
“16歳の宝石”カマヴィンガに見る「育成王国」フランスの移民融合と育成力
近年ではポール・ポグバ、ウスマン・デンベレ、キリアン・エムバペ、フランス代表にこだわらなければベルギー代表のエデン・アザール、セネガル代表のカリドゥ・クリバリなど絶え間なくワールドクラスの選手が湧き出してくる「育成王国」フランス。
そして今年新たに、国内リーグの王者パリ・サンジェルマンを鮮やかに打ち破ったスタッド・レンヌ所属の“16歳の宝石” エドゥアルド・カマヴィンガの存在が世界中で注目を集めている。
一方で、メガクラブも熱視線を送る“宝石”を「人目に晒さねばならない選手であると同時に、保護しなければならない選手」との認識でクラブは温かく見守っている。
アンゴラにルーツを持つカマヴィンガの育ってきた環境を中心に、過去の失敗を糧に彼を導くクラブの存在、そしてその背景にあるフランスの育成理念について紐解く。
(文=結城麻里、写真=Getty Images)
育成王国フランスに突如現れた“16歳の宝石”
巨大な育成力と移民ルーツの子たちも大切にする「ブラック・ブラン・ブール(黒・白・アラブ)」路線で、ジネディーヌ・ジダンやキリアン・エムバペを輩出、20年間に2回も世界王者に輝いたフランス――。そこにまた16歳の宝石が出現し、大きな話題になっている。
出現したのは、アンゴラ生まれのエドゥアルド・カマヴィンガ。8月17日のことだった。
時はフランス・リーグアン第2節。舞台はブルターニュ地方のレンヌ。育成クラブとして知られるスタッド・レンヌ(レンヌ)が、フランス王者パリ・サンジェルマンFC(PSG)を迎え撃った試合だった。誰もがPSGの勝利を予想していた夜である。
ところがレンヌがPSGを撃退してしまった(2-1)。しかも驚愕だったのは、見たこともない16歳の少年MFが、対峙したマルコ・ヴェラッティをはじめ、そうそうたるPSGのメンバーたちをひょうひょうと翻弄し、美しいアシストで逆転勝利に導いたことだった。
強烈過ぎるインパクトに黙視できなかったカマヴィンガの存在
この20年間、華々しい成功も苦い失敗も経験してきた育成王国フランスでは、16歳や17歳の少年については、メディアも騒がないように心がけている。小さいうちから天才扱いしてちやほやすれば、あっという間に人間形成を損ねてしまうためだ。また代理人やメガクラブが札束をもって殺到すれば、両親も本人もカネに目が眩み、キャリア設計に失敗することが多い。
だがカマヴィンガは、黙視するにはあまりにも凄すぎた。
中盤の底という戦略的要所に16歳で先発しただけでも驚きだったのに、シンプルかつ流麗にプレーし、緩急自在で、PSGの攻撃にしっかりブレーキをかけながらも、必要なら的確にイニシアティブをとり、ワンタッチでプレーを加速したり、スルスルとスペースに出てアシストパスを放ったり……。
その姿からは一種の「静けさ」さえ立ち昇り、ただならぬ成熟度とテクニックとインテリジェンスが見てとれたのである。
しかもカマヴィンガの経歴を知って、人々は二度驚いた。
少年はアンゴラに生まれたが、2歳になるかならないかのときに両親がアンゴラ脱出を決め、北フランスのリールにやってきた。次いで移民一家は、レンヌから約50kmのフジェールに落ち着いた。
フランスでは小学校に入ると、町が組織する文化やスポーツのクラブに登録する仕組みになっている。小さなエドゥアルドは柔道をしたいと思っていた。だが家の中でボールを蹴りまくっている息子を見た母親が、「家を壊されないように」フットボールクラブを勧め、「AGLドラポ・フジェール」という町クラブに登録、7歳でフットボールを開始した。
ところが悲劇が襲いかかる。家が火事で焼け、一家は全てを失ってしまったのだ。だが、ここで見捨てないのがフランスである。町クラブの監督だったニコラ・マルティネ氏が人々に支援を訴え、家具や物資を集めたのだ。このとき父親のセレスティーノ・カマヴィンガ氏は、6人兄弟の3番目の息子エドゥアルドにこう言ったという。
「お前が一家を再興するだろう」
マルティネ氏はまた、際立った才能を持つこの少年の話を、当時「エコール・ド・フット・デュ・スタッド・レネ(レンヌ前育成スクール)」責任者のマテュー・ルスコルネ氏に伝えた。ルスコルネ氏も直ちに視察して確信を持つ。こうしてカマヴィンガは2013年夏、10歳でレンヌに迎えられ、桁外れの才能と適応力を発揮し、飛び級に飛び級を重ねていったのだった。
過去の失敗から学ぶレンヌの育成術
前育成スクールから育成センターに移行すると、そこには若きコーチ、ジュリアン・ステファン氏がいた。フランス代表でディディエ・デシャン監督のアシスタントコーチを務めるギー・ステファン氏の息子である。ここでもカマヴィンガは飛び級を重ね、桁外れの才能を発揮する。
そしてそのジュリアン・ステファン氏が、昨シーズンからトップチームの監督に就任。するとレンヌは、生え抜き選手と補強選手のバランスをとりながら恐るべき力を発揮し始め、何とファイナルであのPSGを撃破して、2019年4月にフランスカップ優勝を実現。実に48年ぶりのメジャータイトルだった。
レンヌは優秀な育成クラブとして知られ、最近もウスマン・デンベレ(現FCバルセロナ)やヤン・エムヴィラ(現ASサンテティエンヌ)、ティエムエ・バカヨコ(現チェルシーFC)らを輩出。だが苦い経験も味わっている。
エムヴィラは華々しくA代表に上り詰めながら、ユース代表に助っ人に入った際に、合宿から抜け出して夜遊びに出るという型破りな事件を起こし、キャリアがやや暗転してしまった。レンヌのせいではないが、苦い結末だった。
一方デンベレは、レンヌのプロ契約提示が遅れたせいでもめてしまい、それがきっかけとなりドルトムントに引き抜かれてしまった。海外挑戦には若すぎる19歳だった。現にデンベレは、世界王者になり、将来も嘱望されているが、体とメンタルともに成熟しきらないまま、バルサでもケガを繰り返している。
こうした前例を教訓にレンヌは、カマヴィンガに細心の注意を払っている。
まずユース時代から彼を熟知しているジュリアン・ステファン監督のもと、レンヌは昨年12月、たった16歳1カ月4日にすぎなかったカマヴィンガとプロ契約を締結。クラブ史上最年少プロ契約記録を樹立した。このときから少年は、トップチームとともに入念にデビュー準備を開始した。
次いで今年4月6日、ジュリアン・ステファン監督は、熟慮しながらカマヴィンガをリーグアンにデビューさせる。アンジェSCO戦だった。これをこなすと監督は5月1日、ついにモナコ戦に初先発させる。このときカマヴィンガは、ヨーロッパ5大国トップリーグでプレーした初の2002年生まれプレーヤーとなっている。
そして今シーズンが開幕。監督は初戦からカマヴィンガを起用した。PSGを迎え撃つ数日前には、クラブもカマヴィンガのプロ契約を1年延長。デンべレの代理人がつき、早くも移籍を狙っていたためだ。16歳での海外は早すぎ、全てが壊れてしまうかもしれないとの判断である。だがカマヴィンガは地に足をつけているようで、関係者は一様に「責任感があり、指導に耳を傾け、教わったことはすぐ身につけてしまう」と証言している。
こうしてカマヴィンガは、PSGを先発で迎え撃った。結果は前述の通り。フランス中がカマヴィンガに魅了されてしまい、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルをはじめとするヨーロッパのメガクラブも目の色を変えて一気に押し寄せている。
だがジュリアン・ステファン監督は、「彼は人目に晒さねばならない選手であると同時に、保護しなければならない選手」と、明快なスタンスを打ち出している。「好パフォーマンスを繰り返し、チームに定着する可能性も高いから、(起用して)人目に晒すしかない。だが17歳にもなっていないうえ、高いインテンシティーでリーグアンの試合を連戦する経験もまだこなしていないから、保護もしなければいけないのだ」
「スポーツとは人間を教育する学校である」
エムバペが世界を驚かせて以来、フランス育成現場にはまたしても危険な「少年狩り」が押し寄せている感がある。海外進出を急ぎすぎる両親も少なくない。つい最近も16歳のアニバル・メジブリが、モナコを脱出してマンチェスター・ユナイテッドに移籍した。本当にうまく育成されるかどうか、要注目である。
これに対しカマヴィンガは、レンヌとプロ契約したことで、よほどのことがない限りしばらくは落ち着いて成長できるだろう。一方、やはりヨーロッパ屈指の育成クラブとなっているリヨンも、15歳の生え抜きレイアン・シェリキとプロ契約した。
ボールの蹴り方だけでなく学業や人間形成を含む育成体系を確立し、平等の理念にもとづいて移民パワーも力にしてきたフランス。
1998年にフランス代表を世界王者に導いたエメ・ジャケ監督は、「スポーツとは人間を教育する学校である」と語り、全国技術責任者になってからも貧しい移民地区に少年発掘&育成の「蜘蛛の巣」を張り巡らした。20年後にフランス代表を世界王者に導いたディディエ・デシャン監督は、「人は、成功のあとにこそ、巨大な愚行をする可能性がある」と戒めた。
フランスが世界王者になった時期をよく見ると、育成&移民融合がうまく機能したときだった。フランスがエムバペを生んだのも、それがうまく機能したからであり、本人と家族もまたそれをインテリジェントに理解したからである。逆に少しでも脱線したときは、フランス代表もあっという間に巨大な挫折を味わった。
アメリカやイタリアほどではないが、最近はフランスにも移民難民排斥のうごめきがある。そのせいか否かは不明だが、カマヴィンガはいまのところアンゴラのパスポートしか保持しておらず、フランス国籍を申請しているものの、なぜかまだ取得できていないという。
またしてもカマヴィンガという宝石を育成したフランスは、20年間の経験と教訓を活かし続けねばならない。そしてフットボール大国をめざす国々も、それを学び続けるべきではないだろうか。
<了>
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