海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
プロサッカー選手を目指す選択肢として、近年、日本国内ではなく、最初から海外に飛び出して挑戦しようとする若者が数多く存在する。当然、そのチャレンジャー精神は賞賛されるに値する。一方で、海外でのステップアップはそんなに簡単に成し遂げられるものではないのも確かだ。「厳しい言い方かもしれませんが……」、そう切り出して岡崎慎司は語り始めた。選手として欧州各国を渡り歩き、現在はドイツで指導者としてのキャリアを歩み始めた先駆者の言葉に耳を傾けてみよう。
(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=Panoramic/アフロ)
「日本でできなかったことが海外に出たらできる」は幻想
海外でのステップアップを目指す若者が増えてきている。
高校卒業後に日本の大学サッカーや社会人サッカーではなく、「プロ選手になりたい!」という夢とともに欧州に飛び込んでいく若者たちだ。中学卒業後、そして大学卒業後の挑戦者も少なくはない。ある人は選手として、ある人は指導者として、ある人はスタッフとして。言葉も習慣も常識も価値観も違う世界での毎日にチャレンジするという響きはいい。とてもいい。海外に出ようという人自体が少なくなっていることを考えると、足を踏み出しただけで素晴らしいという評価も正当なものなのだろう。
だが、みんながみんなそうした海外生活にアジャストできるわけではない。外国語を学び、コミュニケーションをとり、現地の習慣に馴染みながら、サッカーの現場でも自身のパフォーマンスを最大限発揮して結果を出していくのは簡単なことではない。
日本との違いに適応できずに苦しむ人も少なくないし、不安を軽減するために斡旋業者・代行サービスにサポートを頼む人の気持ちもわかる。ただ、環境選びやもろもろの手続きを他人任せにして、練習と試合で外に出る以外は部屋にこもってスマホ片手に時間をつぶし、いつまでたっても現地語で会話ができないのでは、本質的なところで成長することはできない。そもそも何のために海外に出たのかという根本的な問いに戻ってきてしまう。
日本でできなかったことが海外に出たらできるというのは幻想だ。
日本での取り組み以上のことをしなければチャンスをつかむことなどできない。サッカーのスキルだけでクラブから必要とされる一流選手ならいざ知らず、それ以外のところで勝負しなければならないはずなのに、現地の言葉も必死で覚えない、現地での生活に馴染もうとしない、コミュニケーションもとろうとしないでどうやってチャンスをつかもうというのか。
求められる明確な“基準”「厳しい言い方かもしれませんが…」
現役引退後に指導者としてのキャリアをスタートさせている元日本代表FW岡崎慎司に海外で成功するための心構えを尋ねてみた。岡崎はドイツ6部リーグに所属するFCバサラマインツで監督として悪戦苦闘しながら、選手時代とは違ったさまざまなサッカーとの関わりに充実した毎日を送っている。バサラマインツでは多くの日本人選手が仕事をしながらサッカーをしているし、マインツやフランクフルトには前述したようなサッカー留学やトライアウトにチャレンジしている若者がかなりの数いるだけに、思うところもあるようだ。
「厳しい言い方かもしれませんが……」と前置きをしながら、プロ選手として世界を渡り歩いてきた岡崎が明確な言葉で語り始めた。
「何かを成し遂げたいなら『がむしゃらに一生懸命やってます』だけじゃダメ。自分で課題を見つけて、明確に取り組んで、貪欲に上を目指してっていう子じゃないと厳しいです。そもそも『がむしゃらにやってます!』っていうけど、まだまだ全然がむしゃらでもないと思う。日々の取り組みや生活、自主練の仕方にもっともっと工夫が必要だし、今よりも全然自分を追い込めるはずだよって思うんです」
岡崎は長くプロの世界にいた。日本でも、ドイツでも、イングランドでも、スペインでも、周りには優れた選手しかいない。どこにでも熾烈な競争があった。そのなかで何度も自問自答を繰り返し、自身の立ち位置を認識して、他の選手を観察して、何が自分の強みとなり、どこの課題を改善することが必要不可欠かと向き合い続けてきた。世界に出て活躍を続ける選手は皆こうした明確な「基準」を持っている。
「一つ一つ試しながら自分でやってきたので。それは教えられてきたものじゃない。プロの世界にいるとそうした基準値を持っているのが普通で、それをどう作ってきたかなんて考えもしなかった。当たり前のことなので。例えばサッカー留学生がどんな目標を持ってきているかっていうところはすごく重要だと思う。そしてまずは何より『やるのは自分』だと考えられているかが大事。環境とか他人のせいにしちゃうと難しいですよ、海外では」
「こだわりって大事で、例えばパスの練習一つとっても…」
どんな環境で過ごしてきたのか、どんな環境で過ごそうとしているのか。どんな目標を掲げ、そのためにどのようなステップを見定め、そのためにどんな取り組みを自分に課して、どのくらいの熱量で取り組めているのか。そこがあいまいなままだと、ブレイクスルーを果たすことはできない。日本にいたときから自分自身に矢印を向けられていない選手は、海外に行っても状況は変わらない。岡崎は続ける。
「自分を見て、周りと比べて、自分の立ち位置を明確にして、うまくなっていかなきゃいけない。そうした明確な基準がトップレベルの選手たちにはみんなしっかりあるんですけど、それができていない、わかっていない子が多いような気がするんですよね。なぜトップレベルの選手は厳しい競争の中で生き延びてきているのか? 何ができていて、どんな取り組みをしたから、彼らは上まで行ったのかっていうのを同世代からすらも学んでない。試合の中で流れを理解して、予測して、そこでどんなプレーをしたらいいのかを必死で考えたりとか、単純にすべての面に対して本気度とか、競争への思いが足りてないですよね」
岡崎が「まだまだ全然がむしゃらでもないと思う」と苦言を呈するのは、そうした自分との向き合い方、時間の使い方が適当だからだ。体を壊してまでやり続けることを進言しているわけではない。体も頭も適切な休息を取らなければ成長しない。苦しいことばかりやっていては心がつぶれてしまう。気分転換の時間、リフレッシュする機会は間違いなく必要だ。ただそれをどのくらいの頻度で、どのくらいの割合で、どのタイミングで、どのようにとるのかを、本気で考えて取り組んでいるかが問われるわけだ。ドイツに来ていて空いた時間があるなら、ドイツ語を学んだり、専門的な分野の研修を受けたりすることもできるはずなのだ。
「こだわりって大事で、例えばパスの練習一つとっても、シンプルなパスのトレーニングをしているはずなのに、ちょっと誰かのパスがずれると、もうどんどんずれていく。ああいうの一つ取っても、意識を変えていかないといけない。なんでずれちゃうのかを考えてない。トレーニング中の一つのトラップに対して、なんでここにトラップしているのかっていう意図を考え抜かなければいかない」
成し遂げたいことに対しての距離をまだわかってないのでは?
岡崎はプロの世界に入ってもブレることなく自分と向き合い続けてきた。サッカーに限らずスポーツだけをやってきた人は、現役時代は周囲の人たちから手厚いサポートを日ごろから受けているので、引退後一人になった時に一般常識的なことがわからなくて大きな苦労をするケースは多い。
「確かに選手って、練習が終わったらあとは家でダラダラするだけの生活を続けて、それでお金もらってラクだなという思考になってしまうとそこから抜け出すのは難しかったりするでしょうね。どうしても現役時代はちやほやされちゃうんで。例えばスポンサーの社長さんから『こんなに素晴らしい選手なのに何で監督は試合に出さないの?』とか、自分の側についてくれる人が周りにいるんですよ。でも気づいたら何もなくなってるみたいな話はよく聞きます。そうした環境は特別であると認識し、さらには、その環境に満足せずに努力をし続けないといけないという覚悟は常に持っていないといけないと思いますね」
岡崎自身、現役中には失敗もいろいろしてきたという。それでも道を踏み外さずに、貪欲に、そして真摯にサッカーと、自分自身と向き合い続けた。その秘訣はどこにあったのだろう?
「選手として常に危機感があったんです。だからこんなことしていちゃいけない、もっと俺は成功したいんだって思い続けることができました。特別な職業についているっていう認識がありましたし、そのことに対する感謝の気持ち、謙虚さも忘れてはいけない。いろんな先輩からそれは言われていましたね。
先輩でいうと、僕が幸運だったのは佐藤由紀彦さんと出会えたことですね。清水(エスパルス)で一緒にプレーした期間は1年半だけだったんですけど、彼の生き方がカッコいいなって思ったんです。プレーや立ち居振る舞いだけじゃなくて、必死な姿が本当にカッコいい。表だけサッカー選手としてがんばってじゃなくて、泥臭くてもいいから試合に出るために練習から本当に100パーセント出し切るという姿に憧れました。だから誰を見本にするのかってすごく重要かなと思います」
「エンバペみたいになりたい」「バロンドールを獲得したい」と夢語りしているわりに、スマホで動画ばかり見続けている時間を抑制することもできないのでは何も成し得ることはできない。岡崎からの“本気で上を目指したい”選手へのメッセージの数々は、社会生活全般にもつながる大事な視点ではないだろうか。意識一つで世界の見方は変わってくるのだ。
「プロになりたいっていう子はたくさんいます。でもそのサッカーで成し遂げたいことに対しての距離をまだわかってないとも思うんです。じゃあ、その距離を理解する、埋めるだけのことをしているかっていうと、厳しいかもしれないけど、全然してないっていうのがほとんどの子における現時点の状態じゃないかなって。トップレベルとの距離がわかってないから日頃からどれぐらいやったらいいかもわかっていない。正しい努力をせずに、口に出して目指していると言っているだけでは、(プロ選手になるという)可能性が1パーセントも生まれないかもしれないわけで。本気でぶつかるところまではまだいってないという意識を常に持ってがんばってほしいです」
<了>
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[PROFILE]
岡崎慎司(おかざき・しんじ)
1986年4月16日生まれ、兵庫県出身。ドイツ6部・FCバサラマインツ監督。元サッカー日本代表。滝川第二高校を経て2005年にJリーグ・清水エスパルスに加入。2011年にドイツ・ブンデスリーガのシュツットガルトへ移籍。2013年から同じくブンデスリーガのマインツでプレーし、2年連続2桁得点を挙げる。2015年にイングランド・プレミアリーグ、レスターに加入。加入初年度の2015-16シーズン、クラブ創設132年で初のプレミアリーグ優勝に貢献。2019年に活躍の地をスペインに移し、ラリーガ2部のウエスカに移籍。リーグ戦12得点を挙げてチーム得点王として優勝(1部昇格)に貢献。2021年より同じくラリーガ2部のカルタヘナでプレーし、2022年にベルギーリーグのシント=トロイデンVVへ移籍。日本代表では、歴代3位の通算50得点を記録し、3度のワールドカップ出場を経験。2016年にはアジア国際最優秀選手賞を受賞している。2024年5月に現役を引退。
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