週に一度は休むように』と決めていますが、実際は休みの日でも自主練をしないで帰ることはできません。それに上下関係の厳しさとか。うちの学校はそれほどないのですが、他の強豪校の話を聞くと、上下関係が厳しくて、何で野球をやるのにそこまで我慢しなきゃいけないのか? と思うことがたくさんあります。でも、それを言ったら、野球が続けられなくなる」
本当は彼の校名と名前を明記して話を進めたいところだが、日本高野連は選手個人が特別な目立ち方をするのを歓迎しない。
万一、チームや本人に迷惑がかかっては申し訳ないので、ここでは名前を紹介せずに原稿を書き進めることを理解していただきたい。それ自体、妙なものだと思う。もったいぶって、名前を隠すわけではない。とくに他意はない。だが、それも現在の高校野球の不思議な因習であることを、高校野球ファンなら理解してくれるだろう。
「僕は番組の企画でマウンドに立ったんだけど、夏の甲子園のマウンドに立ったのだから、感激したんじゃないの?」
あえて訊くと、彼は答えた。
「実際に立ってみると、集中しているからスタンドの歓声が聞こえるわけじゃないし……。それに甲子園は両翼が100メートルないですよね。これまでもっと広い球場で試合をしたことがあったので、『こんなに狭いのか』って感じでした」
猛暑の甲子園、プレーする当事者の体感
昨夏は異常な暑さも話題、いや問題になった。私は、「夏の甲子園はもうやめよう」とさえ提言した。あの猛暑の中で野球をやるのは百害あって一利なしと。
「その原稿も読みました」と彼は言い、こう続けた。「自分もそう思います。甲子園は暑さ対策がされていて、確かにベンチの後ろの方は涼しいんですけど、前の方は、触っちゃいけないところがあったんです。グラウンドとベンチの境の柵がもうメチャクチャ熱くて、触ると火傷するくらいでした」
その光景がすぐに頭の中で想像できた。私は、日本高野連が涙ぐましい努力を重ね、暑さ対策を施している実態もつぶさに見せてもらったので、単純に批判できない心情も持っている。正直、日本高野連の情熱には頭が下がった。しかし、実際に戦った選手からすると、あの猛暑はその努力で追いつかないくらい度を越えていたようだ。
「甲子園で試合をするまでの間、割り当てられたグラウンドで練習をしたのですが、そのグラウンドが白っぽい土で、照り返しがすごいんです。もう走り込みもできないくらいの暑さで、チームの仲間と『こっちの暑さ、ハンパない』と言い合っていました」
なるほど、『夢の舞台』の暑さ対策は懸命にされていたが、そこに至るまでの練習場の暑さは選手たちにとって想像を絶するものだったようだ。
高校球児が野球をやる理由は甲子園だけではない
新型コロナウイルスの蔓延で、いまは学校も練習も休みになっている。彼自身、自宅で過ごし、チームから提示された自主トレーニングのメニューや宿題をして過ごす日々だという。
結局、彼とは電話で1時間近く話をした。思い返してみると、彼はその間一度も、「夏の大会、できるんでしょうか」といった話はしなかった。
まるで、夏の甲子園などそれほど関心がないかのような、いやないはずはないだろうが、いま彼の心を切実に占めているのは、「自分たちは何のために野球をしているのか?」「いまの高校野球はおかしくないか? なぜ変わろうとしないのか? なぜ、素直に思ったことが話せない雰囲気なのか?」。そのことへの疑問の方が、よほど大きいように感じられた。
私が夏の大会が中止になる不安はないか、やんわり訊ねると、彼はこんな答え方をした。
「春の大会も中止になって、これで夏もなかったら、推薦で大学の野球部に入ろうと思っている3年生たちはどうなるんだろう。そのことはみんな心配しています。でも、チームの中でそれを口にしてはいけないみたいな、推薦で大学に入れる選手ばかりじゃないんで、遠慮する雰囲気があります。だからなおさら不安だと思います」
その悩みは彼自身も同じではないのか? 野球はそれほど好きじゃないと言ったが、高校卒業後、野球はどうする気だろう。
「大学で野球を続けます」
きっぱりと彼は言った。
そうか、「好きじゃない」と言ったのは複雑な胸の内であって、本当はやはり野球に情熱を抱いている。
「野球を好きになったのは、どうしてか、覚えてる?」
私は訊いた。すると、少しだけ考えて、彼は答えた。
「中学のときのコーチが、変化球の投げ方を教えてくれたんです。それを試したら、簡単に変化したんです。同じ変化球でもスピードの緩急をつけると面白いようにバッターを打ち取れるようになった。その緩急を使ったピッチングが面白くなって、それで」
同じような記憶が私にもある。世間は高校球児に「甲子園」ばかりを求める。球児にとって「甲子園」が唯一無二の目標のように決めつけられている。だが、実際に野球に明け暮れている高校球児が、何に魅かれて毎日グラウンドに立っているか。実はもっと素朴な喜び、ささやかな感動があるからではないか。ずっとそう感じてきた。私の場合も、アンダースローから外角に大きなカーブとストレート、内側にシンカーも投げたが、緩急の押し引きだけで面白いように打者を打ち取れる快感が何より密かな愉しみだった。
野球をプレーする素朴な喜び、ささやかな感動の話がまったくできないわけではないが、大勢で話すとき盛り上がる話題にはなりにくい。なぜ、野球をやり続ける根幹になっている感覚や喜びが共有できないのか、もどかしく感じ続けてきた。今年高校3年生の彼もまた、同じような居心地の悪さを抱えているのかもしれない。その野球を大学でも続けるために、彼もまた、夏の大会が中止になれば困るのではないか?
「自分は最初から、セレクションとかでなく、AO入試も含めて、受験をして入ろうと思っているので、大会が中止になってもそれほど」
話すうちに、彼の清々しさに心を打たれる自分がいた。そして、こんな提案をしていた。
「僕は高校野球の改革案をいろいろ提言しているけれど、本当は高校生自身が話し合い、提案するのが本来の姿だと思っているんだ。例えば夏の大会が予定どおり開けなかったら、それで3年生は引退なのか? 今年に限っては秋か、来年3月にでもできるならそれまで3年生が部活を続けるのか。高校球児たち自身がいろいろ意見を交し合い、方法を提案し合ったらいいと思っている。でもほとんど高校球児の率直な気持ちは伝わってこない。もし僕が手伝ってできるものなら、最初の発信者になってもらえないかな」
すると彼は、控え目な声で、だが即座に言った。
「ぜひ、そうしたいです」
どんな方法があるだろう。また近いうちに、何かテーマを絞って、彼と会話のキャッチボールを交わし、高校球児のリアルな思いや発想、希望を発信する懸け橋になれたらいいなと、胸を躍らせている。
第11回 夏の甲子園「延期・中止」を早く決めよ! 球児の心に最も残酷な「決まらない」現状
第10回 泣き崩れる球児を美化する愚。センバツ中止で顕在化した高校野球「最大の間違い」
第9回 金属バットが球児の成長を止める。低反発バット導入ではなく今こそ木製バットに回帰を!
第8回 「指導者・イチロー」に期待する、いびつな日本野球界の構造をぶち壊す根本的改革
第7回 なぜ萩生田文科相「甲子園での夏の大会は無理」発言は受け入れられなかったのか?
第6回 なぜ、日本では佐々木朗希登板回避をめぐる議論が起きるのか?
第5回 いつまで高校球児に美談を求めるのか? 甲子園“秋”開催を推奨するこれだけの理由
第4回 高校野球は“休めない日本人”の象徴? 非科学的な「休むことへの強迫観念」
第3回 鈴木長官も提言! 日本の高校球児に「甲子園」以外の選択肢を
第2回 「甲子園」はもうやめよう。高校野球のブラック化を食い止める方法
第1回 高校野球は誰のもの?“大人の都合”が遠ざける本質的改革
<了>
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