「日本は細かい野球」プレミア12王者・台湾の知日派GMが語る、日本野球と台湾球界の現在地
日本が連覇を狙う2026年WBC。しかし、世界の頂点を目指す侍ジャパンの行く手には、幾多の強豪が立ちはだかる。その一つが、2024年プレミア12で日本を下して優勝した台湾代表だ。台湾球界は2025年シーズン、プロ野球「中華職業棒球大連盟(CPBL)」の1試合平均観客数が初めて1万人を超えるなど、隆盛期を迎えている。CPBLに誕生した新球団・台鋼ホークス(台鋼雄鷹)の初代GM劉東洋氏に台湾球界の現状、日本の野球をどう見ているのか、そしてWBCの展望を聞いた。
(インタビュー・文=北川信行、写真提供=台鋼ホークス)
台湾野球隆盛、3つの要因
台湾南部の高雄を本拠地とする台鋼ホークスは日本の野球を積極的に取り入れ、現地で「日式球団」と呼ばれる。流暢な日本語を操り、台湾球界屈指の知日派とされる劉GMの経歴自体、異色だ。
劉GMの出身は台湾北西部。高校時代に海の向こうから届くNHKの中継を見て日本のプロ野球に興味を持つようになった。その後、縁があって関西大学大学院に留学。メディア論を学ぶかたわら、阪神タイガースのファンとして阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)にも足しげく通った。
留学後は台湾に戻って中華職業棒球大連盟(CPBL)に就職。CPBLが発行する月刊誌の記者や海外球界との交渉を担当する国際部の部長などを務め、日本のパ・リーグ6球団が運営するメディアでコラムも連載してきた。
日本球界にも幅広い人脈を持つ劉GMは「CPBLの1試合平均観客数は今季、1万373人でした。(1989年に前身の中華職業棒球連盟が発足してから)36年の歴史の中で最高の数字です」と胸を張る。昨季は7000人台で、伸び率は驚異の35%を記録した。
観客激増の理由を尋ねると、劉GMから返ってきたのは、
(1)台鋼ホークスの参入により、リーグが6球団制となったこと
(2)2023年に完成した台北ドーム(台北市)による集客効
(3)WBSCプレミア12優勝という国際試合での好成績
の3点だった。
(1)については、かつての台湾球界は野球賭博の発覚などにより人気が低迷。球団の解散も相次ぎ、わずか4球団でリーグを戦う時代が長く続いた。一時は1試合平均観客数も2000人台にまで落ち込んだという。
「4球団だと対戦カードが限られるので、ファンからすれば新鮮味に乏しいですよね。10年前、20年前の人気が低かったころから考えると、今は信じられないぐらいです」と劉GM。台鋼ホークスに関しては、参入初年度の昨季は7000人台だったが、今季は8000人台まで向上。伸び率は18%でリーグ平均を下回ってはいるものの、堅実な進捗を示している。
(2)は台湾の人口分布も影響している。台湾は台北を中心とした都市圏に人口の約3割が集中している。そこに台湾初の多目的ドームとして新設された4万人収容の台北ドームはいわば、ナショナルスタジアムのような位置づけ。特定の球団が本拠地とするのではなく、各球団が主催試合を行えるようにしたことで、「各球団の経営面とか収入面にも大きな効果をもたらしている」(劉GM)という。
(3)の国際試合の好成績については、「この数年間で成績が上がりました。特に2024年のプレミア12優勝で、CPBLにも興味を持ってもらえました」と強調する。
チアや応援団きっかけに、野球の面白さ知ってほしい
日本の野球ファンは、台湾のプロ野球にどんなイメージを持っているだろう。SNSなどでよく取り上げられるのは、応援団やチアガール。アイドル的人気を誇るチアガールもおり、台湾独特の観戦空間を作り上げている。
その点について、劉GMは「日本の観戦文化とはまったく違うということで、注目されていますよね。台湾の中でも、いろいろ議論はあります」と説明する。その上で「実際に携わっている人間からすると、やはり野球の本質とか試合の内容が一番大事。どうやってチームをレベルアップさせるかとか、どうやって強くするかとか……。お客さんに良い試合を示すにはどうすればいいかを一生懸命考えてきました。野球にもともと関心を持っている人に対して、それは本当に大事なことだと思います。しかし、野球に興味を持ってない人たちにどうやって関心を持ってもらうかという意味では、チアガールであったり、応援団であったりも必要だと思います」と持論を展開する。
「応援団やチアガールが話題になって、彼ら彼女らを見るために球場に足を運ぶ人たちがいます」との現実を踏まえ、「実際に球場に来て『野球は面白い』と思ってもらう、野球に関心を持ってもらうという意味では、応援団やチアガールの存在も大きいと思います」との考えがあるからだ。
劉GMは「2024年のプレミア12が開かれた東京ドームでも、台湾の応援団やチアガールが話題になりました。台湾以外の野球のファンに、応援団やチアガールも台湾の野球の面白いところだと伝えることができれば、台湾のプロ野球の特色の一つになります。それも悪いことではないと思います」と台湾外への「波及効果」についても言及した。
台湾プロ野球の人気が高まる中で、ファン層の変化も見逃せない。背景にあるのは、球場の設備の改善だ。
「日本のレベルにはまだ及ばないですけど、球場全体の設備は10年前と比べたら本当に良くなりました。子どもたちを連れてくる家族連れにとっては、球場に入りやすい環境になってきたと思います」と劉GM。最も変わった点を尋ねると、「日本からすると当たり前かもしれませんが、一番はきれいになりました」とした上で「エンターテインメント性を高めるために外野の大型ビジョンを整備した球団もあります。球場が多様化しています。各球団がいろいろなイベントで使いやすいように工夫しています」と解説した。
「日本は細かい野球」守備と走塁に学ぶべき理由
台湾野球人気向上の牽引役となっている代表チームについては、どう見ているのか。
劉GMは「準備を着々と進めています」と自信をのぞかせる。12月16日には、台北ドームで2026年2月に「日台野球国際交流試合」が開かれ、台湾代表チームと日本の北海道日本ハムファイターズと福岡ソフトバンクホークスが対戦することが発表された。
CPBLの野球については「外国人選手、特に先発投手は外国人に頼らざるを得ない状況」と分析する劉GMだが、台湾代表チームについては「海外組の選手は大きいです。日本球界で活躍している選手もいます。海外組の招集がうまくいけば、先発投手の戦力は高まります」と説明し、日本ハムの古林睿煬の名前を挙げた。
かつて、現日本代表指揮官の井端弘和監督を「客員コーチ」に招くなど日本から選手や指導者を多く「輸入」してきた劉GMは日本の野球の特徴を「細かい野球。特に守備と走塁」と表現する。
「今の野球は投高打低ですから。どうやって点を取りにいくか……。日本はそのあたりの細かいことをしっかりとやっている。それはとても大きな参考になります」
台鋼ホークスでも、日本から「細かい野球」を取り入れる方針だという。劉GMは「台湾のファンはどちらかというと、打撃戦を面白いと思う人が多いんです。でも、長期間にわたって強いチームを維持していくためには、守備と走塁は大切。その辺を強化していきたいと思っています」という。来年春のキャンプには元東北楽天ゴールデンイーグルス監督の平石洋介を臨時コーチに招聘する。
「1年目のシーズンのときにエラーが多かったんです。新しいチームだから仕方がない部分もありますが、球場のファンのため息が聞こえるんです。ファンに絶望感を与えないようにするにはどうしたらいいか。個人的な好みもあるかもしれませんが、強い投手陣、強い守備というチーム作りをしたいんです」と希望を語る。
アメリカではなく日本に渡る逸材たち
ロサンゼルス・ドジャースで活躍する大谷翔平の人気は日本と同様に台湾でも高い。劉GMが大谷のアメリカ・MLB(メジャーリーグベースボール)でのプレーを見て感じているのは「スーパースター、スター選手の存在の大きさ」だ。「ファン、お客さんを呼べる選手を作ることは大事だと改めて感じました」と振り返る。
台鋼ホークスには日本の中日ドラゴンズやオリックス・バファローズでも活躍したスティーブン・モヤが在籍。2季連続の本塁打王に輝くなど、主軸としてチームを引っ張っている。「大谷選手のホームランを見たい、モヤ選手のホームランを見たい。だから球場に行きたいとファンに思ってもらうのは非常に大事だなと思いました」と劉GM。その上で「今はモヤ選手が頑張っていますが、将来的にはモヤ選手のようにお客さんを呼べる台湾人のプレーヤーを作っていく、育てていくことは大切だと思います」と強調する。
今、台湾球界は隆盛を迎える一方で、実績のある選手が日本球界を目指すムーブメントも再燃しているという。前述の古林睿煬のほか、統一ライオンズから埼玉西武ライオンズ入りが決まった林安可、ソフトバンクが日米の争奪戦を制したとされる味全ドラゴンズのエース、徐若熙の名前を挙げた劉GMは「これから変わっていくというか、アメリカではなく日本に行く風潮になっていきそうです」と台湾球界のトレンドを解説する。
最後に劉GMに2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の展望を聞いた。
「プレミア12の効果があって、台湾プロ野球もかつてないほど盛り上がりました。WBCは日本もそうですが、台湾でも一番注目される国際大会です。2024年のプレミア12で優勝したことで、台湾代表には自信も芽生えていると思います。その勢いで、WBCでも頑張ってほしい。活躍できれば、台湾のプロ野球ももっともっと加速していくと思います。まずは(日本、オーストラリア、韓国、チェコと同組の)一次ラウンド突破。日本はもちろん強いですし、弱いチームは一つもありませんが、頑張ってもらいたい。台鋼ホークスの選手も選ばれる可能性が高い。台湾代表の活躍を見て野球が好きになって、台鋼ホークスを応援するようになってほしい」
そう強調した劉GMは「野球に関心をもっていない人たちにファンになってもらうには、国際大会での台湾代表の活躍は重要。ファン層を厚くしていきたいです」と言葉に力を込めた。台湾球界の期待を背負ってWBCに臨む台湾代表。侮れない存在なのは、間違いない。
<了>
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[PROFILE]
劉東洋(りゅう・とうよう)
1976年6月25日生まれ、台湾北部の新竹県出身。台湾プロ野球球団の「台鋼ホークス(台鋼雄鷹)」GM。関西大学大学院社会学研究科で学び、台湾プロ野球リーグの統括団体「中華職業棒球大連盟(CPBL)」に就職。2022年3月に台鋼ホークスの初代GMに就任。
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