ヴィッセル初優勝を支えた謙虚なヒーロー・山川哲史が貫いたクラブ愛。盟友・三笘のドリブルパートナーからJ1屈指の守備者へ
クラブ創設から29年目でJ1初優勝を飾ったヴィッセル神戸。勝利が唯一の優勝条件だったホーム最終戦の名古屋グランパス戦で、あわや同点の大ピンチを魂のシュートブロックで防いだのが山川哲史だった。筑波大学から加入して4年目となる生え抜きの山川が語ったクラブ愛と、かつてドリブルパートナーを務めた盟友・三笘薫への思いとは? その言葉から、26歳のセンターバックの飛躍と、ヴィッセル優勝の要因が見えてきた。
(文=藤江直人、写真=千葉 格/アフロ)
優勝を手繰り寄せた“魂のシュートブロック”を導いた予測と判断
直径約55cm、重さ約6kgの優勝シャーレをキャプテンのMF山口蛍が天高く掲げる。クラブ創設から29年目。ヴィッセル神戸に関わるすべての人々が待ち焦がれた歓喜の瞬間が訪れた。
続いて左膝に全治約1年の大ケガを負って療養中のMF齊藤未月が、2人合計で実に32ゴールをあげた大迫勇也と武藤嘉紀の元日本代表FWコンビが、終盤戦はボランチでも躍動したDF酒井高徳が、日本代表デビューを果たしたばかりのGK前川黛也が代わる代わる大役を務める。
笑いの渦に包まれた表彰式を、DF山川哲史は列の後方、控えGK坪井湧也の隣で見つめていた。試合後の取材エリア。優勝シャーレを掲げる順番は決まっていたのか、と問われた山川は「いや、全然。もう、その場(のノリ)ですけど……」と舞台裏を明かしながら、こんな言葉を紡いでいる。
「掲げさせてほしいと思わないというか、まあ僕が出るような場面ではないかな、と」
実直で謙虚な性格が控えめなコメントに反映されているのだろう。それでも、名古屋グランパスを2-1で振り切り、ホームのノエビアスタジアム神戸に駆けつけたファン・サポーターの目の前でリーグ戦初優勝を決める原動力になったヒーローの一人に、間違いなく山川も加わってくる。
名づければ「魂のシュートブロック」となるだろうか。まず間違いなく2-2の同点にされると、神戸に関わる誰もが観念しかけた大ピンチを救った山川のビッグプレーは42分に飛び出した。
名古屋のDF野上結貴が自陣の右サイドから送ったロングフィードに、6月シリーズで森保ジャパンに選出され、国際Aマッチデビューも果たしたMF森下龍矢が抜け出す。背後を突かれながら必死に対応した神戸の左サイドバック、DF本多勇喜との激しい攻防がゴールライン際まで続いた。
しかし、軍配は森下に上がった。ゴールライン際で急停止した森下は、右足で軽くボールを浮かせて本多の頭上を越えさせる。いわゆる「シャペウ」を駆使して瞬時にフリーになると、神戸ゴールへ向けて急旋回。シュートに備える前川の眼前で、ややマイナス方向へ優しいパスを送った。
あうんの呼吸で走り込んできたのは、30分に反撃のゴールを決めていたFWキャスパー・ユンカー。利き足とは逆の右足ながら、それでも完璧な体勢でボレーを放つ。前川は反応できない。万事休すと思われた瞬間に前川の背後へ疾風のように現れ、左足でシュートを食い止めたのが山川だった。
ボールはゴールラインの外へこぼれ、自らは体ごとゴールのなかへ倒れ込む。さらにゴールポストに両足をぶつけながら同点を阻止した場面で、何が山川をブロックへと突き動かしていたのか。
「裏を取られたタイミングで、相手(森下)もけっこうスピードがありましたけど、もうひとつ運んできたらシュートコースがなくなるからクロスかな、という予測のもとで、本当に相手が頭越しにひとつ運んできたので、もうあそこにしか来ないのだろうと。そういう狙いでした」
カウンターからピンチを招くギリギリの攻防でも森下と、右斜め後方からスプリントしてくるユンカーの動きを冷静沈着にキャッチ。森下の選択肢を読み切った上でユンカーのシュートブロックに回ったプレーが、優勝を大きく手繰り寄せたと言っても過言ではない。それでも山川はいたって謙虚だった。
「僕はディフェンダーとして、やるべきことをやっただけなので。結果的にあの場面では(ノーゴールに)抑えられて、本当によかったと思っています」
九死に一生を得た思いに駆られたからか。神戸のチームメイトたちがポンポンと山川の体を叩く。それでも、記憶に残っているのは「ナイス」という、ごく短い言葉だけだった。
「試合中なので、みんなで気持ちを切らさないようにしていました」
聖域なき競争の中でレギュラーの座を射止めた「危機感」
筑波大から加入して4年目の今シーズン。出場試合数は「25」と、2021シーズンの「29」や昨シーズンの「28」に及ばないものの、合計のプレー時間は「2153分」とすでに自己最長をマークしている。
ピッチに立てなかった8試合は、すべて右足第5中足骨骨折による戦線離脱が原因だった。一方で途中出場は77分から投入され、約3カ月ぶりに復帰を果たした8月19日の柏レイソル戦だけ。70分で負傷退場した5月27日のFC東京戦を含めて、出場したすべての試合でセンターバックを担っている。
「長い目で見ていないというか、本当に目の前の試合でいかに守るか、みたいなところしかフォーカスしていなかったので、その積み重ねで今日まで来た、という感じですね。本当に目の前の試合だけを見た方が、僕には合っているのかなと思っています」
昨シーズンまではピッチに立っても、右サイドバックでの起用がほとんどを占めていた。今シーズンは一転して開幕から主戦場としてきたセンターバックで、身長186cm体重79kgの恵まれたサイズを駆使して空中戦を制し、足もとの確かな技術でビルドアップの起点にもなっている。
センターバックのファーストチョイスと見られていた菊池流帆、昨夏にブラジルのフラメンゴから期限付き移籍で加入し、今シーズンから完全移籍となったマテウス・トゥーレルがケガで出遅れた影響もある。特に菊池は開幕直後の2試合に出場しただけで、今シーズンを終えようとしている。
しかし、最終ラインにケガ人が相次いだ状況だけが、山川がセンターバックとして一本立ちした理由ではない。山川が残した言葉には、今シーズンの神戸が躍進した理由が凝縮されている。
「日々の練習から競争は始まっていますし、今シーズンは特に練習でいいプレーをした選手が試合に出る状況がたくさんありました。だからこそ練習の段階から全力でプレーして、まずは先発の座を勝ち取る。試合でもいいプレーをしないと代えられてしまうので、すぐに自分のポジションがなくなってしまうという、いい意味での危機感を持ってきたのが、自分のなかではよかったと思っています」
吉田孝行監督のもと、夏場までは下位に低迷しながら昨シーズンのJ1残留を勝ち取る原動力になったハイプレス、ハイインテンシティーをより先鋭化させて臨んだ今シーズン。指揮官はたくましく走れて、球際の攻防に強くて、がむしゃらに頑張れる選手を重用し続けた。
神戸のキャプテンで元スペイン代表のレジェンド、司令塔アンドレス・イニエスタにも聖域は用意しない。開幕から好調をキープする神戸で居場所を失い、夏場に退団する事態を迎えても、吉田監督は覚悟を決めて最適解だと信じた戦い方を貫いた。そして、起用方針に合致し続けた一人が山川だった。
例えば紅白戦などでも、先発組とリザーブ組とにはっきりと分けて行われるケースが多いという。当然ながらポジションを死守したい側と、奪い取りたい側の間で激しい火花が散らされる。山川が言う。
「そういった日々の競争が、こういう結果(優勝)の一助になっているんじゃないかなと思います」
貫いたクラブ愛、成長を後押ししたベテラン選手たちの助言
兵庫県尼崎市で生まれ育った山川は、中学生年代から神戸の下部組織に所属。公式戦出場こそなかったものの、ヴィッセル神戸U-18の最終学年だった15年にはトップチームに2種登録されている。
「間違いなく、と言っていいかどうかはわからないですけど……」
山川はこんな断りを入れた上で、自分のなかで脈打つ神戸への愛をはばからずに語る。
「個人的にはヴィッセル神戸のなかで、クラブへの思いが一番強い選手かなと思っています。中学生からヴィッセル神戸に入って、昨シーズンも本当に苦しくて、そういったことが重なったなかでの優勝だったので、優勝が決まった瞬間はすごく……もう本当に感無量でした」
今シーズンの神戸には山川に加えて、坪井、DF尾崎優成、MF中坂勇哉、MF安達秀都、そしてMF佐々木大樹とアカデミー出身選手が所属している。イニエスタや大迫らに象徴される大型補強が注目されてきた神戸だが、アカデミー出身選手の台頭はクラブとして長い時間と先行投資を惜しまず、実直に前進してきた証となる。そのなかでU-18から18シーズンに昇格した24歳の佐々木は大迫、武藤に次ぐチーム3位の7ゴールをマークして優勝に貢献した一人になった。
インサイドハーフや左右のウイングで起用されてきた佐々木は、昨シーズンまでの合計ゴール数がわずか2だった。大きな飛躍を遂げた背景には、大迫からの助言があったと佐々木本人が明かす。
「練習で最後の部分が合わなかったりすると『そこだよ、そこだよ、お前』と常に言ってくれる。おかげで最後のバイタルエリアのところは強く意識できるようになってきましたし、実際に試合でゴールしたときも『続けろ』とか『それで終わるな』と言ってくれる。本当に感謝しています」
山川も大迫や武藤からアドバイスを受けている。例えば敵味方として対峙した練習で、大迫や武藤を狙ったロングボールを処理したときに、ヘディングで競り勝った山川へこんな言葉が飛んできたという。
「その場面でセンターバックがマイボールにできれば、チームとしてすごく大きいよ」
名古屋戦ではユンカーをターゲットにしたロングボールをヘディングではね返すのではなく、ポジションをしっかり取りながら胸トラップでカット。マイボールにした場面があった。山川が感謝する。
「今日がどうこうというより、1年間のなかで成長できた部分なのかなと思っています」
大迫や武藤だけではない。山口や酒井を含めて、今シーズンの神戸ではヨーロッパでプレーした元日本代表のベテラン選手たちが、濃密な経験を惜しみなく還元。若手や中堅の成長を後押ししていた。
盟友・三笘薫のドリブルパートナーからJ1屈指のCBへ。「結果は後からついてくる」
ここでひとつ疑問が残る。佐々木のように、山川もU-18から直接昇格できなかったのか。
実は昇格のオファーを受けながら自信のなさと、教員免許取得を理由に断りを入れていたのだ。そして、16年春に進学した筑波大で、川崎フロンターレU-18からトップチーム昇格を打診されながら「中長期的なビジョンで、自分自身やサッカーを見つめたい」と断りを入れたMF三笘薫と出会った。
目標に掲げた日本代表入りや海外移籍から逆算したときに、自分には何が必要なのかと三笘は自問自答を繰り返した。弾き出された答えが唯一無二の武器を持つことであり、大学の4年間をかけて求め続けたのがドリブル。全体練習以外の時間に、練習パートナーに指名されたのが山川だった。
頭にGoProカメラを搭載しながら、山川を相手にドリブルの視線を徹底的に分析した成果は、タイトルに「サッカーの1対1場面における攻撃側の情報処理に関する研究」と打たれた卒業論文にまとめられ、ブライトンの左ウイングとしてプレミアリーグを席巻するいま現在につながっている。
「原点ではないと思いますけど、もう毎日のように切磋琢磨しながら成長できた4年間だったので、あれが彼のいま現在につながってくれていたら、僕もちょっと嬉しいなという感じですね」
体調不良や足の違和感で10月以降の代表シリーズを欠場している三笘だが、第二次森保ジャパンでも三笘はエースを拝命している。その三笘やFW上田綺世、MF旗手怜央ら攻撃陣を擁し、世界一になった19年のユニバーシアード・ナポリ大会で山川も最終ラインに名を連ねていた。
伝説として語り継がれている決勝では、上田のハットトリックに旗手のゴール、そして三笘の3アシストで4-1と圧勝した。盟友と再び共闘するとすれば、それは森保ジャパンしかない。
「どちらかと言うと、もう何か友だちとか言うのもおこがましいぐらいのすごい選手になっちゃったので、これ以上離されないように、少しでも追いつけるようにこれから頑張りたいと思います」
筑波大やユニバーシアード代表でのプレーが評価され、神戸からのオファーを勝ち取って帰還した山川のパフォーマンスを、イングランドの地でチェックしているからか。時々ラインなどでメッセージを送ってくるという三笘に抱く思いを問われた山川は、こんな言葉を残している。
「まずは自分の与えられた環境で、全力を出し続けることがすべてだと思っています。結果はその後についてくるものだと思っているし、とにかく今シーズンもそうですけど、やっぱり目の前の1試合1試合を常に全力でプレーして、積み重ねてきた結果が今日(の優勝)だと思うので。これからもそれは同じで、毎日、毎日を全力でプレーして、僕も成長していきたい」
敵地パナソニックスタジアム吹田に乗り込む12月3日のガンバ大阪戦で、神戸は歴史に残るシーズンを終える。もっとも、センターバックとして成長を遂げた山川には続編が待っているかもしれない。
森保ジャパンは来年元日に、国立競技場でタイ代表との国際親善試合に臨む。史上初の元日代表戦には三笘を含めて、ヨーロッパ組のスケジュールの関係で国内組が数多く招集されると見られる。一歩ずつ、確実に成長を遂げてきた山川はJ1屈指のセンターバックとして、7日に発表される代表メンバーに名を連ねてもおかしくないポジションにいる。
<了>
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