17歳・川畑和愛は、なぜ全日本3位に躍進できたのか? 太田由希奈コーチとの揺るぎない絆
その瞬間、万雷の拍手が沸き起こった。自己ベストを大幅に上回る会心の滑りに、初々しい笑顔を幾度も弾けさせた。
全日本選手権3位――。それは、思いも寄らない結果だったかもしれない。だが、彼女の滑りを見れば、誰もがその虜になる。
ジュニアを舞台に自らのペースで蕾を膨らませてきた、川畑和愛。17歳の少女は今、ゆっくりと大輪の花を咲かせようとしている――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
パトリック・チャンを理想とする17歳の少女
川畑和愛の滑らかなスケーティングは、観客を魅了する。
3回目の出場となった2019年全日本選手権で、川畑はリンクをいっぱいに使うスピード感のある滑りを見せ、喝采を浴びた。ショート『美しき青きドナウ』ではワルツの三拍子に乗り、フリー『竹久夢二のテーマ/Sikuriadas』では途中で変化する曲調を見事に捉えて表現。スピードを落とさないまま入って抜群の飛距離が出る3回転ルッツ―3回転トウループなどジャンプも次々と決まり、昨年の10位から大躍進の3位となって表彰台に上がった。
7位発進したショート後のミックスゾーンで、川畑は「すごく温かい声援を頂いて、気持ちよく滑ることができました」と振り返っている。
「全日本に出場するのは3回目なんですけど、代々木はフラワーガールをしていたことがあるので、なじんで滑れた気がしました」
全日本の会場・代々木第一体育館では、2015年4月に世界国別対抗戦が行われているが、当時ノービスのスケーターだった13歳の川畑はそこでフラワーガールを務めている。大会の公式プログラムに登場している川畑は、「目指している選手は誰ですか」という質問に、次のような答えを返している。
「パトリック・チャン選手です。曲とスケーティングが一体となっているところがすごいと思っていて、今はそれを目指しています」
卓越したスケーティングで知られるパトリック・チャンやカロリーナ・コストナーを理想とする川畑は、幼い頃から信念に基づいて滑りを磨いてきた。4回転時代といわれている現在の女子シングルにおいても、フィギュアスケートの根幹はスケーティングにあることを思い出させてくれる川畑の滑りは、ノービス時代から高い志を持って培われてきたものなのだ。
17歳の今もジュニアのカテゴリーで試合に出ているのも、川畑自身の決断によるものだ。全日本のメダリスト会見で、川畑はジュニアで戦い続けていることの意義を問われ、次のように答えている。
「私と同い年で既にシニアで活躍している選手もたくさんいて……ジュニアでいることを毎年自分で決断してやってきました。自分の成長も少し遅いと感じているんですけど、『自分のペースで、しっかりジュニアから成績を積み重ねてシニアに上がりたい』と思ってきました」
川畑は昨季の全日本ジュニア選手権で3位になり世界ジュニア選手権に出場、12位という成績を残した。今季の東日本ジュニア選手権では、ショートで首位発進したもののフリーでは4位と崩れ、総合でも3位に順位を落としている。しかし、全日本ジュニアでは大きなミスなく演技をまとめ、ショート2位、フリー2位、総合2位という成績でシニアの全日本出場を決めてみせた。
全日本ジュニア・フリー後の囲み取材で、「ショートとフリーを両方大きなミスなくまとめられたことが一番自信につながりました」と振り返った川畑は、「東日本はシードということもあって、だからこそきちんとやらなければいけない試合だったのに、そこでミスしてしまったのが自分で情けないという気持ちがすごく強くて……。それが『頑張ろう』という気持ちにより強くつながったかなと思います」と話している。
全日本ジュニアを終えて発した「ショートとフリーを両方まとめることは、これからもずっと続けていかなくてはいけないことだと思う」という自らの言葉を、川畑は全日本で体現してみせることになる。
元四大陸女王・太田由希奈コーチが見る、川畑の本質
高校3年生となり進路について考える必要があった川畑は、今年7月から自宅から通いやすい明治神宮アイススケート場に拠点を変え、新たに樋口豊コーチ・太田由希奈コーチに師事している。川畑は現在の環境について、「すごくサポートしてもらえるので、心の面でも技術の面でも助けてもらっています」と語る。
現役時代に2003年世界ジュニア選手権、04年四大陸選手権を制している太田コーチは、優雅なスケーティングと表現で知られる名スケーターだった。川畑自身、全日本で「練習でも由希奈先生と樋口先生から、表情や手の使い方の面でも指導していただけていたので、それがこの舞台でできて、伝わっていたらいいなと思います」とコメントしているように、元より優れていた川畑のスケーティングが、美意識のある樋口コーチ・太田コーチの下で今季さらに磨かれたのだろう。太田コーチは川畑のスケーティングについて「普段からすごく技術力がありますし、上手」と評価している。
「ふとした時に乱れていくのですが、そこを樋口先生と私が口うるさく言うことによってまた、意識し直せる。本当に頭が良い子なので」
神宮に拠点を変えた当初、川畑は腰の負傷を抱えており、太田コーチによれば「夏に来た時には、ちょっとかわいそうな状態からのスタート」「そもそも腰が悪かったので、全然滑っていない状態だった」という。そこから抜け出せた要因は、川畑の積んだ努力に他ならない。太田コーチは、「普段からルーティンを自分でつくって、いい時も悪い時も絶対抜かないでやり続けていた」と説明している。陸上・氷上共にいつも同じことをするので、練習や崩れた時の立て直し方まで枠にはまっていて、安定しているのだという。「本当に普段から抜かないでやっているのが、こういう結果につながった」と言う太田コーチは、川畑の練習に対する姿勢を絶賛している。
「本当にみんなのお手本になるような選手なので、こういう子に絶対結果が付いてきてほしいと思っていましたし、良かったなと。受験もあったので、ずっと海外の試合でも合間の時間勉強して、という感じでやっていたから、ご褒美という感じがします」
川畑にこの先何を期待するかと問われた太田コーチは、ハーネスを使ってトリプルアクセルに取り組んでいることを明らかにした上で「やっぱり腰の状態があるので、自分の体をよく知って、練習とケアとのバランスですよね」と答えている。
「本当にいろいろやっていかなくてはいけない時代だし、でも体を壊してしまう危険性もあるし、その辺とのバランス、トレーニングをきちんと見守るような感じでやっていくだけですね。でも彼女は本当に頭が良くて、自分が今何をやらなくてはいけないか、優先順位もパッパッと立てられる選手なので、自分でうまくやっていけるんじゃないかな」
躍進の陰にあった、樋口新葉の存在
また、神宮のリンクでは全日本で2位となった樋口新葉も練習している。川畑は、樋口から受ける刺激について次のように述べている。
「新葉ちゃんの練習を見ていて、試合に向けて調整していくのがすごく伝わってきて『自分も試合にピークを合わせていけるようにならないといけない』というのを特に感じています」
昨季までは高い能力を試合で十分に発揮できていなかった感のある川畑が今季躍進した要因の一つに、樋口の存在があるのかもしれない。
全日本でショート7位だった川畑は、フリー3位と追い上げ、総合でも3位になった。昨季グランプリファイナル女王の紀平梨花、一昨季世界選手権銀メダリストの樋口と並んでメダリスト会見に臨んだ川畑は、初々しい口調で感想を述べている。
「今シーズン通して目標にしている『ショートとフリーを両方ノーミスでやる』ということが今大会ではできたので、今すごくうれしいです。3位という結果は、すごくびっくりしています」
もう一つの目標はフリーで120点超えを達成すること(フリーの得点は128.43)だったというが、順位や結果については考えておらず「まだあまり実感は湧いていないです」と言う。その一方で、手応えもあった。
「昨シーズンの終わり頃から少しけがをしてしまって、今シーズンどの試合でもフィジカル的にいい状態で臨めたわけではないんですけど、全日本ジュニアとこの全日本ではそれをしっかりコントロールして、いい状態で臨めたかなと思っています。これからのシーズンでは、支えてくださる方とトレーニングしたり、あとは練習量を調整したりして、さらにコントロール力を身につけていきたい」
また、代表に選出された世界ジュニア選手権についてはしっかりと目標を述べている。
「今回の大会で今練習してきたことはできたと思うんですけど、少しジャンプのつまりなどもあったので、世界ジュニア選手権に出ることができたら、ジャンプ・表現の面でももっと完成度の高いプログラムができるようにしていきたい」
2度目の世界ジュニアは、今季「シニアにつながる滑りをしたい」と決意して臨んでいる川畑にとり、集大成となる。
川畑の滑りが魅力的なのは、たおやかさの中に秘めた固い信念が感じられるからかもしれない。世界を魅了する川畑のスケートが、今ゆっくりと花開こうとしている。
<了>
本田真凛が、帰ってきた。「逃げたい」悪夢から目醒め、再び輝き始めた「彼女だけの魅力」
樋口新葉は、再び羽ばたく。苦難の2年、取り戻したトリプルアクセルへの自信
16歳・鍵山優真は、なぜ世界記録超えできたのか?「父の愛」と「踊りの火種」の魅惑
15歳・佐藤駿は、なぜ大舞台で世界新を出せたのか? 4回転ルッツの苦い経験と飽くなき挑戦
宇野昌磨が求道する「自分らしさ」。「ゆづ君みたいに」抜け出し、楽しんだ全日本王者
羽生結弦は「気高き敗者」だった。艱苦の渦中に見せた、宇野優勝への想いと勝気さ
髙橋大輔は最後の全日本で何を遺した? 魂のラストダンスに宿した「終わりなき挑戦」
高橋大輔は、アイスダンスで新たな物語を魅せてくれるはずだ。天性の踊る才能と表現力
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「自信が無くなるくらいの経験を求めて」常に向上心を持ち続ける、町田浩樹の原動力とは
2024.09.10Career -
「このまま1、2年で引退するのかな」日本代表・町田浩樹が振り返る、プロになるまでの歩みと挫折
2024.09.09Career -
「ラグビーかサッカー、どっちが簡単か」「好きなものを、好きな時に」田村優が育成年代の子供達に伝えた、一流になるための条件
2024.09.06Career -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
浦和サポが呆気に取られてブーイングを忘れた伝説の企画「メーカブー誕生祭」。担当者が「間違っていた」と語った意外過ぎる理由
2024.09.04Business -
張本智和・早田ひなペアを波乱の初戦敗退に追い込んだ“異質ラバー”。ロス五輪に向けて、その種類と対策法とは?
2024.09.02Opinion -
「部活をやめても野球をやりたい選手がこんなにいる」甲子園を“目指さない”選手の受け皿GXAスカイホークスの挑戦
2024.08.29Opinion -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training -
なぜ“フラッグフットボール”が子供の習い事として人気なのか? マネジメントを学び、人として成長する競技の魅力
2024.08.26Opinion -
五輪のメダルは誰のため? 堀米雄斗が送り込んだ“新しい風”と、『ともに』が示す新しい価値
2024.08.23Opinion -
スポーツ界の課題と向き合い、世界一を目指すヴォレアス北海道。「試合会場でジャンクフードを食べるのは不健全」
2024.08.23Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「自信が無くなるくらいの経験を求めて」常に向上心を持ち続ける、町田浩樹の原動力とは
2024.09.10Career -
「このまま1、2年で引退するのかな」日本代表・町田浩樹が振り返る、プロになるまでの歩みと挫折
2024.09.09Career -
「ラグビーかサッカー、どっちが簡単か」「好きなものを、好きな時に」田村優が育成年代の子供達に伝えた、一流になるための条件
2024.09.06Career -
「いつも『死ぬんじゃないか』と思うくらい落としていた」限界迎えていたレスリング・樋口黎の体、手にした糸口
2024.08.07Career -
室屋成がドイツで勝ち取った地位。欧州の地で“若くはない外国籍選手”が生き抜く術とは?
2024.08.06Career -
早田ひなが満身創痍で手にした「世界最高の銅メダル」。大舞台で見せた一点突破の戦術選択
2024.08.05Career -
レスリング・文田健一郎が痛感した、五輪で金を獲る人生と銀の人生。「変わらなかった人生」に誓う雪辱
2024.08.05Career -
92年ぶりメダル獲得の“初老ジャパン”が巻き起こした愛称論争。平均年齢41.5歳の4人と愛馬が紡いだ物語
2024.08.02Career -
競泳から転向後、3度オリンピックに出場。貴田裕美が語るスポーツの魅力「引退後もこんなに楽しい世界がある」
2024.08.01Career -
松本光平が移籍先にソロモン諸島を選んだ理由「獲物は魚にタコ。野生の鶏とか豚を捕まえて食べていました」
2024.07.22Career -
新関脇として大関昇進を目指す、大の里の素顔。初土俵から7場所「最速優勝」果たした愚直な青年の軌跡
2024.07.12Career -
リヴァプール元主将が語る30年ぶりのリーグ制覇。「僕がトロフィーを空高く掲げ、チームが勝利の雄叫びを上げた」
2024.07.12Career