なぜ監督は休めないのか? コンパニの入院で浮き彫りになった、監督の重圧、労働環境、健康問題
チームの勝利に責任を負い、選手やスタッフを支えるサッカー監督。しかし、自分自身の健康には、どれだけ気を配れているのだろうか。バイエルンのヴァンサン・コンパニ監督の入院を機に、ドイツのサッカー界では指導者の健康や仕事の負担に注目が集まった。監督もまた、一人の人間である。彼らが安心して休むために必要なものとは何なのか。
(文=中野吉之伴、写真=AP/アフロ)
「人間」コンパニへの配慮はあるのか?
「倒れてまだ少ししか経っていないのに、もう復帰時期を聞くのですか?」
10月28日、バイエルンのマックス・エッベルSD(スポーツディレクター)はマクデブルク戦前にコンパニの退院を発表。翌29日には、退院からわずか5日で復帰時期を問われることについて「それこそ、ある種の倒錯だ」と語り、報道陣に冒頭の疑問を投げかけた。その5日前の10月23日、クラブのセカンドチームの練習を見学中に突然倒れ、病院に搬送されたというニュースは、ドイツだけではなく、世界中のサッカーシーンに驚きと不安をもって受け止められた。
検査の結果、原因は「Hirnhautreizung(髄膜刺激症状)」と判明。脳や脊髄を包む髄膜が、何らかの原因で刺激・圧迫されている状態全般を指す。今後は自宅で休養を取り、治療を続けるという。容体は安定しているようだ。
無事に退院できたことは喜ばしい。ただ、退院のニュースとともに「いつ現場に戻れるのか」という話題が先行してしまうことに、違和感を覚える人もいるのではないだろうか。
常に勝利を求められる世界屈指の名門クラブであるし、バイエルンファンだけではなく、多くのサッカーファンが心配しているだけに、少しでも詳細な情報を求める報道陣の姿勢も不適切なわけではない。
ただ、「監督」コンパニではなく、「人間」コンパニへの配慮は?
エッベルの問いかけは、プロ監督という仕事が抱える負担や健康管理について、改めて議論するきっかけとなっている。
病気の原因と、監督が抱える重圧は別の問題
なぜ監督は休めないのか。そして、その健康は誰が守るべきなのだろうか。
10月25日、フライブルクに3-1で勝利したバイエルン。試合後、エッベルはドイツ人記者から、コンパニの不在について質問を受けていた。そのなかで、一人の記者が興味深い問いを投げかけた。
監督本人が早期の復帰を望んだとしても、本当に必要なだけの休養を取れるのか。このプロサッカーの世界では、さまざまな事情を考慮しながら、どこかで妥協しなければならないのだろうか。記者はそんな疑問を投げかけた。
プロスポーツだから、責任があるから、義務があるから。もしそんな理由で復帰へのプレッシャーが高まり、まだ完調ではなくても表舞台に戻ってこなければならないのであれば、それは何かがゆがんでいることの表れでしかない。
エッベルは、まず医師の判断を優先し、治療と回復に必要な時間を確保すると明言した。
「今はまだ復帰時期を考える段階ではありません。大切なのは、まず検査をして、何が起きているのかを明らかにすること。そのうえで治療を行い、本人にとっても、この仕事をするうえでも必要な力を十分に取り戻して戻ってこられるように、時間と安静にできる環境を与えることです」
28日に無事退院し、倒れた原因となった病状が明らかになった際に、エッベルは「これは病気です。私たちの誰もがかかり得るものです。ブンデスリーガで受けているプレッシャーとは関係ありません」 と発言。コンパニが倒れた原因を、短絡的に監督業のストレスと結びつけてはいけない。
しかし、病気になった監督が安心して休めるのか、監督が心身の健康を維持できる環境を誰がどのようにつくるのか、という問題は残る。今回はストレスによるものではなかったからと言って、いまプロ監督が置かれている環境がどれだけ健全なものなのかを考えることは、大切ではないだろうか。
「監督は自分自身のことに気を配るのが得意ではない」
「私たちは、基本的にすべてを家に持ち帰ってしまう」
そう語ったのは、ドルトムントのニコ・コバチ監督だ。10月26日、ドイツ杯の試合を前にした記者会見で、コンパニについて尋ねられたコバチは、監督という仕事の負担について率直に語った。
「オフィスのドアを閉めて、車に乗ったら、仕事のことをすべて置いて帰れる。私たちのなかに、そんなことができる人はいない。どうすればもっと良くできるのかと考え続ける。そこから逃れることはできないだろう」
監督がサッカーのことを考えなくなる瞬間はおそらくない。なぜ失点したのか。次の試合では誰を起用するべきなのか。チームの問題を解決するために、何を変えなければならないのか。そうした問いが日常生活にも入り込んでくる。
しかも、どんな結果を手にしてもプレッシャーは終わりなく押し寄せる。コバチは、残留争いをしていれば大きなストレスがあり、上位にいれば、できる限りすべての試合に勝つことを求められると説明した。
プロの世界で結果を求められるのは当然。それは誰もがわかっている。そして監督の誰もがそのプレッシャーと向き合う責任感と覚悟を持っている。ただ、それがために、仕事と私生活の境界線を引くことが難しくなり、場合によってはどこかで限界を超えてしまう恐れだってある。
フライブルクのユリアン・シュースター監督も、コンパニの入院を受けて自身の働き方を振り返っていた。
「私たち監督は、自分自身のことに気を配るのが、必ずしも得意ではない。さまざまな責任を背負っているからというのもある」
シュースターは、これまで一度も仕事を欠勤したことがないと明かした。試合に出られなかった選手がいれば、その様子が気になる。試合翌日には、出場時間の短かった選手たちのトレーニングがある。不満を抱えている選手がいれば、監督として向き合いたい。
コーチングスタッフには休養を取るように勧めているが、選手やチームのことを考えるほど、自分が現場を離れることに抵抗を感じてしまう。シュースターは続ける。
「私たちは、他人にアドバイスすることについては達人といえる」
サッカーの指導者は、コンディション管理の重要性を理解している。選手の疲労が蓄積すれば休養を取らせ、睡眠や食事にも気を配る。ただ、自分自身のこととなると、その原則が適用されないのはなぜだろう?
「ありがたいことに、彼からメッセージは来ていません」
「私が休むと回らなくなる」
そんな言葉はサッカー界だけではなく、われわれの日常社会の中でよく耳にする。特定の人物がいなければ組織が機能しないのであれば、その人物は簡単には休めなくなる。責任感があればあるほど、自分がやらなければという思いが募ってくる。そうした人物の姿は周囲の人を惹きつけ、いつしか組織もその人を頼るようになっていく。
でも、休まずに働き続けることと、責任を果たすことは、本来同じではないはずだ。これは、部下を抱える管理職や学校の教員、経営者などにも共通する問題ではないだろうか。
今回、バイエルンが取った対応にも注目したい。コンパニの入院中、エッベルは監督との仕事上の連絡を控えていた。フライブルク戦後、本人から勝利を祝うメッセージが届いたかと尋ねられると、こう答えている。
「ありがたいことに、彼からメッセージは来ていません。彼がどのように試合を見たのか、そもそも見たのかどうかもわかりません。とにかくゆっくり休んでもらうために、私たちからは連絡を完全に控えているんです」
前日に見舞った際にも、サッカーではなく人生について話したという。監督不在のなか、代役のアーロン・ダンクスを中心とするコーチ陣が仕事を引き受け、選手たちも主体的に動いた。エッベルによれば、選手たちは誰か一人が監督の穴を埋めるのではなく、全員で責任を分担する必要があると理解していたという。そして、バイエルンはフライブルク戦に勝利した。
10月28日のマクデブルク戦後、コンパニ監督の代役を務めるダンクス コーチは、次のように語っている。
「(コンパニ監督の)復帰についてのスケジュールはありません。家族のもとに戻れたことは前向きな一歩ですが、引き続き回復することが非常に重要です。私たちはもちろん彼に戻ってきてほしい。でも、必要なだけ時間を取ってほしいのです」
監督が安心して休める組織をつくるには?
今回のテーマから考えたいのは、監督が安心して休むためには、監督がいなくても機能する組織が必要だということだ。誰かが不在になっても、ほかのスタッフが役割を引き受けられる。仕事の進め方や判断基準が共有されている。必要以上の連絡をしなくても回るような関係性と組織があれば、安心して休むことができるはずだ。これはサッカー界だけに限った話ではない。
コバチ監督がこんなことを言っていた。
「いったい誰が監督の健康を気にかけるのだろうか。監督自身、あるいは家族が気を配らなければ、難しいと思う」
自分の健康を過小評価しないように、日頃から自分の身体の声に耳を傾けるのはやはり大切であり、それは誰かにとってではなく、誰にとってもそうなのだ。日頃の人間関係や組織づくりのあり方について、われわれもまた考え直す機会にすべきなのだろう。
11月2日には、コンパニの回復は順調で、合併症も起きていないとエッベルは説明した。復帰時期は依然として決まっていない。 コンパニには家族との時間を大切にしながら、サッカーから離れて心身を休めてほしい。そして、十分に回復したうえで、再び元気な姿を見せてくれることを願うばかりだ。
<了>
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