なぜ水戸ホーリーホックは「選手の人間的成長」を積極的にサポートするのか? プロスポーツ選手の有限性と存在価値
J2・水戸ホーリーホックは、現在クラブの取締役GMを務める西村卓朗を中心に、2018年から選手教育プログラム「Make Value Project」をスタートさせた。所属選手を対象にした知識習得・人材育成プログラムだ。本稿では、西村の著書『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』の抜粋を通して、水戸独自の選手教育プログラムの具体的な内容と、その効果について深掘りする。
(文=西村卓朗、構成=佐藤拓也、写真提供=水戸ホーリーホック)
「人が育ち、クラブが育ち、町が育つ」独自の選手教育プログラム
水戸ホーリーホックでは、「人が育ち、クラブが育ち、町が育つ」というクラブ理念を具現化した独自の選手教育プログラム「Make Value Project(MVP)」を2018年から実施するようになりました。連戦の週を除いて、1回90分間〜120分間の研修です。多いシーズンだと年間約32コマ、すくなくとも、23コマを実施してきました。
今、スポーツ界では、選手のセカンドキャリアについての問題が語られることがあります。その要因としては、限られたコミュティーの中でエリートとしてキャリアを歩んできたプロスポーツ選手たちに社会性や一般教養が身に付きにくいという課題が指摘されています。
逆を考えれば、当たり前なのですが、プロサッカー選手になるような人は、ほぼ例外なく小学生の低学年頃(最近では幼稚園の年代)からサッカーに打ち込み、他の人より、時間をかけて集中的に取り組んだから、そこの分野のエキスパートになれたのです。一次的に限定的なコミュニティーになってしまうのは、むしろ必然と言えます。また、学生時代は、学業の時間があります。さらにエキスパートになるための時間とは別に、視野を広げる時間を安定的にとることは、かなり難しいと言えます。
しかし、プロサッカー選手になると今度は逆に、自分で使える時間が格段に増えていくのです。その構造に気付き、2018年から選手を様々な角度から成長させる機会として、Make Value Projectという人材育成プログラムを立ち上げました。
「多様性と交流」をキーワードに、クラブスタッフ、専門領域のスタッフ、異業種で活躍する方々など、様々な人の「日常」「価値観」「使命感」に触れる機会を作ります。
それと同時に、自分が、サッカーに関わる目的、仕事への考え方を問い続けながら、自分の在り方、プロスポーツ選手としての職業価値や地域社会における存在価値に対する気づきを促す事を目的に講義を実施し始めました。
村井満が語りかけた「あなたは何のためにサッカーをするのか?」
2018年に1年間講義をしてみて、これまでのJリーグ関係者からは、選手向けにそのような活動をできたこと自体は評価してもらえました。しかしながら、目的は数をこなすことではなく、選手自身の変化、行動変容であると考えていたので、自分の中ではまだまだ物足りなさを感じていました。
そこで、2019年からは1on1面談を導入しました。前チェアマンの村井満さんはJリーグの新人研修の冒頭で、このような話をしていました。夢であったプロサッカー選手になれたことを讃え、労いつつ、続けて、
「あなたたちは個人事業主です。1人の経営者です」
「あなたが、経営者として、大事にしている、ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)は何でしょうか?」
「あなたは何のためにサッカーをするのでしょうか?」と。
自分も現役時代は、「試合にレギュラーで出ること」「試合に勝つこと」「海外でプレーすること」「日本代表になること」を目的化して、サッカーに打ち込んでいました。
でも、今挙げたようなことは、目標であって、目的ではありません。好きだから、得意だから始めたサッカーが、あるときから仕事になり、その仕事を通して、自分は何に貢献したいのか? それはなぜなのか? どれだけ強く思えているのか? どんな体験からそれを思うようになったのか? 自分はそれを誰(顧客)に届けたいのか? など自分の内発的動機、自分を突き動かす原体験を自覚することを仕組みとしてやるためにどうしたら良いかと考えて、たどり着いたのが、この1on1面談からのMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)の言語化でした。
キャリアコーチと選手が継続的に面談をして「ミッション」「ビジョン」「バリュー」(MVV)の策定をする取り組みをスタートさせたのです。
ミッション・・・1人称で完結しない社会、他者に貢献する目的
ビジョン・・・ミッションを実現した理想の未来像
バリュー・・・日々のこだわり、行動指針
原体験を振り返り、自らのサッカー選手であるゆえのスタンスや価値観、使命感を見つめなおすことでピッチ内外でのパフォーマンス、言動、行動の質の向上につなげていこうという取り組みです。
今振り返ってみても、サッカー選手だった時間はすごく尊い時間でしたし、希有な時間でした。その中でサッカーをすることが目的化してしまっていましたし、そのことに当時はあまり疑問を感じていませんでした。あまりこの言葉は使いたくないのですが、あくまでサッカーは手段であって、自分のあるべき姿の実現こそ目的なんじゃないかと思うんです。なので、そこに向かうためにも、内面に問いかけることは大切だと考えて、取り組んでいます。
このクラブに来てよかったと思ってもらいたい
MVV策定の面談はシーズンがはじまってから5月ぐらいまでの間にキャリアコーチと約1時間の面談を3回〜4回行っています。
MISSIONとして『1人称で完結しない、社会、他者に貢献する目的』、
VISIONとして『未来のありたい姿』、
VALUEとして『日々の行動指針』、
を面談を通して言語化して定めていきます。
自分の考えや思いを言語化することは、威力があると思っています。面談を行うことによって、軸が強くなった選手が増えました。自分の中の価値観や大事にしていることは何だろうと考えて、すぐに答えが出てこない選手もいます。でも、そうやって考える時間自体は決して無駄ではない。自分と良い意味で向き合う時間になっていると思うので、選手にとって貴重な時間になっていると思います。
自分の人生を振り返ってみても、自分の体験をじっくり聞いてもらいながら、それを言語化していく機会など、なかなかありませんでした。
この取り組みは他のクラブとの差別化や水戸のブランディングといった観点で行っているところもありますが、決して外向きにやっていることではなく、せっかく水戸ホーリーホックに来てくれた選手に対して、しっかり向き合いたいと思っていますし、このクラブに来てよかったと思ってもらいたいと思って取り組んでいます。
サッカー選手はうまくなるとか、勝つことが目的化しがちです。でも、時に、今日のトレーニングを何のためにやるのかということを心にとめながらグラウンドに向かってほしいと思うんです。毎年MVVで定めた言葉を記したプレートを選手たちに渡しています。それをロッカーなどよく見る場所に飾ってもらうようにしています。
それはなぜかというと、毎日何のためにサッカーをするのかを確認してからグラウンドに向かってほしいからなんです。
ともすれば、今日と同じように、明日が来ると思ってしまいがちです。突然の怪我で、第一線でやれるのは、その日が最後だったなんて事も起こりえます。震災や、コロナを含め、これまでとは違う日常に突然なってしまうかもしれません。なので定期的に『自分は何のためにサッカーをするのか』ということを思い返してもらいたい。
サッカー選手の時間は思っているよりとても短い。だからこそ自分の目的に一直線で向かっていくために時間を費やしてもらいたいんです。目の前にサッカーをする時間があるうちはそこととことん真摯に向き合ってほしいと思っています。
当たり前にあった日常がなくなるなんてあっという間です。そんなものですし、誰にでも、いつそれが起きてもおかしくないのです。だからこそ、「日常」があるうちにそこを惜しみながら大切に、大切に1日、1日の時間を過ごすことが重要です。
MVP(集合研修)とMVV(1on1面談)作りを通して、着実に自分の考えを言語化できる選手や、しっかり考えて、アウトプットできる選手が増えています。私も現役時代はそうでしたが、サッカー選手はすごく近視眼的なんですよ。日々のパフォーマンスがどうだったかということに一喜一憂するし、試合の結果や身体のコンディションにすごく左右されるんですよ。そういう世界にいるので、どうしても日々のことに追われてしまうし、目の前のことに意識が行ってしまう。
そうなりがちなだけに、視座を高めたり、違う角度から見たりする機会が必要なんです。MVPで何のためにサッカーをするのかという違う視点からの話を週に一回行って、考える時間を作るようにしています。1週間に1回、自分からの視点をあえて外すことも講義の中で意図しているところです。
(本記事は竹書房刊の書籍『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』より一部転載)
【連載第1回】なぜ「育成の水戸」は確立されたのか? リーグ下位レベルの資金力でも選手が成長し、クラブが発展する理由
【連載第2回】「全54のJクラブの中でもトップクラスの設備」J2水戸の廃校を活用した複合施設アツマーレが生み出す相乗効果
【連載第4回】代表レベルの有望な若手選手がJ2・水戸を選ぶ理由。「クラブのため」と「自分のため」を併せ持つ選手の存在
<了>
Jリーグ前チェアマン・村井満がバドミントン界の組織抜本改革へ。「天日干し」の組織運営で「全員参加型の経営に」
プロとして成功する選手の共通点とは? 伝説のスカウト二宮博が紐解く、橋本英郎の“受容力”
[PROFILE]
西村卓朗(にしむら・たくろう)
1977年生まれ、東京都新宿区出身。株式会社フットボールクラブ 水戸ホーリーホック取締役GM。新宿区にあるスポーツクラブシクスで10歳からサッカーを始める。三菱養和SCから1年の浪人生活を経て国士舘大学進学、2001年浦和レッズに加入。その後、2004年大宮アルディージャへ移籍し、2008年シーズン終了後、アメリカのポートランド・ティンバーズに加入。翌年、帰国し湘南ベルマーレフットサルクラブでフットサル選手としてプレー。2010年、再び渡米、クリスタルパレス・ボルチモアへ移籍。2011年コンサドーレ札幌に加入するが、1年限りで退団、11年に渡るプロ生活にピリオドを打つ。その後、2012年に浦和レッズのハートフルクラブ普及コーチに就任。2013〜2015 VOND市原(関東サッカーリーグ)のGM兼監督を務める。2016年より水戸ホーリーホックの強化部長となり、2019年9月からGMに就任、様々な取り組みや事業を手掛けている。2014〜2020年の8年間、J リーグの新人研修の講師を務め、約1000人のJリーガーと関わった。
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