地域CL、全社にかかる尋常ではない緊張感。「世界で最も過酷な大会」の先に見えてくるもの
11月11日からスタートするサッカーの全国地域サッカーチャンピオンズリーグ。今年もJFL昇格を懸けて、全12チームがしのぎを削る。1977年のヤマハ発動機の優勝から幕を開けた今大会。そして、さらにさかのぼり1965年に第1回大会が行われた全国社会人サッカー選手権大会。この伝統ある特殊な2つの大会に臨むチームの顔ぶれや、戦い方を読み解くことで、さまざまなことが見えてくる。
(文・撮影=宇都宮徹壱)
地域CLにつながる「世界で最も過酷な大会」
2022年の国内サッカーもいよいよ佳境。
J1とJ2のレギュラーシーズンは終わったが、J1参入プレーオフの話題で盛り上がっているし、J3は昇格の残り1枠をめぐる争いが11月20日の最終節まで持ち込まれる形に。そして残り2節となったJFLからは、奈良クラブのJ3昇格が決まった。
さて、JFLの下のカテゴリーは、全国に9つある地域リーグ。この地域リーグからJFLに昇格するために、どうしても突破しなければならないのが、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(以下、地域CL)である。今年は11月11日から1次ラウンドが、そして決勝ラウンドが23日から開催される。3グループに分かれて行われる、1次ラウンドの組み合わせは以下のとおり。
【グループA】
栃木シティFC(関東/栃木県)
FC刈谷(東海/愛知県)
FC延岡AGATA(全社枠2/宮崎県)
BTOPサンクくりやま(北海道)
【グループB】
アルティスタ浅間(北信越/長野県)
沖縄SV(九州/沖縄県)
ヴェロスクロノス都農(全社枠3/宮崎県)
コバルトーレ女川(東北/宮城県)
【グループC】
アルテリーヴォ和歌山(関西/和歌山県)
福山シティFC(中国/広島県)
ブリオベッカ浦安(全社枠1/千葉県)
FC徳島(四国/徳島県)
決勝ラウンドに進出できるのは、各グループの1位と最も成績の良い2位(ワイルドカード)の計4チーム。決勝ラウンドは中1日の3試合だが、1次ラウンドは金・土・日の3試合連続で行われる、実に過酷な大会だ。
ところで今回の地域CLには、各地域チャンピオン9チームの他に「全社枠」3チームが参加している。これは全国社会人サッカー選手権大会(以下、全社)で、ベスト4以上の成績でフィニッシュしたチームに与えられる出場枠。この全社という大会は、土・日・月・火・水の5日間連続で行われる「世界で最も過酷な大会」なのである。
南葛SCが全社にフォーカスしていた理由
全社に出場するチームの中には、地域CLへの出場権を渇望している「全社懸け」も少なくない。そもそもJリーグ入りを目指し、プロフェッショナルな考え方を持つチームにしてみれば「こんな非常識なレギュレーションがなぜ許されるのか?」と思っていることだろう。その理由は、実にシンプル。全社にしても地域CLにしても「参加する選手のほとんどが働いているから」だ。
全社は58回、地域CLも地域決勝時代を含めて46回。Jリーグがスタートする、はるか以前から営々と続いている、純然たるアマチュアのための大会である。日本サッカーが「プロ化された」といっても、それはピラミッドの上部に限った話。中腹から頂点を目指すクラブは、アマチュアの制度の中からはい上がっていくしかない。
ここで問われるのが、上を目指すクラブが全社や地域CLをどう捉えるのか、である。あくまでプロフェッショナルの考え方を貫くのか、アマチュアの制度に順応するのか──。
そのわかりやすい指標となるのが「ターンオーバー」。連戦を乗り切るために、初戦と2戦目をがらりとメンバーを入れ替えるかどうかである。その点で、好対照となる事例があった。ともに関東1部に所属する、南葛SCとブリオベッカ浦安である。
今野泰幸や稲本潤一など、FIFAワールドカップ出場経験を持つ元日本代表を積極的に補強し、シーズン開幕前から大きな話題となった南葛SC。今季の登録選手数は35名と、このカテゴリーではかなりの大所帯となった。その理由の一つが「全社で勝ち抜くため」であるとGMの岩本義弘氏は明言している。
関東リーグ1部は、JFL経験のある浦安や栃木シティFC、さらにはJリーグ百年構想クラブであるVONDS市原FCや東京23FCなどが参戦する、最もコンペティティブな地域リーグである。にもかかわらず、地域CLに出場できる枠は優勝チームのみ。そのため南葛は早い段階から、全社枠での地域CL出場にもフォーカス。南葛は“ボールを大事につなぐサッカー”をコンセプトにするチームであり、JFL昇格を懸けた大会でもその戦い方を貫くため、選手層を厚くしたうえで、各ポジションにレギュラークラスを2人以上そろえ、誰が出場しても同じコンセプトで戦えるチームづくりを目指していた。
結果として関東を7位で終えた南葛は、まさに「全社懸け」の状態で今大会に臨んだ。四国チャンピオン、FC徳島との1回戦は1-0で勝利。しかし、同じく「全社懸け」の状態だったヴェロスクロノス都農との2回戦は、押し気味に試合を進めたものの0-1で敗れてしまう(都農は今大会4位で全社枠を獲得)。
連戦を乗り切るためのターンオーバーの是非
2回戦の南葛は、初戦からメンバー9人を入れ替えて臨んでいた。全社枠獲得から逆算してのターンオーバーだったが、それが裏目に出てしまう形となった。対照的だったのは、関東で6位に終わった浦安。かつて地域CL準優勝の経験も持つ彼らは2回戦でのスタメンの入れ替えを4人にとどめ、準々決勝での栃木戦では1回戦のメンバーに戻している。結果は2-1の勝利。これで全社枠を勝ち取ると、さらには全社優勝を果たすこととなった。
浦安にも元Jリーガーは数名いるが、大卒のプロ経験がない選手がメインで、今季の登録メンバーは30名。そんな彼らが連戦をものともせず、関東を制した栃木に競り勝って地域CL出場権を勝ち取り、さらに全社優勝を果たすことができたのはなぜか? クラブ代表の谷口和司氏に尋ねると「辻先生のメンタルトレーニングが大きかったですね」という答えが返ってきた。
「辻先生」というのはスポーツドクターで、何人ものオリンピアンをクライアントに持つ、辻秀一氏のことである。チームとしてメンタル面を重要視し、連戦を戦うためのイメージをチームで共有することで、選手の不安を取り除くことができたのだそうだ。
過密日程が続く欧州サッカーなどでは一般的なターンオーバーだが、地域CLや全社のような特殊な大会においては、選手のフィジカル面での負担を軽減する一方で、心理面での負荷を強いるリスクを内包している。1回戦と2回戦でメンバーを入れ替えれば、初戦のプレッシャーを2試合繰り返すこととなるからだ。2015年の地域決勝で、当時四国リーグ所属だったFC今治が1次ラウンドで敗退したのも、この「ターンオーバーの罠」によるものだったと、現場で取材した私は今でも確信している。
地域CLは一発勝負ではないものの、それでも初戦の緊張感はワールドカップのそれと変わらない。選手のフィジカル面とメンタル面、どちらの軽減を優先させるか? チームのコンセプトにこだわるのか、大会に合わせた戦い方をするのか? 11日から始まる地域CLの1次ラウンドでは、3連戦の中日にもうぜひ注目してみてほしい。
<了>
8部から4年でJFLへ! いわきFCが揺るがない「昇格することを目的化しない」姿勢
「南葛SCがJリーグに昇格したら、バルサとの提携、エムバペの獲得も夢じゃない」。岩本義弘GMが明かす、新時代の経営戦略
「日本で最も過酷な大会」地域CLから見える地域事情 “地獄の関東”“課題山積の北海道”
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
FC町田ゼルビア、異質に映る2つの「行為」を巡るジャッジの是非。水かけ、ロングスロー問題に求められる着地点
2024.09.14Opinion -
鎌田大地の新たな挑戦と現在地。日本代表で3ゴール関与も、クリスタル・パレスでは異質の存在「僕みたいな選手がいなかった」
2024.09.13Career -
サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革
2024.09.13Training -
「自信が無くなるくらいの経験を求めて」常に向上心を持ち続ける、町田浩樹の原動力とは
2024.09.10Career -
「このまま1、2年で引退するのかな」日本代表・町田浩樹が振り返る、プロになるまでの歩みと挫折
2024.09.09Career -
「ラグビーかサッカー、どっちが簡単か」「好きなものを、好きな時に」田村優が育成年代の子供達に伝えた、一流になるための条件
2024.09.06Career -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
浦和サポが呆気に取られてブーイングを忘れた伝説の企画「メーカブー誕生祭」。担当者が「間違っていた」と語った意外過ぎる理由
2024.09.04Business -
張本智和・早田ひなペアを波乱の初戦敗退に追い込んだ“異質ラバー”。ロス五輪に向けて、その種類と対策法とは?
2024.09.02Opinion -
「部活をやめても野球をやりたい選手がこんなにいる」甲子園を“目指さない”選手の受け皿GXAスカイホークスの挑戦
2024.08.29Opinion -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
FC町田ゼルビア、異質に映る2つの「行為」を巡るジャッジの是非。水かけ、ロングスロー問題に求められる着地点
2024.09.14Opinion -
張本智和・早田ひなペアを波乱の初戦敗退に追い込んだ“異質ラバー”。ロス五輪に向けて、その種類と対策法とは?
2024.09.02Opinion -
「部活をやめても野球をやりたい選手がこんなにいる」甲子園を“目指さない”選手の受け皿GXAスカイホークスの挑戦
2024.08.29Opinion -
なぜ“フラッグフットボール”が子供の習い事として人気なのか? マネジメントを学び、人として成長する競技の魅力
2024.08.26Opinion -
五輪のメダルは誰のため? 堀米雄斗が送り込んだ“新しい風”と、『ともに』が示す新しい価値
2024.08.23Opinion -
なでしこジャパンの新監督候補とは? 池田太監督が退任、求められる高いハードル
2024.08.22Opinion -
パリ五輪・卓球団体、日本勢に足りなかったものとは? ベストを尽くした選手たち。4年後に向けた期待と課題
2024.08.15Opinion -
なでしこジャパン、ベスト8突破に届かなかった2つの理由。パリ五輪に見た池田ジャパン3年間の成長の軌跡
2024.08.07Opinion -
早田ひなの真骨頂。盤石の仕上がりを見せ、ベスト4進出。平野美宇は堂々のベスト8。2人の激闘を紐解く
2024.08.02Opinion -
女王・スペインとの「1点差」に見えた現在地。アクシデント続きのなでしこジャパンはブラジル戦にどう勝機を見出す?
2024.07.28Opinion -
なぜ森保ジャパンの「攻撃的3バック」は「モダン」なのか? W杯アジア最終予選で問われる6年目の進化と結果
2024.07.10Opinion -
「サッカー続けたいけどチーム選びで悩んでいる子はいませんか?」中体連に参加するクラブチーム・ソルシエロFCの価値ある挑戦
2024.07.09Opinion