
宇野昌磨がどん底で喘ぎ、もがき続け、手に入れた逞しさ。カメラマン高須力が見た笑顔
アスリートが輝きを放つ瞬間、私たちは感動と興奮を覚え、時に涙を流す。その姿を永遠に残すため、カメラマンはファインダー越しにその一瞬を待つ。選手と同じフィールドに立ち、その一挙手一投足を見逃さないからこそ、感じることのできる一幕がある。
昨季、これまでに見せたことのないほど色あせた表情を見せた。どん底であえぎ、もがき続ける宇野昌磨の姿は、フィギュアスケートをはじめ数多くのスポーツシーンを追い続けてきたカメラマン、高須力氏の瞳にどう映っていたのだろうか――。
(文・写真=高須力)
どん底を知った宇野昌磨は、頂を目指して歩み続ける
少し感情表現が苦手なところはあるけれど、インタビューで見せるはにかんだ笑顔が印象的で、氷の上では安定感があって何事にも動じない性格。そして、今どきの若者らしく情熱を隠し持つ男。それが彼に対する僕の印象だった。実際、シニア転向後、宇野昌磨の成績は安定していて、大きく崩れたところを見た記憶がなかった。昨シーズンが始まるまでは。
昨シーズンが始まる前、彼の周りがザワついていた。新しい環境を求めて、長年指導を仰いでいたコーチの元から巣立つという。この話を聞いたとき、体制を変えるタイミングに決まりはないけれど、4年周期で動いているオリンピアンとしては少し珍しいタイミングだと思った。
キッカケは2019年の世界選手権だったのかも知れない。2017年から2大会連続で銀メダルを獲得した彼がSP 6位発進で、FSで巻き返すも最終的に4位と表彰台を逃してしまった。試合後のインタビューでは「自分の弱さに失望した」と肩を落とした。
それまでの彼は結果にこだわるというよりも、どれだけ自分の演技に集中できるかに注力していたように思う。そんな彼が大会前から「結果」を公言してまで臨んだ大会で思うような演技を見せることができなかった。フィギュアスケートの難しさをあらためて痛感させる出来事だった。
結果を求めた彼は新しい環境を望んだ。
結局、コーチ不在のままシーズンに突入することになって、想像以上に過酷な戦いを強いられることになった。グランプリシリーズ初戦のフランスでは今まで見せたことのないほど崩れてしまい、その表情からは色が抜け落ちてしまった。続くロシアではステファン・ランビエールの助けを借りて少しだけ光が見えた。
[リンクサイドでステファンの指示を仰ぐ]
迎えた全日本選手権。正式にステファンに師事することになった宇野の表情にやっと彩りが戻った。ちょっとはにかんだような笑顔にホッとさせられたのを覚えている。
これでやっと戦える。
挫折を味わい、これまで経験したことのないどん底を見た。そこでもがくことによって、これまでとは違う逞しさを手に入れた。あとは頂を目指して登るだけだ。そう思った矢先。新型コロナウイルスによる世界選手権の中止。
今後の見通しは不透明なままだけれど、宇野昌磨の歩みが止まることはもうないだろう。
[全日本選手権では4連覇を達成した]
<了>
宇野昌磨が求道する「自分らしさ」。「ゆづ君みたいに」抜け出し、楽しんだ全日本王者
羽生結弦は「気高き敗者」だった。艱苦の渦中に見せた、宇野優勝への想いと勝気さ
宇野昌磨、2度の涙で辿り着いた「原点回帰」 珠玉の物語の続きは…
羽生結弦は、自ら創った過酷な世界で、永遠に挑戦し続ける。【カメラマン高須力が見た素顔】
浅田真央の亡き母が笑顔で語った、言葉の意味を知った日。【カメラマン高須力が見た姿】
[世界フィギュア選手権 歴代国別ランキング]1位はロシア、2位は日本ではなく……
PROFILE
高須力(たかす・つとむ)
1978年生まれ、東京出身。2002年より写真を始める。サッカーやフィギュアスケートを中心にさまざまなスポーツをカバーしている。FIFAワールドカップは2006年ドイツ大会から4大会連続、フィギュア世界選手権は2011年より9大会連続取材中。ライフワークでセパタクロー日本代表を追いかけている。
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
平野美宇か、伊藤美誠か。卓球パリ五輪代表争い最終ラウンド。平野が逃げ切る決め手、伊藤の逆転への条件は?
2023.12.06Opinion -
大物外国人、ラグビーリーグワンに続々参戦 様々な意見飛び交う「サバティカル」の功罪
2023.12.05Opinion -
「今の若い選手達は焦っている」岡崎慎司が語る、試合に出られない時に大切な『自分を極める』感覚
2023.12.04Opinion -
「僕らが育てられている」阿部一二三・詩兄妹の強さを支えた家族の絆と心のアプローチ
2023.12.04Education -
ヴィッセル初優勝を支えた謙虚なヒーロー・山川哲史が貫いたクラブ愛。盟友・三笘のドリブルパートナーからJ1屈指の守備者へ
2023.12.01Opinion -
1300人の社員を抱える企業が注目するパデルの可能性。日本代表・冨中隆史が実践するデュアルキャリアのススメ
2023.12.01Business -
変わりつつある『大学』の位置付け。日本サッカーの大きな問題は「19歳から21歳の選手の育成」
2023.12.01Education -
東大出身・パデル日本代表の冨中隆史が語る文武両道とデュアルキャリア。「やり切った自信が生きてくる」
2023.11.30Business -
阿部兄妹はなぜ最強になったのか?「柔道を知らなかった」両親が考え抜いた頂点へのサポート
2023.11.29Education -
アスリートのポテンシャルは“10代の食習慣”で決まる! 「栄養素はチームじゃないと働かない」
2023.11.29Training -
トップアスリート“食事”の共通点とは? 浦和レッズを支えるスポーツ栄養士に聞く「結果を出す」体作りのアプローチ
2023.11.28Opinion -
なぜ東京の会社がBリーグ・仙台89ERSのオーナーに? 「しゃしゃり出るつもりはない」M&A投資の理由とは
2023.11.28Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
平野美宇か、伊藤美誠か。卓球パリ五輪代表争い最終ラウンド。平野が逃げ切る決め手、伊藤の逆転への条件は?
2023.12.06Opinion -
大物外国人、ラグビーリーグワンに続々参戦 様々な意見飛び交う「サバティカル」の功罪
2023.12.05Opinion -
「今の若い選手達は焦っている」岡崎慎司が語る、試合に出られない時に大切な『自分を極める』感覚
2023.12.04Opinion -
ヴィッセル初優勝を支えた謙虚なヒーロー・山川哲史が貫いたクラブ愛。盟友・三笘のドリブルパートナーからJ1屈指の守備者へ
2023.12.01Opinion -
トップアスリート“食事”の共通点とは? 浦和レッズを支えるスポーツ栄養士に聞く「結果を出す」体作りのアプローチ
2023.11.28Opinion -
足りなかった「勝ち点1」、それでも胸を張ってJ1へ。清水エスパルスが挑む、初のJ1昇格プレーオフの価値
2023.11.24Opinion -
J1昇格を懸けたラスト1枠の戦い。千葉が挑む“5度目”の正直「より一層強いジェフを見せつける」
2023.11.24Opinion -
プロゴルファー育成費用、親の出費は年間いくら? マイナス収支でも家族の絆を結び付けた“1枚の落書き”
2023.11.22Opinion -
「日朝韓の架け橋になりたい」サッカー選手・韓浩康が“共生共存”を目指し行動する理由
2023.11.21Opinion -
卓球日本女子のエース、早田ひなの矜持 最強中国撃破へ、手に入れつつある唯一の“突破口”
2023.11.17Opinion -
ラグビー日本代表“控え組”の本音。「柱メンバー」の献身は矜持の発露…「選手層が課題」との総括に何を思う
2023.11.17Opinion -
W杯アジア2次予選、森保ジャパンの“ベストメンバー”招集は是が非か? 欧州組の「環境の変化」と、幻となった「2チーム編成」
2023.11.15Opinion