内村航平への批判は的外れ。東京五輪、“できない理由探し”より国民的な議論、対話を!
11月8日、国立代々木競技場・第一体育館で体操の国際親善大会「Friendship and Solidarity Competition」が開催された。日本、中国、ロシア、アメリカの4カ国男女混合大会は、オリンピック競技としては、新型コロナウイルス感染拡大後初の国際大会となった。この大会の閉会式で、オリンピック3大会で個人総合2連覇、3つの金メダルと2つの金メダルを獲得している内村航平が発したメッセージが大きな注目を集めている。本人も「批判覚悟で」語った言葉の真意とは?
(文=小林信也、写真=Getty Images)
体操界から発せられた明確なメッセージ
11月8日に行われた体操の国際親善大会の閉会式で内村航平選手が語ったメッセージがアスリートたちの共感を呼んでいる。
「少し僕としては残念だなと思うことが。しようがないのかなと思うけど、コロナウイルスの感染が拡大して、国民の皆さんが『五輪ができないのでは』という思いが80%を超えているのが、残念というか、しようがないと思うけど、『できない』ではなく、『どうやったらできるか』を皆さんで考えて、どうにかできるように、そういう方向に変えてほしいと僕は思います」
各国の選手が順にスピーチをした。最後に、日本選手を代表して内村がこのように語ったのだ。さらに内村は続けた。
「非常に大変なことであるというのは僕も承知の上で言っているんですけど、それでも、国民の皆さんとアスリートが同じ気持ちじゃないと、大会はできないと思います。何とかできる、どうにかできるやり方が必ずあると思うので、どうか『できない』という風には思わないでほしいなと思います」
この言葉を聞いて、「胸が熱くなった」、「感動した」、という声が体操選手はもとより、他競技の選手からも上がっている。
実は内村の発言以前にも体操界から同様のメッセージが発せられている。
コロナ禍でスポーツイベントがほぼすべて中止や延期になっていた7月7日、全日本シニア・マスターズ選手権(9月20日~22日、高崎アリーナ)の開催を発表した際に同大会を主催する全日本シニア体操クラブ連盟の塚原光男事務局長がこう語った。
「われわれは体操指導者として選手に競技をやる環境を確保する責任と義務がある。今後、第2波がくるかもしれない。どうなるかは誰も予想できない。でも、やれる可能性があるならやるべき。どんなことがあっても諦めずに努力することを体操競技から学んだ。やめちゃったらそれで終わり。やってみることで何かが生まれることがある」
7月の時点での発言なので、現時点での感染状況との差異はあるが、できるだけの感染予防対策を施して行われた同大会が一人の感染者も出さずに実施できたことが、感染拡大後、オリンピック競技としては初の国際大会を実施する布石にもなった。その思いが、内村にも受け継がれていたのだろう。そして、やはり選手が自ら語ったメッセージは、強い発信力を持っていた。
「分断ではなく議論や対話を!」内村発言の真意
橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック担当大臣も10日、閣議後の記者会見で「アスリートから言ってもらえるのは、うれしいこと」と語り、それがまたニュースになった。
これらの報道に接して思うのは、メディアがそれぞれ、「東京オリンピック実施ムードを盛り上げるために報道する」か、「コロナ禍の中で実施するなどありえない」と反対論を展開するかのどちらかの姿勢を前提として持っていること。両者は分断され、互いに相いれることのない構造で成り立っている実感だ。
「メディアは中立、両論併記が原則」といわれるが、いま日本の、ことにオリンピックを報じるスタンスは、「事実を探ろう」「正解を国民とともに導き出そう」という機能を放棄している。メディアと国民さえも分断されている。
オリンピックをめぐる発言や報道が、常に何らかの意図や作為を持ってしまうのは、スポーツが巨大ビジネスと結びついた現代社会ではやむをえない宿命かもしれない。だが、東京オリンピックを目標に研さんを積んでいるアスリートが素直に思いを発することを誰がとがめられるだろう。
しかも内村は、「どうしても東京オリンピックをやってほしい」と訴えたのでなく、「皆さんで考えて、どうにかできるように、そういう方向に変えてほしい」と語りかけた。つまり、中止か実施か、流言飛語こそ飛び交っているが、ほとんど議論や対話がない現実に一石を投じたのだ。
「結局は密室で決まる」国民不在五輪への不満
新型コロナウイルス感染者増の現況を反映して、ネットを中心とする世論が開催反対派に傾いているのは理解できる。しかし、反対派の主張の背景には、コロナウイルスの感染拡大への懸念と同時に、スポーツ不在、国民不在、もっぱら政治や経済の都合ばかりで東京オリンピックの議論が支配されている印象への不満があるのではないか。
安倍首相(当時)とIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長の電話会談後に突然「延期」が発表された前例もあるとおり、大事なことは密室で決まる。開催にしろ、中止にしろ、国民や当事者であるアスリートへの事前の問いかけや国民的議論はなく、すべてが政府、東京都、組織委員会とIOCの間で独断的に決められている印象がぬぐえない。
東京都の小池都知事は都知事選挙前の6月初旬、政府と組織委員会が「東京オリンピックの簡素化を検討している」との報道を受けて記者団に、「開催には都民、国民の皆さまの共感とご理解が必要。そのためにも合理化すべきところ、簡素化すべきところを進めていく」と語っている。
しかし、都知事に再選された後、小池都知事が積極的に都民と東京オリンピックについて胸襟を開いて議論する機会は目にしていない。都民の考えを真剣に聞き、反映する気持ちなど微塵も見えない。
物事を動かし決めていく過程に、JOC(日本オリンピック委員会)すら参画していないように見えるのは、さらに残念でならない。スポーツを愛する者としてはあまりに歯がゆい状況が続いている。
JOCやスポーツ庁は、なぜスポーツ人の思いを集約する動き、国民的議論の機会を作ろうとしないのだろうか。
アスリート、国民が参加した上で議論を尽くすべき
スポーツ界が黙り込み、政府や組織委員会に任せて静観を決め込む状況にしびれを切らし、私は取材を進めた。なぜ、アスリートは声を上げないのか? すると、大会関係者の一人がこう話してくれた。
「選手たちは、オリンピックの代表に選ばれたい。余計なことを言ってにらまれたくないのが人情でしょう。東京オリンピックの日本代表は約600人になる見込みですが、現在までの内定選手は約110人です。残りの8割以上がまだ決まっていない。だから、協会や連盟を刺激するような発言はできないのです」
選手は所属団体に束縛され、団体はJOCの顔色をうかがい、JOCは政府や組織委員会の支配を受けてモノが言えない。なんと貧しく、恐ろしいスポーツ界の状況だろう。そのような支配的な空気に風穴を開けたのが今回の内村航平の発言だった。
一部のジャーナリストたちが、「東京オリンピックの中止はすでに決まっている」「15日に来日予定のバッハ会長と菅総理の会談で中止発表のタイミングが協議される」といった推測を、「複数の証言者がいる」として繰り返し発信している。だが、私の取材では「中止を前提にした動き」は一切ない。東京オリンピックは、間違いなく「やる前提」で進められている。
大切なのは、どちらの報道が正しいのか、開催の是非、どちらの立場で報じるのかではなく、事前の説明や議論を尽くし、密室ではなく開かれた場で決めることだ。
80%以上の国民が不安を抱いて不平を漏らしている(産業能率大スポーツマネジメント研究所が7月末に実施した「コロナ禍のスポーツ観戦意識調査」によると「現実問題として、来年の開催も難しいと思う」が84.8%を占めた)のだから、不安をどうすれば解消できるのか、コロナウイルス感染拡大の万全な対策を採るのは大前提になる。従来の常識にこだわらない『簡素化』は必須条件だろう。
「できない理由」を探すのは簡単だが、「できる方法」を探す努力を続け、アスリートや国民が議論に主体的に参加し、スポーツの意義、オリンピックの目的や役割を認識し、共有できれば、今後のスポーツの展開に大きな貢献になるだろう。内村航平選手の発言は、「アスリートの一方的な思い」として受け止められるのではなく、議論を始めるきっかけになることを願う。
<了>
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