「天才はつくれない」日本で誤解されるアルゼンチンサッカー育成哲学のリアル

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2019.09.17

リオネル・メッシを筆頭に数多くの偉大な選手を生み出し続けるサッカー大国アルゼンチン。近年はディエゴ・シメオネやマウリシオ・ポチェティーノなど優秀な監督を生み出す国としても改めて評価されている。

これほど世界レベルの選手や指導者を数多く輩出し続ける理由とは?

アルゼンチン在住で監督養成学校在籍中である河内一馬氏が「国ごとに一括りにして語ることはすごく難しい」との前置きをした上で、アルゼンチンの育成事情のリアルを見つめてくれた。

(文=河内一馬、写真=Getty Images)

私が見たアルゼンチンサッカーの育成

これからここに書くことは「アルゼンチンサッカーの育成」というよりも、「“私が見ている”アルゼンチンサッカーの育成」であるということを、まず留意していただきたいと思います。一個人ができる範囲で、可能な限りさまざまな現場を見てきたつもりですが、それでも、アルゼンチンに一定期間滞在しているだけの私が、この国のサッカーの全てを把握することは不可能であり、私が未だ見ていない、聞いていない「世界」がアルゼンチン国内にあることは大方間違いありません。そのような前提のもと「育成」または「教育」などの分野に関して、「私が見ているアルゼンチンサッカーの育成」を自らの言葉で共有することで、同分野に従事する方々に対して、何か考えるきっかけをつくることができればと、考えております。

アルゼンチンという国が「サッカー大国」であり、指導者に関しても、選手に関しても、次から次へと優秀な人材が多数輩出されていることは間違いありません。現在10代や20代前半で欧州のクラブと契約をする選手はあとを絶ちませんが、国内では(私の印象ですが)若い選手が欧州に青田買いされている状況を、「育成」の観点、また「国内リーグ」の観点からあまり「良し」としないような風潮もあります。アルゼンチンの若い選手たち(プロクラブまたはそのアカデミー所属の選手たち)は常に欧州のマーケットに晒されている状況であることを理解しておりますし、そこを目標にしている選手も多くいることと思います。加えてクラブにはそれによってお金が入りますので、この流れを止めることはなかなか難しいのではないでしょうか。

バビーフットボールの実情

サッカーという分野に関して、「アルゼンチンで行われている育成方法はこうだ」のように、国ごとに一括りにして語ることは、すごく難しいと思います。例えば「アルゼンチンではこういった練習メニューを中心に選手育成をしている」や、「アルゼンチンの子どもたちは週にどれくらい練習する」という類のものは、クラブによって、選手によって、または指導者や環境によって異なるものです。仮に比較をするのであれば、日本から見て(日本人から見て)「この国はこうだ」ではなく、「この人はこうだ」「このチームはこうだ」「この環境下ではこうだ」のように、それぞれが考えていくのが得策だと言えます。

例えば私はアルゼンチンに来る前、多くの日本のウェブサイトで「アルゼンチンの育成といえば“バビーフットボール”だ」といったようなニュアンスの記事を読みました。私の中では「そうか、アルゼンチンでこれだけ良い選手が育てられるのは、これが要因なのか……」くらいに思っていましたが、実際にアルゼンチンに来てみると、そうとも言えないことがわかります。例えば私が住んでいる街は首都圏から少し外れたところにありますので、首都圏とは違い土地があります。ボールさえあればサッカーができるような空き地にゴールが置いてある場所も昔ほどはなくなったと年配のアルゼンチン人は嘆きますが、それでもよく見かけます。なので、日本で言われる「バビーフットボール」のように、室内の狭いところでサッカーをする必要性がありません。

私が関わっているクラブはアマチュアクラブですが、天然芝(なのか土なのかよくわからないようなデコボコ)のグランドが、大小合わせて6面ほどあります。アルゼンチンでは基本的に12歳前後までは「小さなコート(フットサル以下程)」でサッカーをしますが、私のクラブでは室内でプレーをすることはありません。12歳以降になると11人制のサッカーに移行し、トレーニングでは個人的な技術を向上させるための練習よりも、サッカーに必要な集団動作(例えばDFラインにおける原理原則など)を習得するためのトレーニングが増えていきます。少なくともATFA(アルゼンチンサッカー指導者協会)が一律カリキュラムを管理している指導者養成学校では上記のような流れで教わりますが、全ての指導者やクラブが同じ考えのもと順序を踏んでいるのかは定かではありません。

「才能の邪魔をしない」という考え方

一方で、私がアルゼンチンと日本を比較して「明確に異なる」と感じるところが多々あることも、また事実です。そのうちの一つとして、アルゼンチンでは「天才はつくれない」という共通認識がありますので、「才能を潰すまい」という意識が日本よりも遥かに強いと感じます。それは「育てる」というよりは「才能の邪魔をしない」という考え方に近く、全国に散らばる才能を見つけては、プロクラブのアカデミーに早い段階で入団させ、大切にプロまで「守って」いきます。そういったこともあり、アルゼンチンではプロ選手が「出るべきところから出てくる」のです。

つまり、私が関わっているようなアマチュアクラブには300人程度の選手が所属していると聞いておりますが、それでも「プロになるような子は基本的にはいない」ということになります。日本では才能が良くも悪くも散らばっているような印象を受けますので、「こんなところからプロ選手が」ということはよく起こりますが、アルゼンチンではまず起こらないと考えていいと思います。

日本とアルゼンチンの選手たちを比較すればわかりますが、全体における「平均レベル」の選手に関しては、日本人選手のほうが能力(単純にボールを扱う能力)は高いような印象を受けます。つまりここでは、能力の「ある選手」と「ない選手」が、年齢が上がるにつれて明確に分けられていくことになりますので、いわば「上手いやつは上手いやつらとサッカーをしていて、そうではないやつらはそうではないやつらとサッカーをしている」状況になり、次第にレベルが離れていきます。日本人の倫理観や教育環境ではなかなか容認しづらい部分だとは思いますが、それによって「指導者の役割が明確になる」ことや、「選手が未来に向けて動きやすい(プロになれない選手は早い段階で自覚できますので別の仕事を考えなければなりません)」など、その他多くのメリットがあるように、私には見えています。

卵が先か鶏が先か、それは誰にもわかり得ない

さて、この記事の結論として私が申し上げたいことは、とにかく「育成」というものに関しては「何が要因で成功しているのか? もしくは失敗しているのか?」が極論わからない、ということを頭に入れておくべきではないか、ということです。成果(結果)が出るのは「現在」ではないですし、ましてや同じ条件で2回繰り返し検証をすることができません。「Aが要因でうまくっていると思っていたけれど、実はBをしていたからだった」という可能性が0にはならないということです。

近年の流れのように、クラブで理論を体系化し、クラブ内で一貫性(統一性)をもたせ、科学的な手法を用いて育成を「システマティック」に行うクラブが、仮に「成果」を出していたとします。冗談のように聞こえるかもしれませんが、例えばそれが「私たちはこのようにシステマティックに育成をしています」と内外に公言することにより、「『それを把握した才能のある子どもがより多く入団するようになった』から単純に『多くプロを輩出するようになってきた(成果が出てきた)』」といったような可能性を、完全に否定することはできないということです。

現にアルゼンチンでも、例えば私の街にあるプロクラブは育成が非常にヨーロッパナイズされている状態ですが、アルゼンチン代表の若手選手を見ていると、過去のアルゼンチンの代表選手たちと比較して「強烈な個性がない」ように思います。それはアルゼンチンサッカーの育成が過去とは違い「システマティック」になってきたからなのか、それとも、そもそも現代サッカー(少なくとも今)が「個性」を必要としなくなってきたからなのか、卵が先か鶏が先か、それは誰にもわかり得ません。アルゼンチンはそういった意味で、ある種「岐路」に立たされているのではないかと、客観的に状況を見ることのできる外国人の私は、そう思っています。

「日本サッカーのやり方」に固執する危険

このようにサッカー選手の「育成」を捉えれば、教育環境や民族性、文化、歴史、サッカーの解釈、経済状況、指導者養成方法……。ありとあらゆる「違い」がある国を「コピーする」といったような発想は決して出てこないのではないでしょうか。更に言えば、日本のサッカー選手が海外で活躍するようになったのは、もしかすると単純に急激な競技人口の増加によるものなのかもしれません。日本はこれから人口が減り少子化を迎えますので、過去の「日本サッカーのやり方」に固執するのも非常に危険です。それを踏まえると、「育成」や「教育」に従事する指導者に必要なのは、常に学びと議論をやめない姿勢と、「今」の流れに右往左往しないためにも、サッカーを「前後の文脈も含めて」理解しようと努めることではないでしょうか。

そして何より、子どもがサッカーをして幸せを感じているかどうか、“本当の意味で”楽しんでサッカーをすることができているかどうか、それ以上に大切なことは存在し得ないと、私は思います。そのような「最も大事なこと」こそ、私はサッカー大国アルゼンチンから、学んできたように思います。

<了>

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