
「普通のボランチにはならない」宮澤ひなたがマンチェスター・ユナイテッドで示す“6番の新境地”
マンチェスター・ユナイテッドで3シーズン目を迎えた宮澤ひなたは今、チームの中心にいる。かつてのスピードスターは、欧州の舞台で「考えるボランチ」へと進化した。高校で磨いた感覚的なスピードに、ベレーザで思考力を、仙台ではタイミングの技術を積み上げ、イングランドでは伝える力を身につけた。「普通のボランチにはなりたくない」。その言葉が、ピッチ上で確かな輪郭を帯び始めている。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=REX/アフロ)
迷いなき3シーズン目。ボランチとしての覚醒
マンチェスター・ユナイテッドで迎えた3シーズン目。宮澤ひなたは、確かに“チームの中心”にいる。イングランドのウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)開幕からボランチとして全5試合に先発。UEFA女子チャンピオンズリーグも含めれば、8月末から9戦連続フル出場中だ。
そして、9月28日のリバプール戦では開始4分、左足から放たれた豪快なミドルがネットを揺らし、さらにポスト直撃の惜しい場面も作った。勝利を導いた一撃はクラブの「9月ゴール・オブ・ザ・マンス」に選ばれている。
「今季はチームも個人もすごくいい状態です。開幕からチャンピオンズリーグの予選も含めて多くの試合を戦ってきましたが、ケガ人も少なく、負けなしで来られている。個人としても全試合に出続けられているのはポジティブに捉えています」
昨季まではケガやポジション変更の影響もあり、出場機会が限られていた。だが3年目の今季、完全にチームの歯車となった。新たなポジションは“6番”、いわゆるボランチ。なでしこジャパンや国内リーグで見せてきた“スピードで相手を脅かすアタッカー”としての姿からは一見遠ざかっているようにも見えるが、本人の中では一本の線でつながっている。
「守備強度は自分の強みで、成長できています。もともと前のポジションだったので“普通のボランチ”にはなりたくない。ゲームをコントロールしながら、いざという時にはどこからでも勝負を決められる怖い存在になりたいと思っています」
マーク・スキナー監督の下での起用は、中盤のポジションが定着している。今季負けなしの原動力となっているのが、夏に加入したジギオッティ・オルメとのダブルボランチだ。2人の連携は、「本能的に連動できるレベルに近づいている」(スキナー監督)と評されるほど滑らかで、宮澤のインテリジェンスと展開力がチームのリズムを生み出している。同監督は宮澤のサッカーIQを高く評価しており、リバプール戦で決めたゴールについては「技術的にも何度も見返したくなるような一発」と称賛した。
孤独を受け入れて挑んだ世界最高峰の舞台
FIFA女子ワールドカップで得点王に輝いた宮澤が数あるオファーからユナイテッドを選んだのは、チャンピオンズリーグ出場という目標から逆算した決断だった。同時に、「日本人がいないチームでどこまで通用するかを試したい」という挑戦心の表れでもあった。
1年目は足首骨折のケガもあり苦しんだが、2シーズン目の昨年10月に現地で取材した際には、徐々に立ち位置をつかみ始めていた。フィジカル頼みで縦に速くなりがちなスタイルの中で、宮澤は左サイドハーフのポジションでリズムを作りながら、チームに“つなぐ感覚”を持ち込もうとしていた。
「タイミングや角度、味方の呼吸が合わないとパスはつながらない。(チームの武器である)フィジカルの強さを活かすためにも、工夫が必要だと思い、どちらの足に出してほしいとか、もう少しつなぎたいとか、練習から言葉で伝え続けました」
現地では、チームメートやサポーターから“Hini(ヒニ)”の愛称で愛される存在となっていた。それは、英語での意思疎通に苦労しながら諦めずに伝え続けた成果でもある。
映像を使って自分自身のプレーの意図を説明し、パーソナルトレーナーをつけてフィジカル面でも課題を克服。やがて、チームメートが宮澤のスタイルを理解し、リズムが合い始めた。
「体が小さい分、足元の方が確実だと理解してもらえるようになったのは大きいですね。スペースを使うより、味方とイメージを合わせて崩す場面が増えました」
ベレーザで身につけた「思考力」、仙台で磨いた「感覚」
宮澤の“考えるボランチ”としての基盤は、高校卒業後に加入した日テレ・東京ヴェルディベレーザ時代にある。当時の永田雅人監督の下で、起用は主にサイドだったが、“スピード”だけではなく“思考”で相手を上回る術を学んだ。長谷川唯や田中美南ら、世界基準のサッカー観を持ったチームメートの中で宮澤自身もプレーの選択肢を増やし、言語化する力を身につけていった。
「高校の頃は蹴って走れば勝てていたけど、ベレーザではそうはいかなかった。ボールの置き場所や体の向き一つで相手が動く。スピードに頼るだけではなく、どうすれば自分が優位に立てるかを考えるようになりました」
2021年、WEリーグ開幕とともに宮澤はマイナビ仙台レディースへ移籍。仙台ではトップ下やボランチなど中央のポジションを任され、狭い空間でも相手の裏を取る感覚を磨いた。
「ベレーザで表現を広げて、仙台では“今だ!”という一瞬のタイミングをつかめるようになりました。狭いスペースで受けてターンするだけじゃなく、味方が前を向いた瞬間に動き出すことで、自分の特徴を出せるようになりました」
海外で磨いた「伝える力」と地元への想い
ユナイテッドでボランチに定着したきっかけは、スキナー監督との対話にあったという。入団当初は攻撃的なポジションでのプレーを希望していたが、チームスタイルとの兼ね合いの中で、自身の立ち位置を客観的に見つめ直した。
「監督に『どこが自分に合っていると思う?』と聞かれた時、このチームなら6番(ボランチ)か8番(攻撃的MF)だと思うと伝えました。英語はまだうまく話せなかったけれど、動画を見ながら“自分はこの時こう考えていた”と、プレーの意図を説明し続けました」
そして、ポジションは中盤に定着。「どうすれば相手が嫌がるか」「どの角度から寄せれば奪えるか」――。スピードも体格も上の選手たちとのマッチアップを通じて学び続けた結果、欧州の舞台で身体のぶつかり合いにも怯まないボランチへと進化した。
「自分より大きい相手しかいない環境の中で、どう戦うかを考えるようになりました。タイミングや角度で勝負できるようになったのは成長を感じる部分です」
宮澤の言葉からは、チームのピッチ内外を動かす司令塔としての自覚がにじむ。マンチェスター・シティの長谷川唯、リバプールの長野風花ら、代表でともに中盤を担う面々と同じく、宮澤もボランチとしての市場価値を着実に高めている。
海外での生活が長くなる中で、宮澤の視線は“原点”にも向かっている。兄とともに地元・神奈川県を中心に、サッカー教室を行っている。
「海外に出て、地元の方々が本当にたくさん応援してくださっていると感じました。母子家庭で育ったこともあって、環境的にサッカーを続けにくい子どもたちがいることも知っています。そういう子どもたちのためにできることがあるんじゃないかと考え、自分たちにできる形で、挑戦する楽しさを伝えたいと思って始めました」
今後は仙台や島根など各地での開催も予定しているという。ピッチの中でも外でも、“誰かの背中を押す存在でありたい”という宮澤の思いがにじむ。
結果と向き合う、次のステージへ
今年2月、ニルス・ニールセン監督を迎えたなでしこジャパンはSheBelieves Cup(シービリーブスカップ)で初優勝を果たした。宮澤も全3試合に出場し、欧米の強豪とわたり合った。
「初めて出場した2023年のワールドカップやパリ五輪では、楽しむことや自分のプレーを出すことを考えていましたが、今は全然違います。海外でもまれて、ユーロ(UEFA欧州女子選手権)を戦うチームメートを見て、苦しい試合でも最後まで走り切る力やボールへの執念など、勝ち切ることの大切さを学んでいます。楽しむ気持ちは大切にしつつも、代表では結果を残さなければいけないという責任感が強くなりました」
ユナイテッドで身につけた守備と展開の意識を持ちながら、代表では攻撃的な役割を担うこともある。「チャンスがあればペナルティエリアにも入っていきたい」と語るように、“生かされるプレー”も出し手との連携の中で機能している。
ユナイテッドは今季、初のチャンピオンズリーグ(CL)本戦へ進む。リバプール戦のゴールは、その挑戦の序章にすぎない。
「1年目はグループステージ止まりで、立ち位置としてもラスト10分だけで終わるようなもどかしい状況でした。でも今季は最後まで出続けられていることがモチベーションになり、強い相手に勝ちたいという気持ちが強くなっています。リーグもCLも勝たなければいけない。連戦で苦しい中でも楽しみながら自然体でやりたい。まず、年内は負けなしで突き進めたらと思います」
攻守に走り、チームを操り、ときに試合を決める。かつてのスピードスターは今、世界の強豪クラブでチームを操る舵取り役になった。
“普通のボランチにはならない”という言葉の裏には、思考し続けてきた時間と、自分を信じ抜く強さがある。その言葉を胸に刻みながら、宮澤ひなたは新たなステージで自らのサッカーを更新し続けている。
<了>
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