
なぜ塩浦慎理は、口にしづらいことも発信し続けるのか?「モノ言うスイマー」の流儀
SNSやYouTubeを通してトップアスリートが情報発信する様子がもはや当たり前のように見られる時代となった昨今。競技のフィールドを超えて、彼らは何を思い、なぜ発信を続けるのか。『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』(マイナビ出版)の著者である五勝出拳一氏が、かつて「ドーピング」に関する言及を発信し話題を呼び、現在はYouTuberとして東京五輪でのメダル獲りを目指す“モノ言うスイマー”塩浦慎理の、その胸の内に迫る――。
(インタビュー・構成=五勝出拳一、写真=イトマンスイミングスクール)
五輪メダリストはもっと発信すべき
トップアスリートが情報発信することについて、塩浦選手はどんな意味があると考えていますか?
塩浦:カヌー日本代表の羽根田卓也選手が「アスリートはこういう状況だからこそポジティブな発信をし続ける必要がある」と仰っていて、まさにその通りだなと。普段多くの人に応援してもらって、また僕らは少なからず税金を使って活動させてもらっている訳だから、ポジティブな発言だったりとか、社会にプラスになる活動を意識的にやっていくべきだと思います。
世の中が大変なこんな時期だからこそ、でしょうか?
塩浦:そうですね。今は特にみんな気が滅入るような時期だし、正直僕もあんまりやる気なくて(笑)。実際は全然ポジティブな状況ではないんだけど、そういう内容をあえて発信する必要はないのかなと。アスリートは基本的に前向きな言葉とか、力強いメッセージを発信すべき存在で、それは僕らの役割だと思います。
周りのアスリートを見ていて感じる部分はありますか?
塩浦:僕よりもっと大きな影響力・発信力を持っている五輪メダリストの選手たちなんかは、もっとSNSを活用していくべきなんじゃないかとは思う。
この自粛期間にSNSで情報発信を行う選手が増えたように思いますが、収束後もぜひ続けてもらえたらうれしいですよね。塩浦選手は発信する場所によって、伝え方や表現を変えていますか?
塩浦:何となくは意識していますね。例えばテレビだと編集も入るし自分が言いたいことが伝わらない可能性もあるので、どこを切り取られてもいいように口調や言い回しには気をつけています。テレビの影響力はすごく大きいから、よりポジティブな内容を伝えるようにしています。
YouTubeの場合は、発信内容も自分でコントロールできるので、水泳や僕自身をより身近に感じてもらえるような発信をしようと心がけています。
口にしづらいことでも発信していく理由
塩浦選手は世の中に対して積極的に情報発信をしていると思うのですが、どのようなモチベーションで発信をしていますか?
塩浦:YouTubeを始める以前は、SNSに対してそこまで目的意識はなかったんですけど、YouTubeを始めてからは特に、自分が持っている情報をもっと世の中に還元できたらと考えるようになりました。現役の時間は限られてるから、自分にできることを考えて、水泳界やスポーツ界に対してプラスになるような内容を届けていきたいです。
2016年にSNSで、翌年にもスポーツサイトのインタビューで塩浦選手がドーピングについて言及したことが話題を呼びました。
塩浦:当時、僕がドーピングについて発言したのは、日本と海外でドーピングに対する認識にギャップを感じたから。海外の選手たちは「タイムが速くなるなら、当然やるでしょ」みたいなテンションだったりするので、海外では相当厳しくドーピングについて指摘される。一方で、日本だとドーピングは割とうやむやになったり、メディアではむしろ美談として扱われることもあるから、その空気感は違うんじゃないかと。
あえて口にしなくてもいいことだったのかもしれないけど、今後スポーツ界がよりいいものになっていくためには、ある程度影響力のある人間が発信していくことは必要だと思っています。
言わなくてもいいことだとしても、塩浦選手が発信することに意味がある?
塩浦:そうですね。次の世代により良いものを残していきたいとずっと思っているから、水泳界やスポーツ界が良くなるためなら声をあげていきたいですね。
愛国心が日本人選手を強くする?
スポーツ界に限らず、日本だと同調圧力が働くことも少なくないとは思うのですが、発言することで塩浦選手はこれまでそのようなプレッシャーを感じたことはありますか?
塩浦:ありますね、やっぱり。水泳をはじめ個人競技だと比較的、強いのかなと思います。選手たちは、代表チームで個性を表現することはあまり歓迎されていない側面もあります。ビジュアルや髪型一つ取っても、派手な選手は少ないですよね。自分は代表に選ばれた年からずっとモヒカンにしているので、もう定着していますけど(笑)。
確かに、塩浦選手の髪型は目を引きます(笑)! 塩浦選手は、世間から目立つようなご自身の言動を後悔したことはありますか?
塩浦:あんまりないかなぁ。同調を求める空気感は確かにあるけど、そればかり気にして生きていくのももったいないし。そんなスタンスで生きてたら、最近は全然気にならなくなってきちゃって(笑)。
結局応援してくれる人は変わらず応援してくれるし、発信にしても自分の中に信念を持って発言していれば理解してくれる人が増えることを実感しています。ドーピングへの提言にしろ水泳のHowTo動画にしろ、発信内容がポジティブなものであれば、時間はかかってもいつかは理解してもらえるので。
信念を持ってポジティブな発信をすることが大切、ということですね。一方で、同調圧力は視点を変えると、日本の強みでもある「一致団結」につながる部分もあるのかなとは思っていて、実際に近年の五輪でもリレー競技が好成績を残しています。
塩浦:そうですね、チーム全員が同じ方向を向きやすい部分はあると思います。水泳の日本代表も集団をすごく大事にしているから、そういった面では選手同士お互いを応援し合う良い空気感がありますね。
海外の代表チームの場合はどうですか?
塩浦:海外だと個人を尊重するから、おのおのが好きなようにやればいいという感じです。ただ、海外の選手は「自国を代表する誇り」を強く持っていて、日本人とは違うモチベーションを持っている。チームのため、というよりは国のため。
日本代表に選ばれたとしても、国に対する忠誠心をモチベーションにする選手は多くない。自分の国が好きで、国を代表して強い決意で大会に参加できる海外選手は、正直少しうらやましいですね。
愛国心の強さは、代表選手のパフォーマンスに関係しますか?
塩浦:多少なりとも関係すると思います。例えば、ダサいウェアを着るよりも、かっこいいウェアを着られるほうが選手たちは自分たちを誇らしく感じられるじゃないですか。競技には直接関係ないかもしれないけど、そういう部分は代表選手にとってすごく重要だと思います。
塩浦選手は国際大会に出場する時、愛国心を持っていますか?
塩浦:僕はありますよ、すごく。長く日本代表として活動させてもらっていることもあるけど、いろいろな国へ行って、日本人としてのアイデンティティを大事にしたいなと思うし、国を代表することは誇りに思うから。そういう気持ちは大事にしていきたいです。
日本スポーツ界はよりポジティブにSNSを捉えるべき
新型コロナウイルスの影響で試合の延期・中止が相次ぎ、ファンがスポーツを感じられる場所がSNSに移っていると思うのですが、塩浦選手はどのように感じていますか?
塩浦:YouTubeチャンネル『塩浦慎理 – MOHICAN -』は1月中旬に始めたのですが、今はファンの皆さんが家にいてSNSを見ると思うから、広く発信できるYouTubeチャンネルを自分が持てていたのはタイミングが良かったなと。スポーツの楽しみ方、スポーツのあり方を考え直す時期だとは思います。
塩浦選手の中で、スポーツのあり方に変化はありましたか?
塩浦:スポーツは見てくれる人や応援してくれる人ありきだと思うし、試合がない状況で泳いでいたとしても、それってもはや趣味でしかないから。大会があって、応援してくれる人がいて、それでようやくスポーツって成り立つことを改めて感じたし、よりそういうことを意識しながら競技に取り組んでいく必要があるとは思いますね。と言いつつ、スポーツってそもそも何なのか、僕も最近考えているところです(笑)。
やっぱりファンの存在はこれまで以上にもっと大事にしていくべきだとは思います。僕らが競技を続けられているのはファンあってこそだし、ファンがいるからスポンサーもついてくれるわけで。何でスポーツをしているのかを、選手一人ひとりが考えるべき時期じゃないかなと思います。
塩浦選手は何歳からSNSを使い始めましたか?
塩浦:大学1年生くらいの時期にTwitterを始めました。周りの友達がやっていて、僕もつられて始めた感じです。何か発信しようというよりは、本当に何となくですね(笑)。日本記録を出して、日本代表に選ばれるようになったくらいの時期から、知り合い以外でも見てくれる人が増え始めて、発信する内容を意識するようになっていきました。
周りのアスリートでもSNSに積極的な選手とそうでない選手がいると思うのですが、その違いについてどう思いますか?
塩浦:特にアマチュア競技は、前向きにSNSを活用していく努力が必要だと思いますね。もちろん炎上対策や注意事項に関する講習も必要だし、特に若い選手は知っておくべき内容だけど、選手がSNSを有効活用していくためのサポートはもっとあってもいいのかなと。
よりポジティブにSNSを使っていったほうがいいのではないかと。
塩浦:そうですね。競技団体的にも積極的にやっていってもいいのかなとは思います。
所属チームや協会、スポンサーから塩浦選手のSNSに期待されていることはありますか?
塩浦:僕らは所属チームやスポンサーから競技に必要な資金や物資を支援してもらっているので、商品を使っている姿は積極的にSNSでシェアします。例えば、新しい水着が発売された時は使用感を積極的に発信したりしていますね。ただお金をもらって、水着を着させてもらっているだけにとどまるのではなくて、何を求められているのかを僕らは考える義務があるのかなと感じます。
現状、月1回ペースで投稿することを求められるような条件はないけど、スポンサーはある程度それも選手に要求していいと個人的には思うし、スポンサーの担当者にはそう伝えたこともあります。特に、アマチュア競技の選手は何も考えていない選手がたくさんいるので。サポートしてくれている団体や企業に少しでもプラスになることを考えたら、積極的にSNSを活用したほうがいいとは思います。
YouTubeを始めて良かったことと大変なことを率直に教えてください。
塩浦:基本的には良かったことしかないですね。動画のコメント欄を見ても他のSNSより近い距離で声援を感じることが多いし、僕のことを身近に感じていただけていることもうれしいです。動画を見て大会に足を運んでくれる人もいたし、すごくプラスになっています。大変なことは定期的に動画を出さなきゃいけないことくらいで、マイナスになることはほとんどないですね。
ここ最近、YouTubeを始めるアスリートがまた増えてきましたね。
塩浦:僕はどんどんやったらいいと思うし、そうすることでどんどんいろいろな情報が出てくると思うから。いいものはより見られるようになると思うし。
最後に、塩浦選手がスポーツを通じて伝えたいことは何でしょうか。
塩浦:1番はスポーツ界や水泳界がよりいいものになればいいなと思っていて、それに尽きますね。選手を目指して水泳に取り組んでいる子どもたちがより良い状態で競技に取り組めるような環境を残していきたいので、SNSに限らず、現役選手の時間を使っていいものを残していきたいです。
【前編】なぜ塩浦慎理は2度の入院後、日本新を更新できたのか? 逆境で気付いた「大事なコト」
【中編】塩浦慎理が明かす、五輪延期の本音。SNSでは前向き発言も「今は全くやる気が出ない…」
<了>
「妻がアスリートを支える」のは“当然”か? 夫婦の在り方と「内助の功」を考える
「競技だけに集中しろ」は間違い? アスリートが今こそ積極的にSNSをやるべき3つの理由
[アスリート収入ランキング]トップは驚愕の137億円! 日本人唯一のランクインは?
なぜ浦和・槙野智章は、叩かれてもSNSを続けるのか? 海外も絶賛「バカげた動画」の信条
PROFILE
塩浦慎理(しおうら・しんり)
1991年11月26日生まれ、神奈川県出身。イトマン東進所属。2歳から水泳を始める。湘南工科大学附属高校3年次に全国高等学校総合体育大会で男子50m・100m自由形で優勝、全国JOCジュニアオリンピックカップ水泳競技大会で高校生日本新記録を出して優勝。中央大学へ進学後、2013年日本選手権水泳競技大会で男子50m自由形で日本新記録を樹立し、初出場を果たした世界水泳選手権大会では400mメドレーリレーで銅メダルを獲得。2014年には50m自由形で日本人初となる21秒台へ突入を果たす。2016年日本選手権 100m自由形で日本新記録を更新し、リオデジャネイロ五輪出場を勝ち取った。手術入院を乗り越え復帰後の2019年日本選手権では50m自由形優勝・100m自由形準優勝を果たし、自由形短距離界で東京五輪での活躍が期待される選手。
【公式YouTubeチャンネル『塩浦慎理 -MOHICAN-』】
この記事をシェア
KEYWORD
#INTERVIEWRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
躍進する東京ヴェルディユース「5年計画」と「プロになる条件」。11年ぶりプレミア復帰の背景
2025.04.04Training -
育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
2025.04.04Training -
なぜ日本のダート馬はこれほどまで強くなったのか? ドバイ決戦に挑む日本馬、世界戦連勝への勝算
2025.04.04Opinion -
いわきFCの新スタジアムは「ラボ」? スポーツで地域の価値創造を促す新たな仕組み
2025.04.03Technology -
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
2025.04.02Training -
海外で活躍する日本代表選手の食事事情。堂安律が専任シェフを雇う理由。長谷部誠が心掛けた「バランス力」とは?
2025.03.31Training -
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
2025.03.26Opinion -
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ日本のダート馬はこれほどまで強くなったのか? ドバイ決戦に挑む日本馬、世界戦連勝への勝算
2025.04.04Opinion -
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
2025.03.26Opinion -
なぜJ1湘南は高卒選手が活躍できるのか? 開幕4戦無敗。「入った時みんなひょろひょろ」だった若手躍動の理由
2025.03.07Opinion -
張本智和が世界を獲るための「最大の課題」。中国勢のミート打ちも乗り越える“新たな武器”が攻略のカギ
2025.03.04Opinion -
「あしざるFC」が日本のフットサル界に与えた気づき。絶対王者・名古屋との対戦で示した意地と意義
2025.03.03Opinion -
新生なでしこ「ニルス・ジャパン」が飾った最高の船出。世界王者に挑んだ“強者のサッカー”と4つの勝因
2025.03.03Opinion -
ファジアーノ岡山がJ1に刻んだ歴史的な初勝利。かつての「J1空白県」に巻き起ったフィーバーと新たな機運
2025.02.21Opinion -
町田ゼルビアの快進撃は終わったのか? 黒田剛監督が語る「手応え」と開幕戦で封印した“新スタイル”
2025.02.21Opinion -
ユルゲン・クロップが警鐘鳴らす「育成環境の変化」。今の時代の子供達に足りない“理想のサッカー環境”とは
2025.02.20Opinion -
プロに即戦力を続々輩出。「日本が世界一になるために」藤枝順心高校が重視する「奪う力」
2025.02.10Opinion -
張本美和が早期敗退の波乱。卓球大国・中国が放つ新たな難敵「異質ラバー×王道のハイブリッド」日本勢の勝ち筋は?
2025.02.10Opinion -
女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント
2025.02.07Opinion