なぜ札幌はチーム練習の一般見学に踏み切ったのか? 野々村社長の逡巡、決断、これから…

Opinion
2020.04.10

猛威を振るい続ける新型コロナウイルスの感染拡大により、Jリーグはいまだ再開のめどが立たない状況にある。各クラブも活動を停止させるなど甚大な影響が出ている中で、3日からトップチームのトレーニングの一般見学を再開させたのが、北海道コンサドーレ札幌だ。ともすれば、同調圧力の強い日本では批判も起きかねないこの決断を下したのはなぜなのか? 野々村芳和社長、鈴木直道北海道知事の言葉を紐解きながら、これからのスポーツ界の目指していく姿を考えたい。

(文=藤江直人)

4月3日からトップチームの練習見学を再開

津軽海峡の向こう側に広がる北の大地で、サッカーが日常を取り戻しつつある。感染拡大を続ける新型コロナウイルスの猛威が収まらず、ついには7都府県で緊急事態宣言が発令された状況下で、北海道コンサドーレ札幌はファン・サポーターが見学するなかで日々の練習を実施している。

何をもって「日常」とするのか。J1の18クラブの現在地を見れば明白だろう。実に14ものクラブが活動を休止。清水エスパルス、サンフレッチェ広島、サガン鳥栖は練習を継続させているもののファン・サポーターの見学は不可で、エスパルスは19日からの活動停止をすでに決めている。

つまり、コンサドーレだけが「コロナ前」の状態に戻っている。クラブによる判断の推移を見れば、むしろ「コロナ後」に移ったと言った方がいいかもしれない。冒頭で「取り戻しつつある」と現在進行形で記したのは、見学に訪れるファン・サポーターへの感染拡大防止策を実施しているからだ。

札幌市西区にある練習拠点、宮の沢白い恋人サッカー場内へ入場するには、まず臨時に設置された検温所で検温を受ける。37.5度以上の発熱が計測された場合や、あるいはのどの痛み、せき、強い倦怠感、息苦しさなどがある場合には事情を説明して見学を遠慮してもらっている。

さらにアルコール消毒液で手指などを消毒し、マスクの着用が推奨され、ピッチに接した座席に座る際には前後左右に一定の間隔を設けることが求められている。座席から選手たちへ声援を送ることも控えられている光景が、練習が再開された3日から継続されている。

「世の中から何が求められているのか、ということを考えたときに、まだ何もしない方がいいのか、あるいはそろそろ次へ動いた方がいいのかを、いろいろな情報をもとに考えてきました」

コンサドーレを運営する株式会社コンサドーレの野々村芳和代表取締役社長CEOは、他のクラブの動きに逆行する決断に至るまでに逡巡(しゅんじゅん)が繰り返されたと振り返る。前者を、要は他のクラブにならって練習を完全非公開のままとするのは簡単だ。同調圧力が求められがちな日本社会の風潮を考えれば、ハードルが一気に上がる後者、要は公開へと動いた理由をこんな言葉に帰結させている。

「北海道知事や札幌市長が発している言葉は、大きな判断材料にしなければいけないと考えました」

Jリーグ招聘の専門家が、北海道のケースをポジティブに評価

北海道では2月28日に、国に先駆ける形で緊急事態宣言が発令されている。法的拘束力がないなかでの宣言には疑問や批判が寄せられたが、感染者が都道府県で最多の66人を数えていた当時の状況を受けて、鈴木直道知事はこんな言葉を介して発令に至った理由を説明している。

「新型コロナウイルス感染者が右肩上がりで増えている状況で、感染拡大のスピードを抑えなければいけない。健康と命を守ることは、何事にも代えがたいと考えています」

以降の北海道の日ごとの感染者数を見ると、3月15日から4月7日までの24日間ですべて5人以下にとどまっている。0人だった日も4度を数えた。それぞれの数字には2週間前の取り組みが反映されることを考えれば、日本中を驚かせた緊急事態宣言は感染者の伸び率を鈍化させたといっていい。

Jリーグの村井満チェアマンが日本野球機構(NPB)の斉藤惇コミッショナーに呼びかけ、共同の形で設立された新型コロナウイルス対策連絡会議が招いた3人の専門家チームの一人、愛知医科大学の三鴨廣繁教授(臨床感染症学)は北海道で実践されたケースをポジティブに評価している。

「薬剤もワクチンもない状態で、密閉、密集、密接のいわゆる『三密』を避けることを中心に国民へ行動範囲の自粛、行動変容を求めるしかないのが現実です。そのなかで、政府が提言しているこの日本モデルを信じて実践し、感染がある程度収まった北海道という先例があると思っています」

緊急事態宣言の発令期間は3月19日までの3週間とされた。そして、期日を翌日に控えた18日に臨時記者会見を行った鈴木知事は予定通り宣言を解除するともに、新型コロナウイルスの感染拡大防止と市民生活とを両立させる段階に入っていく考えを道民に対して発信している。

「新型コロナウイルス感染症の危機克服へ向け、新たなステージに移行していきます」

全国で最年少となる39歳の鈴木知事が言及した「新たなステージ」を、コンサドーレとしてどのような形で具現化できるのかを野々村社長は考え続けた。例年通りに積雪の時期を避け、温暖な熊本県内を拠点にして練習を積み重ねていたトップチームが、ちょうど札幌へ戻ってきた直後だった。

コロナ禍によるクラブの損失額は5億円にも

当初は練習見学を不可としていたが、4月3日に設定されていた明治安田生命J1リーグの再開目標が5月9日に変更されたことを受けて、3月26日から8日間のオフを設けた。その間の4月1日にメインスポンサーの石屋製菓が運営する、白い恋人パークが一部の営業を再開させた。

練習拠点の宮の沢白い恋人サッカー場も同パーク内にある。そうした流れに連動する形で、3日から再開されるトップチームの練習を、ファンやサポーターに公開する決断に至ったと野々村社長は言う。

「万全な感染対策を取りながら、さまざまな事業者が北海道の経済活動を回していくステージに北海道が入っていく、というニュアンスのコメントを知事がされたと受け止めています。当然ながらコンサドーレとしても協力しなければいけないところもあると考えたなかで、対策を施しながら以前のような体制に少しずつでも戻していくためのお手伝いができたら、という判断に至った次第です」

トップチームの選手たちが元気な姿をファンやサポーターへ見せた3日に、Jリーグは今後の再開日程を一度白紙に戻すことを、ウェブ会議方式で急きょ開催した臨時実行委員会で決めた。野々村社長もコンサドーレの実行委員として、そしてクラブ選出のJリーグ理事の一人として参加している。

新型コロナウイルスを取り巻く状況は、大都市圏を中心に悪化の一途をたどっている。この先に再開できたとしても、アウェー側のサポーター席を封鎖するなど、観客数をそれぞれのキャパシティーの50%以下に制限する感染防止対策を、全クラブで最低でも2カ月間は取ることをJリーグは決めている。

新型コロナウイルス禍による損失を約5億円と予測している野々村社長は、同時に「どこまで続くのかが本当にわからないなかで、金額が増える可能性もある」とさらに悪化する事態も覚悟。すでに代表取締役社長として受け取る自らの報酬の一部を、返上することを申し入れている。

コンサドーレの、そしてサッカー界の行く先が見渡せないなかで、不安に駆られる選手たちとのコミュニケーションも密に取ってきた。未曾有の状況下でさまざまなことを自発的に考えるようになった選手たちは、所属する28人全員が4月から9月までの報酬の一部を返納することで合意した。

返納される合計額は1億円あまりに達する。キャプテンのMF宮澤裕樹たちから5日に申し入れを受けた野々村社長はコンサドーレだけでなく、北海道全体の支援につながれば、と考えた選手たちの心意気を「クラブにも勇気をくれる提案でした」と感謝の思いとともに受け止めている。

「自分も選手だった感覚でいえば、頑張ったことで得る報酬を削る決断は簡単ではない。全員が最初から『そうしよう』とはなかなかならず、選手たちも何度も何度も話し合って一致団結できたと聞いています。金額もそうですけど、この大変な時期を選手とクラブが一緒になって乗り越えていきましょうという意味で、僕からすれば仲間が増えたように思える提案でした」

先行きの見えない状況に求められる、トップの明確かつ迅速な判断

政府が7日に発令した緊急事態宣言の期間は、5月6日までと設定されている。北海道にならえば、ゴールデンウィークが明けるころにはサッカーがごく普通に行われている光景を含めた、新型コロナウイルスの猛威にさらされる前までの日常生活を取り戻すことができるのだろうか。

東京都では4月9日だけで181人もの感染者が確認され、1日における最多の人数が更新された。感染経路がわからないケースが122人も占めるなど、すでに市中感染が蔓延し、クラスター(集団感染)を一つずつ潰すこれまでの対処法では手に負えない段階に入っていることをうかがわせる。

宣言の発令が北海道より1カ月あまりも遅れた間に、新型コロナウイルスをめぐる状況が大きく変わった感は否定できないだろう。北海道も8日に10人、9日には18人の感染者を確認。専門家が何度も指摘してきた、感染拡大の第二波が訪れたのではないかと鈴木知事も警戒感を強めている。

目に見えない未知の敵と戦っているからこそ、組織のトップには刻々と変化する状況のなかでファーストプライオリティーを的確に見つけ出し、明確かつ迅速に行動に移せる判断力が求められる。コンサドーレのトップを担って8年目になる、クラブOBでもある野々村社長の視界には、この先に再び不測の事態に直面することになっても目指すべきゴールがはっきりと映っている。

「僕のなかでも、コロナの前の体制に戻すというよりも、コロナの前よりももっといいクラブに、もっといい北海道にしていくために、いろいろな行動を一緒にできたらと思うようになりました」

野々村社長の一連の言葉はクラブの公式YouTubeチャンネル上で、6日に応じた囲み取材に答える映像を介して公開されている。自治体の首長の動向を注視しながら選手たちとの二人三脚、いや、ファンやサポーターを含めた三位一体で難局を乗り越えていこうとする姿は、日常に近い光景を取り戻した4月上旬の日々とともに、J3までを含めた他の55クラブが前へと進んでいくための羅針盤となるはずだ。

<了>

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