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トミー・ジョン手術、支配下登録解除、友の死…。西武・與座海人が掴んだ夢のマウンド
プロ3年目の24歳、埼玉西武ライオンズの與座海斗は6月21日、北海道日本ハムファイターズ戦でプロ初登板を果たした。白星こそ逃したものの首脳陣から高い評価を得ることができたのは、ここにたどり着くまでに過酷ないばらの道を歩んできたからに他ならない。いまや絶滅危惧種ともいわれるサブマリン右腕の半生は、どんな暗闇に包まれようとも、明けない夜はないことを教えてくれている――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
苦労人のアンダースロー、與座海人の芸術的なピッチング
高校時代はエースではなく2番手だった。決して強豪とは呼べない、過去にプロ野球選手を輩出していなかった大学に進んだ。ようやく頭角を現してプロの門をたたいた矢先に右肘が悲鳴をあげ、手術を受けるとともに支配下登録選手契約が解除され、3桁の背番号とともに育成選手として再契約した。
まばゆいスポットライトとは無縁の、それでいて波乱万丈に富んだ人生を歩んできたからこそ、埼玉西武ライオンズの3年目右腕、與座海人はマウンドで異彩の存在感を放つ。いま現在のプロ野球界で絶滅危惧種となる、アンダースローから投じられるボールはちょっとした感動を与えてくれる。
ストレートの球速は130キロ前後。打ちごろのはずなのに打者はタイミングを狂わされ、どん詰まりの打球を打たされる。100キロ台の変化球との緩急の差と、絶妙のコントールでプロの猛者を幻惑させる光景は一発長打か凡打かの刹那に生じるスリルだけでなく、芸術的な香りすら感じさせる。
「120キロ台や130キロのストレートで打者を差し込ませるとか、逆に100キロ台のカーブで泳がすところに僕としても楽しさを感じるというか、そういうところに快感がありますね」
アンダースローの醍醐味を問われ、ちょっぴり照れくさそうに投球術にあると答えた與座のサイズは身長173cm、体重78kg。昨シーズンのパ・リーグ新人王を獲得した、ともに1995年生まれのドラフト同期生の高橋礼(ソフトバンク)とは、146キロに達するストレートの球威でも、身長188cm、体重84kgというサイズでも、同じアンダースローでありながらまったく異なる。
日本シリーズ4連投4連勝の杉浦忠(元・南海)、通算284勝の山田久志(元・阪急)の系譜に連なる剛球派が高橋ならば、與座は皆川睦雄(元・南海)や足立光宏(元・阪急)、松沼博久(元・西武)、21世紀に入ってからは渡辺俊介(元・ロッテ)、牧田和久(西武→パドレス→現・楽天)と受け継がれてきた技巧派サブマリンとなる。しかも、與座は西武で活躍した牧田へ憧憬の思いを抱いてきた。
ドラフト5位で憧れのプロ入りも、待ち受けていたいばらの道
春の選抜を2度制したことのある沖縄県の強豪、沖縄尚学高2年の夏にオーバースローからサイドスローに転向した與座は、卒業後は岐阜経済大学(現・岐阜協立大学)硬式野球部に入部。コントロールがつきやすい、という理由でいま現在のアンダースローに変えた。お手本にしたのは牧田のフォームだった。
よほど相性が良かったのだろう。東海地区大学野球の岐阜県リーグで頭角を現すと、主将を務めた4年次には全日本大学野球選手権の東海地区代表決定戦を制した。初めて臨んだ大舞台の1回戦、対石巻専修大学をボテボテの内野安打1本に封じる完封勝利を収めて、一躍プロの注目を集める存在になった。
迎えた2017年のドラフト会議。西武に5位で指名された與座は岐阜経済大学史上初のプロ野球選手となり、背番号31とともに憧れの世界へ足を踏み入れた。マウンド上のちょっとしたしぐさを含めて、背中を追い続けてきた牧田はMLBのサンディエゴ・パドレスへ移籍。ちょうど入れ違いになった。
緊張と興奮を胸中に交錯させながら臨んだ1年目はしかし、1軍はおろか、2軍でも登板なしに終わっている。大学4年生の終わりごろから抱えていた右肘の炎症がなかなか治まらず、10月には完治を目指して内側側副靭帯を再建する、いわゆるトミー・ジョン手術を受けた。
ピッチング再開までは最短でも1年を要する状況を受けて、球団側は支配下登録選手契約を解除することを決定。復帰まで育成選手として再契約することになり、背番号も「124」に変わった。
地道に復活への道を歩み、首脳陣を振り向かせるにまで至る
「やっぱり野球ができない悔しさというか、歯がゆさというものがありました」
ボールすら握れなかった日々をこんな言葉で振り返る與座の身体に、右肘が予想以上に早く回復するといううれしい誤算が起こる。昨年9月12日の横浜DeNAベイスターズとのイースタンリーグで公式戦デビューを果たすと、シーズン後のフェニックスリーグでも登板を積み重ねた。
復活への手応えをつかんだ與座を待っていたのは、支配下登録選手としての再契約であり、再び2桁に戻った「44」の背番号だった。当時の心境を、與座は球団を通じてこんな言葉で表している。
「早く支配下登録選手に戻りたかったので、もちろんうれしいです。ただ、それ以上に身が引き締まる思いの方が強く、責任を感じています」
2月のキャンプでも辻発彦監督以下の首脳陣を振り向かせる結果を残す。コントロールもさることながら、評価されたのは投球テンポの速さだった。塁上にランナーがいない場合、キャッチャーからボールを受けて実に10秒とたたないうちに、次のボールを繰り出してくる。考え方がまとまらないうちに次々とボールを投げ込まれる状況も、打者を困惑させる要因の一つになっている。
しかも、打者に向かってプレートの一番左端を踏み、右打者には角度のあるボールを、左打者にはインコースの膝元をさらにえぐるようなストレートや変化球を投じていく。
特別な思いで臨んだ初先発、浴びせられたプロの洗礼
迎えた6月21日。新型コロナウイルスの影響を受けて3カ月遅れで開幕したペナントレースで、北海道日本ハムファイターズを本拠地のメットライフドームに迎えた第3戦で與座は先発を託された。
「150キロのストレートを投げるようなピッチャーじゃないので、キャッチャーと相談しながら、配球を考えたピッチングをします。ここまでくるのに時間がかかったというか、やっぱり長かったですね。入団してからずっと投げられなくて、昨シーズンの終わりごろにようやく、はい……」
1軍初登板を前日に控えた20日に感慨深げにこう語っていた與座が、日本ハムの1番、左打ちの西川遙輝への記念すべき第1球に選んだのはストレート。インコースにボールになる129キロをいわゆる捨て球にして、次もインコースへストレートを投じて平凡なサードフライに打ち取った。
しかし、好事魔多し。初回を11球で三者凡退に打ち取った與座は、2回に先頭の4番・中田翔へ投じた4球目、真ん中からやや内側に入った127キロのストレートをバックスクリーン右へ運ばれてしまう。気を取り直して後続を沈黙させるものの、4回表には先頭の2番・大田泰示に一発を食らう。カウント1-0から投じた104kmの甘いカーブを、バックスクリーンの今度は左へ打ち込まれた。
「無観客だったので(緊張で)ガチガチにはならず、いい緊張感をもって試合に入っていくことができました。もちろん特別な思いというのがあったので、無事に(マウンドへ)上がれたことはよかったんですけど、味方が点を取ってくれるまではゼロでいきたかった、というのが素直な思いです。失投を一発で仕留められたという点で、やっぱり甘くはない世界だと実感しました」
踏ん張れるのか、それとも崩れてしまうのか。試された瞬間
こう振り返る與座に最大の試練が訪れたのは、打順が3巡目となる6回に訪れた。先頭の西川に初球を狙われて二塁打を許す。大田の進塁打で西川を三塁に進められ、それまで2打席抑えてきた3番・近藤健介にライト前へ弾き返されて失点。中田もこの試合で唯一となる四球で歩かせてしまった。
左打席に5番・王柏融を迎えたところで、西口文也ピッチングコーチが初めてマウンドへ向かった。アンダースローは左打者との相性が悪いとされ、実際に第2打席では王に痛烈な右前打を浴びている。ブルペンでは昨年のドラフト2位左腕、浜屋将太もスタンバイしていた。
スコアは0-3。セオリーならば交代となる。しかし、西口コーチは笑顔を浮かべながら一言、二言と言葉をかけただけで、10秒ほどでベンチへ戻っていった。辻監督にも動く気配はない。続投が意味するものは何なのか。踏ん張れるかどうか。今後の登板を見据えて、與座が試された瞬間だった。
この時点で97球。首脳陣の期待を最後の力に変えた。高低のコンビネーションで王を追い込み、127キロのシンカーを低目に落として空振りの三球三振に斬った。6番・渡邉諒にはフルカウントまで粘られながらも根負けせず、7球目の外角高め、127キロのストレートを再び振らせた。
コース的にはボールだったかもしれない。それでも、與座の気迫が渡邉に見送ることを許さなかった。6回を投げて5被安打3失点。5つの三振のなかには、中田から奪った見送りの三振も含まれている。
辻発彦監督から与えられた及第点の評価
「(森)友哉がしっかりと緩急をつけて、なるべく配球が偏らないようにリードしてくれたので」
恋女房を務めた森友哉のリードに感謝しながら、與座は107球を投じた1軍初登板を振り返った。自慢の「山賊打線」が5回まで毎回の10残塁と拙攻を積み重ね、援護射撃を得られなかった與座は負け投手になった。それでも試合をつくり、なおかつ同じ打者には続けて打たれない粘り強さを発揮。いわゆるクオリティースタート(QS)をクリアした與座に、辻監督は及第点を与えている。
「いや、よく投げたと思いますよ。ホームラン2本に関してはちょっと甘かったし、そこをうまく打たれましたけど、まあホームランはしょうがないです。でも、今後につながるというか、いけるという感じがしました。まあ、ノーアウト満塁になった4回に、ウチが1点でも取れなかったところでこういう結果になった。あの回に何点か取っていれば、こんな大味な試合にはならなかったと思うので」
2番手以降のピッチャーが打ち込まれて最終的に2-12で大敗。開幕3連戦を負け越しで終えた辻監督から、悲壮感の類いは伝わってこない。同じ相手との6連戦が続く変則のペナントレースと、頭数がそろっていない先発投手陣を照らし合わせれば、與座に確かなる手応えを得たからこその表情となる。
「いままで支えてくれた、トレーナーさんをはじめとする周りの方々への感謝の思いを胸にマウンドへ上がりました。点は取られましたけど、自分としては100球を超えたという実感はなく、身体的にもまだまだいける状態で6回をしっかり投げられたことも、次回へ生かしていけたらと思っています」
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亡き友と共に見た夢、前を向き続けた日々
予定では本拠地にソフトバンクを迎える、28日の6回戦で巡ってくる次回先発を見据えた與座の脳裏には、大学時代に突然の、そして永遠の別れを余儀なくされたライバルも浮かんでいたはずだ。
岐阜経済大に入学してすぐに、香川・三本松高出身の中野宏紀さんのスケールの大きなピッチングに目を奪われた。同大学でプロに行く最初の選手になる、と首脳陣から大きな期待をかけられていた中野さんは、5月2日夜に銭湯から下宿先に原付バイクで帰る途中の事故で、8日後に帰らぬ人になった。
切磋琢磨しながら中野さんの背中に近づき、2人でチームを全日本大学野球選手権に導き、2人でプロに行く。夢を共有していた與座にとって、プロ入り後にメスを入れた右肘も、育成選手として契約した1年弱の日々も、治ればまた野球ができると思えた意味では前を向き続けられただろう。
「もっと相手打者を見ながら、投げていかなければいけないと思いました。その反省点を生かして、次回の登板ではもっと高いレベルでやっていけるように頑張ります」
與座が語ったように、すぐに次の試合が訪れるプロ野球では、負けたからといって下を向いている時間はない。無名の存在からプロへ、しかも図らずも出会ったアンダースローを独自の武器に変えた苦労人は2年間の雌伏を経て、パ・リーグ3連覇を目指す王者の先発陣の一角へと昇華。野球ができる喜びを成長する糧に変えながら、ファンにも勇気を与える存在になろうとしている。
<了>
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