驚きの共有空間「ピーススタジアム」を通して専門家が読み解く、長崎スタジアムシティの全貌
現在J2リーグ3位とJ1昇格を狙える位置にいるV・ファーレン長崎。ホームとなるのは10月にこけら落としを迎えたばかりの約2万人収容の新スタジアム「PEACE STADIUM Connected by Softbank(ピーススタジアム)」だ。チームの好調も追い風となり、サッカースタジアム・アリーナ・ホテル・商業施設・オフィスからなる複合施設「長崎スタジアムシティ」にも大きな注目が集まっている。スタジアム・アリーナの専門家である上林功氏が現地を訪れて驚いた、ピーススタジアムを通して見えてくる長崎スタジアムシティの全貌とは?
(文・撮影=上林功)
サッカースタジアム「ピーススタジアム」とは?
2024年10月13日に福山雅治さんのフリーライブによるこけら落としがおこなわれた長崎スタジアムシティ。約2年2カ月の工期を経てオープンしました。
シティ=都市の名を冠するこの複合施設はスタジアムだけでなく屋内アリーナ、オフィス、商業施設、ホテルそれぞれの独立した建物が立体的に組み合わされており、街区をまるまる占める一つの大きな群建築となっています。その巨大さは施設もさることながら約1000億円の総事業費による民間施設である点も大きな話題を呼んでいます。
スポーツ庁が2016年に公表したスタジアム・アリーナ改革は来年2025年までに達成すべき指標を掲げており、約10年の施策の一区切りを迎えます。スタジアム・アリーナ改革では次世代のスタジアム・アリーナの在り方として「スマート・べニュー」が示され、民間活力の導入、まちなか立地、多機能複合化によって収益性の改善を目指すことがうたわれ、長崎スタジアムシティも令和5年度、完成に先んじて先進事例として選ばれています。
待望のオープンを迎え、長崎スタジアムシティを取り上げた記事が多く出されるなか、そのほとんどが多大な建設費をかけた大規模複合施設との視点になっていて、大づかみな印象が拭えません。そこで今回はあえてフォーカスを絞ってサッカースタジアムとして読み解いてみたいと思います。サッカースタジアムと各施設の関係を読み解きながら長崎スタジアムシティの全体像にアプローチする試みです。 サッカースタジアム「ピーススタジアム」とはどんなスタジアムなのか、そこから見えてくる長崎スタジアムシティの全貌について迫ります。
意外とシンプル? 資料から読み解く専スタとしての機能
ピーススタジアムは長崎スタジアムシティの各施設の中核となるサッカー専用スタジアムで、観客席数は約2万席、2層の観客席スタンドからなります。
まずは観客席と建物の構成です。階数で言えば1階から3階までが下層スタンドで、バックスタンド中央とコーナー部分はテラスシートになっています。メインスタンド裏には選手関係や運営諸室があり、残り3方のスタンド裏に1階:駐車場、2階:飲食店が建ち並ぶフードホールやトイレなどサービス機能を持たせたコンコース、3階:スタジアムを一周できるコンコースになっています。
上層スタンドは主にメインとエンド側の3方のスタンドに分かれていて、建物外側の外部階段でアクセスします。メインスタンド最上部はスイートボックス、テラス状のラウンジシートが設けられたVIPエリアです。北西と南東のコーナーには大型ビジョンがあり、北西側のビジョン下に中継用スタジオがあります。バックスタンドは全面に「スタジアムシティホテル長崎(以下ホテル棟)」の壁面が立ち、ホテル側からアクセスできるベランダ席とラウンジエリアになっています。またガラス屋根ごしになるものの高層部のホテルからもグラウンドを見下ろすことができます。
バックスタンドのホテル棟が特徴的ですが、サッカー専用スタジアム単体として見てみると、2層スタンドのきわめてシンプルな構成で、近年の一般的な公共スタジアムとそう変わらない印象を受けます。ほかのJリーグスタジアムを見てみると、全周が壁と屋根で覆われた「サンガスタジアム by KYOCERA」や翼を広げたような屋根が特徴的な「エディオンピースウイング広島」などシンボリックなスタジアムが建てられる中、シンプルすぎるくらいシンプルなスタジアムとなっています。
スタジアムが地域の居場所に? 日常利用の決め手となる運営手法
ここまでの説明はメディア報道や公表資料などから読み解くことができるピーススタジアムです。これが実際に訪れると印象は一変します。
筆者が現地にうかがう機会を得たのはつい先日。日中の仕事を終えて長崎に到着したのは夜10時をすぎた頃、今日はスタジアムを外から見て明日の朝また来よう、と思ってスタジアムに訪れたところ階段が閉まっていません。いいのかな?と思いながらコンコースに上がると普通にスタジアムが開いてます、なんなら普通にコンコースを人が歩いています。
「なんだこりゃ……」夜10時のスタジアム、ちょっとしたスタジアムナイトツアーです。興奮して歩いていると今度は観客席に普通に人が座っています。カップルやおじさん、まばらに間を空けながら暗がりのグラウンドを眺めて座っています。私もふらりとスタンドに下りて観客席に腰掛けます。結局そのまま1時間弱、グラウンドを眺めながらボーっとしてしまいました。 ピーススタジアムは試合が開催されない日常利用時、コンコースどころか観客席まで開放した施設として運営されています。しかもサッカー興行時には指定席になるソファーシートやテーブルシート、カウンターシートなども自由に座れる完全開放型スタジアムとなっています。その開放時間は朝7時から夜11時、まさにセブン~イレブンでアクセスできるこれまでにないスタジアムとなっています。
現地を訪れると事前に資料で見ていた印象がまったく変わります。開放時間や上層スタンドへの制限はあるものの、スタジアムにいつでも入れてどこでも行ける。スタジアムを自分の居場所にできることがこんなに心地いいこととは思いませんでした。スタジアムがシンプルか? シンボリックか? なんてことは無意味に思えてきます。
多機能複合化のレベルが変化する? 運営と建築が一体となった存在
この明け透けなスタジアム利用もサッカーの試合がはじまると様相が変わります。余裕をもってつくられた広いコンコースにはチケットチェックや荷物確認用の仮設テントが設けられ、開放的な施設が一時的に区切られます。上層の観客席スタンド全体と3階コンコース、そして2階コンコースのメインスタンド側、両ゴール裏のエンドスタンド側がサッカースタジアムとして占有されます。
このことで普段自由に行き来できる2階コンコースはホーム側とアウェイ側に分かれてしまいますが、唯一占有されていなかったバックスタンド裏2階コンコース部分「フードホール」が分かれた南北のエリアをつなぐ唯一の屋内自由通路として機能し、ピーススタジアムの飲食物販サービスを大幅に補います。
この際、普段はオフィスとして使用されているスタジアムシティノース(以下オフィス棟)はフラッグシップストアとなり、商業施設であるスタジアムシティサウス(以下商業棟)は地元スーパーが入った飲食物販施設となります。仮設のプラ柵を置くだけで、フードホール+オフィス棟+商業棟が一体となった複合飲食物販施設が出現し、まるで海外スタジアムのテールゲート施設のようにスタジアムに入る前から来場者を迎え入れ、賑わいをつくります。
更に隣接するBリーグチームのホームアリーナである「ハピネスアリーナ」はパブリックビューイング施設となり、ホテル棟はスイート席やクラブラウンジになるなど、シティ全体の各施設がスタジアムを機能拡張するかのように連携し、普通のシンプルなスタジアムだったピーススタジアムは世界的にも類を見ない多機能複合化スタジアムとして一時的に変貌をとげます。
高度な施設運営計画とそれらを最低限の操作で実現するきわめて高いレベルの建築計画であり、興行・イベント利用に合わせて最もシンプルな状態からシティ全体に至るまで多機能複合化のレベルや範囲を変化させるスタジアムになっています。使い勝手で執務室にもフォーラム会場にもなるような自由度の高いフリーアドレスのオフィスなどがあったりしますが、スタジアムのような大規模施設において可動間仕切りのような大掛かりな設備を使うことなく、ここまで使い勝手を大胆に変化させる手法には正直脱帽です。
施設の維持管理が課題となるスタジアムの多機能複合化の課題ですが、大規模な多機能複合施設として運用されるのを興行の一時的な範囲にとどめ、普段は各施設を独立した施設として機能させている点は一体整備したスタジアムシティだからこそできる最大の特徴と言えます。
スタジアムがラウンジ? 補い合うことで成立する新たな手法
ここまではピーススタジアムを中心に見てきましたが、今度は各施設から見てみるとさらに印象が変わります。隣接するハピネスアリーナでのバスケ試合前のこと。このハピネスアリーナはBリーグ基準ながらも観客席規模は6000席と小さなアリーナで、売店や飲食のスペースも少なくコンコースの広さも最低限に留まっています。
このコンパクトなアリーナをどう運用しているのか不思議に思っていましたが、実際に見てみると、試合前、バスケットボールの応援グッズを持ったブースターたちはアリーナには入らず、開放されたピーススタジアムのコンコースに、飲食店舗に、観客席にと思い思いの場所を見つけて食事を楽しみ、来場者は様子を見ながら少しずつアリーナに入場していきます。
いわばスタジアムがアリーナのラウンジの役割を担っており、飲食サービスや混雑緩和などの機能を補っています。こうなると一見ミニマムに見えたアリーナは「日本最大級のラウンジとサービス機能をもったアリーナ」と180度見方が変わります。
こうした補い合う関係はアリーナ以外にも見られます。ホテル棟で言えば、一般的な高級シティホテルではレストランやカフェ、ショップや貸会議室などホテル宿泊者以外でも使用できる「パブリックスペース」が併設しているケースがよくあります。スタジアムシティのホテル棟にはそうした施設はありません。それを補うようにスタジアムのフードホールやコンコースに直接アクセスすることができ、「パブリックスペース」のような役割を担っています。オフィス棟や商業棟も同様で、オフィス棟にとってスタジアムはランチスペースやオープンな会議スペースに、商業棟にとっては休憩スペースや子どもたちの遊び場として機能しています。
驚くべきは、これが運用しながらの偶然の産物ではなく、どうやら計画段階から見越したうえで計画されている点です。アリーナ単体としては余裕あるスペースが不足しており、ホテル棟には「パブリックスペース」がなく、オフィス棟や商業棟もコンパクトにつくられ、スタジアムと補い合わなければ成り立たないことを見ても、計画段階から補い合いを前提に各施設がつくられていることがわかります。
これはさすがにほかの施設では見たことがありません。一般的には複数の建物が寄り集まった場合、建物は自己完結できるように必要な機能や空間を持ちます。これは多くの複合施設の事例において施設ごとの事業者が別であるためです。
一方、シティ内の各施設が必要としているそれぞれの機能が外に出されて重なり合った部分がスタジアムとなったのがこのピーススタジアムとなっています。
それぞれ求めている機能は微妙に異なりながら「パブリックで余裕のある開放された空間」という共通点をもっていて、スタジアムの施設開放をもってこれらをすべて成立させまとめ上げています。ほんとスゴいです。
今回は長崎スタジアムシティをサッカースタジアムとして読み解くことでその全貌に迫りました。集まった各施設が互いに補い合うことで賑わいを生み、またスポーツイベントの際には一時的にスタジアムと連携することで魅力的な多機能複合スタジアムを生み出す仕組みとなっていました。これは大規模民間施設として成立した事例ではあるものの、お互いの協力と運用次第で都市そのものをスタジアムにできる可能性を示してくれたようにも思えます。課題は多いもののスポーツがより身近な存在として街に賑わいをもたらすヒントになるのではないかと考えます。
<了>
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[PROFILE]
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計(2018)など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、一般社団法人運動会協会理事。いわきFC新スタジアム検討「IWAKI GROWING UP PROJECT」分科会座長、日本財団パラスポーツサポートセンターアドバイザー。
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