本当にその球団と契約して大丈夫? 全ドラフト候補が知るべき、プロ野球の契約の本当の恐ろしさ
10月11日、今年もいよいよプロ野球ドラフト会議が始まる。プロの世界を夢見るアマチュア選手にとって、その扉を開く人生の一大イベントだ。だが『プロ野球 FA宣言の闇』を上梓した中島大輔氏は「夢を膨らませるあまり、見過ごされがちになる側面がある」と危惧する。労働者としての視点から見たとき、プロ野球とはいったいどんな世界なのか、そしてどういう“契約”が発生するのか――。全てのドラフト候補の選手たちが知るべき、プロ野球界の契約の“恐ろしさ”とは?
(文=中島大輔、写真=Getty Images)
野球界の当事者ですら正しく認識できていない、NPB独特の“契約”システム
プロ野球選手を夢見るアマチュアの候補にとって、ドラフト会議はその扉を開くことができる唯一のチャンスだ。
一方、夢を膨らませるあまり、見過ごされがちになる側面がある。あらためてそう実感したのが、2021年の新人合同自主トレが始まったころだった。
「中島さんの本を読んでいたら、あいつをプロに行かせなかったかもしれません。時すでに遅し、ですが(苦笑)」
ドラフトで選手を送り出したばかりのアマチュア野球部の監督が、電話越しにそう言った。本気か冗談かはさておき、拙著『プロ野球 FA宣言の闇』を読んで初めて認識したことがあるという。プロ野球独特の仕組みである「保留制度」についてだ。
巨人(読売ジャイアンツ)戦が地上波で全試合中継されていたころとは様相が大きく変わったものの、依然、日本のスポーツで野球は圧倒的な人気を誇る。反面、その最高峰に位置するNPB(日本野球機構)がどのような仕組みで成り立っているのか、当事者たちも含めて十分に理解されていない。筆者自身、1993年オフに導入されたフリーエージェント(FA)制度の取材を通じてそう痛感させられた。
敏腕エージェントが語る、保留制度の恐ろしさ
「選手はまず、保留制度の恐ろしさを理解しないといけませんね」
そう話したのが、代理人の団野村氏だった。同氏は1990年代に野茂英雄や伊良部秀輝がメジャーリーグ(MLB)移籍を目指した際に尽力し、日本でエージェントの草分けといえる。
保留制度はプロ野球において契約の根幹を成すもので、FA制度とはコインの表と裏のような関係にある。
本稿の冒頭で、ドラフトには「見過ごされがちになる側面」があると書いたのは、指名を受けて統一契約書にサインした場合、その選手は所属球団の保留権の下に置かれ続けるということだ。わかりやすくいえば、プロ野球では基本的に1年契約が繰り返される中、更新する権利は球団のみが保有し、選手はそのチームとしか契約を結ぶことはできない。契約満了となっても自分の意思で移籍先を決められないばかりか、ユニフォームを脱いで任意引退選手になっても保留権の効力は続く。
こうした保留制度は日本国憲法第22条で規定される「職業選択の自由」や「独占禁止法」の観点から見ると“グレー”で、選手たちが移籍の自由を求めて1993年にFA制度が導入された。何度か改定され、現状の規定では高卒は8年、大卒・社会人出身は7年の登録日数を満たせばFA権を取得できる。海外FA権を得られるのはいずれも9年だ。
(※1軍での登録日数145日を満たせば、1年とカウント。145日を超える部分はカウントされずにカットされる。プロ野球は3月末から10月前半の約190〜200日に公式戦143試合が行われ、割合としては4分の3を1軍で過ごせば1年の登録日数になる)
また、1998年にはポスティングシステムが導入された。選手がメジャー移籍を望み、了承したNPB球団が入札にかけ、譲渡金を支払う意思のあるMLB球団が交渉権を獲得する。改定が繰り返されながら複雑なルールになり、一般的には「FAより早くメジャーに移籍できる制度」という程度に捉えられているだろう。
しかし、それほど単純な仕組みではない。その裏には「保留制度の恐ろしさ」も絡んでくる。
団野村氏があるプロ野球選手と交わした“恐ろしい”会話
以下、団野村氏があるプロ野球選手(選手A)と交わしたという会話だ(拙著から抜粋、一部変更)。
団野村「統一契約書にサインしたら、FAで海外に行くまで9年かかりますよ。国内は7年です。ポスティングでの移籍は球団の許可がないとできません」
選手A「僕は今25歳だから、9年だと34歳ですね」
団野村「それは順調にいったらの話です。あと3日の出場登録で9年になるというときに、『君、2軍に行きなさい』と8月に2軍に落とされて、それから2軍で1シーズン過ごしたら、海外に行けるのはもう1年かかって35歳になっちゃいますよ」
選手A「そんなことできるんですか?」
団野村「できますよ」
当該選手との会話を再現すると、団野村氏は続けた。
「保留制度にはそういう恐ろしさがあるわけです。球団がやるか、やらないかは別ですよ。でも、そういうことができると契約書に書いてある。日本のプロ野球はそれをまず正していかないと、何も変わっていかないですよ」
ドラフトで指名された選手は入団する際、必ず統一契約書にサインする。それは保留権の下に置かれることを了承するのと同義で、FA権を取得するまで自分の意思で所属先を決められなくなるのだ。
山本由伸の1年目に見る“不自然”な起用法
以上の文脈と絡み、高卒1年目の起用法が“不自然”と一部で話題になった投手がいる。今季、無双状態の山本由伸(オリックス)だ。東京五輪で快投を見せ、MLBからも脚光を浴びている。
もし山本が海外FA権を取得してメジャー移籍を目指す場合、関係してくるのが1年目の登録日数だ。
<8月20日登録、翌21日抹消→8月31日登録、翌9月1日抹消→9月12日登録、翌13日抹消→9月26日登録、翌27日抹消→10月9日登録、翌10日全日程終了>
2017シーズンには5度登録され、いずれも当日に先発で起用されて翌日に抹消された。登録抹消されると再登録には最低10日を空けなければならず、こうした起用が繰り返された。いわゆる“投げ抹消”といわれるものだ。
関係者によると、球団は右肘の張りを考慮して登板間隔を空けたというが、結果的に先発ローテーションを守り続けるより登録日数は少なくなった。ルール上、こうした起用法もできるのだ。
MLBにも保留制度はあり、球団は若手選手に対してサービスタイム(メジャー登録日数)が少なくなるような起用法をすることも珍しくない。一方、メジャーの選手会は労使交渉を行ってさまざまな権利を獲得してきた歴史を持ち、その一つとしてサービスタイムが5年に達した選手はマイナー降格拒否権を得られる。日本人や韓国人がメジャーに渡る際、契約に同様の権利を求めるケースもある。
日本の選手会もFA権の取得期間短縮や現役ドラフトの導入など権利拡大を求めているが、コロナ禍も手伝い、前に進められていないのが現状だ。市場の原則とされる「労使の対等」が、NPBではあまりにも薄い。ドラフトで指名されて入団合意した選手は、そうした世界に身を投じることになるのだ。
自分のキャリアは自分で切り開く。そのために入団を拒否する道もある
もちろん一流選手になれば、誰もがうらやむような年俸と名声を得られる。子どものころからプロの世界を夢見てきた者にとって、ドラフトでその扉が開けば挑戦したくなるだろう。
ただし、自分がどんな世界で働くことになるのか、実情を知っておいた方がいい。就職活動をする学生は、ほぼ必ず業界研究を行っている。日本球界では「プロアマの壁」があるばかりに“OB”であるプロ野球選手に直接話を聞くのは難しいが、少なくとも統一契約書を交わす意味を理解しておくべきだ。
プロ野球という特殊な業界に進む選手はドラフトで第三者に進路を決められる一方、各球団には異なる特色がある。平均年俸に開きがあれば、引退後のキャリアをどの程度気に掛けてくれるかも違う。ファームの環境や育成方針にも差があり、「高卒投手が育たない」「故障が多い」といわれる球団もある。いずれメジャーを目指したいならポスティングにかけてもらえる可能性があるのか、入団前に確認しておくべきだろう。
個人事業主であるプロ野球選手は、自ら交渉してキャリアを切り開いていかなければならない。その道はドラフト後の入団交渉から始まる。キャリアの成否は全て自分次第だが、球団のカラーが合わないと思えば、入団を拒否する権利もある。特に高校生の場合、すぐにプロ入りすることが必ずしもプラスになるとは限らない。
多くのメジャーリーガーを輩出する中南米のアメリカ自治領プエルトリコでは近年、大学経由でMLBを目指すルートが主流になっている。理由の一つは、その方が入団時に好条件を得られやすいこと。もう一つは大学で学びを深めておけば、仮に野球選手として大成できなくても人生の選択肢が増えるからだ。
こうしたキャリア形成という観点で、日本でも成功を収めた選手がいる。大分商業高校から明治大学を経て2019年ドラフト1位で広島東洋カープに入団した森下暢仁と、木更津総合高校から早稲田大学を卒業して2020年ドラフト1位で東北楽天ゴールデンイーグルスに指名された早川隆久だ。いずれも高校時代から「将来有望」と注目されたが、すぐにプロ入りしても通用しないと考え、大学で力を養った。そして評価を高め、最高条件でプロ入りを果たして1年目から活躍を見せている。
自分の将来のため、野球の技術だけではなく必要な知識も身に付けてほしい
選手の獲得は球団にとって投資であり、指名順位が高い方がチャンスを与えられやすい。プロ野球の競争社会は厳しく、2020年限りでユニフォームを脱いだ選手の平均在籍年数は7.7年で、平均年齢は28.1歳。中には3~4年で戦力外になる選手もいる。もちろん各自の腕次第だが、指名順位の高い方が“切られにくい”=チャンスが多い傾向にあるのだ。
MLBではアマチュアの有力選手にエージェントがつくケースもある一方、NPBでそうしたケースはまずない。球界の表も裏も知る代理人は選手にとって味方になる存在だが、NPBの球団には嫌がられる。故に日本では活用が進まず、労働条件的に選手が不利に置かれやすくなっている。
残念ながら、以上が日本球界の実情だ。ドラフト候補たちはそうした舞台で夢の第一歩を踏み出し、少しでも明るいキャリアを築くためには、腕を磨くことはもちろん、必要な知識を得ることも求められる。これまで日本球界ではあまりにも見過ごされてきた部分だけに、しっかり業界研究を行って「運命の日」を迎えてほしい。
<了>
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